2012.11.30 16:44

 今週はやはりちょっと調子が悪いですね。今日は夕方に教室に来ました。あまり食べられない。人間の身体というのはなかなか面白くできているものだなと思います。歯が悪いから食べられないというより、何となく食欲がないのです。いつもほど食欲が湧かない。
 私はわりと食べることが好きなのですが、何を食べようかなと考える楽しみがだいぶ削られてしまったような感触を持ちます。

 まあ、飲めるようになったからいいか。アルコール類。きのうはお休みをいただいていたので、昼間から飲めるお店に行ってみました。勢いをつけようと思って。そういうお店を何軒も知っているのです。息子の夕食の支度をしてやる約束になっていたのでたくさんは飲みませんが、とりあえず飲んだ。食べられるものが限られているので、柔らかめで栄養がありそうなものを頼みました。どじょうとじ。身体によさそうですね。どじょうなどと書くと「えっ?」と思う方もいらっしゃるでしょう。昔は日本人の重要なたんぱく源だったそうですよ。

 カウンターのみのお店です。隣に二人組の若いおにいさんがいて、私のところに運ばれてきたどじょうとじを突然指さして店員さんに「これをこっちにもください」と言った。そんな風に隣の人に言われたのははじめてで、ちょっとびっくりしました。普通は少し時間を置いてから頼むとか微妙な遠慮をしそうなものですが、若いから平気なのかな。
 おとといは休憩時間に回転ずしに行ってみました。教室の近くに2店舗あるのですが、あえて遠いほう。近くのお店はシャリがゆるめに握られているので、すぐに崩れてしまうのです。

 ワサビ入りのかんぴょう巻きというのを必ず頼みます。最後のひと皿という感じで頼むことが多いですね。食べたいものを四皿頼んでーーやはりあまり食べられない感じでしたーーいよいよ、最後に「すみません・・・」と頼もうとした瞬間、すぐ近くにいた若い男性が「かんぴょう巻きください!」と大きな声を出したので、何となく頼みにくくなってしまいました。
 真似したみたいで恥ずかしいのですよ。子どものころからそういうところに非常に気を遣うのです。笑われますけどね。

 そちらは? と訊かれて、とっさに「納豆巻きをください」と答えました。まあ、納豆巻きも好きだからいいのですが。
 こういうときは欲張らずにあるがままに生きようと思います。読みかけの高価な本をどこかでなくしてしまった。今日はベルトをするのを忘れてきました。めったにないことです。確かに調子は狂っていますが、それを楽しむぐらいでないと。人生に間違いはないものだとも思っています。
Tags :
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

2012.11.28 13:25

 ときどき、もう受験に疲れてしまったので大学入試のない私立の附属高校に進もうかなという人がいます。もちろん入りたい高校があればそれでいいですね。でも、なかにはとくに入りたいところもないのだけれども、とにかく大学受験がいやなので現在の成績で入れそうな附属校に入ってしまおうという人もいることはいます。
 責めるわけではありませんよ。ただ、ちょっとだけ考えておくべきことがあります。

 どなたか個人のお話だと思わないでください。私は30年間もこの仕事をしてきたので、実例をたくさん知っています。
 附属高校に入った。その時点で漠然と憧れている職業はないではなかった。けれども高校生活を満喫しているうちにとてもその仕事につける学部学科には進めなくなってしまった(ありがちなことです)。成績が到底そのレベルまで届かないのですね。というわけでーー一流大学は一流大学ということでーーとりあえず入れる学部学科に入った。

 友だちなんかには話すわけです。「おれ、本当は理系に進みたかったんだけど」「中学生のころは弁護士になりたいなんて夢見たけど法学部はとてもむりだった」「入れる学科に入ったのはいいものの国際関係に興味があるわけじゃないんだ」「こんな新設学科でいったいどこに就職できるのだろう?」
 そういう生徒が存在することも事実です。ちょっと気の毒ですね。だからといって他大学を受けるような準備はまったくしてこなかった。高校だって準備してくれないですよ。高大一貫という言葉があるぐらいですから。

 また仮に他大学を受けたとしても、いままで在籍していた一流私立以上のところに行けるとは限らない。まあ天下の◎◎大学生にはなれるのだからそれでいいか・・・と自分自身に言い聞かせる。
 なかには医学部に行きたいからと他大学を受けた生徒も複数いました。どうしてもお医者さんになりたいということであれば、出るしかなかった。ただし、受験勉強をスタートしてからはクラスでも浮きまくっていたとおっしゃっていました。

 附属校に入り、むりなく行ける学部学科に進めれば満足(それだって大変なことですが)ということであれば、難しいことを考えなくていいと思います。しかし、高校時代はいろいろ変化していく時期でもある。これこれこういう勉強をしたいけれどもうちの大学には学部がないのでどうしようかとか、本当にこの勉強をするのであれば他大学のほうがいいのではないかとか、真剣に考える機会さえ規制してしまう生き方はちょっともったいないとも思います。
 もし「附属は将来受験がなくて楽だから」とだけ考えている中学生の方がいらっしゃったら、ちょっと立ち止まって先のことも考えてみてください。
Tags :
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

2012.11.27 13:50

 ちょっとふらふらします。たったいま奥歯を抜いてきました。大変は大変でしたよ。先生の手際がよく非常にうまくいったと思うのですが、それでも30分以上かかりました。助手の女の子(大変かわいい人ですーー関係ないか)が口のなかをのぞいていて、ちょっとだけつらそうな表情を浮かべる瞬間があるのですよ。たぶんいま現在すごい状況になっているのだろうなと想像したりしました。
 歯を二つに割って引き抜いてくださったと認識しているのですが、痛みより身体全体に伝わってくる衝撃に消耗した感じです。

 医学のことはよくわからないのですが、アドレナリンなんかがたくさん出てくるのでしょうね。抜歯後、視覚や聴覚が変わってしまった感じがします。くっきり見える。くっきり聴こえる。電車のなかからいつものように外をながめていたのですが、ビルの輪郭なんかがやたらとくっきりしているので驚きました。南欧の絵画みたい。天気もいいのでそのせいもあるのでしょうが、内側から何かしら違ってきた感じです。

 抜く前に「体調は万全ですか?」と質問されました。途中で具合いが悪くなってしまう方もいらっしゃるのでしょうね。一度自宅に帰って休めますか? とも訊かれたのですが、授業はないもののいくつも面談が入っているのでそのまま来ました。さらに採点もしないといけない。
 道を歩きながら、教室に着いたらすぐに抜歯の話をブログに書こうと思っていました。表現することは、日常生活の難しい状況を乗り切る大きな助けになると思っています。

 ですから、つらいときはそのものずばりでなくても、外側に何らかの表現をするといいのです。書く、話す、叫ぶ、踊る、歌う、作る・・・いろいろあるとは思いますが、他者の迷惑にならないかぎりできるだけ何かを表現するといい。失恋のときなんかやたらと話をしたくなるでしょう? あれと一緒です。
 ちなみに、失恋の話はできるだけ異性に聞いてもらったほうがいいようにも思います。同性だけではなく。そのほうが確実に癒えます。恋愛については私は専門家なのでよくわかるのです。

 お、くだらないことが書けるようになってきましたよ。だんだん元気が出てきました。血が止まらないので歩き回らないようにしていますが、あとで工夫して何か食べてみます。
 皆さんも歯を大切に。
 
Tags :
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

2012.11.26 12:47

 私は人づき合いが悪いのですが、それは忙しいからであって人間ぎらいというわけでもないのです。無限に自由時間があればいろいろなことができますが、現在の自分の生活は非常にせわしないところがあり、本当にやりたいことを優先させると他者との関係性を保つのがけっこう難しくなります。
 連休がとれないので旅行もままならない。行きたいところは国内にいろいろあるのですが。

 先日、間隙を縫って(こんなときに使わないですか)まえまえから行きたかった小岩のある居酒屋に行ってきました。小岩、遠いですよ。ほとんど千葉県みたいな感覚があります。私の住んでいる杉並区からは非常に遠く感じます。
 その日もほかの用事があることはありました。スーツにネクタイ姿で遊びに行く服装ではなかったのですが、今日しか行けないという切迫感もあり思い切って行ってきました。

 雰囲気違いますねー。じつは小岩は昔小説の舞台に使ったことがあり、全然知らないわけでもないのですが、ほぼ20年ぶりなのでちょっととまどいました。渋谷から見れば、やはり田舎です。悪い意味ではないですよ。
 駅から歩くこと10分。住宅街の一画にCというその居酒屋はありました。何と朝の7時から(!)開いている。外観はいわゆる古い民家。70代ぐらいの老夫婦とお手伝いの女の方(娘さん?)が働いていらっしゃいました。

 うかがったのは午後だったのですが、無人の店内に大きなテレビの映像が流れていました。一人でカウンターに座り、ぼんやりとテレビをながめながらビールやホッピーを飲みました。そのうちご近所のお年寄りがぽつりぽつりと来られて、そのうちのお一人が私に「テレビのチャンネルを替えてもいいか」と訊ねてきました。もちろんですと答えると、サスペンス劇場みたいなのを真剣に見ていましたよ。ときどきテレビに話しかけている。うーむ・・・

 アジの刺身を頼んだのですが、できませんと言われました。しばらくして突然ご主人が出てこられて「できるようになった」とおっしゃった。何かしら深い理由がありそうです。アジの刺身とカキフライを食べました。可もなく不可もないところが絶妙。こういうお店では良くも悪くも心が泡立たないことが大切なのです。
 帰りにご主人と奥さまが戸口の外まで見送ってくださった。「あんた、どこから来たの?」と質問されましたよ。変な格好しているからですね。

 さて、それで終わりではないのです。このあと錦糸町のある居酒屋に行ってみようと思っていました。場所的に近いですからね。今度はいつ来られるかわからないので、今日のうちに二つまわっておこうということです。
 こういうことは自分のなかでは非常に優先順位が高い。たまの休みもだいたいこんなことでつぶしてしまいます。ただあまりにも暇で・・・という状況になったら、ここまでうきうきしないのではないかとも思います。陰陽が大切ですね。
Tags :
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

2012.11.25 12:00

 真の聖人とはこの世に罪人を見出せない人のことだという言葉があります。意味するところはそれぞれの解釈でいいと思いますが、私は至言だと思っています。しかし、私が話題にしたいのは宗教的なお話ではありません。私はこの言葉をもじって(?)次のように考えています。「人生の達人とはこの世に退屈を見出せない人のことである」
 憂鬱はいいのです。夜がなければ昼がない。気分が落ちこむ程度であればまったく問題ないでしょう。憂鬱もまた楽しめるものです。問題は退屈です。

 昨日のコメントにも書いたことですが、私はーーくれぐれも私はですーー人生の意味というものは自分自身で作り上げるものだと思っています。だれかがひとりでに与えてくれるものではない。逆に言うと余計なお世話ですよ。
 仮にどなたかが私に運動競技のスターの座を与えてくださったとする。楽しいだろう? お金もうんと儲かるだろう? 脚光を浴びられてうれしいだろう?

 うれしくも楽しくもないですよ。冗談じゃない! 私はあくまでも「私の」人生を楽しみたいのです。
 そういうことですね。それぞれの行為のなかに没頭してみてください。楽しさが見つかるはずです。貪欲に、探すのです。
 今朝の私の行動を書いてみます。自宅を出る2時間まえに起きた。これだけは意図的です。家内は出かけたあとで息子はまだ寝ていました。自由に2時間を使う。香を焚いた。新聞を読んだ。占いをした。ブログのコメント欄のお返事を書いた。コーヒーを入れた。面倒ですが、風呂を入れました。これは息子のためでもあります。彼が目を覚まして(お父さんは自分のことを考えてくれていたのか)とわからせるためです。ですから、置き手紙も残しました。

 ある方から誕生日のプレゼントにいただいたレッド・ツェッペリンの2007年の奇跡のライブのCDを聴きました。ずっと流していたというべきですかね。トイレにも行った。「ハカイジュウ」の第8巻を読み直しました。あれ、この先いったいどうするつもりかなあ・・・
 あとはヒゲを剃ったり髪を整えたり、スラックスに簡単にアイロンをかけたりです。いずれにせよ、単純な出勤準備とは考えない。行為に没頭して、何か面白いことはないかと探すのです。

 大切なのはほかのことを考えて目の前の行為を浪費しないということです。勝手に世界を作らない。たとえば私は今週歯を抜くことになっています。皮膚科にも行かなければいけない。歯を抜くのはかなり大変であると宣告されています。「枠を1時間とりましょう」当日は運動もお酒もだめだそうです。いっそのこと仕事も休みたいのですが、面談の関係でどうしても休めません。大変だろうなあ、痛いだろうなあ・・・と考えながらアイロンをかけたりはしないということですね。
 アイロン(服を吊るしたままかけられるタイプです)をかけているときは小さなしわがきちんとのびているかどうか確認しています。いろいろ気づくことがあります。

 無人の駐輪場にハトが一羽いました。しばらく見ていました。あちらも私を見ている。そのままお互いにじっとしていた。「何だ、ハトか」ではない。まして「そんなのいた?」でもない。一羽のハトでさえ意味がある。そういう生き方のほうが楽しいということですね。
 

 
Tags :
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

2012.11.24 12:34

 私はこのブログを個人に向けて書いたことは一度もない。でも、きみに向けて書くことはみんなのためにもなるとも思ったのでーーおそらくきみは私のブログを読んでいないと思うのだがーーきみに向けて書いてみるよ。
 じつはきのうご兄弟が振り替えで渋谷教室にいらっしゃった。そのとき、きみのことを少しだけ話してくれた。そんなこともあって書こうと思った。Kくん、私はきみを鮮明に覚えているよ。

 きみを見ていたのは2年まえか・・・池袋教室だった。きみはどちらかと言えば大人しい礼儀正しい男の子だった。お父さまの躾がよかったのだろうね。最近の中学生にしては感心なほどきちんとしていると思ったよ。
 授業中も変にはめをはずすことはなかったね。静かに授業を受けてくれた。漢字テストはいつもとれていたな。満点ではなくても、いい加減さを感じるときは一度もなかった。

 ご兄弟の話だと、ちょっと勉強に疲れているね?
 私はこう思うんだ。この話はKくん、きみだけではなく大勢の中学生(小学生、高校生)に役立つと思うので書かせてもらうよ。
 きみは潔くてちょっと侍みたいなところがある。自分にも厳しい。厳しすぎて自分で自分を斬ってしまうような要素があった。きちんとやれないなら、いっそのこと何もやりたくないという部分。潔癖症だな。

 でもね、こういうことはあるんだよ。いつもいつも10できなくてもいいんだ。ときには7や6でもいい。何もやらずに0でいるよりはそれこそ1だって2だってやったほうがいいんだ。きみの考えでは、1とか2とかやってこそこそ生きていく情けない人生なら「いっそのこと全部捨ててしまえ!」となるのだろう。きみらしい潔さだとは思うよ。
 だけど、それこそ10円でも20円でも心をこめてためていけば大きな額になる。ためていく、心をこめるという意志が大切なんだよ。

 じつは私もきみに近い人種だ。こせこせ小金をためるぐらいなら、ぜんぶ捨ててしまえ! という気持ちになる。だから、きみがなかなか勉強に踏み切れないのはよくわかる。
 高校入試の合否はある意味でーーどこかしら入らないといけないがーーどうでもいい。ただ、人生は長い。きみはきみの潔癖すぎる人生観で損をしているように私には思えるよ。みんなもっといい加減だ。いい加減に粘っているうちに偶然うまくいくことだってあるんだ。

 勉強を面白がってくれるといい。面白いと言えば面白いものだよ。知らないことを知るのだから面白くなるのは当然なのに、あれもこれも完璧に・・・と自分を追いこむから苦しくなる。
 少し深呼吸しなさい。仮に勉強せずに遊んでいられても、いまはあまり楽しくないに違いない。どんな大建築も、まずは一枚のレンガからだよ。まあ、よく考えて。元気でな。またどこかで会おう。
Tags :
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

2012.11.23 13:23

 面談のときに、ときどきこういうご質問を受けます。私立の中高一貫校に入ったとしてもすごく高い大学(医学部などですね)に入れるのは中学から入った生徒だけで、高校から入った生徒は合格できないのではないですか?
 私の答はいつも同じです。ご本人次第。当たり前? ところが当たり前のことをご本人が当たり前と考えていない。俗に心技体と言いますが、心の部分がくもってしまっている。合格できたことで、逆にくもった。それではうまくいきません。

 一貫校の中学から上がってきた生徒たちは「やったー!」などとは考えていません。いままでは少し遊んでしまったけれども、高校に入ったら全力を尽くすぞぐらいに考えている。「合格」という概念がないのです。そこに「やったー! これでしばらく遊べるぞ」とか「高校1年生のときぐらいは部活や行事や趣味に没頭しよう」と考えている新入生が入ってくる。これでは勝負にならないのは当たり前です。ごく一部の、油断なく猛勉強を続ける高入生(高校から入った生徒という意味です)以外は結果を出せない可能性は当然あります。心のあり方次第なのですよ。

 中学時代、業者さんの模擬テスト(地域によっていろいろありますね)で偏差値いくついくつをとっていた。それこそ頂点に近い高校を狙うのであれば70近くとっていた。学校の順位よりそういう結果が大切だった。ところが高校でどこかの模擬テストを受けてそこまでいっていなくても「まあ、学校で上位にいるからいいや」と考える。誰が「それでいい」と保証してくれましたか? 誰がそういう姿勢でも頂点に近い大学に必ず入れますと保証してくれたのでしょう。

 私はZ会に勤めていますから、宣伝みたいになってしまって申し訳ないのですが、そういう方には「学校でいくら真剣にやっていても以前のようにいい結果が出ないのであれば、学校以外の勉強をはじめなさいという合図だよ」と伝えています。塾でも通信添削でも、全教科はむりであっても早急に何かした方がいい。
 ところが、周りもやっていないとか、忙しいとか、まだ少し早いような気がするとか、あれこれ理由をつけてなかなか実行に移してくれないケースもあります。

 中学のときもそうだったのですか? 学校以外の勉強をまったくしないで、高い高校に入れた? ましてそれこそ頂上に近い大学は内申も関係ありません。学校成績がいいから行きたい大学の行きたい学部に必ず合格できるという世界ではないということです。純粋な実力勝負です。
 各種模試で中学時代ほどの偏差値がとれないのであれば、このままいったら難しいということです。難しいことを可能にするためには質の違う(忙しくて量は増やせないでしょうから)勉強が必要です。

 もっとも、本当に高い大学に行きたい場合のお話ですよ。私のように高校時代は恋「だけ」に生きよう(?)と決めている方もいらっしゃるかもしれない。それはそれで頑張ってくださいよ。
 私も当然のように浪人生活を送りましたが、たくさんの恋をして非常に有意義な高校時代だったと思っています。あのころ好きだった女の子たち(数え切れないのですが)のおかげで今日があると感謝しているぐらいです。
 

 
Tags :
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

2012.11.22 04:56

 時刻をご覧下さい。この時刻に更新するということは、今日はいましか書く機会がないということです。物事を続ける意志は、こういう部分に現われるのですよ。昨晩帰ってきたのが、夜中の0時でした。それからちょっと遊んだりして・・・3時間ぐらいは寝ましたかね。
 今日は仕事で朝から三島に行かなければなりません。そのあと所用があり、教室に寄る余裕がない。夜は何時に帰ってくるかわかりませんから、早朝こうして記事を書いています。三島には全社員が集まります。それはそれで楽しみです。

 「たそがれ」について。先日、テキストの漢字の読みに「黄昏」というのが出てきました。これはしかし当て字ですね。私はたそがれの語源について話しました。もともとは「誰そ彼」であった。「誰ですか? あそこにいる人は」という意味です。夕暮れ時、遠くにいる人の顔がよく見えません。見えないので、彼は誰ですか? ということになった。その時間帯をたそがれと呼ぶようになりました。大人の方はご存知でしょうが、中学生はほとんど知りません。

 同じような言葉で「かわたれ」というのもあります。明け方の薄暗い時間帯を意味する言葉です。「彼は誰」から来ている。「あそこにいる人は誰ですか?」という意味です。ほとんど同じですが、呼び方を区別した。こういうところが日本語はオシャレです。
 書き取りの例文ではあってもこれはというものについてはじっくり話す。昔はこういう姿勢を軽視していました。カリキュラムもありますからね。書き取りなんて、テストして点数をつけて、はいおしまいでした。

 現在、中学生がたそがれとかわたれの語源を説明される機会はほとんどないでしょう。しかし、そういうことこそホンモノの「国語」だという気持ちがあります。ですから、カリキュラムがどうであっても(大きく逸脱することはありません)、大切なことはきちんと伝えなければいけないと考えています。
 1971年、沈黙を守っていたフォー・シーズンズが突然日本でシングル盤を出した。タイトルが「たそがれの夢」でした。級友のだれも知らなかった。近所のレコード店で入手してきて、歌詞を覚えてしまうぐらい何度も何度も聴いた。それ以来、たそがれという単語には特別なものを感じます。
 外はまだまだ暗い。もうすぐかわたれ時だな。

 
Tags :
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

2012.11.21 13:15

 うーむ、おおごとになってきましたよ。歯の詰め物がとれた。軽い気持ちで歯医者さんに行きました。詰め物も残っていたので10分ぐらいで簡単にすむかなと気軽に考えて。じつに6年ぶりだと言われました。そのあいだ、どこかで歯科医にかかりましたか? 一度だけ痛みがあってべつのクリニックで緊急治療(?)してもらったことはありました。でも、それだけですね。正直にそう答えた。すると「とにかくレントゲンを撮りましょう」ということになりました。

 あちらこちらが深刻なことになっているわけです。詰め物がとれたところは虫歯が原因でした。「こちらも虫歯」「こちらは歯周病で骨がとけています」「ここは抜くしかありませんね」
 おいおいおい、ですよ。そんなに重症だとは。
 たしかにときどき歯ぐきが腫れることがありました。疲れたときなんかですね。単純に歯磨きが悪いぐらいに思っていました。コマーシャルなんかでやっているじゃないですか。

 骨がとけているかも・・・なんてCM見たことがないですからね。歯磨きの種類を歯槽膿漏予防のものにかえた程度でした。
 歯医者さんというのが苦手なのですよ。その先生はーー私よりはお若いと思いますがーーいわゆる美男子なのです。眼光が鋭く、非常にシャープな感じがする。何もかも見通しているぞという雰囲気なので、ちょっとこわくて近寄り難かったのです。ですから、本当に具合いでも悪くならないかぎり定期検査には行きませんでした。

 ところが、この6年間で何かあったのですね。絶対に何かあったと思います。私にはわかるのです。雰囲気が激変してすごく柔らかくなっていました。美男子であるところや眼光が鋭いところは以前と同じなのですが、何かしら非常に柔らかい感じになっている。お話をうかがっていて気持ちがとても楽になりました。
 とはいえ、来週の火曜日にはかなりおおがかりに歯を抜くと言われました。悪くなっていることに無自覚なところがこわいですね。

 そうそう、待合室で週刊誌を読んで待っていました。完全予約制ですから私一人です。油断して(?)ヌードグラビアなんかを真剣にながめていたら、いつのまにかすぐ近くに若い女性のスタッフがいらっしゃって「長野さん、どうぞ」と声をかけられました。ヌードに夢中になっていて、彼女が近づいてきたことに気づきませんでした。あれ、ちょっとなあ・・・
 皆さんも歯を大切になさってください。
Tags :
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

2012.11.19 13:52

 私には古い友人がいません。長いことおつきあいするのが得意ではないのですね。相手が嫌いになるとかそういうことはまったくないですよ。ただ、旧知の間柄というだけでおつきあいを永遠に引っ張り続ける意志がないのも事実です。
 小学校、中学校、高校、大学とーー年賀状のやりとりがある方が2名、誕生日にお祝いのメールを送りあう方が1名、一緒に飲んだりする方が1名ーー計4名だけですか。もっともそのうちの一人は文字通りの「身内」です(家内のことではないですよ)。

 年賀状をやりとりしているうちの一人の方は女性ですが、一度「長野くんは高校時代あんなに暗かったのに、どうして明るくなったの」と質問されたことがありました。もう20年ぐらい昔のことです。
 おー、と思いましたよ。たしかにあの当時は暗かった。それが「悩みはないのですか?」と呆れられるような人間になっている。何がきっかけだったのだろうと考えたのですが、おそらく「私」という境界が溶けてしまったのではないかと思いました。そういう感覚があります。

 若いころは「個」でした。全体ではなかった。「個」をしっかり守ろうという意志が強かった。「おれはこうしたい」「おれはこうあるべきだ」「おれはそれには反対だ」という気持ちがありました。もちろんいまでも多少は残っていますが、全体の意志みたいなものをかなり重んじるようになってきています。全体は理不尽なことをしないという感覚。
 何ごともそれならそれでいいやと考えます。息子の成長を見守る感覚はまさにそうでした。だから、どんなに世間でいう「心配事」が起きても、なるようでいいやと考えた。全体を信頼しているのです。

 人生のすべてのことをーー死期も含めてーー自分でコントロールできるわけがないのです。あたりまえですね。するとそうした全体の意志を信頼するかしないか、生き方はどちらかしかない。経験値が高まってくればくるほど、私は信頼するようになりました。
 私は現在Z会進学教室の渋谷教室に勤めていますが、これは私の意志であるようでいて、必ずしもそうではない面があります。全体の力が私を多少なりとも必要として使ってくれている感覚を持つわけです。全体というのは単純に「会社」という意味ではないですよ。

 ですから、全体のために自分の特質を活かそうと自然に楽しくなります。やる気というより、単純に楽しいということですね。ときどき生徒や保護者の方から難しい相談を受けたりもしますが、そういうのを一緒に考えていく。その過程で、私だけではなく、相手の方も楽しませる。それこそ「問題があって楽しい」という次元までのぼっていく。
 全体のことを人によっては神さまと呼ぶのかもしれませんが、そういう大げさな感情はありません。そうなってくるとまた重いですよ。暗くなってしまいます。あくまでも軽く明るく信頼する。うまくいきますよ。
Tags :
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

プロフィール

プロフィール画像
長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

カレンダー

<<   2012年11月   >>
        01 02 03
04 05 06 07 08 09 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

新着記事

月別アーカイブ