2009.09.12 11:10

 言霊とはよく言ったもので、言葉は確かに力を持っています。
 よく感じるのは「疲れた」という言葉。小学生があるときにこれを使いはじめると、何でもかんでも疲れたという状態になることがあります。疲れたからあれも出来ないこれも出来ないと言ったりする。疲れたという用語を知る以前はそんなことはなかったはずなのです。便利な言葉を覚えてしまったというわけですね。

 また周囲がそれを助長するように「疲れたの?」「疲れたでしょう?」と頻繁に声をかけてしまう。すると本人はますます「疲れた」という魔法の言葉に頼りがちになります。
 しかし、彼(彼女)のその状態を正確に表現すれば「飽きた」かもしれませんし、「だるい」かもしれません。「頭が重い」かもしれませんし、「ただ遊びたい」なのかもしれません。そこは正確に自分の状態を見定め表現しなさいという指導が望まれます。

 同じようなことは(これは中学高校生かな)「心が折れた」とか「キレた」とかという表現にもあてはまります。そういう安易な表現で自分自身を中途半端にごまかさない真摯さ。それこそが人生を幸福にするカギだということを覚えておいてください。
 簡単にひと言で済ませてしまってはいけないということです。どう挫折したのか、その理由は何なのか、あるいは何にそんなに腹をたてたのか、それは全面的に相手の責任なのか自分の未熟さの故もあるのか。自身の未熟さも大きな原因だとすれば「キレた」で済ませてしまってはまずいのではないですか?

 言葉だけが一人歩きをするという状態は本当に困ったものです。中学生が「最近、鬱なんで全然勉強が手につきませーん」とむしろ明るくあっけらかんと言い放ったりするのですが、自分の本当の心を見つめ、ふさわしい用語を自分で探し求めるように周囲の大人は粘り強く指導していくべきだと思います。結局はそういう習慣こそが本人を幸せにするのですから。
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幼児・小学生
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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