2012.03.31 11:12

 昨日はZ会進学教室春期講習期間中、唯一のお休みでした。おとといの夜は、この3月で退職なさる方(ともうお一人)とでささやかな送別会(?)を開きました。以前、池袋教室で一緒に働いたことがある有能な女性なのですが、ご家庭の都合でどうしようもないというお話でした。何か贈り物をと考え、傘を贈りましたよ。昔からときどきお別れの際に傘を贈ることがあります。

 飲んだり食べたりして夜11時に解散。明日は休みだということでここは一人部活でしょう。新宿の某ロック・バーに行きました。バーを経営されている同世代の男性とは二十年来のおつきあいになります。まあ、謎めいたおつきあいになりますね。二十年間も知っていれば。同性だからでしょう。
 午前3時に大音響でジューダス・プリーストの「ペインキラー」を聴き、店を出てタクシーで帰りました。

 二日酔いというわけではなかったのですが、昨日はぐずぐずしていてーーおそらく5年ぶりぐらいーー午後まで寝床にいました。息子に「きのうは何時に帰ってきたの?」と訊かれ、苦笑して首をひねる。頭はぼーっとしたままです。
 息子がカップ麺を食べるのに便乗して私もカップ焼きそばを。ふだんは絶対に食べないのですが。

 風呂に入ってもだらけた気分は収まらず、いい加減な気持ちでインターネットで将棋を指しました。指しながら新聞やマンガを読んだり長いこと席をはずしたり、当然連戦連敗です。
 あちらこちらに行って用事をすます予定だったのがふと気づくと夜になっているではないですか。慌ててクリーニング屋さんにだけ行き、自宅に戻ってあとは野となれ山となれで酒盛りしました。

 あってもなくてもいいような一日だったのですが、今朝バス停で、長いこと困っていたある文章にぴったりの単語が突然ひらめきました。どうしてもそこにあてはまる単語が浮かばずここ一週間ぐらい辞書を見て苦しんでいたのですが、ぴったりの言葉がまさに天啓のごとく浮上してきた。
 こういうのは昨日の過ごし方と微妙に関係があるような気がします。徹底的に脳を休めたのがよかったのかもしれないですね。
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2012.03.29 10:36

 昨日はバランスについて書いてみました。人生はバランスの取り方がすべてであり、そのことについては瞬間瞬間忘れないようにしたいと書きました。今日はもう一つ大切なコツについて書いてみます。
 不幸と闘わないということです。これは非常に微妙な感覚でうまく伝わるかどうか心配なのですが、ともかく不幸とは闘わない、少なくとも闘いすぎないというのは重要なことだと思っています。

 こうしたことを私はあまり公の場で発言してきませんでした。何というか・・・秘儀的な要素があるのですよ。ですから、一対一の関係で相談されたときに特定の方にぽつりと伝える程度でした。伝わりかたも、それぐらいでちょうどいいのです。
 不幸というのはたとえてみれば暗闇に似ています。部屋が暗いときどうしますか? 暗闇と挌闘し克服しようといくら努力しても部屋は明るくならないですよ。

 やみくもに闘うよりはそれこそマッチ一本擦ったほうがよほど解決になります。懐中電灯があればもっと明るくなりますし、さらに電気をつければもう昼間とそんなに変わりません。
 闇を凝視し続けるのではなく、ほかの要素を取り入れる知恵ですね。そのまま人生にも応用できます。幸福な要素ーーそれこそはじめはマッチ一本分程度かもしれませんがーーをあなたの人生に積極的に取りこむ意志を持ってください。

 今日の夕飯が煮魚だった。そして、あなたは昔から煮魚が大嫌いでした。「煮魚かよー」不幸ですね。
 しかし、よく見ると食卓には煮魚だけが乗っているわけではありません。真っ白な温かいご飯があるし具の入った味噌汁もあります。漬物もあるしもう一品簡単なサラダもついていました。おなかがぺこぺこなときのことを思い出してみてください。白米だけのおむすびがどんなにおいしかったことか。

 それぞれの不幸がたいしたことではないという意味ではありません。ただ不幸を嘆き続けるというのは闇を凝視し続けることに酷似しています。闇の認識を次々と深めているにすぎません。そうした闇の連鎖にふと明かりをもたらす工夫。それが人生を好転させるのです。
 自分自身が光源になれるといいですね。他者に対してというより自分に対して。光源である「私」がいれば、「私」の人生はいつも明るい。明るさは主観であり、幸福もまたそういう要素が強いのです。
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2012.03.28 09:14

 昨日、昔の生徒が遠くから渋谷教室までいらしてくださいました。若干迷いが生じているようでしたが、しっかりした人なので心配はないでしょう。
 私はこういう話をしました。以前もどこかで書いています。高いところを綱渡りする名人の話。何かでご覧になったことがあるでしょう。世の中には高いところを長い棒を持って一本のロープのうえを歩いて見せるすごい人がいます。

 人生も同じようなものです。危ないと言えば危ない。だからこそ世の中の全員が「幸せになろう」と強く意志しているにもかかわらず、こんなに不幸を嘆く人が多いのです。綱渡りですよ。
 綱渡りでいちばん大切なのは「常に」バランスを保つことですね。右、左、右、左と小刻みにバランスを保つ。名人のそんな映像が記憶にありませんか? 常に、でした。一瞬も油断できません。「常に」意識してバランスをとっています。それだけが秘訣です。

 私はときどき同年代の方に「歳をとっても体型が維持できていいですね」と言われることがあります。「そういう体質なのですか?」と。
 私はただ単に毎日体重をはかっているだけです。現在の調子がいいので、増えた日は食べる量をセーブし、減った日は食べる量を増やします。それを毎日ーーつまり365日常にーー実行している。ただそれだけです。
 
 うまくいっている人を見て、あの人にはべったりと(?)変わらぬ何かがあるのだろうという気持ちになりがちですが、綱渡りの名人にしても「渡り切ろう」という強い意志を持っているだけで、その一瞬一瞬は常に生きものであり、変化して(させて)います。
 勉強もそうです。強い意志を持つところまではいいのですが、ちょっと調子を崩したからとそのままやらなくなってしまったら綱から落ちてしまいますよ。

 勉強をサボってしまった(左に傾きすぎた)なら、翌日はちょっと多めにやれば(右に傾きを戻せば)いいだけじゃないですか。それを意志が弱い自分はもうぜんぶ諦めた! とすぐに癇癪を起こすからいけない。そういう態度でいたら、いずれ本当に「勉強の綱」から落ちてしまいますよ。
 物事がうまくいっている人はバランスの取りかたが上手です。一度決めたらあとは楽だという発想そのものを変えてください。すべての瞬間が命を持っている。それこそが「生きる」ということではないですか。
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2012.03.27 11:15

 眠っているときに夢を見ますね。そのたびに起こすようにすると、人はだんだん変になってくるそうです。被験者の脳波をとり、夢を見るたびに起こす。するとほんの数日間でみんなおかしくなってしまう。精神的に不安定になる。
 夢には何かしら大きな役割がある・・・ということなのでしょう。不思議ですね。

 十数年前のことですが、ある本で、夢を見たらすぐに書き留めておくと面白いことがわかるという記事を見つけました。軽い気持ちでやってみたのですが、確かにはっきり意志を持つと夢のたびに起きられるようになります。枕元に置いた紙にメモしておきます。
 ところが10日もたたないうちに私自身の調子が悪くなってきました。精神的におかしくなってきた。これは危険だなと思ったので中止しました。

 昨晩は非常に変わった夢を見ました。ぬいぐるみぐらいの小さな子牛を抱いて小川に向かっていました。子牛は食材で小川で洗ってきなさいと命令されたのです。命じたのはよくわからない存在でした。とにかく絶対にそうしなければならない。
 しばらくすると掌に鼓動みたいなものが伝わってくるではないですか。生きているのか! じっと見ているとそのうちゆっくり目を開きました。話しかけると人間のようにうなずいたりします。

 これは食べられないぞと思いました。こんな哀れなものを食べられるわけがない。逃がしてしまおう。小川のあたりで適当に放してしまえばいい。で、逃げられたとウソをつこう。
 ここでおかしいのですが、そのときの私の記憶のなかには「以前は羊を逃がした」といういきいきとした映像がありました。それもかなり大きな羊を逃がしている。あの羊はいまごろどこでどうしているだろうとも考えました。

 捨て場所を探しているうちに子牛がだんだん重くなってきてふと目が覚めましたが、こういう夢が何を表しているのか夢判断で調べてみてもよくわかりません。
 ただやはり自身の本質は出ているような気がします。生きていたと驚くときの感情だとか命令どおり動くか逃がすか迷う際の葛藤だとか。何かしら浄化と再生のシステムが働いているのかもしれませんね。
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2012.03.26 13:11

 昨日は何ヶ月ぶりかで日曜日にお休みをいただきました。休講期間ですからね。普通はそれでも何かしら催し物が入っていたりして、こういう仕事(高校受験塾の仕事という意味です)をしていますと土曜日曜祝日はお休みできません。そもそも授業が入っていますからね。高校受験部の仕事に復帰した2004年春以来、日曜日はほとんど休んでいないのではないかと思います。

 私は1970年代のソウル・ミュージックばかりを収めた輸入盤CDのボックスセット(?)を持っているのですが、それを携帯用のプレイヤーに録音して半日つぶしました。自分の気に入ったものだけを録音したのですが、6枚もあるのでけっこう時間がかかりました。
 モーメンツ、エディ・ホウルマン、シルヴィア、スタイリスティックス、ジョニー・ブリストル、ルー・ロウルズ、タワー・オヴ・パワー、スピナーズ、ドラマティックス、ビリー・ポール・・・延々とヒット曲を収録しました。

 先日は息子の18回目の誕生日でした。革の財布をプレゼントしたのですが、間違えて予定よりずいぶん高いものを買ってしまいました。休憩時間に近所の皮革製品専門店に行ったのですが、値札がほかの商品のものだったのにその棚に置かれているのはぜんぶ同額だと勘違いして選んでしまったのです。値段を言われた瞬間迷いましたが、まあ大学生になった記念だと考えてそのまま払いました。多めに持っていてよかったですよ。

 息子は平均的な都立高校に通っていました。必ずしも皆さんが大学進学を考えているわけではない高校でしたので、ある先生が特別に大学に行きたい生徒を集めて勉強をさせてくださっていました。朝と昼休みと放課後と、息子は仲間とそこで勉強していました。
 その先生に私は合格のお礼を言いたかったのですが、当の本人の息子自身が「恥ずかしいのでやめてくれ」といやがるのでいままで何も言っていませんでした。

 正式に卒業して、もういいかなと言うので、お礼の手紙を書いておこうと思います。息子は高校で唯一その先生のおっしゃることだけは聞いていました。芸術方面にも造詣が深い国語の先生という話でしたが、そういう先生が気難しい高校生から尊敬されるのは、ちょっとわかるような気がします。
 高校の卒業アルバムを見たのですが、自分の子どもは高校では浮いていただろうと思いましたよ。それでも、その先生との出会いはとても大きかったと思っています。結局、個の関係が大切なのですね。
 
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2012.03.24 13:00

 昨日の話の続きです。続きではないか。
 中野坂上駅の改札口左手側にあったベンチで小学生の私はあたりを写していました。デッサンですね。夜父親が迎えに来てくれた記憶があります。2年生ぐらいだったのかな。
 そこにこわそうなオジサンが来て私の横に座った。作業服を着ていました。

 ぼうずは絵描きになるのか、と声をかけてきた。私は違います、宿題ですとか何とか答えました。両親の躾が厳しかったので、幼少時から私はきちんと敬語を使うことができました。
 オジサンーーいまの私よりは若いですねーーはしばらく私の絵を見ていました。そのうちぽつりと「オジサンは刑務所を出てきたんだ」と言いました。「人さまのものを盗んだんだ」

 ちょっとびっくりしましたが、ふーんという感じでうなずいて絵を描き続けました。目の前のすごく太い柱を苦心して描いた。こわいという気持ちはありませんでした。
 しばらくしてオジサンは、頭を抱え込むような前のめりのポーズになりました。私はオジサンが泣いていることに気づきました。私ぐらいの子どもがいたのかもしれないですね。

 15分ぐらいでしょうか。オジサンは気を取り直したように顔をあげました。私の頭を撫で、「ぼうずはおれみたいになっちゃだめだぞ」と声をかけて改札口と逆の方向に歩いていきました。あれが原点です。
 私の仕事(というか人生すべてそうなのですが)のなかでいちばん大切なことが他人の話を聞くということだと思っています。アドヴァイスはできなくていいのです。ご本人がどうすればいいのかいちばんよくご存知ですから。

 生徒や保護者の方のおっしゃることを聞く。仲間の話を聞く。心をこめて聞く。そのために「いつでも何度でもお目にかかります」とお伝えしています。
 自分自身の子どももそうやって育ててきました。余計なアドヴァイスはしない。ときには「面白いな」とか「それでいいじゃないか」とかだけ言って、あとはひたすら静かに聞く。
 人生で忘れられない十人をカウントしていったらあのオジサンは間違いなく入ります。あのオジサンが自分の進むべき方向を暗示してくれたと思うことさえあります。
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2012.03.23 14:18

 だいぶ昔読んだ本に面白い実話が書かれていました。何の本だか思い出せるとよかったのですが。
 先進国の人間がどこかの原住民に短いフィルムを見せたそうです。感動的な人間ドラマ。もちろん言葉は通じませんから演技でわかるようになっていたのでしょう。そして上映後、何が映っていましたか? と質問した。

 すると多くの原住民が「ニワトリが映っていた」と答えたそうです。質問したほうは拍子抜けして「他には何が映っていましたか?」と重ねて質問したのですが、原住民たちは「ニワトリ以外はあまりよく覚えていない」と答えたそうです。
 重要な家畜だったのでしょう。こんなにたくさん元気なニワトリがいて羨ましいなと考えたのかもしれませんね。

 小学校の低学年のころ、地下鉄の駅で絵を描いてくるという宿題が出たことがありました。私は自宅の近所の中野坂上駅(当時は小さな駅で、地上に出たすぐのところに大衆食堂が二つ並んでいました)に行き、絵を描きました。私がベンチに座っているとちょっとこわそうなオジサンがやってきて話しかけてきました。すごく面白いやり取りがあり、最後にオジサンは涙を拭いながら去っていくことになるのですが、その話はまた別の機会にでも。

 とにかくそうやって一生懸命写生した絵を学校に持っていったのですが、何とやり直しになってしまいました。
 理由は「どこにも地下鉄が描かれていないから」でした。私は不満でしたよ。確かに先生は「地下鉄の駅に行って写生してきなさい」とおっしゃっただけで、地下鉄そのものを描きなさいとはおっしゃらなかった。まあ、ほとんどのクラスメートの絵には地下鉄の車輌が描かれていましたが、幼い私にとって地下鉄の駅といえば構内の人の流れがすべてだったのです。

 どこに焦点をあてるかということで、人生は大きく変わってきてしまうものです。国語の勉強もそうです。一つの文章を読む。作者が伝えたがっているところを深く洞察してやるぞという意志、文章のなかに自分が知らない語彙や概念がどれだけ入っているかなという好奇心、そしてせっかく学んだことは自分のなかに教養としてどんどん貯めていこうという積極性ですね。そういう心構えがとても大切だと思います。
 漫然と読んだ、あるいはいやいや読み飛ばしたではいけないわけですね。丁寧に勉強するというのはそういう意味なのです。
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2012.03.21 13:36

 あの人は正常だとか異常だとか言いますが、この正常ということについて考えてみたいと思います。これ、要するに平均的ということにすぎないですね。そのときのその社会でだいたい平均的であるということです。平均的な考え方ができ、平均的なふるまいができる。
 社会そのものの病理は問題にならない。ですから、戦争中はーーやむをえないことだと思いますがーーより多く闘う意志を持つ人間のほうが正常で、友愛ばかり説く人間は異常ということになりかねません。

 正常であることと幸福であることとはまた違った側面を持っています。とことん正常ではあっても幸福ではない人間は大勢いますね。つまり正常であること、社会(周囲のみんな)に認めてもらうことだけを目標にしていると、本当の自分が見つからなかったり抑圧してしまったりということが起きうるわけです。

 私自身は異常とまではいかないと思いますが、普通の日本の50代のおじさんとは考えていることが全然違うかもしれません。こういうのはいちいち発表するものでもないので書きませんが、まあとんでもないことも考えていますよ。また、当然考えるべきであることが全然考えられていない。その程度の異常さは自分自身になりきるために、もうどうでもいいと思っています。

 そういう「変な居心地の悪さ」、「他者との違和感」みたいなものは幼少時からつねに感じていました。若いころは矯正してそれこそ「正常」にならなければいけないのではないかという強迫観念も抱いたのですが、この年齢になると私自身が社会に(多くは生徒にということになると思いますが)お役にたてている一番大きな要素はその「違和感を抱えたまま大人化」した部分ではないかと思うのです。

 自分の息子が成長していく過程で、私はふと私自身の子ども時代にもいまの私のような人間が側にいてくれたらよかったのにと考えたときがありました。個性について、社会通念について、人間のあり方について、はたまた性や神や死についていろいろな話を聞かせてもらえただろうという気がしたのです。
 ただそうやって育ってしまったら現在の私には決してならなかったはずで、他者に対する姿勢もまったくべつのものになっていたでしょう。そう考えるといまの形でよかったのかなとも思います。
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2012.03.20 12:57

 あなたがどなたかを好きになったとします。よくあることですね。いわゆる誰かが誰かを「愛している」状態。この人ほど価値のある人間はいないと頭から信じこんでいる。
 ところが、彼(彼女)が学校(職場)で全員にとてつもなく価値があると考えられているかというと、必ずしもそうではありません。彼(彼女)にも敵がいるはずです。世の中そういうものです。

 その人はあなたの愛の「源泉」に見えるかもしれませんね。しかし、その感情は自分のなかにもともとあったものでした。対象があらわれたので自分自身から湧き出てきた。いつでも対象物は投影された自身の何かにすぎません。
 彼(彼女)のことを考えるとうれしくてうれしくて仕方がない。夕暮れ時の浜辺を歩きながら、なんて素晴らしい夕日だろう! と大感激します。

 その同じ夕日を親しい友人を亡くした人間は「なんて悲しい夕日だろう!」と涙を流しながらながめている。一つの同じ光景に「なんて素晴らしい」という価値を与えたのも一個人なら、「なんて悲しい」という価値を与えたのも一個人です。
 要するに原点は自分だということです。自分自身が自分の世界を作っている。好きも嫌いもいいも悪いもみんな自分だけの選択です。

 私がこういうことを書くのは、自分はまったく無力だと思いこんでいる生徒が少なからずいるからです。勉強が全然面白くない。面白くないという意味を与えたのはあなた自身です。たしかに周囲の働きかけも悪かった。食傷気味のあなたに、もっともっとと勉強を強いたのでしょう。
 ただ現時点での最終的な判断を下しているのはあなた自身です。何か一つでもいいから面白いところを見つけようとまでは考えていない。

 落ち着いてもともと持っている力を取りもどすところからはじめてください。あなたは無力ではありません。「自分は無力だ」という観念に凝り固まっているだけです。
 もう少しリラックスするといいですね。責めているわけではないですよ。力の源泉、愛の源泉が自分であるならば、どうにでもやり直せます。いつからでもどこからでもーー間違いなくーーどうにでもやり直せます。
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2012.03.19 13:54

 昨晩はこのビルの9階の大学受験部の教室をお借りして、卒業生の合格祝賀会を開催しました。いやー、たくさん来てくださいましたよ。ピザを40枚ですよ、40枚。40枚のピザを時間差で注文しておいたのですが、どんどんなくなっていきました。ほとんど残らなかった。
 ほかにもシュークリームとかエクレアとか100個以上事務のおねえさんたちが買ってきてくれました。大騒ぎですよ。

 ビンゴゲームをやり、商品を出しました。1等がディズニー・ランドのペアチケットかな。自慢ではありませんが、私はディズニー・ランドに一度も行ったことがありませんし、これからも行かないのでよくわかりませんが、皆さんすごく盛り上がってくださったのでそれなりにいい景品だったのでしょう。
 ちなみに私の息子も「おれはディズニー・ランドはだめだ」などと言っていましたが、変なところまで遺伝してしまって困ったものです。

 私が渋谷教室に来たのはちょうど1年前のことですから、私自身は彼らのことを1年間しか見ていません。ただ皆さん、本当にこちらにまで気を遣ってくださっている感じが伝わってきました。大人なのでしょうね。ふざけて走り回ったり大声を出したりしていても、何かしらやさしい配慮がある。そういうことは見ていてはっきりわかるものです。
 何人かの生徒からは一緒に写真を撮りたいと言われ、撮ってもらいました。昔はわざと変な顔をしたりしたのですが(どうしてもそういう気分になる)、いまは普通に写ることを心がけています。

 これでお別れだと思うとちょっと寂しいのですが、困ったことが出てきたらまた来てくださるかもしれませんね。じつは昨日は、祝賀会とはべつに昔池袋教室で教えていた生徒が大学合格の報告に来てくださいました。いわゆる超一流大学に現役で見事に合格されていました。さすがです。
 その子は昨年ふらりと渋谷教室に現れたことがありました。高校部の授業のまえだったのでしょう。何か不安なことがありそうでしたので、簡単な手紙を出しておいた。そのお礼を言われました。

 そうなのですよ。人間、問題が生じたときにその解決策は提示してもらえなくても、あるいはそもそも抱えている問題については説明できなくても、懐かしい場所なり人間なりを見ると何となく落ち着くことがよくあります。心配事が出てきたらふらりと来てくださるといいと思っています。
 まあ、このブログもそんな思いをこめて書いている部分はあるのです。まだこの先生こんなこと書いているのか・・・ぐらいでもほっとする(元)生徒がいるかもしれない。偉大なるマンネリズムというものがあるのですよ。
 
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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