2010.06.17 13:25

 普段の授業のとき、私は生徒に敬語を使いません。「これはこうなるだろ? いいよな」という調子で話しています。保護者会や講演会では敬語ですが、生徒に対して敬語を使うとちょっと離れた感じになってしまうので、わざとぞんざいな(?)口調で接しています。
 映像講座の撮影がとりあえず終わったのですが、映像講座でもあえて同じようにしてみました。池袋教室で話しているのと同じ調子です。

 臨場感を出したかったので、ほとんど一発撮りのような感じにしました。LIVEですね。ロックアルバムのことを考えましたよ。LIVEアルバムのなかでは私はザ・フーの「ライブ・アット・リーズ」というやつがいちばん好きなのですが、手直しをほとんどしていなくて非常に生々しいところがいいのです。同じように妙になめらかになりすぎないように、講義内容も細かいところは意識の中でぼかしたまま撮影に入りました。
 ところが、二三日経ってからあのことも話せばよかった、このことも話せばよかったという気持ちが出てきました。

 触れなかった話題があるのです。ただその話題に触れると話は大きく変わってくるので、すでに話した内容のどこかを大幅にカットしなければなりません。話したことは話したことで意味のあることなので、どこをカットするかということはとても難しい。
 結局、生きることと同じだなと思いました。あそこでこうすればよかったかもとか、あの人と親しくしていればどうなっただろうとか、○○大学の方に入っていたら? とか、無限に枝分かれしていくなかでこの道を来たわけです。

 これがベストであると信じて進んだ方がいいですね。偶然の積み重ねではあったけれども必然でもあったと。人と話すときもすべての話題を提供しているわけではありません。ふと何かの話題を口にする。その選択はとても不思議です。不思議ですが、その不思議さのなかで翻弄されずに生きていくべきなのでしょう。いるべきところにいる。やるべきことをしているという確信が大切ですね。
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幼児・小学生
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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