2009.09.01 00:45

 今日9月1日は私は仕事はお休みで、健康診断に行ってきます。新宿のある施設に行くのですが、本音を言うと私はこの健診というやつが若干苦痛です。ちょっと乱暴に言うと信用していない部分があるのです。たとえば毎年毎年レントゲンを撮りますが、ああいうの何十年にも渡って放射線を浴び続けても大丈夫なのでしょうか(たぶん大丈夫なのでしょう)。
 
 私は自分を本質的には肉体であると考えていません。自分は肉体以外の何かであるとずーっと思ってきました。とりあえず人間ですから身体を持っているわけですが、私の深い部分は肉体の存在に束縛されません。
 病気のときも健康のときも私の本質は変わりません。健康のときは積極的に明るく、病気のときはよろよろしながら明るいというだけの違いです。

 身体のどこかの数値に異常があると精密検査を勧められますが、一度も受けたことがありません。放っておくと翌年はだいたい正常値にもどります。
 受付時間帯が三十分間あり、私はいつも締切りぎりぎりに行きます。最後の一人で構わないのです。早く来た人から順番に解放されますが、そういうところに早く駆けつける積極性や美意識が自分にはないのですね。ビリでのろのろしている方が気楽でいいのです。

 オプションでいろいろな検査をつけることも出来ますが、一切やったことがありません。徹底的に調べればそれは何か出てくるでしょう。しかし、何か出てくるまで調べたいという欲求はないなあ。だいたいすべてを解明しつくさないでおくというのは、生きるうえでの重要な美学ではないでしょうか。
 健康というのは人生の幸福のための大切な要素だと思いますが、健康を守ることと健康診断という手段とが自分の中ではどうも結びつかないみたいです。
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幼児・小学生
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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