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長野先生
30年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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私は泣かない

間違っても早まらないでほしいという願望をこめて書くのですが、若いころの私はしょっちゅう自殺について考えていました。友人にもそういう死に方をした人間がいて、ちょっと不安定な感じでしたね。 洋楽でいちばん好きなのはルー・ロウルズの「別れたくないのに」であるという記事を最近書きました。本当に「いちばん」かどうかはよくわかりませんが。 邦楽という言葉はもう死語みたいなものですが、その邦楽では何がいちばん好...



フィル・モグ

私はーーとくに親戚なんかにはーー昔から少し「あれれ?」だと思われているのですが、わざとそうしている面もあるのです。いや、実際「あれれ?」は「あれれ?」なのですが、うんと誇張しているわけですね。 中途半端に誤解されると面倒臭いからです。いっそのこと「ありゃだめだ」と切ってもらったほうがすっきりする。こういう気持ちはわかる方にはおわかりになると思います。 イギリスにUFOというハード・ロックのバンドが...



礼服

両親から葬式は一切しないでくれと何度も言われています。どこにも知らせなくていいと。私自身も息子にはそう言っています。ということであれば・・・以前私は冠婚葬祭の類は今後一切欠席しようと固く決意(?)しまして、礼服を捨ててしまいました。こういうのを持っているからよくないと。 昨日立川教室長W先生のご結婚式に出席させていただいたのですが、スーツからネクタイまですべて買い直しました。ばかみたい。 ブログに...



別れたくないのに

ここのところかたい話題が多かったような気がします。私自身がそんなことばかり考えている時期なのですね。今日は音楽のことを書こうと思います。 1976年のルー・ロウルズの大ヒット曲。にわかに断定するのは難しいのですが、ひょっとするとこの世の中で私がいちばん好きな曲かもしれません。テーマ曲(?)はホワイトスネイクの「IS THIS LOVE?」だと決めているのですが(病気?)。 この曲が流行っていたころ...



静水

2年9ヶ月、850本以上の記事を書いてきました。自分で書いたものを読み直す機会はほとんどないので、同じような話を書いてしまうときがあります。タイトルも完全に同じだったことがありました。 一人の人間がひたすら書いているだけで編集者の方がいるわけでも何でもないので、まあ仕方がないのかな。いちいち確認していたら時間ばかりかかってしまいますからね。 それでもシンクロニシティの話を何度か書いたことは覚えてい...



金山

きんざん、ではないですよ。「かなやま」と読みます。名古屋の近くにそういう駅があります。 1976年、私は妙な男と二人で適当な汽車に乗って旅に出ました。とりあえず東海道線の各駅停車に乗りました。どこに行くあてもなく、その晩泊まるところさえ決まっていませんでした。 厳密に言うと、私たちはとくに親しいわけではありませんでした。お互い全然違うタイプの人間でした。それなのに、なぜ二人きりで旅に出たのか。 将...



言い出せなくて

学生時代、何となく憧れている女の子がいました。この何となくというのが微妙なところで、話そうと思えば話せるのですが、自分とはまったく違う世界の人なのです。価値観が違うとでも表現すればいいのでしょうか。 簡単に言うとこちらは当時からトニー・アイオミやリッチー・ブラックモアにひかれて黒い服ばかり着ている。彼女はそういう世界の住人ではありませんでした。 ただいつでもつねにかわいい人だとは思っていました。美...



ウイチタ・ラインマン

教室のあるビルのエレベーター乗り場の正面にモネの絵が展示されています。ポーラ美術館の宣伝ですね。「国会議事堂、バラ色のシンフォニー」という絵なのですが、これがじつにいろいろなことを考えさせられます。 以前、何かでモネの「印象、日の出」という絵(いちばん有名ですね)がはじめて発表されたとき、多くの人は未完成だと勘違いしたという記事を読んだことがあるのですが、それと同じような要素がありますね。 近くで...



唯一の動き

たしか志賀直哉だったと思うのですが、小説で使われるべき適切なことばはそのときどきで一つしかないというようなことを書いていました。実際はどうなのかなとは思いますが、その心構えというか緊張感はさすがです。 私はその場所にふさわしい会話とか動作もじつは一つしかないのではないかと考えることがあります。と言うより、そう考えて生きたいのですね。 日常会話はあっちに行ったりこっちに行ったりする。じっくり推敲して...



向かいのビルのロック・バー

教室の向かいのビルの地下に、ロック音楽を流すバーがあります。最近存在に気づいたのですが、私はじつは1972年、1976年、1980年にこのバーに入ったことがありました。 まさか残っているとは思いませんでした。二階にある洋食屋さんに何度か入った話は以前ブログにも書きましたが、あるときふとビル全体の看板を見ていて突然思い出しました。 1972年、私はまだ高校生でした。進歩的な(?)友人と一緒に見栄をは...