2010.06.03 14:45

 とりあえず「逃亡者」のDVD三十話分が届いたので毎日見ています。もったいないので一日一話にしようと思っているのですがついつい先を見たくなり、おとといは(昨日お休みでしたので)明け方まで五話ぐらい一気に見てしまいました。
 うーむ・・・いろいろ考えますよ。例の(5月23日のブログに書きました)「さようならはいや」という話、セリフはすべて「さよなら」になっていたのでやはり原題は「さよならはいや」だったのではないかと思います。

 高校一年生のとき、私は真夏も冬の制服で通学しました。そういう変な生徒が一学年に二三人いました。猛暑のなか、私は一日も夏の制服(ワイシャツ姿)では登校しませんでした。翌年はそんなことをしなかったのであの年だけの美学だったのでしょう。
 暑かったですよ。七月のある土曜日、私はバスを乗り間違えて車庫まで行ってしまいました。余分なお金を持っていなかったので、車庫から自宅まで炎天下を一時間ぐらいでしょうか、歩いて帰りました。

 自宅にまだクーラーがついていない時代でした。帰ってからテレビをつけるとアラン・ドロンの「太陽がいっぱい」をやっていました。ああいう名作に「はじめて」出合う日というのが誰にでもあるわけです。海や空の青さが心に焼きつきました。
 同じ晩(夜中)にこの「さよならはいや」の前編だか後編だかを見たのですが、感激の度合いは「太陽がいっぱい」どころではありませんでした。モノクロでありながら海の印象もはるかに強い。「太陽がいっぱい」が名作だという話は知っていたので、そういうものを凌駕したという事実に何かあるなという気持ちがしました。

 いわゆる日陰者的な人生にひかれたのですね。ただ今回改めて感じたのはあの主人公はもともとはすごくいい生活を送っていたわけです。生活だけではなく能力的にも非常に高いという設定です。私は自分に感性が近いと思ったのですが、自分の場合はもともとが日陰者的感性だったわけで主人公とは全然違います。私は本質的に逃亡者みたいなものでした。
 
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幼児・小学生
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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