2012.05.30 14:18

 最近、香りに興味を抱いています。香道というのでしょうか。以前はまったく関心がなかったのですが。
 五感のうち嗅覚だけ積極的に使っていないような気がしたので、少し遊んでみようかという気持ちになりました。調べてみると香道は平安時代から発達してきたみたいですが、戦国武将なんかも大変な思いをして香りのする樹を入手したりしています。けっこう男性的な要素もあるのかもしれません。

 手はじめに専門店でお香を買い、母の日のプレゼントだと言って実家に持っていきました。本音を言えば自分が嗅いで(専門用語では香りは「聞く」というそうです。優雅でいい表現ですね)みたいだけなのですが、そこはもっともらしい顔をして持っていった。で、すぐに焚いてみてくれと言いました。
 それが非常にいい香りでした。たいして高価なものではないのですが、周囲の雰囲気が微妙に変わるような感じがしました。

 なるほどこれは心が落ち着くと思いましたよ。次の日、仕事の休憩時間に近くのデパートのなかに入っている専門店に行って、自分用にお香とお香立てを買ってきました。
 自宅に帰ってさっそく焚いてみたのですが、適当に安いものを買ってきてしまったので実家に持っていったお香ほどはいい香りがしませんでした。ちょっと人工的な匂いとでも表現すればいいのかな。

 それでも目覚めたときなんかに焚くとすっきりします。脳が覚めるというか、非常にいい気持ちになります。安いものでもこんなにいい感じなら高いのはどんなにすごいのだろうと想像しますが、まあいきなり贅沢をするのも何ですから、少しずつ高価なものにかえていって違いを楽しもうと思っています。
 凝り出すと奥が深いのでしょうが、あまり深入りする気持ちはありません。ただ香りに無自覚に生きるのはもったいないと思っています。

 息子はまた私が変なことをはじめたと笑っています。お香を焚いたまま酔っぱらって寝こんで火事を出したりしないでくれよ・・・などとひどいことを言います。風情がなくて困ったものですよ。
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2012.05.29 13:51

 今日は本当はお休みにしようと思っていたのですが(火曜日はだいたい定休にしています)、面談のご希望をいただいたので出てきました。夕方ぐらいに帰ろうと思います。
 各ご家庭とお話しているといろいろなことを感じますが、ここは塾であるということをもちろん認識していますから、ご家庭の方針にできるだけ合わせるようにします。

 当然、人生観はそれぞれ違います。だいたい私は私みたいな変な人生観を持った人間にお目にかかったことがありませんが、そのことはお話していくうえでまったく障壁になりません。
 友だちづきあいではないのですから、私はどういうご方針に対してもいいとか悪いとかーー求められない限りはーー個人的な好みを一切持ち出しません。こうしたいという保護者の方やご本人の希望にできるかぎり沿うように努力するだけです。

 たとえばいわゆる有名校以外に進学するのは「恥ずかしい」という考え方があります。私は中堅校に進学する生徒も非常に大切に考えていますから、個人的には中堅校進学を恥ずかしいと考えたことがありません。昨今では、それこそ「恥ずかしくない」一流大学に大量に合格していますし。
 ただしそういうことを主張する場ではないと思っているので、そうですかと少しでも有名校に入っていただくように心がけます。

 あるいは生徒本人の強い希望をご両親が否定されるケースもあります。「うちの子は夢みたいなことばかり言っていて」というのですね。自分の息子であれば、私はどんな突拍子もないことであっても「面白いから夢を追ってごらん」と言いますが、そこはご家庭の考え方がありますから特別なアドヴァイスを求められないかぎり余計な発言はしません。
 それぞれの人生観に対する敬意を持つということです。

 昔の生徒、いろいろいますよ。職種がすべてではないのはもちろんですが、一流大学を中退しておそば屋さんの修業をはじめた生徒がいました。テレビ番組でさかんにサッカーのことを喋っていた子もいれば、医師(けっこう多い)や大学教授になった子もいます。いい大人の彼らを「子」と書くのはおかしいですかね。
 変わったところではホストになった子がいます。噂が入ってくるのですよ。大変な売れっ子だそうで、いい人生だと思います。おそば屋さんもテレビ出演も医師も教授もホストも、自分からは等距離みたいな感覚がある。

 とにかく自分の考えを人さまに押しつけることはしません。肉が好きな人もいれば魚が好きな人もいる。ヴェジタリアンもいるでしょう。どちらが正しい、どちらが間違っているではない。それぞれの料理をできるだけ完成度を高めて出したいと思っています。
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2012.05.28 13:29

 DVDを借りてきて飛ばし飛ばしに見ることがありますが、全然鑑賞した気持ちになれません。芸術作品を切れ切れに味わうのは、生命の流れを断ち切ってしまうことになるのでしょう。それぞれの場面に意味があり、何でもない情景描写みたいなところもじっくりと見る(聞く)べきなのだと思います。
 一度見た映画なんかを私は早送りで見てしまうことがあるのですが、自分でこの見方なら見ないほうがよかったと後悔するときさえありました。

 あるいはこういうこともあります。たまに日曜日の将棋対局を録画しておくことがあります。自分の好きな棋士が出ているときですね。再現しながらーー序盤はだいたいわかっていますからーーどんどん早送りして見るときがあるのですが、見終わったあとやはり何かが失われた気分になります。
 早送りせずに見ているときは、棋士の先生が考えているあいだ私も何かしら考えます。なかには決まりきった一手でも熟考する先生がいる。

 私でさえわかるわけですよ。取るしかないだろうと。それでも考えている。それを見て、私は何を考えているのだろうとあれこれ想像します。いずれにせよ時間を共有する感覚が残ります。そうやって見たときはあとあとまで手順を覚えています。一歩一歩進んでいく感じがいいのでしょう。
 ところが早送りして見たときは直後はいいのですが、あとになるときれいに忘れてしまいます。

 時間がないと言っても、ほんの半時間の節約にしかすぎません。そしてその半時間を何に使っているのかというと判然としない。ということであれば、やはり手間をかけるべきではないでしょうか。
 映像関係の教材などを使われている方もいらっしゃるでしょう。つねに大切なところだけ・・・という見方を試みていらっしゃるかもしれませんが、ひょっとするとだからこそ取り逃がしている部分があるかもしれません。一度じっくりご覧になってみたらいかがでしょう。

 まあ、現代人の生活すべてそうです。効率よくということばかり考えている。時は金なりーー時間の貴重さを例えたことわざですが、しかし「時を味わう」ことも財産です。早く早くと先に進むばかりが能ではない。
 学生時代、居酒屋で大相撲の中継を見ながら、あんな風に何度も行ったり来たりしないでさっさと勝負すればいいのにと友人と話したことがありましたが、いまになればその考え方がどんなに幼稚だったかよくわかります。時間をかけたなりの何かが生まれてくるものです。
 
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2012.05.27 11:44

 先日、あるご家庭から、自分が直接担当している生徒が本人に責任のない出来事で苦しんでいるというご相談を受けました。とりあえず「こういう感じで様子を見たらいかがですか」というお返事はしたのですが、非常に気になったので、その日のうちに本人に速達を出しました。
 私にその問題を解決するための妙案があるわけではありません。ただ「きみのことを心配している大人が、身内以外にもここにいるよ」ということを伝えたかったのです。

 そういうものですよ。情けの気持ちは絶対に伝わります。もちろん私はその生徒だけをとくにひいきにしているわけではありません。言葉を交わすのは「こんにちは」「さようなら」の挨拶と、授業中指名して答えてもらうときぐらいでしょうか。それでも相手が困っているときは電話やメールではなく、きちんと手紙を送る。それぐらいの労力は使って当然だと思います。先生だから、ではないですよ。昭和の人間はこういうことをするのです。

 仮にある国に住んでいる国民全員が、毎日必ず1通だけ心をかけているどなたかに手紙を書く習慣をつけたら、その国は大発展を遂げるのではないかと私はつねづね考えています。資源が経済が政治が・・・世の中、それだけではないでしょう。もっと大きな根源的な何かが人間を動かしている。心配している人間に何か書いて送るという感情のエネルギーが、国内全土を覆い尽くす効果はものすごいと思いますよ。

 会社でも教室でも同じですね。全従業員が一日に1通でも必ず心配なお客さま(塾だとやはり生徒ということに)に手紙を書き続けたら、その会社がうまくいかないわけがありません。マーケティングだとか何だとか難しい理屈がわからなくてもいますぐどなたにでもできることですし、時間だって短い手紙なら10分で十分でしょう。
 残念ながらメールではなかなか伝わらないですね。封筒を開けるときのどきどき感、便箋の枚数が多いことへの期待や不安、手書きの文字のかもし出す温かみ、見慣れない切手の面白さ・・・そういうものがまるでありませんから。

 私は教室で平均して一日に1通は手紙を書いています。今日も部活が忙しくて退会してしまう生徒がいたので、これから書くところです。時間ができたらまた戻ってきてくれるように書こうと思っています。電話で「頑張ってね」では残らない。文字にして気持ちを残すわけですよ。
 以前、ある保護者の方から「困ったときに手紙をくださったのは先生だけでした」とお礼を言われたことがありました。ここで大切なのはあくまでも「私」ではなく「手紙」です。「手書きの手紙」が、相手の気持ちをなごませたのですね。
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2012.05.26 06:34

 おとといは驚きました。改めてお詫びいたします。下書きしていたものがいつのまにか公開されてしまって慌てましたよ。すぐに削除したのですが、タイトルや記事の一部がブログ村やブログランキングに残ってしまいました。「ロビン・ギブ」というタイトルでビージーズの話を書いたのですが・・・
 ロビン・ギブについてはまたいずれ書く機会があると思いますが、今日は下書きの話を少し。

 そうなのです。毎日毎日仕事に来た日は必ず記事を書いていますが、こうやって1000本近くになってくるとすらすら楽に書くわけにもいかなくなってきました。いわゆる書くことが思いつかないとか、ほかの仕事が気になって落ち着いて練ることができないとか、いろいろな問題が出てくるようになりました。
 そうかといって、ここで突然文体を変えたり記事を極端に短くしたりというわけにはいかないですからね。生徒に「手抜きしているな」と思われてしまいます。

 私はたいした人間ではないですが、こういう地道な作業に関してはひたすら続けていく姿を中学生である彼らに見せたいと思っています。淡々と、評価されてもされなくても続けていくしかないのですよ。だれにも何も言われないから今日一日ぐらいは・・・と楽をしはじめたらどこまでもゆるんでいくので「毎日書きます」と宣言した以上は忙しかろうが熱が出ようが、愚直に続けていくしかないのです。
 で、ときどき授業のない日の夜、翌日の記事の下書きをしています。

 二つぐらい書いておくこともある。夜の時間帯というのは授業がなければ比較的自由に使えます。面談なんかもだいたいは夕方までですからね。テキストの予習をしたり添削をしたりご家庭に手紙を書いたり保護者会や講演会で話す内容をまとめたりという合間にブログの下書きをします。
 「ロビン・ギブ」は土曜日に掲載する予定でしたので、今日は保護者会がありますと書きました。まだ木曜日の夜でしたけど。それがいつのまにか公開されてしまった。

 無意識のうちに操作を間違ったのでしょう。そして、じつはこの記事も一部は昨日ーー金曜日ーーに自宅で書いたものです。それを手直ししてこうして土曜日の早朝、公開した。
 受験生に話すわけです。「忙しい日にまったく勉強できないことは仕方がない。その代わり前日か翌日に忙しかった日の分もやる習慣をつけなさい」と。それを自分で実行しているという感じですかね。
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2012.05.24 21:12

 これはお詫びの記事です。さきほどあさって用の記事を下書きしていて、未完成のままうっかり掲載してしまいました(操作を誤った?)。「ロビン・ギブ」というタイトルだったのですが、未完成ですので削除させていただきました。
 ときどき、このように時間のあるときに先の記事を大雑把にまとめてみることがあります(そうでもしないとまわらない)。完成させて掲載するのは「当日」なのですが、アイデアみたいなものをぱらぱらと。
 あさってはべつの記事を書くことにしました。一度削除したものを書く気持ちにはなかなかなれません。
 お騒がせしました。どうもすみません。
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2012.05.24 13:23

 山手線の駅名を私は順番にすべて暗唱することができます。内回り、外回り、どちらでも大丈夫です。
 息子が小さいころ、教えました。そのとき自分も覚えました。幼児の記憶力というのはなかなかすごいもので、あっという間に暗記してしまいました。寝るときに親子で競争する。私は新宿から新大久保方面に、息子は代々木方面に。

 すぐに勝てなくなりました。内回りと外回りを交換してやってみてもやはり彼のほうが少しだけ早い。そんなわけないだろうと思って相当頑張ったのですが、息子のよどみなさにはかないませんでした。
 よく観察してみると、幼児にとってはすべての駅が「等質」なのです。同じ比重で覚えてしまう。ところが自分の場合、やはりよく使用した駅とあまり馴染みのない駅では何かが違うわけです。

 馴染みの薄い駅で迷いが出る。まごまごしてしまう。小中学生のころ、私は新大久保駅を頻繁に利用しました。自宅から駅までバスが出ていたのですね。新大久保から品川ぐらいまではしょっちゅう乗り下りしていました。
 またある程度歳をとってからはーー居酒屋めぐりをしていてーー新大久保から日暮里あたりまではいくらか詳しくなりました。要するに品川ー日暮里間が曖昧になるのです。

 品川、浜松町、新橋、有楽町、東京、神田、秋葉原、御徒町、上野、鶯谷ですね。すらすら書けるのですが、声に出して競争するとちょっと迷いが出ます。
 大学時代、講義のあいだが長く空くと、私は一人で本を読みながら山手線をぐるぐるまわって時間をつぶしました。雪の降る日に3周した思い出があります。図書館や喫茶店みたいなところではかえって落ち着けないので、山手線に乗る。

 いまでもーーさすがに1周はしませんがーーときどき無目的に山手線に乗ることがあります。現在の私は基本的に電車内では座らないので、ドアにもたれかかって景色をながめます。大学時代とずいぶん変わった駅と変わらない駅がありますね。あの大崎駅なんか昔は本当に閑散としていました。
 気が向いた駅で下りて歩くこともよくあります。全部の駅間を歩いています。新宿ー新大久保、五反田ー目黒、池袋ー大塚が歩いた回数のベスト3かな。
 
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2012.05.23 13:35

 先日、「才媛」というタイトルで卒業生と食事に行く話を書きました。彼女は高校受験、大学受験ともに大成功したわけですが、話しているうちにとくに中学時代の塾の勉強は本当に楽しかったという感想が出てきました。あのころがいちばん楽しかったとまでおっしゃっていた。
 成績のいい生徒はみんな「勉強が楽しい」という表現を使います。楽しければ得意になるのがあたりまえですが、このあたりの事情についてちょっと考えてみたいと思います。

 楽しいという感情。必ずしも勉強が「好き」とは言っていません。そもそもこの世の中に、どの教科もどの教科もまんべんなく大好きな中学生が存在するものでしょうか。きわめて例外的な存在ではないかと思います。
 どなたも好ききらいはあるでしょうし、勉強より好きなことーーたとえばスポーツとかゲームとかーーもたくさん持っているはずです。それでも彼らは勉強が「楽しい」と表現する。

 一つには「塾の」仲間との切磋琢磨があるのですね。塾ですから、みんな勉強しに来ています。学校とは少し違う。サボり気味の生徒でも、塾に通いながら永遠にサボっていられるとは考えていません。言ってみれば「勉強部」としての「部活的楽しさ」があります。とくに中学生対象の塾は全教科丸抱えみたいな状況になるため、週に3回4回と同じ仲間と顔を合わせる。自分一人だけが勉強させられているわけではない。楽しいはずです。

 さらに努力の実りがうれしいという心理があると思います。ここは大切です。努力が実るとなぜうれしく感じるのか。
 自分自身の価値を再確認できるという側面が大きい。おれは(私は)頑張れるじゃないかということを改めて確認する。それは非常に大きな一歩だと思いますよ。当然周囲も徹底的に評価してあげないと。そのことで彼らに刺激を与え、心の栄養をつけてあげるわけです。

 たとえばZ会進学教室の漢字テストは20題出題されます。毎週のように20とるすごい生徒もいれば15、16ぐらいの生徒もいる。ちょっとつめが甘い感じですね。さらに毎週ではありませんが、忙しくて12ぐらいの生徒もいる。先週12しかとれなかった子が今週は16とった。4つ分努力をしたということで、私はこういうのは大変な進歩だと思っています。そういう努力に対しては「満点をとりなさい」ではなく、よく頑張ったと必ず伝えます。必ず、です。

 本人もいい気分ですし、先生からも褒められた。周囲の友だちにも、今日は8割もとれているのかと認められる。そうした実りに対するうれしさがすべての原動力になるのですね。勉強そのものというより、勉強にまつわる環境が好きという感覚でしょうか。そういうところを大人は意識的に伸ばしてやらないと。
 いちばんまずいのは「そんな点数で喜んでいるようじゃお話にならない。何々君なんかいつも満点じゃない」などとくさしてしまうことでしょう。他者との比較というのは著しく人間の尊厳を損ないます。逆に最短で勉強ぎらいにさせるコツみたいなものですから、本当に気をつけなければいけません。
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2012.05.21 13:20

 自分なんかは、まあ変人ということになるのでしょうね。ときどきそう言われることがありますし、自分でもいわゆる普通の50代の人とはちょっと違うかなという感覚はあります。普通がつまらないのですよ。で、わざとずらすというか、偏ってみたりするわけです。
 友だちの選び方なんかもそうでした。少年期は少しみんなに敬遠されているような人間と親しくなりました。そういう人のほうが話が新鮮で面白いのですね。

 私自身は人あたりは昔からいいほうなので敵がいるわけではない。ときには「友だちはいくらでも作れるだろうに、なんであんなやつとつきあうのだ」と質問されたりしたこともありました。あんな気難しい人間とつきあうことはないじゃないかというのですね。ところが、こっちはその相手の気難しさが面白かったりする。異性に対してもそうでした。あのころは相手が偏っていれば偏っているだけ親しみが湧きました。

 そして、長くは続かない。そんな友情は長くは続かない。本来的な愛情から結びついたものではなく好奇心から近づいただけなので、相手の秘密みたいなのが見えてくると急速に興味を失いました。もういいやということになる。
 相手もそうだったのでしょう。飲み友だちが20代30代とずいぶんできましたが、1人も残っていません。あれはあれで終わりです。

 さまざまな情景が記憶に残っていますが、そうした友人のうちの一人(同性)の自宅で飲んだときのことです。マンションの一室。窓からは巨大な病院の裏側が見えました。もくもくと大量のスチームがたえず噴き出ていました。じつに殺伐とした情景で、外国映画の1シーンみたいな感じです。
 私たちは音楽を聴きながらひたすら日本酒のカップ酒を飲んでいました。会話はあったかもしれませんが、まったく覚えていません。いい加減なつきあいだったのです。

 電灯を消してろうそくのあかりのなかで飲んでいました。カップ酒のラベルの裏側にオランダの写真がついていた。いわゆるお花畑ですね。色とりどりの花が言葉にできないほど美しく、私は酔眼でただひたすらその写真を見つめていました。カップ酒のおまけみたいな陳腐な観光用の写真が、本当に美しく美しく見えたのです。
 そのときの友人のことはよく覚えていませんが、あの写真についてはときどき考えることがあります。自分だけのかけがえのない光景というのが、私にはたくさんあるのです。
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2012.05.20 06:49

 今日も早い時間に記事を書いています。2日続けて保護者会です。
 池袋教室にいたころ、夏期講習の説明会にいらしてくださったお母さんとお嬢さんがいました。私の説明をひと通り聞いたあとで質問に来られました。Vコースを申し込んだのだが、ちょっと難しいような気持ちがしてきた。Kコースに変更したほうがいいのではないだろうか。

 それがまた聡明そうなお嬢さんなのです。受け答えがじつにしっかりしている。しかも(ここは大切)笑顔をたやさない。成績を訊ねるとオール5だと言う。それでいて謙虚でした。一目でこれは大変な逸材だぞと感じました。長年の勘でわかるのですよ。
 たしかにZ会進学教室のVコースは難しいと思います。1年生や2年生であればそうでもないのですが、中3の夏からこのコースに入るのは相当学力がないと難しい。いや、学力があっても難しいかもしれません。

 オール5をとって自分はすごいと思いこんでいる子はもうそこで伸びが止まってしまうのですが、そういうところがまったくありませんでした。ご性格が明るいのも頼もしく感じました。そのままVコースで受けてみてくださいとお返事しました。
 結局、彼女は3Vコースで夏期講習を受講し本科に入りました。入試では見事に最難関の国立大学附属高校に合格しました。

 高校に入ってからも成績はよく、現役で一流大学に合格。ある教室でアルバイトしてくださっている関係で消息がわかるのです。周囲に頼りにされながら楽しそうに働いています。先生方や中学生への気配りも申し分ない。
 その彼女がヨーロッパに長期留学することになり、一度教室スタッフも交えて食事でもしましょうということになりました。今晩、行ってきます。

 才媛ということになるのでしょうね。つねに日のあたる場所を歩いてきた。ちょっと軽目の表現をすれば、いわゆる美貌にも恵まれ大学の成績もよく前途洋々たるものです。そうした「種」はあの説明会のときからはっきりあったように感じています。VだKだという問題ではなかった。もっと極端に書くと、勉強や成績「だけ」の問題でもなかった。人間としての総合力が大切だということですね。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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