2017.03.06 09:22

 中学3年生のとき、両親に精神科に通わせてほしいと頼んだことがあります。だめだと言われました。
 あれは何というか・・・自分の中にある種のダンディズムのようなものがあり、徹底的に病的でありたい、できれば病んでいるという確証を得て友人たちに宣言したいという変な気持ちがありました。精神病のことを医学辞典でさかんに調べ、自分はそうではないかと考えた。読めば読むほどそう感じてくるものです。
 
 鬱という漢字を覚えたのもそのころです。鬱だと自称しながら(?)漢字が書けないようではみっともないという思いがあり、何度も何度も練習しました。まあ、変わった少年でしたよ。
 権威だとか明朗だとか、立派、元気、快活、健康などという概念に徹底的な憎しみを抱いていたように思います。そういうことを押しつけてくる大人は絶対に信用できないと考えた。
 そうなってしまった主たる原因は、やはり家庭にあったと思います。私自身の内側だけでわかっていることですが。
 
 少年期に「負」のヒーローみたいなのがほしい。暗いくせに、ものすごく女の子にもてるというような。
 それがスコット・ウォーカーでした。ミュージックライフ誌のインタビュー記事を読んだら「公演は金のためだけ」と言い放っている。さらに鬱病にかかっていたという告白もありました。端正な顔を隠すように、真っ黒なサングラスをかけた写真(インタビュー時のものではなかったかもしれません)が掲載されているのを見て、私も真っ黒なサングラスを買いました。
 当時のスコット・ウォーカーは女の子にすごい人気でした。人気があるのになぜこうなる?
 
 もっともいくら何でも美男子の典型みたいなスコット・ウォーカーと自分を重ね合わせるほど狂っていたわけではありません。目指すことはできない高峰だという気持ちは常にありました。
 漠然と、そちらの方向に歩みたいと考えただけです。黒いサングラスは夜でもかけていました。夜道が見えなくて側溝に落ちたことが2度あります。
「ジョアンナ」というバラードが有名ですが、私は「ザ・ウォー・イズ・オーバー」という曲が好きです。じつに不思議な曲。うまく説明できません。
 
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2016.12.14 00:15

 人生、いろいろなことが起きますね。私は若いころいわゆる「ロック」音楽が大変好きで、物事の基準をそちらで考えることがよくありました。「ロック」とあとは「文学」ですかね。
 その判断は「ロック」的であるかどうか・・・みたいな感じでした。「ロック」的であれば全面的によし、そうでなければ全然だめということです。
 他人から見ればばかみたいなことが多々あったと思います。雪の日でも革のジャケットの下はシャツ1枚だけしか着ないとか。
 
 どうしてそんなところにいたのかよく覚えていないのですが、雪の降る厳寒の日に例によって革のジャケット+シャツ1枚で浅草にいたことがあります。めちゃくちゃに寒かったのですがやせ我慢してビールを飲んだりしていたら、見事に風邪をひいてしまいました。寒すぎたというばかみたいな理由で倒れたわけですが、あれで風邪をひくのであれば病気になったほうが正しかったのだと思いました。厚着をして風邪をひかないより、薄着のままで(不本意ながら)風邪をひくほうがより「ロック」的だと判断した。
 
 破滅的な「文学」にも非常に共感を抱いていた時代があり、ゆるく安全に生きるのは不純だという気持ちがありました。無難に生きてどうする? 私は10代のころの友人をすべてなくしてしまいました。彼らの安定志向(それはむしろ人間として当然だといまはわかります)が自分の美意識と合わなかったということがありました。
 相当偏った20代30代を送っていましたが、だんだん「文学」的あるいは「ロック」的に生きる必要はないのではないかと感じるようになりました。むしろーーここは不思議な感覚ですーーそうした部分を隠しておきたいような気持ちが出てきたのです。
 
 わかりやすく書くと「ここでミック・ジャガーならどうするだろう?」などと考えなくなっただけではなく、ミック・ジャガーの話題が出てくるとあえて逃げてしまいたいような変な衝動(?)が起きるのです。文学でも同じです。
 昨日の朝刊にボブ・ディランのノーベル文学賞授賞式のことが出ていました。代理のパティ・スミスがディランの歌を歌った。途中でーー私は映像は一切見ていませんーー歌詞だか何だかを間違えてしまったそうです。彼女は「緊張してしまって」とおっしゃった。
 
 その言葉さえとても「詩的で美しく感動的だった」という意味のことを音楽評論家の方が書かれていました。今回の一連の騒ぎの中で私がいちばん心を打たれたのは、パティ・スミスの「緊張してしまって」という言葉に詩を感じられたその方の感性でした。その解釈には何かしら非常に貴いそれこそ「詩」がこもっています。
 ただ私は単純に枯れてしまったわけでもないのです。いまーー0:13ですかーーブラック・サバスの「サボタージュ」というアルバムを聴きながらこの文章を書いています。
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2016.11.21 08:19

 18日の金曜日にリッチー・ブラックモアズ・レインボー最新ライヴ映像のDVDが発売されました。私が入手したのはDVDとCDがセットになったものです。以前から発売日はわかっていたので心待ちにしていたのですが、当日近くのタワー・レコードに行ったら1枚もない! 売り場を何度も丁寧に探したのですが、どう考えてもない。調べてみると「取り寄せ」になっていました。
 通販みたいな形ですぐに買うことはできるのですが、やっぱり店舗で入手したいでしょう。高揚感が違う。
 
 翌日、もう1度行ってみたら何枚か入っていたので買ってきました。さすがはプロが撮ったものだけあって、映像がすごくきれいでした。Youtubeで見たものとは全然違う。
 あのライヴに関してはいろいろな意見があるみたいですが、私個人はリッチー・ブラックモアが再びハードロックを演奏してくれたという「だけ」で十分でした。それとシンガーが抜群に上手いので、どの曲も安心して聴くことができます。やっぱり歌が苦しそうだと(高音が出なかったりして)聴いているほうもはらはらしますからね。今回のシンガーは「チャイルド・イン・タイム」まで歌える大変な逸材です。
 
 リッチー・ブラックモアは昔のイメージ通りでした。体型が変わったりということはありましたが、振舞いというか動きや表情はイメージ通り。そうそう、これだからありがたいという気持ちになりましたよ。
 ライヴ会場のはるか上方を電車が走っていくシーンがいくつか入っています。ああいうのは胸を打つものがあります。涙ぐみたくなるというか何というか・・・電車に乗っている方はおそらく何かやっているなぐらいでしょう。ライヴ会場にいる方は、熱狂していて電車どころではない。
 
 その両方をどちらとも直接関係ない人間が、ふと目撃する。目撃せざるをえないように作られている。
 神の視点と言うと大げさですが、うんと高いところから人生の秘密みたいなものが垣間見える錯覚が人を感動させるのだと思います。こんなことが世の中では同時に起きているのか! という感覚ですね。
 それにしても「スターゲーザー」は圧巻でした。私は大昔、この曲を友人の家ではじめて聴いたのです。
 
 複雑な状況下で聴きました。レコードは別の友人から借りた。自宅に帰ってから聴けばよかったのですが、待ちきれずに他人の家で聴いた。畳の部屋でした。
 衝撃を受けましたよ。こんな曲はいままで聴いたことがない。唖然として友人に「この曲、何だかすごいと思わないか」と言ったのですが、その友人はハードロックの信奉者ではなかったので、ふーん・・・ぐらいでした。
 あの日から40年(正確には39年)。今日につながります。
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2016.11.02 09:08

 昔の音楽を聴くとその当時のことを思い出します。これが面白いもので、あまりにも大ヒットしてしまうとあとから何回も何回も聴く機会があるために、時代がごちゃまぜになって全然懐かしくなくなります。「アローン・アゲイン」(ギルバート・オサリバン)とか「雨にぬれても」(B・J・トーマス)とか。どの時代も聴いてきたので、初回に耳にしたときの「衝撃」が飛んでしまうのですね。
 ですから、どちらかと言えば日本ではマイナーだったヒット曲を聴くと思い出がよみがえってきます。
 
 思い出と言っても私はあまり人さまのことを思い出すことはありません。同性でも異性でもそうです。どなたかと親しかったときに、自身が考えていたことや感じていたことを思い出す感じでしょうか。
 それこそ好きだった(憧れていた)異性がいたとして、彼女がどうこうではなく自分はあのときこんな風だったな・・・ということを漠然と考えるのです。するとそこには必ずのめりこむ何らかの理由があります。たとえばこれこれこういう事情で惨めだったから、ああいう華やかな人にひかれたんだなとか。
 
 もともとーーいくら憧れていたとしてもーーおつきあいのない他者のことが、そんなに「すばらしい人である」とわかるわけがないのです。要するに知らない人です。その知らない人に知っているようなある種の「錯覚」や「幻想」を与えていたのは、他ならぬ自分自身でした。
 自分の何がそういうものをもたらしていたのか。昔の曲を聴きながら考えると気づくことがたくさんあります。ですからこの懐かしさは、たとえばクラス会なんかに出かけていって皆さんともう1度語り合いたいというのとは違うのです。個人の中で完結してしまう。
 
 子どものころ自分は他者への依存心が強かったように思います。現実逃避の手段として他者に依存した。その姿勢は間違っていたと思いますが、間違っていた生活の果てに現在が構築されているわけですから、それはそれでよしとするしかない。私が触れられるのは現在だけなので、間違った過去から築かれた現在だけはせめて間違えないように生きることが使命であると考えています。
 LTDというソウルグループの「Lovers  Everywhere」という曲があるのですが、1980年代初頭のことを思い出しますね。思い出の中でさえ、他者は自分を映す鏡ですね。
 
 
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2016.09.28 00:03

 少年のころのことをときどき思い出します。基本的に「何も変わっちゃいない」という感じですね。いくらか品みたいなものはよくなったかもしれません。
 私は中学高校と男子校に通っていました。これがつまらない。幼稚園のときから自分は女の子とばかり親しくなる傾向がありました。男の子とは話が合わないのです。野球やサッカーの話なんかをされても、こちらはルールさえ知りません。それ、何人でやるの? なんて・・・相手もいい加減しらけますよ。
 
 中学生になってからも女の子の友だちというより、話し相手がほしいものだと思っていました。ただ知り合う機会がない。時代的な背景もあったのですね。男女交際はよくないとはっきりおっしゃる先生はどこの学校にもいました。そういうことは中学生高校生には必要ないとおっしゃるのです。
 街中で女の子を見かけますね。学校の行き帰り。電車の中でもバスの中でも女の子たちを大勢見かける。もちろん名前も何もわかりません。でも何か呼称がほしいわけです。「あの子」がいたではつまらない。
 
 当時私はFEN放送でポップスばかり聴いていました。その曲名をそれぞれ気になる女の子につけるようになりました。今日は「ロング・アゴー・トゥモロー」に会ったぞとか「マイ・ボーイ」がいたなという感じで。
 当然、それぞれの外見や個性に合わせて曲名を決めていくわけです。あれは1972年初頭だったかな。「ミスター・ロンリー」で有名なボビー・ヴィントンが「エブリデイ・オブ・マイ・ライフ」という小ヒットを飛ばしました。日本ではシングル盤も出ていません。全然ヒットしませんでした。
 
 あとで調べてみたら、昔のヒット曲を焼き直したものみたいですね。それでもFENでは比較的コンスタントにかかっていました。朝、それを聴いて自宅を出る。当時、学校の近くでよく特定の女の子とすれ違いました。
 私は彼女を「エブリデイ・オブ・マイ・ライフ」と名づけることに決めた。かわいらしい子でしたが、名づけた当初は特に感情が動くことはありませんでした。ところが名づけてしまってから、その曲がラジオで流れるたびにその子を思い出す。彼女と話せないことに胸が痛む。
 
 これはある種の恋だなと・・・まあ、単純なものです。そんな風にして私は女の子をよく好きになりました。自分で物語を作っているだけですね。
 彼女の住んでいた共同住宅は現在完全に閉鎖され、しかしまだ形だけ残ってはいます。さすがにわざわざ見に行く機会はありませんが、電車の中からは見える。するといまでもエブリデイ・オブ・マイ・ライフが脳裏に流れてきます。胸にこみあげてくるものがある。そんな感じで生きているということですね。
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2016.09.19 08:22

 ・・・という曲があります。1971年から72年にかけて全米でヒットしていました。ベバリー・ブレイマースと読むのかな。髪の長い白人の女の子が歌っていた。調べてみると私より年上みたいです。
 ただこの曲は日本ではまったくウケませんでした。なぜそんな曲を知っているのかというと、当時FEN放送を四六時中聴いていたからであって、日本のラジオ局では1度も聴いた覚えがありません。そもそもシングル盤は出ていたのかな?
 
 ただそのころのミュージック・ライフ誌で、私は彼女のアルバムの広告を見たことがあります。アイドル系にあまり興味がなかったので心を動かされることもなかったのですが、哀愁を帯びたメロディーは本当に素敵だと思いました。
 彼女の容姿は白人の中の白人という感じ(?)で、手脚が折れるほど細いイメージを持ちました。写真ですけどね。極端に痩せた女の子というイメージです。
 
 この曲については長いこと忘れていたのですが、数年前ブログを書くために家内のパソコンを触る機会についでに昔の曲を調べるようになり、再発見しました。
 72年当時のプロモーション・フィルム以外にもたくさんの映像が出てきました。少女時代の彼女とおばさん(失礼)になった彼女が交互に歌う映像もあり、歳をとるということに関して考えさせられました。歳をとりあんなに細かった彼女も貫禄みたいなのが出ているわけですね。
 
 ただ声は変わらない。昔の音源に合わせて作ったフィルムなので当然と言えば当然なのですが。そこにある種の悲しみみたいなものも感じました。歳をとった彼女が悪いというわけではないのですが、いつまでもこの歌(歌詞もよくわからないながら非常に感傷的な感じです)を歌わなくてもいいだろうという複雑な感情ですね。
 それでもときどき聴いて(見て)いました。それだけいい曲なのです。
 
 最近、久しぶりに検索してみたところ何と彼女の今年のライブ映像にヒットしました。やはりこの曲を歌っています。66歳になるわけですが、とてもきれいな声で20代のころとそう変わりません。
 彼女はヒットに恵まれなかった極東の島国で、まさか彼女のことを気にかけている東洋人(私のことです)がいるとは思わないでしょうね。不思議な世の中になったものです。
 
 
 
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2016.07.01 00:19

 先日も書きましたが、その後もリッチー・ブラックモアの最新ステージ映像をちょろちょろと(?)研究しています。3回目のイギリスでのステージがいちばんうまくいったみたいですね。こなれてきたということなのでしょう。
 ドイツ公演ではやっていなかった「バーン」も演奏していました。ヴォーカルのロニー・ロメロは本当に大変な逸材で、パープルのナンバーもレインボーのナンバーも真正面から歌いこなしています。
 
 すごいことです。フェイクでごまかそうとしない。「バーン」はデイヴィッド・カヴァデールとグレン・ヒューズという稀代のヴォーカリストが2人がかりで歌っている名曲ですが、それを高音部も低音部もぜんぶ1人で歌っている。「ハイウェイ・スター」や「チャイルド・イン・タイム」なんかも全盛期のイアン・ギラン以外誰も歌えないような歌なのですが、高音部もごまかそうとしていません。
 いかにも正直者みたいなルックスのまま、レコード通りに歌おうとしています。
 
 彼は衣装が地味なのですよ。他のメンバーは少しずつ変えている感じ(少なくともベーシストとドラマーは)なのですが、制服みたいに同じような服装で出てきます。地道なのでしょうね。皮肉ではないですよ。
 イギリスのステージで「おっ!」と思ったことがありました。「ブラック・ナイト」の途中でロニー・ロメロがメンバー紹介をした。バックの3人を紹介したところでどよめきが起きました。
 
 リッチー・ブラックモア自身がマイクを握って「ロニー・ロメロー!」と紹介したのです。正確に書くと「ロニー・ロメロー、ァッ!」みたいな発音でした。最後は御大自らがロニー・ロメロから紹介されて大歓声を浴びるのですが、リッチー自身がメンバー紹介をするところを見るのは私ははじめてかもしれません。彼はそういうことを極端に避けていたように思います。
 まあ人間歳をとって丸くなったということなのでしょうね。
 
 ステージについては賛否両論あるみたいでした。コメント欄を見ているとやはりバックのメンバーについて納得できないというようなことを書いている人がいます。ただ私はーーこれまた非常に珍しい光景だと思ったのですがーーリッチーが「バーン」の演奏途中でベーシストに何か声をかけ、うれしそうに笑う(!)場面も目撃しました。気持ちが通じているのでしょう。
 もう1度ブラックモアがハードロックを・・・という積年の夢は叶ったのですが、日本にも来てくれないかな。それこそ最近日本武道館でやったディープ・パープル以上に人は集まると思いますよ。
 
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2016.06.22 00:13

 ついに出てきましたね。ドイツでのフェスティバル。本当に心待ちにしていました。火曜日の明け方、Youtubuにアップされていたので次から次へと見てみました。いずれDVDも出るのかな。
 リッチー・ブラックモアがハード・ロックに回帰するのは20年ぶりです。それこそ私がZ会にお世話になりはじめたころです。指の手術もしたそうですし、いったいどうなることかと心配していたのですが、とりあえず無難なステージだったと思いました。
 
 ロニー・ロメロという実力派のすごくいいシンガーを見つけてきた。リッチー自身が「ロニー・ディオがフレディー・マーキュリーに会ったようなシンガー」と語っていましたが、確かに太くてそれでいてなめらかないい声をしています。安易に有名人を持ってこなかったのは見識ですね。まあ、華は・・・一朝一夕には身につかないので仕方がないのかなとも思います。
 あとバック。健闘していたとは思いますが、今回リッチーがどの曲でもギター・ソロをあまり崩さずに弾いていたのはバックがやりやすいように配慮していたのかもしれません。ツェッペリンみたいな駆け引きは難しいでしょう。
 
 ドラムが高校の軽音楽部のセットみたいな感じだったのですが、あれはわざとなのかな。「スターゲーザー」のイントロ部分を省略してしまったのには心底がっかりしました。アマチュアバンドでさえ頑張っているのに。コージー・パウエルの魂だろうが。
 選曲はさすがに考えられていました。出だしは「バーン」か「キル・ザ・キング」を予想していたのですが、意外にも「ハイウェイ・スター」を持ってきた。いいシンガーがいるので正面突破ということですね。
 
 照明も凝っていて非常に印象に残りました。昔とはもちろん違いますが、形はアーチ型のやつです。それが複雑に明滅する。「スモーク・オン・ザ・ウォーター」では連続的にたくさんの花火が上がりました。
 私はリッチー・ブラックモアの表情ばかり見ていたのですが、もっといやそうに出てくるかと思っていたら比較的あたりまえ(?)みたいな顔をしていましたよ。彼ももう70代ですから、大げさに装う必要はないのかもしれません。
 
 てっぺんの尖った例の帽子をかぶっている映像もありました。ドイツ、イギリスのステージが終わったあとは、日本に「わざと」来ないか当たり前のように来るかのどちらかだと思います。あの表情であれば案外あっさり来てくれるのではないかとひそかに期待してはいるのですが・・・
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2016.04.20 10:01

 ロック音楽のイメージとして「バッド・ボーイズ」というのがありますね。バッド・ボーイズ・ロックンロールというジャンルみたいなものもあります。古くはそれこそローリング・ストーンズやエアロスミス。ニューヨーク・ドールズ、ハノイ・ロックス、そしてミック・マーズがギタリストとして在籍していたモトリー・クルーなんかもそういうくくりで語られてきました。
 彼らは例外なくーー平たく言えばーーみんなやたらとかっこいいのですが、私には少し派手すぎる感じがありました。
 
 これはもう感性の問題でありうまく説明できません。派手すぎるというかまぶしすぎるというか、自分はそういったバンドに深くのめりこんだことはありません。モトリー・クルーのアルバムも2枚ぐらい持っていた記憶はありますが現在は手許にありまぜん。
 自分はどちらかというと地味な感じが合うのです。アトミック・ルースターとかハンブル・パイとかパラダイス・ロストとか。どこが地味なんだよと怒られそうですが、いわゆる女の子にもてなさそうな雰囲気(?)が好きなのです。
 
 モトリー・クルーの中で唯一地味風で影のある感じだったミック・マーズが解散後初のソロアルバムを作っているそうです。ヴォーカリストがジョン・コラビ。短い期間でしたがモトリー・クルーにも在籍していたこれまた地味めのシンガーです。2曲だけ音源のさわりがYoutubeにアップされていたので聴いてみたら、これが絶品! ものすごくかっこいい。自分の世代にとってヘヴィ・メタルという音楽は、まさにこういう音楽なのだと思いました。
 以前、インタビューでミック・マーズは自分のアルバムはウルトラヘヴィになると語っていたのですが、こういうことかと感心しました。
 
 ヘヴィではあるけれどもドゥーミーではない。ドゥーム・メタルみたいにはならない。またいわゆるエクストリームな感じでもない。映像の中のミック・マーズも(昔からの病体で若干不自由なせいもあるでしょうが)じつにわかっている感じです。例によって上から下まで黒づくめに真っ黒なサングラス。隣のジョン・コラビはキリストみたいな風貌で(別人かと思いました)、音楽に合わせて激しく頭を振ったりしていました。しかし、隣でミック・マーズはぴくりとも動かない。
 早くアルバムが出ないかな。発売当日に買いに行きますよ。
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2016.03.02 06:31

 よくありますね。日本を代表する100人というような特集。日本を代表は大げさかな。ここ30年ぐらいでいいか。代表する100人。
 私は音楽評論家の伊藤政則さんは間違いなくここ30年ぐらいの日本を代表する100人に入るように思います。伊藤さんはヘヴィ・メタルの分野では日本の第一人者と呼んでさしつかえないでしょう。メタル界のゴッドファーザーと書かれていた記事をどこかで見たことがありますよ。
 
 現在、音楽業界(とくに洋楽)は本当に様変わりしてしまってCDなどは全然売れていないみたいですが、彼の啓蒙活動があって日本にヘヴィ・メタルという音楽が定着したのは事実だと思います。彼と30年以上続いている音楽誌の「BURRN!」の功績が大きいですね。
 ジューダス・プリーストやアイアン・メイデン、ボン・ジョヴィを日本にいち早く紹介したのも彼でした。とくに80年ごろの混沌としたイギリスのシーンの中で、まだ青臭かったアイアン・メイデンに注目したのはすごい感性だったと思います。
 
 私は彼の書籍をすべて持っているのですが、ヘヴィ・メタルが停滞していたころはいろいろと悩んだと書かれていました。レコード会社への就職なんかも考えられたそうです。そう言えば、昔の「ミュージック・ライフ」誌で彼がギルバート・オサリバンのアルバム評をなさっていたことがありました。自分はヘヴィ・メタルだけではないぞ・・・というようなコメントが面白おかしくついていた。70年代の終わりは本当にヘヴィ・メタルは日本では人気がありませんでした。日本だけではないな。
 
 じつは私は伊藤さんと実際にお話したことがあるのです。あちらはもちろん覚えていないと思います。1970年代、ある会合でお目にかかった。彼はまだ大学生でした(私は浪人生)。肩までの長髪にサテン地のパンツとハイヒール、ラメのジャケットというすごいスタイルでした。グラム・ロックの残滓・・・ですね。
 エネルギッシュに話しまくっていました。お互い少し酔っ払ってもいたのかな。おれはイギリスに行く。イギリスに行ってひと旗あげる。私は圧倒されてただうなずいているばかりでした。
 
 最後に「長野くん、50円貸してくれる?」とおっしゃって50円借りていかれた。返していただいてはいませんが、伊藤政則さんに50円貸しているなどというのはいまとなっては大変な名誉だと感じています。
 さらに私はときどき地元で現在の伊藤さんをお見かけするときがあります。近くに住んでいらっしゃるのかもしれません。お声をかけてみたいような気もしますが、ご迷惑をおかけしてもいけないからな。ともあれ、彼の発信する情報にはずーっと注目し続けたいと思っています。
 
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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