2010.04.02 11:15

 現在の私は少なくとも世の中を悪くしてやろうという意志はまったく持っていません(子どものときは破壊願望みたいなものも少しはあったような気がしますが)。こういう世の中だからこそ、少しでもよくしたいものだと考えています。とくに仕事を通じてはそうです。
 ただやり方というのはいろいろありそうだと思っています。選択の自由もあるでしょうし、それぞれにふさわしい方法もあるでしょう。

 いまの私は授業中、指示を守れない生徒を授業を中断してでも助けてやることがあります。毎回必ずそうするわけではありませんが、「わざと」そういうことをするときもあります。集団授業の中で指示(それほど難しい内容ではありません)を守れないというのは、生徒本人にもそれなりに責任があります。ですから指示を守らない生徒を叱責される先生も世の中には多いでしょう。ただ、私は自由な選択として助けてやることが多いということですね。

 そのページじゃないよと言って正しいページを開いてやったり、ごちゃごちゃになったプリント類を相手と一緒に探してやったりするときがあります。相手側の自己責任だということはわかっていますが、あえてそうしてやるのです。
 私にはそうやって「困っている人は助けようね」というメッセージを生徒に伝えたいという気持ちがあります。たしかに本人が悪いのかもしれない、それでも目の前に混乱している人がいたら手をさしのべてあげた方がいいよということを伝えたいのです。

 もちろん、毎回毎回できるわけではありません。授業のカリキュラムは守らなければなりませんから面倒を見切れないときも当然あります。要するに可能なかぎりは助けてやる。
 バスの運転手さんなんかでもお年寄りに非常に親切な方がいらっしゃいます。先日もステップを下りてきて、よろよろしているお婆さんの手を取ってあげている運転手さんがいらっしゃったのですが、小学生が車内でじーっと見ていました。ここまでやるのかという感じだったのでしょう。単に「人に親切に」などという標語より心に残ったのではないかと思います。

 ときどき私の授業アンケートに「やさしい」と書いてくれる子がいます。「わかりやすい」でも「難しい」でもなく「やさしい」というのは国語の授業に対しては変な感想かもしれません。しかし、自分はいちばん大切な部分は伝わったなと感じるのです。
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幼児・小学生
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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