2009.10.31 12:25

 私は中学受験を経験したので小学生のときに複数の塾に通いました。そしてどこの塾でも同じことを言われました。「忘れ物をしているようでは絶対に合格出来ない」
 忘れ物をするような生徒は授業を受ける資格がないとか、ずっと立っていなさいとかどの先生も厳しかったように思います。

 当然、私たちも忘れ物をしないように細心の注意を払いました。忘れ物をしたことに気づいて帰ってしまった生徒がいたぐらいです。詳しい状況は思い出せませんが、忘れ物をした生徒に「戦場に手ぶらで来るようなものだぞ!」と先生がお説教をしていたらその子が泣き出してしまった光景を覚えています。それぐらい忘れ物は「悪いこと」であり、先生もこわかったわけです。

 ところが、世の中が変わり、最近は本当に忘れ物をしてくる生徒が増えました。全体の三割ぐらいが一度は何かを忘れてきているのではないでしょうか。多いのが筆記用具ーーとくに消しゴムとシャープペンシルの芯ですね。あと定規やコンパスという生徒もいます。
 さらにテキストやノートまで忘れてきます。毎回のように「貸してください」「紙がなくなりました」と受付に来る生徒がいます。
 勉強道具と関係のないところではティッシュペーパーが圧倒的に多い。堂々とボックスごと借りに来る子もいます。「鼻が悪いんで」

 私は道徳の問題としてこの話を書いているわけではありません。ただ昔は忘れ物をしてくるだけで絶対に受からないという緊張感を持ってみんな勉強していたということですね。それが今日では忘れたけど借りればいいやになってしまった。そこに心のスキがあるのではないか? そしてそういうスキはこわいことなのではないか? ということが言いたいのです。

 今年、東京で非常に難しい高校に合格した生徒が池袋教室には複数いましたが、確かに彼らは一度も何かを借りにきませんでした。その前年にも同じレベルの高校に合格した生徒が複数いますが、やはり彼らが受付に何かを借りにきた記憶はまったくありません。 
 心構えの問題なのだろうと思います。社会全体が優しくなってきたためにかえって子どもたちをだめにしているとしたらちょっと問題です。
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2009.10.30 14:00

 先日、吉祥寺で「アンヴィル! 夢を諦めきれない男たち」という映画を見てきました。売れないカナダのヘヴィメタルバンドの話なのですが、音楽の映画というより完全な人間ドラマになっていました。世界中で話題になっているそうですね。さすがに小中学生が見ても面白くないでしょうが、高校生以上であれば音楽に興味がなくてもじーんとくるものがあるように思いました。

 このアンヴィルという一般的にはまったく無名のバンド、じつは私は1980年代の前半に日本青年館と西武球場のコンサートに足を運んだことがありました。西武球場のときの映像は映画でも使われていました。バンドのメンバーが私と同世代だったので、非常に親近感を持っていました。私も小説家になろうと一生懸命だったので、彼らの頑張りに自分の夢を重ね合わせていた部分もあったのです。アルバムも三枚ぐらい買った記憶があります。

 1970年代後半の私の手帳には2010年に全集を発刊し、2025年にはノーベル文学賞を受賞すると書いてありました。私はこういうことをみんなを笑わせるために書いていたのではありません。真面目も真面目、大真面目でそう考えていました。そういう人生が待っていると固く信じていたのです。
 結果的に私の夢は叶いませんでした。そのことを不幸だと決めつけるほど幼くはないのですが、休みの日の夕暮れどきなど「なぜおれは成功出来なかったのだろう」と一人でぼんやり考えるときはあります。

 アンヴィルはこの映画で息を吹き返し、かなりの大物バンドのツアーに同行する話も来ているそうです。最新アルバムを昨日買ってきたのですが、池袋のタワーレコードにはあと一枚しか残っていなかったので、案外売れているのかもしれません。
 映画の最後の方に日本の映像がありました。それが息を飲むほど美しい。湿気の関係なのでしょうか、空気の色からして全然違います。何もかもが表現出来ないぐらい静かで美しい。自分は何という美しい国に住んでいるのだろうと改めて感動しました。

 
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2009.10.29 13:40

もう試験日まで100日ほどになったのに、子どもは一向に本腰が入りません。
この状態が続くなら、受験させないほうがいいのかもと思ってしまうくらいです。このままだと本命どころか、すべり止めも危ないかも…。
もう1校すべり止めを受けさせたほうがいいのか、本命がダメだったときはどういう対応をとったらいいのか、考えてもどうしようもないと頭ではわかっていますが、あれこれ思いをめぐらせるのを止めることができません。そうこうしている間に親の私が胃潰瘍になってしまいました。
心身ともに親の私がもう限界のようです。

親がこんなに心配していると子どもに分からせるために、このことを子どもに話すべきでしょうか?あるいは全てが終わってから、「あのとき…」と子どもに聞かせたほうがいいのでしょうか。


 あたりさわりのないことを書くことも出来るのですが、あなたが私の親しい友だちであれば私はかなり踏みこんでお話すると思います。今日はそのつもりで書きます。
 親子、夫婦、恋人、師弟、どういう関係であれ相手に依存しすぎてはいけません。あなたはまずあなたとして強く自立し、そこからかけがえのない親しい関係を築くべきだと思います。

 恋人同士でよくありますね。「きみがいないと生きていけない」「あなたは私の命です」・・・そんな風に圧倒的な負荷を相手にかけ続けていては何かの拍子に相手は逃げ出したくなるでしょう。何年も何十年もその状態を強いるのは酷だと思います。
 ある高校生から私は「自分が勉強しているあいだ母親が寝ないので苦痛だ」という相談を受けたことがあります。「小学生のときからずーっとそうなんですよ」お母さまとしては精一杯の気持ちでなさっているのでしょうが、息子さんはもう放っておいてくれという気分なのですね。

 息子が小学生時代、私は彼が学校で暴れて三回も呼び出されました。お母さんではもう話にならない、お父さんが来てくださいということでした。先生には叱られましたが、そのことで私が意気消沈したりはしませんでした。もちろん「暴れるとみんなの迷惑になるから自粛しろ」と注意はしましたが、私自身は息子にとことん依存はしていないので冷静に距離を保てるのです。

 また私は複数のお母さまから「子どものことが心配で私はもう何年もずっと不幸(?)です」という冗談まじりの嘆きをうかがったこともあります。しかし、それははたして子どもの責任なのか? という問題はありそうです。
 私たちは私たち自身の主人であり、私たち自身のすべての状態について責任を負っています。幸福になるのも不幸になるのも私たち自身の責任です。そう考えなければ(他者の介在で全面的に幸不幸が決まってしまうのであれば)私たちはあまりにも無力ではないでしょうか。逆に言えば、現状がどんなに苦しくても自力で抜け出すことが出来るはずです。

 お子さんにも個として強くあることを教えてあげてください。個として強くあるべきなのですから、その時々お感じになられたことは話してしまってよいと思います。また勉強を十分しなかったために受験で落ちるということが、彼らにとってどれだけの人生「勉強」になるかということも考えてみてください。彼らの中にも強さを見る、ということです。
 強く明るくいきましょう。個として独立する今日の日をあなたの新しいお誕生日と考えてください。
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2009.10.28 00:10

 ペットの話を書きます。
 他の生物を愛玩用に飼う動物は人間だけなのではないでしょうか。たまに不思議な関係の仲のよい動物が新聞に載っていたりしますが、ああいうのはあくまでも例外でしょう。ペットを飼うという行為はなかなかレベルの高い感情に基づくものなのかもしれません。

 子どものころは何でも飼いました。どじょうとかザリガニとかヤドカリとか、変なものを飼っていました。小学生のとき文鳥を飼いました。慣れていたのですが、私が世話をしなかったので母親はもう逃がしなさいと言いました。庭に放したところいつまでもくっついてきます。残酷な気持ちで砂をかけたらピッと鳴き声をたてて飛んでいきました。隣の家の屋根から長いことこちらをじーっと見つめていました。

 数年前、亀を飼いました。ベランダに置いてかわいがっていたのですが、塗装工事のときに死んでしまいました。薬品が水槽のなかに入ったのではないかと思います。一人で近所の公園に埋めにいきました。
 うずらはヒナから成鳥に育てました。あんな鳥でも人間と意志の疎通はあります。放すとあとを着いてきたり、話しかけてきたり(?)しました。ヒナからと言えばひよこをにわとりに育てたこともありました。都会ではなかなか育たないのですが、大事にしたのでうまくいきました。

 犬を飼っていた時期もありました。いじめてばかりいたらすぐに噛みつくどうしようもない犬に育ちました。このときの経験はとても大きく、私は犬で失敗したので息子を育てることが出来たのではないかと考えるときがあります。 
 犬と言えば悲しい思い出があります。幼いころひと晩だけ迷いこんだ子犬を飼ったことがありました。母親が反対したので本当にひと晩だけでした。最後にお別れを言うとき涙で犬の顔がどこにあるのかもわからなくなりました。
 翌朝、父親がどこかに捨ててきました。ハムをあげたそうです。あのときのどうしようもない悲しみは私の人生からとうとう消えませんでした。さらに何十年もたってから、私は両親からじつはその子犬が二三日後に一度戻ってきたという話を聞きました。
 たった一日、子犬と私は本当に親しく過ごしました。子犬は私に会いたかったのではないかと思います。
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2009.10.27 13:15

 ときどき私立中学に通われている方から高校受験をしたいのだがというご相談を受けます。しかも一流校に通われているのに、お子さんご本人が学校を出たいとおっしゃるケースが増えてきました。
 先日もそういう保護者の方とお話しました。そのときこういうことが話題になりました。

 最近はインターネットの普及で他校の様子なども非常によくわかります。掲示板に実際に通学している生徒が書きこんでいたりします。場合によっては他校の生徒と友だちになることもあります。年齢を超えて友情(?)が芽生えたり、相談事を書きこんでみたら他校の先輩から「そんなつまらない思いをしているのならうちの高校に来ればいいじゃないか」と返事をもらったりします。
 それがまた楽しそうなことが書いてあるらしいのです。都立校に来れば勉強も行事も男の子女の子の区別なくみんなですごい盛り上がりだよとか、すべて自分たちで決めているので髪型だって服装だって自由だよとか、勉強は誰もが自主的にやっているので残されているような子は一人もいないよとか。

 せっかく一流校に入ったのだから・・・とおうちの方は思われるのですが、ご本人が男子ばかり女子ばかりで校則が厳しいのはもうごめんだと情熱をなくしていたりするので困ってしまうわけです。 こういう現象は昔はありませんでした。そこまで他校の様子が赤裸々にされることはなかったからです。
 子どもたちは(あたり前ですが)だんだん大人になります。中には男子校、女子校、校則が厳しいということに疑問を抱く子も出てきます。そのときに大人側が「そんなことを言っても規則は規則なのだから仕方がない!」では別天地を求めたくなるのも当然かもしれません。

 志望校にせっかく入ったのにうまくいかなくなる生徒は、勉強自体に問題があるのではなく、だいたい生活に対する倦怠感から調子を崩します。「なんだかおもしろくないなあ」という感情ですね。結局、トップクラスの都立校は難しいので受験を断念されるケースが多いものの、ご本人のどんよりした気持ちまでなくなっているわけではないので、そこは周囲の大人の方も工夫が必要ではないかと思います。あなたの生き方にはこれこれこういう価値があると気づかせてあげられるかどうかということですね。
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2009.10.26 13:08

 もし志望校に合格出来なかったら・・・ということを心配していますね。その気持ちはよくわかります。ただそのことがあまりにも重く心にのしかかってしまうと心配です。人生は長いですね。そのあいだすべて自分の思う通りになるという人はまずいません。何かしら予定外のことが出てくるものです。そのときどう振る舞うかということが非常に大切だと思います。

 どこの中学(高校)にもいい先生はいます。中堅校であればこれから発展していかなくてはなりませんし、放っておくと生徒が怠けてしまうこともありうるので、やる気をかきたてるのが上手な先生が何人も揃っているものです。
 そういう先生方は残念ながらその学校が第一志望校ではなかったという生徒が多いこともちゃんとご存知です。ある私立中学(高校)の先生から「六月ぐらいまではまずこの学校をうんと好きになってもらえるような指導をします」というお話をうかがったことがあります。

 超トップ校に入ってしまうと勉強をしない人、嫌いな人というのはある意味で例外的な存在です。「あの子はちょっと変わっているね」ということですね。そこがいいところでもあるのですが、こわいところでもある。頭はとてもいいのに超一流校で何となく調子が悪くなってしまう生徒はみんな個性的で勉強よりやりたいことがあり、そちらを優先しているうちにじりじりと成績が落ちてきて・・・というケースが多いのです。勉強とやりたいこととのバランスがまだうまくとれないのですね。

 中堅校であればそういうところも学校の先生がじつに面倒見よく指導してくださいます。勉強をしなくなってしまう子が「例外」ではないからです。成績が落ちてきた生徒には何かあるということもちゃんとわかっているのです。
 結局、学校というのは名前以上に先生や友だちとの出会いが大きいものです。第一志望の学校でなくても価値のあることはいたるところに見つけることが出来ます。もちろん志望校に合格出来るように頑張るのですが、そうでなければ絶望だと自分を追いつめることはやめましょう。リラックスしてください。
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2009.10.25 19:40

 昨日、とてもいい質問を受けました。中3のよく出来る男子です。彼は高いレベルの都立高校に合格出来ると思います。文句なしに優秀な生徒ですが、まだ最上位というわけではありません。そのあたりの微妙なお話です。本当のトップに立つには努力と才能以外に何が必要なのかということですね。

 彼の持ってきてくれた質問はある都立高校の入試問題でした。そこに「わくわくしながら」軽く頭を下げたというようなことが書いてありました。ところが、このとき主人公は全然楽しくないはずなのです。むしろいやな感情で頭を下げているに違いないのです。
 彼の質問は「どうしてこんな状況でわくわくするのですか?」というごく真っ当なものでした。ちゃんと読み取れていますね。わくわくするわけがないということです。

 しかし原文には確かに「わくわくしながら」と書いてあります。私は彼に「わくわくする」というのはどういう意味かと訊きました。「楽しいことを期待するような気持ち」と答えました。その通りです。大辞林で調べてみても「わくわく」には「期待や喜びで」云々と書かれています。
 彼はその主人公がじつはどこかで喜びを味わっていたのではないかと考え本文を何度も読んだのですが、見つかりませんでした。そして質問に来てくれたのです。

 こういうときにいままでの自分の常識、あるいは世間一般の常識さえも疑ってかかる気持ちは非常に大切です。そうした大胆な発想が出来るかどうか。考えてみれば科学の世界でも世紀の大発見などというのはみんなそういう姿勢から生まれたのではないでしょうか。
 この場合は「わくわく」という言葉を普通はありえない悪い意味での動揺と考えられないかという発想ですね。いままでの自分を否定出来るような感覚ーーそれには柔軟さと勇気がいるでしょうーーが物事を学んでいく過程ではやはり必要になってくるのです。
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2009.10.24 11:31

 ブログを読んでくださっているご家庭のなかには塾に通われている方もいらっしゃるでしょう。受験が近づいてきますとどこの塾でも普段の授業や冬期講習以外に追加の特訓講座がいろいろ出てきます。その追加分についてどう考えたらよいのか書いてみます。

 基本的に私たち大人は「勉強はすればするほどいいもの」と考えています。すればするほど得点力がつき、すればするほど合格に近づくと。その考え方は間違いではないのですが、なかには勉強時間が増えれば増えるほどやる気をなくす子がいるのも事実です。ですから基本的に追加の講座は、本人がいやいやではないということが大前提になります。
 
 なかには保護者の方に強く勧められて気が乗らないのに参加していますという生徒も出てきますが、それではなかなか十分な効果はあがりません。
 気をつけなければいけないのは、塾側から強く参加を促されたときです。本人がいやがるのであればやはり断わるべきでしょう。断わりにくい状況ではあると思いますが、いやがる生徒にあまりにも強引に勧めてくるのであれば、本当に本人のことを考えてくれているのだろうかという疑問も残ります。とくに直前期は、本人の気持ちをよく確認してください。

 Z会進学教室の特訓講座では参加する生徒ご本人がおうちの方に「やりたい」ときちんと表明してくれています。なかにはおうちの方から「お金の関係で本人がやりたがるのを止めてほしい」と頼まれることがありますが、それぐらい自分自身で追加の講座をとりたいという意志を持っています。小学生ではそこまではっきり意見を言えないかもしれません。ただこちらから「どうする?」と訊いてあげたときの反応でわかるものです。
 
 正月の講座もそうです。ご本人がおうちにいるとだらだらしてしまうという危機感を持つのであれば出られた方がいいでしょうが、むりやり参加させるのはあまり感心しません。
 ただZ会進学教室では正月の講座は毎年大評判なので、非日常的な空間が生徒には楽しいのかもしれません。いつもより真剣に一日中勉強して喜んで帰っていくので、こんなことなら一年中正月ならいいのにと思うぐらいです。
 
 結局、勉強したいという意志と効果は比例するということですね。単純に追加したから合格、しなければ不合格ということではありません。追加しないのであれば勉強時間がそれだけ人よりは少ないわけですから、そこは自分で復習を中心にじっくりやらなければいけません。池袋教室でも普段の授業と講習だけで志望校にぜんぶ受かったという生徒はもちろんいます。あくまでも本人のやる気を重視するようにされるといいと思います。
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2009.10.23 08:35

 小説は子どものころから読んでいます。小学生のころは「十五少年漂流記」のベルヌを愛読していました。どこかにいってしまったのですが、あの人のたしか「彗星旅行」というタイトルの小説はいま考えてもすごい話だったと思います。
 
 中学生になると洋画の原作を読みはじめました。「夏の日の恋」というきれいな主題曲の映画「避暑地の出来事」という文庫本を1970年に買いました。この本はいまも保管しています。昔の紙なのですっかり黄ばんでしまいました。
 中学時代、尊敬出来る友だちがいました。彼が「君を見ていると『車輪の下』という小説を思い出すよ」と言っていたのでヘルマン・ヘッセの文庫本を買いました。旺文社文庫なのですが、それもまた保管しています。150円でした。

 出合いという意味ではヘルマン・ヘッセが大きかったですね。「デミアン」という小説も二十歳のころ読んで非常に大きな何かを感じました。この本はしかしその後意識的に捨てました。そういうところは人間複雑なものだと思います。いま持っているものは1993年に改めて求めたものです。
 日本の小説家は(敬称略でいきます)太宰治、梅崎春生、木山捷平、庄野潤三、野口冨士男などを愛読しました。全集を揃えた作家は太宰と木山の二人だけです。

 いまをときめく村上春樹はデビュー時から読んでいました。大きな衝撃を受けたのを覚えています。ただある時期から私側の都合で読まなくなりました。こういうのもとても不思議な感覚です。たとえばある時期から私は若いころ好きだった六本木という街にあえて行かなくなりました。山下達郎もそれこそデビュー前から好きでしたが、ある時期からやはりこちらの都合で聴かなくなりました。若いときの自分を意識するのが堪えがたいような気持ちがあるのです。作品は素晴しいことはわかっているのですが。

 先月、庄野潤三がなくなりました。二日後に知ったのですが、なくなった日の晩、私は西荻から自宅まで歩きながら唐突に彼の「五人の男」という小説のことを思い出していました。彼の小説について何年も忘れていたのですが、その晩はなぜか思い出しました。
 小説は自分でもまた書いてみようと思っています。
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2009.10.22 12:22

塾から冬期講習のお知らせがきました。内容はこれまでの総復習と過去問のようなので、家で私が見てやればできるのでは、と思っております。子どもはどちらでもいい、と言っています。
私としては、少しでも出費は押さえたいと思う反面、やはりモチベーション保持のために必要かなと迷っております。 アドバイスおねがいいたします。


 以前も書きましたが、ご家庭の経済状況はある程度お子さんに正直に話してしまっていいと思います。きちんとお話になればそのこと自体で文句を言ったりは絶対にしないものです。どこかに隠された何かを感じるから彼らは反発するのです。本当のことを真剣に話してあげればむしろしっかりしてくるぐらいです。
 ですから、本当に経済状態が厳しいのであれば「あなたのやる気が見えないから」などと言わずに「お母さん(お父さん)がどこの塾より手厚く見てあげるから大丈夫」と明るく言ってあげてください。経済が苦しいときはあくまでも明るさが大切です。

 ただ通うこともむりではないというのであれば、まとめの時期の冬期講習だけは通われてもいいと思います。たとえば参考書などを見てみますと、あちらこちらに【重要】という印が出てきます。そしてたしかにそれはぜんぶ重要には違いないのですが、重要だから絶対に覚えておかなければいけないことと重要ではあるもののその場で考えれば何とかなるものに分かれてきます。その場で何とかなるものについては私は授業中に「ここは国語の先生としてはぜんぶ覚えておいてもらいたいのだが、他教科が大変なら覚えなくていい。その代わり、いま説明したようにその場で考えられるようになりなさい」と言います。
 
 やみくもに大量に暗記しなくていいのだということがわかると苦手科目の方に時間を回せるようになります。
 こういうことはプロの先生から見るとたくさん出てきます。ですから、一冊のテキストをあちらこちら飛ばしてやったとしても大きな効果が期待出来るのです。自力でやっているとそのへんの強弱がわからないためにぜんぶをやり終えようとしてくたくたになるか、終わり切らないで単純に断念してしまうか、どちらかになってしまうことも多いのです。

 またライバルがたくさんいるというのも非常に効果が大きいものです。Z会進学教室の講習では全日程の半分しか出席出来ないのに来てくださる生徒がいるのですが、席を置いておくことで休んでしまった日もテキストに向かって自習する気力がわきましたと言ってくれます。○○くんも××さんも今日はこの単元を勉強したのだと思うと、自分だけやらないままではいられないという気持ちになるのだそうです。
 志望校について友だちと話し合うのもとても刺激になります。簡単に言うと塾でいい仲間が出来るということですね。

 もちろんどこの塾にするかは考えないといけません。講習について電話で問い合わせてみてください。丁寧に答えてくださらないところはちょっと心配です。また講習の説明会などには参加されることをお勧めします。教室責任者がどのような方か確認しておかれると安心でしょう。
 明るくいきましょう。


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プロフィール

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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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