2011.01.31 03:56

 基本的に仕事が休みの日は記事を書かないつもりです。毎日書いていると話題が枯渇して内容が薄まる気がするので、適当に休みをとった方がいいのです。
 とは言え、まあいろいろ考えますね。いまは夜中ですが、明日休みなのでずっとyoutubeを見ていました。リッチー・ブラックモアのとてつもない貫禄には考えさせられることが多々あります。トミー・ボーリン(も好きです)時代とあそこまで違いが出るのは、ギターの技量云々とはまったく別の次元の問題でしょう。

 私がいちばん好きなミュージシャンはCHARなのですが、彼には地味なのにびっくりするような名曲がたくさんあります。「レストラン」とか「バルコニー」とか基本的に無名の曲ですが、こういうのをさりげなく残せるところにすごさがあるのでしょう。1977年、私は彼の「シャイニン・ユー・シャイニン・デイ」という曲を新宿のゲームセンターで偶然聴いたのですが、まさか自分と同い年の日本人が作った曲だとは思いもしませんでした。ブルー・アイド・ソウルだと思ったのですね。日本人の曲だということをあとになって知って、ついにこの水準まで来たのかと感慨深く思いました。

 影響を受けた人間を十人挙げてみます。リッチー・ブラックモア、CHARは確実に入りますね。将棋の大山康晴永世名人、ヘルマン・ヘッセ、神秘家OSHO、俳優のテレンス・スタンプ、精神世界のバシャールもけっこう影響を受けました。ヘミングウェイ、太宰治、あと一人となると迷いますね。ある意味で、息子には影響を受けたと思っています。それで十人か。

 高校一年生のときに生まれてはじめて小説を書きました。家庭教師の先生に見せたら「ヘミングウェイみたいだな」と言われました。そのひと言にすがって生きてきたような側面もあります。大人の自分が生徒に与える言葉は非常に重要であると考えています。
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2011.01.30 12:59

 本日新年度に向けての新中1講演会というのを実施いたしました。熱心な保護者の方が集まってくださいました。なかには小学生ご本人もいらっしゃったのですが、こういうとき迷うのですよ。夢をこわすようなことを言ってはいけませんし、逆に実際のところを隠しておくというのも感心しません。一年生のときは目一杯遊んでいてもいい高校に入れますよなどといい加減なことは言えないわけです。勉強だけはきちんとしてくださいというお話になってしまいますね。

 お子さんが中学生活をスタートするにあたって、どういうご家庭の文化を作っていくかということも考えてくださると安心でしょう。そんなおおげさな・・・と思われるかもしれませんが、たとえば読書をするというのも文化ならテレビばかり見るというのも文化ですし、ただだらだらしている、うんとスポーツに励む、ゲームに熱中するなどというのもみんな一つの文化の形です。勉強ができるようになりたいということであれば、そうした背景作りは大切です。

 中学生のお子さんだけ勉強の文化で、あとの方は遊びの文化というのはどうでしょうか。それではご本人が反発してしまってうまくいかないでしょう。
 たとえばおうちの収入が何かで減れば、一家がみんなで倹約していかないといけないですね。それもできるだけ明るくやらないといけません。同じことで、家族のどなたかがあることで頑張るというのであれば全員の明るい協力は必要だと思います。とくにご兄弟の理解は大切です。

 中学に進む、高校に進むということは、基本的にはよりレベルの高い勉強をするということです。部活や行事のことばかり楽しみにしている人もときどきいますが、そもそも「進学」という言葉があるぐらいなので、勉強を第一に考えなければいけません。その前提がぐらついている人はちょっと心配ですよ。
 
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2011.01.29 09:59

 とくに隠しておくような話でもないので書いてしまいます。何人かの保護者の方には次年度に私が担当する授業についてご質問いただいたときにお話したのですが、今年の3月から私は渋谷教室に移ることになりました。丸七年間、池袋にはお世話になったのですが、これでひとまずお別れです。どうもありがとうございました。

 もともと私はーー十年以上昔ーー代官山教室というところに勤めていました。そこが進化発展して現在の渋谷教室になったわけで、もといたところに戻るような感覚もあります。代官山⇒三鷹⇒高校部⇒池袋と変転してきたわけです。池袋の七年間というのがいちばん長かったのでやはり名残惜しい感じはあります。たくさんの生徒を教え、たくさんの生徒と話をしました。七年間、私は一度も生徒を叱りませんでしたよ。

 七年間いろいろなことがありました。自宅を出ているのに来ていない生徒がいました。帰宅している時間に帰っていない生徒というのもいました。カンニング事件というのもありましたし、同じクラスの生徒に意地悪されたという苦情をいただいたこともありました。変なメールをクラス中の仲間に送った子もいました。
 しかし、すべてきちんと片づきました。声を荒げたりする必要はまったくなかったですね。

 要するに一対一の対等の関係なのです。すべて一対一のつもりで手紙を書いたり話をしたりしました。保護者の方とも一対一です。生徒を何百人お預かりしていて、これまでの実績がどうで・・・というような気負いは自分にはまったくありません。そういう統計みたいなものを前面に出すのは、むしろ感心しないことだと思っています。改めて、すべての方と一対一ですね。恋愛と同じですよ。

 2月いっぱいは池袋にいます。まあ、電車で十分ぐらいの距離ですからね。今後ともよろしくお願いいたします。
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2011.01.28 13:32

 来月、また関西でお話させていただく機会があります。例の「受験生の親の心得」というやつですね。昨年も2教室にお邪魔してお話いたしました。三十年間も高校受験生を見ていればいろいろ気づくこともあり、こういうところに気をつけてみたらいかがですか? 程度のご提案はできるのかなと思っています。実際にいい方向に流れ始めたというお話をうかがうとうれしいものです。まあお時間がございましたら、どうぞいらしてください。

 まえの晩は大阪に泊まるわけですが、適当なホテルを見つけ予約しようと電話したところ「インターネットで申し込んでください」と言われてしまいました。インターネットで申し込むと安くなるプランがあり、それは電話では予約できないと言うのですね。「インターネット限定プランですから」
 わざわざ電話をかけたのですからとってくれてもよさそうに思うのですが、そういうわけにもいかないのでしょう。

 私はじつはインターネットの利便性がいやなのです。ホテルなんかはやはり予約係の方の声をきちんと確認したいという気持ちがあります。ホテルによって雰囲気がずいぶん違うのですが、そういうのを比べるといろいろ勉強になります。やはり高級なところの方が受け答えはしっかりしていますし、たとえば深夜に電話をかけても、きちんとしたホテルはじつに丁寧に対応してくれます。

 しかしまあ、仕方がないだろうな。電話申し込みとは全然値段が違うみたいなので、これから予約してみようと思います。一瞬日帰りでとも思ったのですが、講演会は午前中からなので、万が一新幹線に何かあると行き着けないですからね。まえの晩から泊まろうと思います。
 1993年の夏だったかな、東海道新幹線で大きな事故があり、始発から走らなかった日がありました。あのとき私は偶然名古屋に一人で旅行中でした。改札口で泣いている十代の女の子を目撃しました。友だちが一生懸命慰めている。何か大切な用事があったのでしょう。新幹線が動かず、行き着けなかったのですね。
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2011.01.27 13:34

 記事数が増えてきて、昔書いたものが何となく見つけにくくなってしまいました。いつだったか、帰宅途中西荻窪の駅から歩いていると、塾に通っている息子が自転車で背後から私を追い越していく・・・という話を書きました。私に気づいても挨拶もせずに走っていくのですが、私も彼ぐらいの年齢のときは外で身内に会っても絶対に挨拶しなかったので、自分に似てきたなと妙にうれしくなります。自宅に戻ると息子はとたんに人懐っこくなり、玄関先に出てきて「おれ、気づいてたよ」と笑ったりします。

 彼の通っている塾はもともと小中学生主体のいわゆる「町塾」で、高校生は例外的な存在でした。いよいよ息子も高校三年生になるので、これからは目的に合わせて大きなところに通いなさいということなのでしょう、集団授業は昨晩でおしまい、今後は特別に個別指導だけ残しますということになりました。
 中学1年生のときから通い続けていたのですが、私の帰宅時間はふだん遅いので、偶然会えるのは年に二三回といったところでした。

 偶然ではないな。そういう日は、私が意識して彼の帰りそうな時間帯を選んでいた面もあるのです。今日はひょっとするとあいつの帰りに間に合うかもしれないぞと思うと、微妙に電車の時間を調整したりしました。それももう終わりかと思うと寂しい感じがします。不思議なもので「絶対に会わない」ということになると、もうちょっとたくさん追い越されておけばよかったなと思う。ここ何日か、私はそんなことばかり考えていました。

 ところが、昨晩最後の授業から帰ってきた息子は「そのまま個別を頼んできた」と言い出しました。何をやるのかよくわからないまま枠だけとってきたという話でした。大学受験生がそんな姿勢でいいのかどうか疑問ですが、瞬間的に私が感じたのは(これでまだまだ息子が追い越していく幸せが続く)ということでした。
 極端な話、私はその幸福さえ持続すれば塾が役にたとうがたつまいがどうでもいいような気持ちもあるのです。困った親なのでしょうが、これがまた自分の本当の姿でもあるのです。
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2011.01.25 13:58

 子どものころはカレーとかハンバーグとかちらしずしとか、そんなものばかり好んでいました。好んでいましたと言っても毎日食べられるわけではなく、ハムとかソーセージなんかでもご馳走だった気がします。昭和三十年代の話です。
 テレビで「ポパイ」というアニメを見ていると、やたらとハンバーガーを食べる男が出てきます。私は母親にあれは何を食べているのかと訊きました。母親はハンバーグをパンにはさんで食べていると教えてくれました。

 で、真似して食パンにーー丸いパンは売っていなかったのですねーーハンバーグをはさんでみたのですが、そんなにおいしいとは感じませんでした。子ども心にハンバーグはご飯と食べた方がおいしいやと思ったものです。
 1970年代に入っていわゆるバーガーショップの第一号店が渋谷にできました。で、母親がホンモノのハンバーガーを買ってきた。食べたときは衝撃を受けましたよ。「アメリカだ!」と叫びたくなったほどです。

 その前年だったかな、フライドチキンをはじめて食べたときもやはりびっくりしました。普通の肉屋さんで売っている「鶏のから揚げ」とは全然違います。本当においしいものだと感じました。ああいう食文化の洗礼を受けた最初の世代だったわけですね。音楽だけはずーっと洋楽ばかり聴いていたのですが、食生活はまだまだ和風だったのだと思います。

 味覚というのは歳とともに変化しますが、私はかなり以前からいわゆるファーストフードの類を食べなくなりました。健康面でいろいろ言われていますからね。それでもすごくおいしいと感じれば食べ続けていたかもしれません。日本から撤退してしまったあるチェーン店のチリは最後のころまでときどき食べていました。
 逆に昔なら絶対に食べていなかったものを好んだりしますね。なまこ酢とかいわしのつみれとか。

 私は子どもにあまり食べ物についてうるさいことは言いません。おいしく食べなさいぐらいでしょうか。ファーストフードを禁じたりもしません。友だちとのつきあいもあるでしょうからね。
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2011.01.24 15:18

 好きなことだけしていたいという人を私はとくに批判的には見ていません。他人に迷惑をかけないかぎり何でも好きにしたらいいでしょう。なかには好きなことが勉強という人もいます。朝から晩まで勉強だけしていたい。学校の休み時間まで勉強していてときには変人扱いされたりすることもあるでしょうが、悪いことではないのでどんどんやったらいいと思います。

 池袋教室の生徒でもときどきいますね。過去問を十年以上さかのぼってやりたがる受験生。そんなに昔のものはやらなくてもいいよと言うのですが、どうしてもやってみたいと言う。「昭和のころのものもやってみたい」などと言い出して、歴史の古い他教室に昔の過去問を貸してもらったこともありました。そういう子がのびのびできるという意味で、私立高校はいい環境だと思います。

 公立高校だともうちょっと全体主義的な側面が出てきます。あまり勝手なことをやっていると浮いてしまうのですね。ある生徒ーー男子ですーー勉強ばかりしていて、先輩からとうとう注意を受けてしまいました。行事に対して全然積極的ではなく、練習みたいなものはすぐにサボってしまう。で、大学受験のことを考えて勉強ばかりしていた。先輩から「おまえは勉強以外何もできないじゃないか」と叱られたそうです。

 他者に対して「勉強以外何もできない」という批判が出てくるところが、さすがは超一流の都立高校だとも感じますし、こういう文化的土台があまりにも強いのであそこまで優秀な人材が集まっても若干浪人率が高めなのかなとも思います。いずれにせよ、集団の流れに我関せずというわけにはいかないですね。すべてのことができて当然という風潮のなかで生きる覚悟が必要です。

 ときどきやはり昔の生徒から「高校時代勉強だけやっていたらもっといい大学に合格していたとは思いますよ」というセリフを聞くことがあります。生き方に対する強烈な自負心が言葉を吐かせているのだなと頼もしく感じる場合もありますし、軽い後悔の念が滲んでいるような気がする場合もあります。
 人それぞれですが、本質的な自分を見失わずに生きてほしいと思います。
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2011.01.23 18:12

 今日は朝から珍しく渋谷教室まで代講に行きました。小6コースの授業を担当される先生がインフルエンザで倒れてしまわれたので、昨晩急遽池袋の自分のところに依頼がきたというわけです。
 クラスの人数は池袋よりも少なめで、広々とした教室を使っていい雰囲気で授業ができました。

 50分授業を一回担当しただけですから、それぞれの力までは十分把握することはできませんでしたが、順番に音読させたときにやはり巧拙の差は如実に感じられました。おそらく成績も音読の巧拙と比例すると思います。すらすら読める人はおおむね国語ができます。ということは・・・国語ができるようになりたければ、とにかくすらすら読めるように日ごろから音読練習しなければならないということですね。
 
 すらすら読むといっても、必ずしもスピードが速いということではありません。意味をきれいに取って読んでいるかどうか。意味をくみ取っていない人の音読は、聞いていてもさっぱり頭に入ってこないのですぐにわかります。よくわかっている人が音読すると、だれもが納得できるような落ち着いた表現になります。なかには、大人が朗読しているのでは? と思わせるほど上手な小学生もいます。こちらの理解するスピードにまで配慮が行き届いているのです。

 人間的にまだ十分成長していないと、自分の気分に支配されて他者のことまで考えられません。学校でも思いきりすっ飛ばして読み進め、どんなもんだいと得意な気分になってみたり、大きな声を出すのが面倒でぼそぼそと小さな声で不機嫌そうに読んでみたりします。そして先生の評価が低いと「べつにどこも間違えていないはずなのに」などと文句を言いがちなのですが、音読ほど本人の気持ちが正直に出てしまうものはありません。そこは気をつけないといけないですね。

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2011.01.22 13:39

 私は怠惰な学生時代を送りました。怠惰に生きたいと一念発起(?)して怠惰にしていたわけですから悔いはありません。もっともっとだらだらしておけばよかったと反省しているぐらいです。とくに大学時代はひどかったですね。留年もしましたが、それでも毎日基本的に昼すぎまで寝ていました。明け方まで必ず起きていたからですね。空が白むまで起きているということが非常に美的に感じられたのです。

 起きるのは音楽を聴くためでした。平日午後の2時からFEN放送でラテン音楽をやっていて、それだけは毎日欠かさず聴いていました。ラテン音楽がとくに好きというわけでもなかったのですが、ソウルやジャズと微妙にかぶる部分も多くて、物珍しかったのでしょう。ときどきどきりとするぐらいいい曲が流れることがあります。ところが女性DJの言語が英語ではないため、だれの何という曲なのかなかなか判別できません。タイトルが英語の曲も紹介のポイントがつかめないので、どの曲なのか判然としないのです。

 ガト・バルビエリの「シー・イズ・ミッシェル」という曲もそんななかで偶然見つけた名曲です。はじめて聴いたとき、あまりにも美しいインストルメンタル曲だったので、私は何年もやめていた日記をその日から再開したほどです。曲名はわからなくても、ここまで美しい曲を聴いた日を忘れてはいけないと思ったのです。1979年1月19日金曜日。この日から私は数年ぶりに日記を書きはじめたのでした。

 それから毎日番組を録音して注意深く聴きました。ヒット曲ばかり流れるので、待っていれば必ずまた聴けると信じていました。二度かかりましたがやはりタイトルを確認できず、一回は誤解してほかのミュージシャンの全然関係ないアルバムを買ってきてしまいました。
 ついにタイトルがわかったのは丸一年近くたってからです。この季節になるとときどき思い出して聴きます。youtubeでも聴けますが、じつに美しい曲だと思います。
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2011.01.21 15:10

 都立高校の推薦入試が近づいてきました。上位校ではそれこそパーフェクトの素内申45を持っていても落ちることがあります。優等生ばかり集まってくるからですね。受験生には落ちても気にせず一般試験で堂々と合格できるように力をつけておきなさいとアドヴァイスしています。実際いままでも、素内申がある程度あっても落ちると気分が悪いのであえて推薦は受けませんという生徒も何人もいました。はじめから一般試験狙いです。

 そうは言っても受ける当日の心構えとしては「落ちて当然、入ったら儲けもの」ではちょっと問題があります。こういうのは男女関係に例えてみるとよくわかるのですが、もしあなたに「だめでもともと、つきあってもらえたら儲けもの」みたいな下心を持ちながら表面上は「真剣に」好きですなどと近寄ってくる人がいたら、どこが「真剣」なんだと何となく腹がたちませんか?

 私はあなたが好きだし、あなたも価値がある私を好きになる。だれが見ても納得できるぐらい私は価値を高める努力をしている・・・そういう強い気持ちがないと長くは続かないものでしょう。
 1990年代、私がZ会進学教室の一講師として採用試験を受けたときもーーとくに面接試験のときに--自分はここに勤めて利益を得るだろうが、私が勤めることで教室にも大きな利益をもたらすことができるという強い暗示を自分にかけて臨んだことを思い出します。

 私を働かせるのはあなたたちのためなのですよということですね。入れてくれたら授業だけでなくトイレ掃除でも何でもしますみたいな気持ちではーー個人的にはトイレ掃除は好きなのですがーーなかなかうまくいかないものです。
 高校受験も「私が入って私以上に得をするのは高校であり世間なのだ。自分はそういう人間として世の中全体のために努力し続けるのだ」という気合いを持ってください。鏡に向かって口に出してご覧なさい。私が合格していちばん利益を受けるのは高校のほうなのだと。恥ずかしがらずにそう信じられるようになってはじめて合格が近づいてくるのですよ。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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