2011.10.31 13:15

 休みの日に遊びに行きますね。ご家族で、友だちと、恋人と、約束をして遊びに行く。楽しいところに行く。まあ、趣味はいろいろでしょうが、お互いに楽しそうだと納得した場所に行きます。何とかランドとか何とか競技場とか何とか公園とか。
 で、いよいよ帰るときになる。「あーあ、うちに帰るのか」と心底がっかりしたりする。「楽しいことはぜんぶ終わっちゃった」

 うちというものが楽しくないというのはどうしてなのでしょう。うちに帰るのが苦痛だという話はいろいろなところで聞きます。生徒からも聞きますし、大人の方からも聞く。うちが苦痛だ。うちに帰りたくない。
 建物が苦痛だという人はほとんどいません。建物ではなく、人間関係が苦痛だということです。ご家族なのに。あるいはご家族同様なのに。

 多くの方は「相手が悪い」と言います。親が悪い、子どもが悪い、奥さんや夫が悪い、だから楽しくない場所になってしまった。自分が悪いとおっしゃる方はほとんどいません。
 そういう印象を持たれているのであれば、非常に不幸な状況ではないかと思います。自宅が苦痛では、仕事も勉強もはかどらなくて当然です。ご家庭はある意味で人生の大前提ですからね。

 となると、ご家族のどなたかが「うちは苦痛」というのであれば、早急に改善する必要があります。楽しいとまではいかなくても心やすらぐ場所でなくてはいけない。お互いにお互いが不快にならないように努める義務があるでしょう。
 だれか一人が怒鳴ったりするとそれが一つの指標になってしまう。関係性を五分五分にするために相手も怒鳴り返す。手が出れば相手も同じ関係を保つために暴れます。あるいは、エネルギーを封印して完全に貝になってしまう。

 私は息子のためにたいしたことをできませんでしたが、自分のうちを穏やかな場所と感じられるように維持することだけは気をつけてきました。家にいるのが苦痛ではないという状況を作るということです。結果、自宅でごろごろしすぎるきらいはありますが、家にだけはいたくないなどというよりはよかったと思っています。よりよい空間を築くというのは、やはり大人側の努力でしょう。相手が変わればよい空間になるという姿勢ではなかなか難しいと思います。
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2011.10.30 08:30

 ボビー・ウーマックの隠れた名曲です。彼の曲はどれも素晴らしいのですが、この曲は本当に名曲だと思います。確か息子さんを亡くされた直後に発表されたアルバムに入っていたのかな。関係ないようでいて、何かしら緊張感が漂っています。私が勝手に感じているだけかもしれませんが。
 
 大学時代、怠惰な生活を送っていました。午前4時から当時のFEN放送でソウル・ミュージックを流していました。それを聴きながら眠る。翌朝(昼だな)午後1時から同じ番組が流れている。今度はそれを聴きながら起きるという日々でした。そこで偶然この曲を知りました。
 そのときはタイトルがわからなかったのですが、何十年もたってからあるバーでタイトルを知りました。その後CDを買いました。

 昨晩、ずーっとこの曲を流しながら寝ました。おかげで変な夢をたくさん見た。ほとんど眠れなかった感じですが、もともと私は寝なくても大丈夫なので気分は爽快です。
 きのうは大学の同窓会の二次会に行きました。まじかよ、という感じですね。よく出ていったな。

 いろいろ考えました。考えるというのは変なのかな。それこそ当時は緊張してほとんど会話もできなかった憧れの女性なんかもいるわけです。大人になったせいでさすがに冷静に話はできますが、そうやって話せてしまう自分にどこか失望したりする。多くのものを得た、しかし何かしら失ったなと。
 三十数年まえ、ろくに話もできなかった自分の感性は貴重だったと思います。この曲を聴いているとそういうことを考えます。

 いや、こんなことを書いているということ自体あんまり変わっていないということか。自分らしく生きます。キリマンジャロの豹だな。
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2011.10.29 09:22

 今日は大学の同窓会(の二次会)があり、夜は少し早めに帰ります。こういう会に出るのは本当に最初で最後だろうな。じつは私は大学の入学式は欠席しました。卒業式ももちろん欠席。卒業写真も撮りませんでした。中学高校の同窓会は一度も出たことがありません。そういうところは徹底しているのです。
 
 たとえばバス停にバスが来ているのが見えたとします。何人か並んでいるので走れば間に合う。私は走りません。そんな風にぎりぎりに自宅を出ていないという矜持みたいなものがある。で、ゆっくり歩いていくわけですが、何かの都合でそれでも間に合ってしまうことがあります。ゆっくり歩いてきたのにバスの扉がまだ開いている。
 そういうときは乗りません。間に合っても乗らない。自分で乗らないと決めていたバスに乗るのがいやなのです。

 すべてがそんな感じなので、私以外の人間が私になったら生きにくいと思いますよ。自分なりの美学なのですが、たぶん他の方には完全に「バカ」に見えると思います。あいつ、バカじゃなかろうかと。
 それでいいのです。私がバスに乗る乗らないでどなたかに迷惑がかかるわけでもないですからね。生きたいように生きるのがいちばんだと思っています。

 三十年以上、お会いしていないのでたぶんお互いにわからないでしょうね。仕事の関係で遅れて行かなければならないのですが、お店に入ってよくわからなかったらーー私のことですからーーそのまま帰ってきてしまうのではないかと心配になります。二十代のころ、大阪で祖母のお葬式の最中移動場所がよくわからなくなり、一人だけさっさと新幹線に乗って帰ってきてしまったことがありました。

 あとで両親から「おまえという人間はどうなっているのだ」と嘆かれましたが、自分らしい行動だったと誇りに思っています。息子も私のこういうところが好きなのです。私は自分のことを「ギターを弾けないリッチー・ブラックモア」だと思っているのでこれでいいのです。

 

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2011.10.27 13:18

 自習室を開放しているのですが、見ているといろいろなことに気づきます。何となく友だちと一緒にいたくて自習に来ている生徒もいる。もちろん勉強もしているので、それはそれでいいのですよ。友だちと一緒だと励みになるのですね。
 一人で黙々とやっている人もいる。授業後は教室が空くので、自習室とはべつの部屋にこもって勉強している人もいます。だれもいないところの方が集中できるということなのでしょう。

 本部からは22時には必ず生徒を帰しなさいと言われています。ただなかなか質問が途切れないこともあり、そのあたりは若干甘めに見ています。ここは駅から近いのでいままで事故みたいなことは一つもありませんでしたし、何よりも彼らの熱意を見ていると、突然「はい、閉めます」と言えない雰囲気があるのです。
 池袋時代もそうでした。定刻に部屋を閉めに行くと「あと、十分だけでもやらせてください」と懇願してくる男子三人組がいました。この三人は一番難しい(と言われている)国立大学付属校、一番難しい(と言われている)私立男子校、いちばん難しい(と言われている)都立高校、三人三様の高校に合格しました。そういうものなのでしょう。

 群れないとどうしても調子が出ないという中学生もいるようですが、どこかで一人で「も」できるようになってくれるといいなと思います。競争意識を持って机を並べて勉強するのはいいのですよ。ただ何から何まですべて一緒でなくてもいいのかな。
 たとえばだれかがお腹がすいたと言う。すると必ずしも自分がいま食べ物を必要としていないと思っても何となく着いていきます。で、何となく何かを買い、何となく一緒に食べる。

 そうやっておなかが空いていないのに何となく食べるという生活があたりまえになってしまうと、見たいわけでもないのに何となくテレビを見、やることがあるというわけでもないのに何となく夜更かしをし、用件があるわけでもないのに何となく延々とメールをやりとりする・・・という状態になっていきます。
 つまり、無意識に生きているということですね。その無意識さというか鈍感さが、勉強でも(本当は勉強だけの話ではないのですが)「切れ」みたいなものをなくさせてしまうのがこわいのです。
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2011.10.26 12:59

 根拠のない自信というのはむなしいようにも感じますが、それでも全然自信がないよりは持っていた方がいいですね。何とかなるだろう、いいことが起きるだろうという前向きな感情です。自信とはちょっと違ったものかもしれませんが、とにかく持っていた方がいい。仮に受験に失敗しても人生までは絶対に失敗しないという信念。他の人に吹聴しないでもいいのですよ。吹聴するのは逆に自信のなさだったりします。ご本人が心にじっと思っていればいい。

 ときどき男女のことで若い方(昔の生徒とかです)から相談を受けるときがあります。こういうことを言う人がいる。「もうあまり好きではないのですが」と前置きして「でも、別れちゃったらもういい人にめぐりあえないような気がするので何となくだらだらと・・・」
 こういう考えの大前提には、自分はたいした人間ではないという思いこみがあります。仮にですよ。仮に百歩譲って現在のあなたが本当に「たいした人間」ではなかったとしても、あなたはあなたの努力で「たいした人間」になることも可能です。

 その努力も放棄するということですか? 好きではない人と意味もなくだらだらおつきあいをするという経験は多くの方にあることかもしれません(私も大昔そんなことがあったような・・・)。それが悪いというのではないのですが、少なくとも自分にはいま以上にいいことは起きないのだという後ろ向きの感情は、あなたの人生をつまらないものにしてしまうと思います。
 自信があれば、自分にはもっともっとふさわしい人が現れるに違いないと明るく考えられるはずです。

 自信のなさをご両親ご兄弟に植えつけられてしまったというケースは案外多いですね。ご家族が「あなたは何をやっても本当にだめなんだから」などと平気で言ってしまう。だめだだめだと言われ続けて育てば、条件反射的に自分をだめだと思うものですし、逆に誰かに変に期待されると不安になったりするものです。だめである自分に安住してしまう。もうだめでいいや、だめな自分で一生通そうと決意してしまう。

 そうした心理的呪縛を解き放てるのは、じつはご自身のみです。私はこのブログを不特定多数の人間に向かって書いているわけですが、もし漠然と自信がないという方がいらっしゃったら今日この瞬間から方向転換を図られるといい。そのためにもちろん努力は必要でしょうが、ただどんな小さな努力でもスタートさえすれば、少なくとも無努力時代の自分よりは自信を持てるはずです。明るく前向きに生きていきましょうね。
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2011.10.25 13:02

 形状記憶のワイシャツは自宅で洗濯するのですが、少しだけ高級なもの(私にしてみればという程度です)はなぜかくしゃくしゃになってしまうのでクリーニングに出しています。ハンガーにかけてもらって130円だったかな。自宅の周囲にはとにかくクリーニング屋さんが多く(歯医者さんや床屋さんも多い)、値引き競争みたいになっているのですね。

 ところがこのクリーニング屋さん、ある曜日をワイシャツ・デーみたいにしてさらに10円値引きをはじめました。はじめは私もその曜日を狙って持っていったのですが、すぐにこれは何か違うという気持ちになってきました。10円値引きの日を待ち構えてワイシャツを持参するというライフスタイル(?)はどうなのだろうと感じるわけですよ。相手の意のままじゃないか、と。

 ときどき飲食店なんかでもカードにスタンプを押してくれるところがありますね。10個押したら一食分無料とか。で、お店の人がいかにもいいものみたいにカードをくださいます。それはまあいいものなのでしょうが、私は食事のたびにカードを出すのが面倒臭い&恥ずかしいのです。で、しらばっくれていると、また新しいカードを作ってくれたりする。「あ、今日は忘れてきただけで・・・」と断ると若い女の子が「では、レシートにスタンプ押しておきますから次回ご持参くださーい」と満面の笑顔でおっしゃったりする。

 1個か2個だけスタンプを押してある同じカードや変なレシートが財布のなかに大量にたまる。ときどき腹がたってぜんぶゴミ箱に捨てます。「こういう面倒な世の中に生まれてくるんじゃなかったぜ」と思います。
 どうもそのへん自分はうまく世間と折り合いをつけていけない傾向があります。ワイシャツ・デーに無邪気にワイシャツを出せ、飲食店のカードのスタンプを集められる人間になるというのが、転生したときの自分の目標です。たぶんむりだろうな。
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2011.10.24 12:53

 Z会進学教室には入会テストがあります。昨今はこういうご時勢でもありますし、生徒が集まらず苦しいからとどなたでも無条件に入会させてしまう塾も多いのですが、ここでは一貫してテスト合格者のみに入っていただくという形をとっています。ふだん通ってくださっている本科生とその時点での学力差があまりにも大きいと、塾に入ったことでかえってやる気をなくしてしまう可能性があります。良心的な意味で、現時点ではちょっと難しいですよと申し上げているわけです。

 入会テストで落ちてしまわれる方はけっこういらっしゃるのですが(とくにVコース)、がっかりしないでください。講習(春期、夏期、冬期と三回あり、講習参加には不合格はありません)から頑張って、最後の日の講習確認テストで合格点をとり、晴れて入会という方が大勢いらっしゃいます。
 つまり塾の授業は学校より進んでいるために、入会テストにはまだ習っていないところが出ているわけですね。習っていなければできないのが当然です。

 講習の確認テストは講習終了後にやるテストですから、学校でまだやっていないことも講習中に一度は勉強しています。さらに自宅でも復習(大切ですよ)することが可能です。そのうえでテストを受けるわけなので合格しやすいのですね。
 以前、こういう生徒がいました。中3生でしたが、夏前に入会テストを受けて不合格でした。だいたい6割とってほしいところを4割ぐらいだったのかな。

 夏期講習を受け、確認テストできちんと得点をとり9月から本科生になりました。この生徒はーーもちろんその後も頑張ったわけですがーー入学試験で第一志望の最難関の私立高校(大学までくっついているところです)に見事に合格しました。もちろん第二志望以下も全勝。
 入会テストで落ちてしまったときは(私が連絡しました)、お父さまががっかりされていたのですが、講習から来てくださったのでうまくいきました。そういうケースがほとんどですね。

 もし、いままでに入会テストで落ちてしまわれて、それでもやっぱりZ会進学教室で勉強したいなと思っている方がいらっしゃったら、冬期講習から参加されるといいと思います。そういう方はあなた一人ではなく、大勢いらっしゃるということです。ですから、妙な劣等感は抱かずに堂々と講習に臨んでみてください。塾でも何でも、やはり通いたいところに通われるのがいいですね。
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2011.10.23 12:00

 昨晩、中学2年生のある男子生徒がイケ面副教室長W先生のところに数学の質問を持ってきました。するとこれがものすごく難解な図形問題だったようです。日ごろW先生のところには受験生がたくさん質問を持ってきますが、どこの入試問題でも彼はちらりと見ただけで解法を導き出してしまうので、無口になって真剣に考えている姿は珍しいと思いました。

 彼の名誉のために断っておくと、解けることは解けるのですよ。解答は出る。ただ彼らがまだ習っていない方法を使わなければならない。そこで中2が知っている知識だけで何とかしようとするのですが、なかなかいい解法を思いつかない。
 その場に実力派の数学の先生が二人いらっしゃったので、三人でさらに考えたのですが、なかなか解答は出ませんでした。

 こういう状況ははじめてでしたので、私はその生徒に「この問題を出された先生はどういう先生なの?」と訊いてみました。すると案の定「数学マニアの先生です」という答が返ってきました。面白い授業を展開する先生で、やたらと難しい問題を作ってしまって定期テストの学年平均点が4割などというときもあったそうです。凝るタイプなのでしょう。

 私もときどき中学生が学校で習っていないことを教えるべきかどうか悩むことがあります。古文とか文法とか。高校生が学ぶ知識を使えばすらすら解釈できることがたくさんある。それをどうするか。
 一つの考え方として、そのときどき必要な知識を与えてしまう方法があります。たとえば「これは打ち消しをあらわす接続助詞というものなので覚えておきなさい」でいいですね。

 ただそうした一つ一つの知識は小回りがきかない面もあります。そこで、どちらかというと知識より知恵みたいなものを重視したいと自分は考えるわけです。これはまだ習っていないだろう、ただ下の部分で花の盛りであると書いてあるということは散っているのかいないのか常識的に判断できることに気づかないか・・・という感じですかね。
 どういうときもーーたとえ知識がなくてもーー臨機応変に考えられる柔軟さを身につけてほしいと思っているのです。知らないことにも答えられる知恵。国語だけの問題ではないのでしょうが。
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2011.10.22 09:43

 近所の洋食屋さんの話、三回目です。
 はじめはぶっきらぼうだったご主人と少しだけ言葉を交わすようになったというお話を前回書きました。それからも週に一度は必ず行くようにしているのですが、いろいろなことがわかってきました。ご主人の歳も家族構成もぜんぶわかりました。聞き出したわけではないですよ。あちらから話してくださったのです。

 ご主人はテレビにも出たことがありました。お店が取材されたのです。どこにでもある洋食屋さんなのですが、たしかにチェーン店に比べたらーー感じ方は人それぞれでしょうがーー格段においしいからでしょう。ソースも何もすべて一から手作りですからね。
 取材を受けた直後はお客さんが殺到したそうです。

 ご主人がおっしゃっていました。「そういうお客さんはとにかくテレビに出たお店を次々と訪問したいというお客さんなので、なかなかリピーターになってくださらないんだよね」
 なるほどそういうものなのかもしれません。群馬県あたりから車をとばしてきたという方もいらっしゃったそうです。お店の場所がちょっとわかりにくいので、次から次へと電話がかかってきて本当に大変だった。「もうこりごりだ」と笑っていました。

 周囲の人たちにご主人が面白いから行ってみてくださいと勧めています。イケ面副教室長のW先生はもう数回いらっしゃったと思います。なかなかおいしいとおっしゃっていました。一緒に働いている女性たちにも勧めたのですが、女の方にはちょっと量が多すぎるみたいですね。昼食べたら夜食べなくてもよかったとおっしゃっていました。そこまで多いとは思えないのですが・・・

 生徒? まさか、勧めていませんよ。さすがにまずいでしょう。推薦図書と違いますからね。
 カキフライおいしかったな。今日は保護者会と授業があるので忙しいのですが、あとで行ってみようかな。
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2011.10.20 14:34

 とくに大人の方、ご自身が得意とされる何かをはじめた「きっかけ」がどういうところにあったかちょっと思い返してみてください。だいたいは身近のどなたかーー「この人は」と認めている友だち、先輩、家族、先生などーーから褒められた、励まされたというケースが圧倒的に多いのではないかと思います。
 自分は子どものころ絵が好きでよく描いていたのですが、小学校の先生に褒められたのがきっかけでした。文章を書くのもやはり大人に褒められて好きになりました。

 逆に笑われたりけなされたりしたものは嫌いになります。自分は左足が悪いので、かけっこなんかがのろいわけです。それを親しい友だちや女の子にまで笑われる。で、運動が嫌いになりました。工作なんかも両親からお前は手先が不器用だからと言われ続けるうちに、何となく忌避したい気持ちが大きくなりました。そういうものです。

 ときどき勉強がはかどらないという受験生の保護者の方から本人を励ましてくれという依頼を受けます。本人に私なりのメッセージを伝えるわけですが、あとで「いったいどういう声かけをしてくださったのですか?」と質問されることがあります。昔、合格体験記にも私が「魔法の言葉」をかけてくれたと書いてくださった保護者の方がいらっしゃいましたが、私はごくあたりまえのことを静かにーーそろそろ勉強に集中した方がいいし、それをできる人間だと期待しているという内容ですねーー伝えただけです。

 よくほかの先生の授業ではちょっと元気すぎる生徒が特定の先生の授業だけはものすごく真剣だったりするのですが、この場合、その子は後者の先生には認めてもらいたいと強く思っているわけです。ほかでどう思われようとも、この先生にだけは認めてもらいたい。
 きっかけはそんなものですよ。この人にだけは認めてもらいたい、この人からは絶対に悪く思われたくない、この人のことだけは失望させたくない。そんなところからスタートするものですし、それは非常に健全な感情だと思います。

 その「きっかけ」に保護者の方は当然なれるわけですから、そこはいろいろ工夫されたらいいと思います。まず一つには何が何でも褒めること。「褒めるところがありません」というお話をうかがったことがありますが、それは見る方の目が否定的な観念で閉じてしまっているからではないでしょうか。
 つぎにあちらからも当然尊敬されないといけませんね。「こんな人から褒められてもうれしくないや」ではいけない。我が子から尊敬されるべく、自分自身を磨いていかれたらいいですね。私自身、自戒の念をこめて書いているのですが。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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