2009.09.05 11:43

 二十年ぐらい昔、私はペンネームを使って文芸誌や音楽誌に小説を書いていました。もともと十代のときから自分はその方面での活動しか考えていませんでした。それだけで生計をたてていけるようになりたいと考えていたのです。十数年かかってやっとデビューに漕ぎつけ数作を発表(書籍になったのではなく掲載されただけでした)したのですが、才能も努力も運も足りなかったのでしょう。あとが続きませんでした。このことは私の中で非常に大きな挫折感として残っています。

 書いていた小説は暗く破滅的なものです。根本的に私は破滅的な人間だという自覚があります。以前憧れている人間にチェット・ベイカーとか太宰治とか書いたことがありましたが、考えてみればみんな破滅的な性向を持った人ばかりです。
 ただ私は現在池袋教室の教室長であり、教室長が破滅的では教室も破滅してしまいますから、そこは冷静に考えて自分をコントロールしています。

 また、こういう人間であるということが妙に役立つ部分もあるのです。お医者さんなんかでも、あまりにもご自身が健康でまた健康管理に優れていらっしゃると患者さんの気持ちがわかりにくい面があるのでは? と感じるときがありますが、私は人間として決して先天的に優れてはいないため、勉強に対して突然なげやりになったりする子どもの気持ちがとてもよくわかるのです。
 みんな本気でどうでもいいと思っているわけではなく、上手くいかない何かが出てきて一種の癇癪みたいなものを起こし「もうどうでもいい!」となるのですね。

 そんなに完璧にやろうとしなくても七がけぐらいでいいのだよということを伝えます。またどういう形であれ、ちゃんと見ている人間はいるから安心してくれということを伝えます。
 ものすごい秀才がどんどん成績を伸ばしていく様子を見ているのも気分がいいものですが、はらはらどきどきさせる生徒が何となく道を見つけてくれると、これまた非常に喜ばしく感じるものです。
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幼児・小学生
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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