2009.09.10 09:30

模試の成績が安定していません。志望校を決めていたのですが、併願校で悩んでいます。

 模試についてはいろいろな考え方がありますが、会場での試験に慣れるという意味でも何回も受けた方がいいと思います。三回ぐらいの平均値を出してみてください。二回ではちょっと不安です。三回の平均値がだいたいその人の実力になります。

 模試は受験時の努力というより、その二三ヶ月前の努力が反映されています。ですから、夏から頑張りはじめたという人はまだ結果が出なくて当然です。二三ヶ月後に点数や偏差値としてあらわれてくるはずです。
 模試の受け方でいちばんまずいのは点数や偏差値を見て一喜一憂しているだけという態度です。模試は健康診断と似たところがあり、数値で自分の不得意科目や点数のとれない分野を示してくれるものですから、そこを徹底的に補強するように努めてください。ふだんの勉強にプラスしてその分野は早急に穴を埋めてください。

 基礎的なことはわかっているのに組み合わせがうまくいかなくて点がとれないという人がいます。いわゆる実戦力不足ですね。これから入試問題の「過去問」を集中的にやっていくことでとれるようになってくるでしょう。
 厳しいようですが、合格可能性について軽視するべきではありません。それが現実であると受け止め、絶対に公立中学には進みたくないということであれば、安全圏からも志望校を選択しておく必要があります。中堅校にもいい学校はたくさんあります。

 一つだけ大切なことをつけ加えておきます。
 模試で一教科でもよい点数、偏差値をとれているものがあったら、うんと褒めてあけてください。全体の成績がよかったら一家で大騒ぎしてよいと思います。逆に悪いときは補強する必要はありますが、結果については本人を責めないことです。こんなこともあるよとさらりと流してください。
 じつは模試がきっかけになったという人はとても多いのです。だいたいが、そこから何かしら自信を持って頑張れるようになったと言います。ところが、そういう人の成績をあとで客観的にながめてみるとたいした結果ではなかったりします。しかし、本人はそこに何かを感じたのですね。それが大きなきっかけになる。

 勉強は本人がするものですが、私たちの出来る最大のことは彼らに「自分には何かしら未知のすごい力が眠っているぞ」と気づかせることではないかと思います。
 明るくいきましょう。
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2009.09.09 11:55

 中学入試の場合、極端に子どもっぽいというのはたしかに若干不利に働くでしょう。ある程度大人の目を持っていないと問題を解くときにも全体に対する目配りが行き届きません。テストで正直に頭からやっていってわからないところで長い時間引っかかりとうとう最後まで終わらない、うちに帰ってよく見たら最後の方なら簡単に出来ていた・・・こんなことが頻繁に起こりがちです。捨てる決断というのは大人でないとなかなか出来ないものです。

 しかし、大人っぽくなりなさいと言っても、はいそうですかと大人になれるものではありません。そこは人それぞれ個性も違い成長度合いも違うのですから、自然に大人びてくるのを待つしかない部分もあります。そこが高校入試や大学入試と違って悩ましいところです。
 ただ大人の方向に引っ張っていく努力は出来るような気がします。いくつかヒントを書きます。

 まず、大人にしようという意志をこちら側が強く持たないといけません。私も子を持つ親ですからよくわかるのですが、親の中には自分の子どもに早くしっかりしてほしいという気持ちといつまでもかわいいままでいてほしいという気持ちと、矛盾した二つの感情が存在しています。その矛盾をそのままぶつけてしまったりするのですが、しかし、親が子ども扱いしているうちは子どもはいつまでたっても大人になれません。
 大人として物事を考えられるように生活の場で指導していくように心がけてください。「夕飯は何が食べたい?」「何でもいい」ではだめです。自分の状態を自分で考えてしっかり答えなさいと言ってあげてください。何でも自分のことは自分で決める癖をつけさせてください。

 また熱心に読書をする子は早く大人になります。孤独で内省的な時間を多く持つからでしょうか。これがゲームの類だといくら孤独に徹してもうまくいかないから不思議です。
 身体が小さくても本をよく読む子は考え方がしっかりしてきます。私は脳の専門家ではないので細かい理屈はよくわからないのですが、本を読む癖がついていれば少なくとも幼稚さで不利になるケースはないと経験的に知っています。

 一人前の大人扱いする。日々の生活の中で大人として判断をさせる。読書習慣をつける。その三つがかなり有力な手段ではないかと思います。
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2009.09.08 12:08

 さまざまなご相談をいただく機会があるのですが、一般的に小学生(中学生もその傾向はあります)の場合、女子の方が早熟で男子の中にはかなり幼稚な子もいます。もちろん幼稚だから悪いという話ではありません。いずれはみんな大人になるわけで、個人差があって当然だと思います。
 つい最近も中一の私の授業中に「先生、お腹が空いてお腹が空いてお腹が痛くなってきました」と訴えてきた生徒がいましたが、やはり男の子でした。

 私の見た感じでは中学二年と高校二年のときに変化があります。とくに男子。身体も大きくなり、だんだん内省的になっていくのですね。異性の目をこれまで以上に意識するということもあるのかもしれません。そうやって少しずつ本当の「自分らしく」なっていきます。
 ですから、あまりにも幼い場合、むりにどこかの私立中学に押しこんでしまうのがいいのかどうかかなり難しいところです。

 私自身は男子校で育ちましたから、男子校のよさはよくわかるのですが、中学三年生になると圧倒的に共学校の支持が強くなります。それもかなりしっかりした考えを持って共学を志向してきます。たとえば「異性の目があった方が社会性が身につくような気がする」とか「男子がいてくれた方が本物の競争が出来るのではないかと思う」とか、中学生なりにとてもよく考えていることがわかります。
 私立中学から高校受験したいという方の多くはやはり共学を志向されるのですが、自分がしっかりしてきたら男子だけ女子だけの六年間はいやだというケースが多いのです。

 以前も書きましたが、唯一気をつけなければならないことは、中学受験を見送って公立中学に進んだら、意識のうえではすぐに高校受験生としての生活をスタートさせなければいけないということです。難関高校から一流大学へと志すのであれば通信でも塾でも何でもいいのですが、絶対に学校の平均的なペースにまきこまれてはいけません。私立の子たちと同じぐらいの(ただし内容は違います)勉強時間、勉強の姿勢を中一のスタート時から身につけるよう努力してください。
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2009.09.07 13:05

 出来る人はみんなノートがきれいです。これは小学生も中学生も高校生もありません。どの年代の生徒でもノートをきれいに書ける人はだいたい優秀です。あるいはいまはそれほど目立たなくても優秀になっていくはずです。ですから、ノートをきれいに書いているという自覚がある人は楽しみにしていていいと思います。必ず「秀才と呼ばれる日」が来ますから。
 文字を丁寧に書くとか色分けして書くとかコツはいろいろありますが、何といっても余白をたっぷりとることが重要です。

 すかすかのノートの余白の部分には宝がたくさん隠されていると考えてください。
 具体的にいきましょう。たとえばあなたが問題を解いているとします。問一の答を「ウソをついたと思った」と書きました。そのあと三行空けて問二の解答を書いてください。
 あとで解答を見てみると問一の答は「うそをついていると思ったから」と書いてありました。
 空いた行にきれいな赤字で写しておきましょう。さらに本文をよく読むと「うそ」はひらがなで書いてありました。自分勝手にかたかなに変えてしまったわけですね。赤字で「本文の表記と同じに書く」と書いてください。さらに語尾の「から」が抜けていました。「理由説明には必ず『から』をつける」と書いておきましょう。そうやって気づいたことを書くのです。

 塾などに通っていればもっともっと書くことがあるはずです。上下にノートを分けて(線をひいて)上段には自分の解答を書き、下段はすべて先生の説明を書いている感心な生徒もいます。下段に書くことが多ければ多いほど授業を真剣に受けていることになります。
 はじめは大人が見れば、こんなことまで書かなくてもいいのにというようなものまで書いてしまうかもしれません。それはそれでいいでしょう。だんだんコツはつかめてきますからとにかくすかすかのノートを作り、書きこんでいく楽しみを大切にしてください。

 秀才はノートがきれいです。逆に言うと、ノートをきれいにすれば秀才になれるということですよ。
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2009.09.06 10:55

 今日は勉強の話を離れます。
 毎月五日に発売されるBURRN!という音楽誌があります。ヘヴィ・メタルとかハード・ロックの専門誌なのですが、昨日25周年記念号が発売されました。じつは私はこの雑誌を二十五年前から一度も欠かさずに毎月買い続けています。
 あたりまえですが、記録を作ろうと考えて雑誌を買っているわけではありませんから、自然に四半世紀買い続けてきたことになります。

 創刊当時は私もまだ二十代でした。それが現在は五十代になっているわけで、あまりこういう話は聞いたことがないので、よほど好きなのだろうと思います。音楽について活字で読むのが好きなのですね。
 これからもたぶん(とくに記録は意識せず)買い続けると思うのですが、ロック雑誌は若い人が中心になって買っているのでだんだんレジに持っていくのが恥ずかしくなったりします。六十歳になったらどんな感じになるのだろう。

 ロック音楽を聴かせるバーに行くと私ぐらいのいわゆる「オヤジ」がたくさん来ています。で、ハード・ロックをリクエストしたりしているのですが「昔はミュージック・ライフやBURRN!を買ったなあ」という思い出話が出てきたりします。そういうとき、私は心の中で(おれはまだ現役だぜ)と得意な(何が?)気分になります。

 子どものころは人間は若いうちはうるさい音楽を聴いていても、歳をとると自然にクラシックや歌謡曲を聴くようになるものだとばかり思っていました。私はクラシックも歌謡曲も嫌いではありませんが、わざわざ聴こうとは思わないので一生こういう音楽を好み続ける人間もいるのだなと思います。
 ちなみにヘヴィ・メタル、ハード・ロックの曲の中で私がいちばん好きなのはRAINBOWの「STARGAZER」という曲です。
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2009.09.05 11:43

 二十年ぐらい昔、私はペンネームを使って文芸誌や音楽誌に小説を書いていました。もともと十代のときから自分はその方面での活動しか考えていませんでした。それだけで生計をたてていけるようになりたいと考えていたのです。十数年かかってやっとデビューに漕ぎつけ数作を発表(書籍になったのではなく掲載されただけでした)したのですが、才能も努力も運も足りなかったのでしょう。あとが続きませんでした。このことは私の中で非常に大きな挫折感として残っています。

 書いていた小説は暗く破滅的なものです。根本的に私は破滅的な人間だという自覚があります。以前憧れている人間にチェット・ベイカーとか太宰治とか書いたことがありましたが、考えてみればみんな破滅的な性向を持った人ばかりです。
 ただ私は現在池袋教室の教室長であり、教室長が破滅的では教室も破滅してしまいますから、そこは冷静に考えて自分をコントロールしています。

 また、こういう人間であるということが妙に役立つ部分もあるのです。お医者さんなんかでも、あまりにもご自身が健康でまた健康管理に優れていらっしゃると患者さんの気持ちがわかりにくい面があるのでは? と感じるときがありますが、私は人間として決して先天的に優れてはいないため、勉強に対して突然なげやりになったりする子どもの気持ちがとてもよくわかるのです。
 みんな本気でどうでもいいと思っているわけではなく、上手くいかない何かが出てきて一種の癇癪みたいなものを起こし「もうどうでもいい!」となるのですね。

 そんなに完璧にやろうとしなくても七がけぐらいでいいのだよということを伝えます。またどういう形であれ、ちゃんと見ている人間はいるから安心してくれということを伝えます。
 ものすごい秀才がどんどん成績を伸ばしていく様子を見ているのも気分がいいものですが、はらはらどきどきさせる生徒が何となく道を見つけてくれると、これまた非常に喜ばしく感じるものです。
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2009.09.04 11:15

 変なタイトルですが、台風の話ではなく勉強の話です。
 いままでどの科目でも一度もいい点数をとったことがないという人は珍しいかもしれません。どこかでふといい点をとったことがあるのではないですか?  これからもそういうときがあると思います。
 その際「こんなのまぐれだろう」で済ませてしまってはいけません。それは何かの予兆なのです。みんなそうしてふと訪れた偶然を鋭くとらえて急速に意識が変わり伸びていくのです。

 あるときある試験でいつもは負けている友だちに勝った、一教科だけだがとんでもなく高い点数をとった、他の教科の偏差値から見ると一つだけ突出してよかった・・・何でもいいのですが、そういう機会をとらえましょう。自分は奥深い部分にこういう力を持っているのだ! と成績表や答案を凝視して自分に言い聞かせ実感してください。
 出来ればコピーをとって机の前に貼っておくといいのです。テストに関しては一度きりのものであっても、その成功はあなたの人生に何かを暗示しています。

 スポーツ選手や特殊な世界の成功者の自伝を読んでいても、きっかけはみんな本当に小さな小さなことです。それこそテストで偏差値が一教科だけはじめて55を超えた程度のものです。ところが、彼らはそこから何かしら嗅ぎ取る能力に優れている。心のどこかで(自分はこの世界に向いているのではないか?)という確信をつかむ術にたけているのです。もちろんコーチの指導もそういう方向にそっているのでしょう。

 おうちの方もここは気をつけてください。「これはすごい!」と無条件に褒めてください。こんな力が眠っていたのだねと。間違ってもそれより悪い方の科目を何とかしなさいよとか、そんなのまぐれじゃないのなどとはおっしゃらないでほしいと思います。
 大切なのはきっかけだけです。勉強や成績に対するアレルギーを払拭し、自分はこの世界に向いているのかもしれないというプライドを持たせるきっかけです。それを奪わないようにしてください。瞬間最大風速が吹いたときにきっかけがつかめるかどうか。出来たときにはうんと褒めてあげましょう。仮にその教科が次のテストで悪かったとしても、あれだけとれたあなたなのだから絶対にまた上がるよと断言してあげる心配りが大切です。

 
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2009.09.03 13:15

子どもはコツコツ勉強してくれていますが、親の精神面がもう限界です。本当に受かるかどうか、心配で仕方がありません。

 コツコツ勉強してくれるというのはすばらしいお子さんではないですか。その一点だけで十分な価値があるという事実を彼らに伝えてあげなければいけませんね。「勉強する習慣がついているのなら合格不合格はたいした問題ではない」ということです。事実そうなのですから。単純に志望校合格で約束される何かより、勉強の習慣がついたことによって得られるものの方がはるかに大きいと思います。

 もっともこう書かれるお気持ちはとてもよくわかります。それがほとんどの保護者の方の本音なのかもしれません。
 私たちは子どもが成長していくように自分自身も成長していかなければなりません。大人の方も現在の姿で完成型ではないのです。私自身、子どもを持ってから物事の考え方がずいぶん変わりましたが、子どもに限らず他者とのふれあいの中で人間は成長していくものなのだろうと信じます。

 入試に受かるか落ちるか、それはそのときにならなければわかりません。私はかつて入試のシーズンに重篤な病気にかかり、合格間違いなしの第一志望校の受験に行けなかった優秀な生徒を見たこともあります。世の中、何が起きるかわからないのです。
 ですから、逆に言うと何があっても大丈夫という人間に親子ともども成長していかなければなりません。受験の失敗どころか、戦争があるかもしれない。大地震があるかもしれない。食糧危機があるかもしれない。そういう中でもたくましく生きていかなければいけないのです。前述の生徒もその一件で、人間として非常にたくましくなりました。

 大きく考えてみましょう。するとすべてが自分の糧になることがわかります。落ちてしまったとしてもそれをバネに頑張ることはいくらでも出来ますし、Z会進学教室にもそういう生徒はたくさんいます。つまづきをバネにして頑張るー人生はその連続ではないでしょうか。中学入試、高校入試、大学入試、さらに社会に出てからもいろいろな競争があるでしょう。それこそ彼ら自身の結婚や子育てだってあります。
 連戦連勝などということはまずありません。また連戦連勝の人間が仮にいるとして、そういう人が弱い立場の人たちにどこまで思いやりを持てるかも若干心配です。人間は挫折も知っていた方がよいのです。

 あなたがどういう結果を出してもうちは大丈夫だから安心しなさいと言ってあげてください。合格しても不合格であっても、同じだけの価値がある大切な子どもだからねと言ってあげてください。心の底からそう言えるだけの高い視点を持ちましょう。幸福な子どもの生活を育む親はつねにどうあるべきかというところから考え、そこまで成長していきたいものだと思います。個人個人の人生観が問われています。
 強く、明るくいきましょう。
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2009.09.02 15:15

 漢字が苦手という人がいます。あなたもそうですか? 漢字が苦手という人の中には範囲の決まっているテストならいつも満点がとれるのに・・・というケースがけっこう多くあります。ひょっとしたら、あなたもそちらのタイプですか?
 漢字を得意にしたいという気持ちはよくわかります。国語の入学試験は学校によりますが、二割程度は漢字の読み書きです。ぜんぶ読めて書ければ20点分確保出来るわけで大きいですね。合格点がだいたい60点台でしょうから、三分の一ぐらいは漢字だけでとれてしまいます。

 ただ入試でぜんぶとれるレベルになるということを考えると、範囲の決まった漢字テストの勉強だけでは難しいでしょう。ふだんどの教科をやるときも漢字で書くところを漢字に出来なかったら、いつかお話したような復習ノート(漢字ノートをべつに作っても効果的だと思います)を使って三回ずつ練習しておきましょう。とくに社会科関係でしょうか、人名や産物など入試に出る出ないにかかわらず、基本的に漢字のものは漢字で書くと覚悟を決めてください。一回覚悟を決めてしまえばたいして苦痛ではありません。
 たとえば、松尾芭蕉と出てきた。まだ小学生だから大丈夫だろうと考えて、松尾ばしょうと書いておく。そういう人は結局中学に入ってもぎりぎりまで松尾ばしょうのままです。覚えるという覚悟が決まっていないので、例外を作りたくないのですね。そして、中3にもなって松尾ばしょう、夏目そう石、太ざい治などと書く。

 漢字に対する愛情が問われていると考えてください。漢字を大事にすればするほど漢字もあなたを大切にしてくれます。入試のときに点数がとれるようにしてくれます。
 また読みでも書きでも必ず意味を確認しましょう。ときどきたとえば「感傷的になる」という読みを正確に読めている生徒に、ところで感傷的というのは何ですか? と訊いてみると答えられなかったりします。意味を知って覚えるということは非常に大切です。辞書をひくのが面倒ならおうちの方に質問しても構いません。

 漢字に対する気持ちを「漢字テストの準備だけ」というところから拡大して考えていきましょう。そういう姿勢が「勉強をする」ということなのですよ。
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2009.09.01 00:45

 今日9月1日は私は仕事はお休みで、健康診断に行ってきます。新宿のある施設に行くのですが、本音を言うと私はこの健診というやつが若干苦痛です。ちょっと乱暴に言うと信用していない部分があるのです。たとえば毎年毎年レントゲンを撮りますが、ああいうの何十年にも渡って放射線を浴び続けても大丈夫なのでしょうか(たぶん大丈夫なのでしょう)。
 
 私は自分を本質的には肉体であると考えていません。自分は肉体以外の何かであるとずーっと思ってきました。とりあえず人間ですから身体を持っているわけですが、私の深い部分は肉体の存在に束縛されません。
 病気のときも健康のときも私の本質は変わりません。健康のときは積極的に明るく、病気のときはよろよろしながら明るいというだけの違いです。

 身体のどこかの数値に異常があると精密検査を勧められますが、一度も受けたことがありません。放っておくと翌年はだいたい正常値にもどります。
 受付時間帯が三十分間あり、私はいつも締切りぎりぎりに行きます。最後の一人で構わないのです。早く来た人から順番に解放されますが、そういうところに早く駆けつける積極性や美意識が自分にはないのですね。ビリでのろのろしている方が気楽でいいのです。

 オプションでいろいろな検査をつけることも出来ますが、一切やったことがありません。徹底的に調べればそれは何か出てくるでしょう。しかし、何か出てくるまで調べたいという欲求はないなあ。だいたいすべてを解明しつくさないでおくというのは、生きるうえでの重要な美学ではないでしょうか。
 健康というのは人生の幸福のための大切な要素だと思いますが、健康を守ることと健康診断という手段とが自分の中ではどうも結びつかないみたいです。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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