2010.08.18 12:55

 毎日、夏期講習で同じ生徒たちと顔を合わせます。いまの時期は三つのクラスを担当しています。受験生と一年生ですね。前半は二年生も見ていましたが、現在は担当していません。
 どのクラスでも同じことを感じますが、すごくできる生徒というのは「毎日」集中しています。私自身はそういうタイプではありませんでしたから、これはなかなかできないことだと非常に感心します。

 それでは調子の悪い生徒は毎日不真面目なのかというと、そんなことはありません。そもそも「毎日不真面目な子」は夏期講習にも通いたがらないでしょう。塾に来て勉強するということはそれなりにやる気はあるのです。
 ただ何日かに一度、まったく興が乗らないような日がある。見ていてすぐにわかりますよ。私の担当は国語ですが文章の種類によってやる気が出ないという人もいます。「古文かあ・・・やりたくないなあ」という感じですね。強く注意をするとかえって逆効果だということは現在の私にはよくわかっています。

 私としては、彼らが「明日は」人が変わったようにきちんとやってくれるということもわかっているので安心している面はあるのです。ですが、やはり厳密に言うと何日かに一回でも集中できていない日があるとやったことがまだらになってしまい、テストで競り負けるという現実は出てきます。
 こういうのははたして勉強だけのことなのでしょうか。勉強だけが気まぐれなのではなくて、生活のいろいろな分野が気まぐれになっている可能性はないでしょうか。

 昔、将棋の世界に大山康晴という大名人がいました。この人が若手棋士に「好き嫌いがあるうちはホンモノにはなれない」とアドヴァイスしていたことがあります。将棋の戦法の話ではありません。食べ物でも好き嫌いを言っているようでは精神力という意味で負けているというような内容でした。気まぐれさというのは、そんなところからでも芽生えてしまうということですね。
 他者に迷惑さえかけなければ生きたいように生きる自由があるというのは、確かにその通りです。ただそれこそ何かの第一人者になりたいとでもいうのであれば、そこには必然的に負荷がかかってくると思います。
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2010.08.17 13:05

 十代のころですが、犬を飼っていた時期があります。妹が友だちからもらってきた柴犬の雑種で、呆れてしまうほど低能な犬でした。噛み癖があり誰にでも(私たちにも)手当たり次第に噛みつきます。困ったものですが、捨てるわけにもいかず適当にご機嫌をとりながら飼いつづけました。夜中も大声で鳴き、近所から苦情が出たこともありました。
 しばしば私が散歩に連れていきました。犬は散歩が好きですね。「さん・・・」と言っただけでぴょんぴょん跳ね回ります。

 さんぽではなく、さんかくじょうぎとかさんぎいんなどと言うと、微妙に勘違いしていたことがわかるらしく、首をひねってこちらの表情を見ています。さん・・・でしばらく止めているともう我慢ができなくなったというように暴れだします。そうなると何を言っても暴れまわるので仕方なく散歩に連れていくことになります。
 ごはんという単語も覚えました。「ごは・・・」で跳ね回ります。ごはんの支度をしているだけで(当時は白米に味噌汁をかけた残飯みたいなものを食べさせていました。どこの家庭でもそんなものでした)、気が違ったようにキャンキャン鳴き喚きます。

 一度、ごはんを出しながら「さんぽ」と言ってみました。ごはんは食べたいし散歩には行きたいし・・・というわけで、自分でもどうしたらいいのかわからず玄関先で大暴れして、ごはんの器をひっくりかえしてしまいました。「だめだろう」と怒ると噛みついてきました。
 通行人にも二度ほど噛みついて事件になりました。相手が子どもだったときは私の両親が治療費を払いました。「噛むなよ」と怒るそばから噛みついてくるのでお話になりません。

 私が独立してからもしばらくは生きていました。私が実家から帰ろうとするたびに「どこに行くんだ!」とばかりにワンワン吠えまくります。昔と違うので変だなと思うのでしょう。お前は最近どこにいるのだ? みたいな感じで吠えるので、犬なりにいろいろ考えているものだなと感心しました。ところがある日、こちらを見ているだけで吠えない日がありました。吠えないのははじめてだったので、もう帰るよと声をかけたのですが黙って私を見ています。
 その直後、犬は急死しました。母親が朝の散歩に連れて行って、帰ってきたら突然死んだそうです。最後に会った日に吠えなかったのは、犬なりのさよならだったのかもしれません。
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2010.08.16 12:40

 ずいぶん昔のことなので、何で読んだのか忘れてしまいました。軽い読み物だったと思います。あるところに悟りを開いた人がいました。村の人がその聖人に訊ねたそうです。
「あなたは悟りを開くまえは何をしていたのですか?」
 聖人はこう答えました。「木を切り水を汲んでいました」
 質問者は改めて訊ねました。
「それでは悟りを開いてからは何をしているのですか?」
 聖人の答は意外なものでした。
「木を切り水を汲んでいます」

 私は悟りとは無縁の凡人ですが、この話には非常に大きな示唆というか感銘を受けたことを覚えています。大切なのは何をやっているかということではなくどのようにやっているかーーどういう意識で取り組んでいるかーーということなのでしょう。勉強でも仕事でも遊びでも、あるいはご飯を食べるとか水を飲むとかお風呂に入るとかただ道を歩くとか、どんなつまらないことであっても取り組んでいる本人の意識は確実に存在するわけで、そのあたりに重要なポイントがあるのだぞと教えられたような気がしました。

 同じことをやっていてもつまらないときと面白いときがあります。私たちはその原因を外部に求めがちです。こう暑くちゃ何もできやしないとか、休みの日は街なかが混んでいて落ち着かないとか、先生がつまらないから科目ができなくなったとか・・・例をあげればきりがないですね。そういう要素は確かにあるでしょう。しかしまた、暑くても何かを一生懸命やっている人がいたり、休みの日でも繁華街を歩くのが好きな人がいたり、同じ先生に習っていながらいい成績をとっている人がいるのも事実です。

 単純な精神論以上の何かがこの聖人の話には隠されているような気がします。
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2010.08.15 10:45

 一人で勉強をしているとき、ちゃんと痕跡は残っていますか? たくさん書きましたか? 声に出して読みましたか? ただ漠然と見ているだけでは身につきません。そこのところは自分なりにいろいろ工夫をしてみてください。
 たとえば漢字を覚えていたとします。何でもいいのですが・・・「有頂天」という漢字を有頂点と書いてしまいました(よくあるミスですね)。「ああ、これ天なの」ではすぐに忘れてしまいます。そこで、有頂天、有頂天、有頂天と発音しながら三回書く。三回というのがコツです。

 こういうことは大人になっても役にたつものです。つい最近、私はグレン・ヒューズというミュージシャンの英語のつづりをいつまでたっても覚えないので、三回きちんと書いてみました。Glenn Hughesですね。以前も何回も調べたことはあるのです。でもいい加減に見るだけなので、GrenとかGllenとかHuseとか、いざyoutubeで映像を見ようとすると間違えてばかりいました。どこかできちんと心をこめて三回書く必要があったのです。

 覚えるべきことを書いてみるノートを用意してもいいかもしれません。自分の本当の練習量を把握できるからです。全教科で一冊でいいですよ。漢字でも年号でも英単語のつづりでも、間違えてしまったものはていねいに三回ずつ書いてみます。ばかていねいに書く必要はありませんが、書きながら何かを感じられるぐらいの心の動きは必要です。たとえばさきほどの私の例で言えば、ghが入ってもとくに発音しないんだな・・・ぐらいのことは考えながら書いてみましょう。

 授業を真面目に受けてノートもきちんととっているのに成績がなかなか上がらないという人は、だいたい覚えきっていないものです。一度やった問題を解いても以前間違えたところを同じように間違えたりします。英文など丸暗記では意味がないのではないかという疑問を持つ人もいるでしょうが、まず丸暗記を心がけてみてください。丸暗記したものが薄まっている状態とはじめから全然暗記しようという意志を持たなかった状態と、同じように見えても相当の違いがあるものです。

 世の中が便利になってきたので、暗記という行為自体がばかにされます。「電話番号なんかわざわざ覚えてどうするの?」という具合いに。ついには暗記の回路自体ができていないみたいな人も出てきました。しかし、それでは試験はできないですよ。そうなってしまわないように、いまから回路をコツコツ作っていきましょう。
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2010.08.14 09:35

 西荻窪駅の近くに小中学生の絵画教室があります。私は前を通って駅まで行くので入口に飾られている生徒の絵をしばしばながめる機会があります。ときどきはっとするほど上手な絵があります。同じような世界に生きているので私にはわかるのですが、間違いなく先生がすごくいいのでしょう。どの絵も非常に伸び伸び描けていて本当に感心します。なかなかああはいかないですよ。私が小中学生であれば通いたいと思ったでしょう。

 最近は暑いのでバスを使います。窓からちらりと見えるだけです。「パパ」「おとうさん」「サッカー」などというタイトルと絵が遠くから見えます。父の日があったからでしょうか、おとうさんを描いたものが多いですね。なかにすごい「おとうさん」がいました。茶色いスーツ姿の仁王立ちした「おとうさん」が大きく両腕を広げています。ワイルドな感じで、いかにも低学年児童が印象のまま勢いよく描いたという感じです。ああいう若干規格をはずれたような絵の方が、かえっていい絵なのかもしれないななどと思っていました。

 昨日、最後の休みでしたので自宅近くを少しだけ散歩しました。久しぶりに入口の絵をじっくり見てみるかと考えて、絵画教室まで行ってみました。私は絵を見るのが好きなのです。子どものときは画家になりたいと考えていた時期まであるぐらいなのですが、その話はまたべつの機会に書くことにします。
 例のワイルドな茶色いスーツの「おとうさん」、よく見るとタイトルが「おさるさん」ではないですか! 何だ、これサルだったのかと思わずその場で声を出して笑ってしまいましたよ。全身茶色いのは毛だったのですね。

 人間でないと思って改めて見てみると、たしかに人間にしては手も長すぎますし変な顔をしています。帰りの道を歩きながらも何度も「サルだったのか」と思い出し、笑ってしまいました。こういうのは妙におかしいですね。
 描いた児童にしてみればサルを描いたつもりなのにおとうさんだと思われてはショックでしょう。大変失礼な勘違いをしましたよ。
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2010.08.12 10:55

 10日から13日までZ会進学教室はお休みなので、ブログも書かずにいるつもりだったのですが、昨日もすごくたくさんの方がのぞいてくださったみたいでしたので、一度近況を報告することにしました。おとといは例によって名古屋に一泊してきました。伏見というところに日本でも一二を争う(争わなくてもいいか)有名な名居酒屋があり、そこに行ってきました。名古屋に行く目的はそれだけみたいなところがあるのですが、十分その価値があるお店です。殻つきのシャコを食べました。殻をむいて醤油をつけて食べます。東京の居酒屋ではあまり見かけないですが、私はここで数年まえにはじめて食べていっぺんに気に入りました。

 歩数計というのをつけているのですが、初日(おととい)は一万歩ぐらいしか歩きませんでした。ふだんでもそれぐらいは歩くことがあるので、思ったより少なかったですね。ちょっとがっかりしました。
 しかし、昨日は名古屋→豊橋→浜松→東京と移動したので一万六千歩を超えました。これはいままでの記録です。私はちょっとだけ左足が悪いのでこのへんが限界かもしれません。二万までいくと後遺症(?)が残りそうです。

 豊橋には先祖の墓があります。いろいろ事情があって私はそこには入らないと思いますが、まあ墓参りをしておいて悪いこともないでしょうから年に一度は必ず行きます。ちょうどそういう時期だからですね。お墓には人がたくさんいました。水を汲む桶の入っている倉庫みたいなところが珍しく非常に散らかっていて、いつもの場所に長野家の桶が見つかりません。たいした考えもなく床に散乱していた桶の一つを手にとったところーー不思議なことがあるものでーー偶然長野家のものでした。せっかく来たのでご先祖さまが導いてくださったのでしょうか。いつもの棚にきちんと置いて帰りました。

 浜松まで動いたのには理由があり、以前ブログにも書いた「ぷらっとこだまプラン」というやつが豊橋だと使えないのです。名古屋か浜松からしか使えません。それで浜松まで動きました。浜松から東京までこだま号だと二時間かかります。のぞみ号なら東京から大阪まで着いてしまうぐらいですね。でも、いいのです。私の幸福はあらゆる速さに比例するものではありません。そういうことに気づいた人生でした。
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2010.08.09 12:15

 究極的には自己信頼の気持ちを持てないと人は頑張れません。誰かの命令をただ素直に聞いているだけでは進歩がないのです。ロボットではありませんから。あなたはいずれはしっかりした人間になるのだという暗示をお子さんに与えてほしいと思います。
 自分の子どもが小中学生のとき、私はお前の生活を完全に管理しようとは思わないと話したことがありました。一つには人間には秘密の部分も必要だからだと言いました。また一つには完全に管理しなくても自分の子どもは信頼に足る人間であると信じているからだと伝えました。

 そういうことは心の中で思っているだけではいけません。よくお子さんが何かいたずらをしでかしたときに「信じていたのに!」と嘆く保護者の方がいらっしゃいますがーーお気持ちはよくわかりますーー日ごろから信じているということをどれぐらい伝えていただろうかという問題は残ります。こういうことは、きちんと伝えてはじめて効果が出るものなのです。
 そうか、自分はお父さん(お母さん)からそんなに信頼されていたのか。人間というのはなるほど秘密を持つことも大切で、お父さん(お母さん)もそういう自分の領分は侵すまいとしてくれているのか・・・と相手が内省的に考えるチャンスを与えてあげてください。
 
 世間で言うところの「悪いこと」をしてみたくなるのもまた成長期には必要でしょう。そういうことにまったく興味がないというのはあまりにも純粋すぎて、世の中に出てからが心配になります。世の中いい人もいれば悪い人もいる。いい行為もあれば悪い行為もある。それはちゃんと認識したうえで、自分はよい行為を選択して生きていくのだというご本人の意志が大切ではないでしょうか。
 一般的に子ども時代、他者から信頼されていることを伝えられる機会は乏しいものです。誰もが相手は自分の期待通りに動いて当然だぐらいに思っています。自分自身に対しての信頼が育つ土壌がないとも言えるでしょう。

 秘密の部分でもあなたはきちんとできる人間だということを伝えてあげましょう。夜中にこっそりゲームをやっていたりしても(うちの子どももそうでした)いきなり怒るのではなく、そんなことをしながらだんだん大人になっていくはずだからお父さん(お母さん)は心配していないよと伝えてあげてください。人は信頼され続けるとその信頼をことごとく裏切ることはできなくなるものです。コントロールではなく信頼ですね。子どもたちが自分自身に対する信頼を獲得できる方向に指導していけたらと思います。
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2010.08.08 12:50

 Z会進学教室は8月10日~13日まで休室日ーー要するに完全にお休みです。ビルのエレベーター自体池袋教室のある六階に止まりません。
 以前も書きましたが、こういう仕事をしているとなかなか連休をとれません。たくさんの生徒がいてそれぞれに事情があります。急に何かを相談したいというケースも出てきます。そのとき、あんまり連絡がとれないようでは困るでしょう。せっかく塾に通っているのに・・・とがっかりされるのはつらいので、なるべく連休はとらないように心がけています。

 旅行するとなるとこういうときしか行けないですからね。さっと行ってさっと帰ります。だいたいは一泊。観光したいのではなく気分転換したいのですね。基本的に「こだま号」に乗りたいという変な欲求があるので、あまり遠くへは行きません。飽きちゃいますから。だからと言って、ひかりやのぞみはいやなのです。こだまで各駅に止まるところに安らぎを感じます。
 ぷらっとこだまプランというのがあり、すごく安く行けます。グリーン車に乗っても相当割安になります。

 こだまのグリーン車というのはがらがらです。車輌に私と中年のおじさんの二人だけなどということさえありました。さすがにこの時期もう少し人はいると思うのですが、とりあえずチケットを買いました。私は座席が混んでいると気を遣って何も食べられなかったりするのですが(昔からずっとそうです)、がらがらだと何をやっても大丈夫という気持ちになります。わざわざ東京駅で一度外に出てデパートの地下で少しだけ豪華なお弁当を買います。
 発車するまえからお弁当を食べている人がいますが、あれはちょっと風情がないなあ。

 お弁当はあんまり豪華でもバランスが悪いでしょう。狭い座席で懐石弁当みたいなのを食べても落ち着きません。そうかと言ってコンビニで売っているようなやつではつまらない。どういうものが最適なのかけっこう悩みます。一つの味だけーーうな重や牛丼みたいなーーのものは敬遠します。テレビのコマーシャルでよくやっている崎陽軒のシウマイ弁当は秀逸だと思いますが、地元の荻窪でも買えるのであえてはずします。
 一度、意表(誰の?)をついてベーグルにしてみたことがありました。二種類買ってビールを飲みながら食べてみたのですが、あっという間になくなってしまいつまらない思いをしました。

 こういうのくだらないと言えばくだらないのですが、そうやっていろいろ色をつけて生きていくと何もかもおもしろくなります。どうせ生きるならおもしろい方がいいですね。
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2010.08.06 11:58

 自分はいわゆるビートルズ世代と言っていいのかもしれませんが、何百枚のCDコレクションのなかにビートルズのものは一枚もありません。ストーンズも比較的新しい時代のものが一枚あるだけです。ストーンズはLPレコードでも一枚だけ持っていたかな。現在レコードを聴く環境下にないのですが、いずれそういう日も来るだろうと考えてLPレコードの何枚かは捨てずにとってあります。

 子どものときLPレコードを買うのはちょっと大変でした。二千円近くしたのではないかと思います。バス料金が二十円とか三十円とかの時代ですよ。二千円というのはかなりの出費です。シングルレコードという手軽なやつもあって、A面B面二曲聴くことができました。そちらが四百円ぐらいだったと思います。
 はじめて買ったアルバム(LP)はトミー・ロウの「ディジー」という大ヒット曲が入っているものでした。いわゆるポップスですね。1969年でした。

 二枚目に買ったのがゼーガー&エバンスの「西暦2525年」、次に買ったのがフォー・シーズンズのベスト盤。このフォー・シーズンズを知ったことで私は本格的に洋楽の世界にのめりこむことになりました。と同時に、フォー・シーズンズの人気を凋落させたのがビートルズであるという事情を知って、何となく恨みみたいな気持ちが芽生えました。
 私はだんだんみんながいいと言うものを聴かなくなっていきました。みんながいいと言うと、なんかがっかりしてしまうのです。

 それからちょっと変わったLPレコードばかり買いました。シャ・ナ・ナのデビュー・アルバム、ゴールデン・イヤリングの日本におけるデビュー・アルバム、ルー・クリスティーの「愛のアメリカ」(ルー・クリスティーは有名ですが、このアルバムはものすごくマイナーです)、フォー・シーズンズの「本当で嘘の生活」(これも非常に変わった内容で、商業的には大失敗だったみたいです)、B・J・トーマスの「アウト・オブ・タウン」(あえて「雨にぬれても」を外しました)、プラターズのトニー・ウィリアムスのソロアルバムなんかも買ったな。クラスの連中はツェッペリンとかグランド・ファンクとかCCRとかを聴いていましたが、私はとにかく「みんなと一緒」はいやだったのです。

 日本人のLPレコードは山下達郎のデビューまで一枚も買ったことがありません。現在もCHAR以外の邦楽(なのか?)はまったく聴かないですね。LPレコードはほとんど売ってしまいました。ルー・クリスティーのアルバムはもう一度聴いてみたいのですが、CD化されていないみたいですね。
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2010.08.05 08:20

 育児を放棄して自身のお子さんを死にいたらしめてしまったというような事件が報道されています。興味深いのは同じ人間がほんの二三年前はお子さんは宝であるというようなことをブログに発表されていたという事実です。物事の価値というのは本当にその人物の主観的な「定義づけ」で決定するものです。
 考えてみれば正義だとか信仰だとか信条だとか主義主張だとかなどにもそういう側面はあるのかもしれません。いい悪いではなく人間はそういう生き物であり、できればそのことを自覚しておいた方がいいということなのでしょう。

 よく私は「すごく前向きですね」とか「ポジティブですね」とか言われるのですがーーそしてそう評価されることに私自身は何となく違和感を覚えるのですがーー私は人生というものを、やがて確実に訪れる自身の死をも包括して「いいものである」と定義しているだけであって、それ以上の何かやたらと張り切るような要素は一切ないのです。静かなものですよ。いずれ近いうちに私も死ぬでしょうが、そういうことを前提としても人生は素晴らしかったというただそれだけの認識です。

 過去、悲しみや痛みや憎しみや怒りがなかったということではありませんし、これからもそういうことを感じる瞬間は当然あると思います。いやなことはたくさんふりかかってくる可能性があるでしょう。しかし、タイミングは完璧であるという「定義づけ」も私にはある。
 プラットホームを駆けあがったところでちょうど電車のドアが閉まってしまった・・・人生のすべてのタイミングを完璧であると定義づけているため、これもまた何か意味のあることなのだろうと考えます。で、きょろきょろしていると面白い何かを見つける。なるほどこれを見せるために人生はいまの電車を乗り遅れさせたのだなと思う。そういうことの繰り返しです。

 これを前向きと言われると、そもそもの定義に後ろがないのに前を向くというのも不思議な表現だなとちょっと思います。
 私は昔は非常に悲観的な人間だったのですが、それもまた深い理由があったわけではありません。人生は悲惨な方がより深みがあり美しいと勝手に定義していただけでした。何かがきっかけになったというわけではありませんが、要するに定義を変えました。結果として私は世間で呼ぶところの「幸せ」に近い状態なのかもしれません。しかし、幸せを求めたわけではありません。単純に定義しているだけなのです。
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プロフィール

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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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