2019.10.20 00:44

 元クリームのドラマーだったジンジャー・ベイカーがつい先日亡くなりました。80歳でした。ジャック・ブルースはすでに亡くなっていますから残されているメンバーはエリック・クラプトンだけになってしまいました。
 ベイカーは1994年ごろ、やはりジャック・ブルースとギタリストのゲイリー・ムーアとでBBMというバンドを組みました。当時55歳ということになりますね。
 このBBMというバンドを私はかなり気に入っていました。
 
 相当の意気込みでスタートしたバンドだったと思いますよ。そのわりにアルバムは1枚しか残さなかった。1曲目からまるでクリームみたいでした。「これじゃ『ホワイト・ルーム』じゃないか!」とびっくりしていた友人がいた。それぐらい似ていました。
 当時、デイヴィッド・カヴァデールとジミー・ペイジがカヴァデール/ペイジというユニットで活動していたのですが、ジャック・ブルースはインタビューで「一緒にしないでくれ」と吐き捨てていました。すごく印象に残った。
 
 まあ、3人とも気難しいですからね。ライヴで何となくテンポが合わないという記事を読んだことがあります。ゲーリー・ムーアはもっともっとテンポをはやくしたい。ところがジンジャー・ベイカーはわざとゆっくりリズムを刻む。ゲイリー・ムーアよりはるかに年上でしたから、この自分に向かって生意気な・・・的なところはあったのかもしれません。
 来日したら絶対に見に行くつもりだったのですが、とうとう日本には来ませんでした。ジャック・ブルース単独のライヴは地方まで見に行ったことがありますが。
 
 最近、次々と好きだったロック・ミュージシャンが亡くなっています。ここ数年でもレミー、ゲーリー・ムーア、エディ・クラーク、バーニー・トーメ、ポール・レイモンド、スコット・ウォーカー(この人だけ色が違いますが)、ジンジャー・ベイカーが亡くなった。まだまだいたような気はしますが、とりあえずさっと思い出せるだけでもそんなに亡くなっています。
 私と年齢がそうは違わないミュージシャンもいたりして、いろいろ考えさせられますね。
 
 昨日タワー・レコードに行ってみたらジンジャー・ベイカーの追悼コーナーがありましたが、残念ながらBBMのアルバムは置かれていませんでした。あまり認知されていないのかもしれない。私もかつてどこかで手放してしまったわけですが、この機会にまたぜひ入手したいと考えています。
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2019.10.04 02:16

 BURRN! 誌の増刊号(?)のような形で、音楽評論家の伊藤政則さんのムックが出ていたのでさっそく読んでみました。何といってもジューダス・プリーストを脱退したK・K・ダウニングのロング・インタビューが興味深かった。
 10年近く前彼が突然バンドを抜けたときは何が何だかわからず、多くのファンは困惑したのではないかと思います。後任のリッチー・フォークナーがうまくバンドに溶けこんでくれたおかげで、ジューダス・プリースト自体はとりあえず順調に活動しています。
 
 そもそもK・Kとリッチーは非常によく似ているので、海外の大雑把なファンだと、メンバー交代自体に気づいていない可能性さえあります。繊細な日本のファンからするとそんなことはありえないように感じますが、国によってはもう少しいい加減というか鷹揚というか、とにかくライヴで騒げて曲が聴ければそれでいい・・・的な聴衆もたくさんいるそうですよ。
 K・Kはこういうことを語っていました。
 
 彼が辞める直前のバンドは全力を尽くしていない感じがしたそうです。ステージでのさまざまな仕掛けは大きくなってエキサイトできるコンサートではあっても、そうしたものをすべて取り払ってバンドだけの演奏で勝負したときに、若いころより明らかに落ちてきている感覚がある。
 しかもそれは彼に言わせるとはっきり努力不足だというのです。たとえばヴォーカルのロブ・ハルフォードの当時のルックスについて言及していました。
 
 ロブ・ハルフォードとK・Kはデビューのころ特別親しかったという話を聞いたことがありますが、それだけに節制不足みたいな相手を許せない部分もあったのでしょう。確かにK・Kは67歳の現在も昔と変わらない体型を維持していますし、顔かたちも劣化していません。インタビューを読むとそういうところにも「努力に努力を重ねて」きたということがよくわかります。
 そうしたことをなぜ同じバンド内のメンバーは軽く見るのかという憤りがあるのですね。
 
 アルバムではなく、プロモーションのためにEPを出せと言われたことにもかちんと来たらしい。バンド創始者の彼には、ジューダス・プリーストはあくまでもアルバムで勝負するバンドだという誇りがあった。で、それならもう抜けるとなった。
 温故知新という言葉がありますが、難しい。どこまで「温故」でいくか。努力不足の現状がありながらむりやり「知新」をひねくり出すというやり方に、彼は腹をたてたのでしょう。伊藤政則さん以外ではこんな話は聞き出せなかっただろうと思いましたよ。
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2019.09.13 09:06

 火曜日に昭和女子大学人見講堂でフランキー・ヴァリの東京公演を見てきました。いやあ、いろいろと感じるものがありました。コンサートが終わって出口に向かって歩いているとき、背後で年配(これは声だけで判断したものです)の女性が、お友だちに「これだけたくさんのコンサートに行っている自分だけれども、泣いちゃったのは今回がはじめてよ」とおっしゃっていた。
 この女性のひと言がすべてをあらわしているようにも感じます。
 
 私はーーブログのコメントで教えてくださった方に感謝いたしますーー早くチケットをとることができたので、2階席の最前列でした。ほぼ満席でしたが、非常に見やすかった。5年前の日比谷公会堂のときはそこまでよい席ではなかったので、多少窮屈だったことを覚えています。
 圧倒的に年配の方が多かったですね。考えてみれば、ザ・フォー・シーズンズに関しては自分は末期のファンだと思います。私が好きになったのは1970年で、彼らの人気が一段落してからでした(その後、復活しましたが)。
 
 中学時代は友人にレコードを聴かせても「古くさい」と言われました。音が軽くて聴いていられないぜとひどいことを言った級友もいました。グランド・ファンク・レイルロードの信奉者でしたから、そういう感想になるのも無理はないかもしれません。
 2階席から見下ろした感じでは、70代以上の方も相当数いらっしゃった。女性だけではなく男性もです。ステッキ姿の方も複数目撃しました。
 
 そもそもフランキー・ヴァリ自身が85歳です。85歳でしたが、非常に元気そうに見えました。昨年のアメリカ公演の映像では「君の瞳に恋してる」を歌うときに腰かけていたのですが、今回椅子はあったものの座らずに歌っていました。全曲、1度も座らずに、ときには軽くステップを踏みながら歌っていた。
 ザ・フォー・シーズンズの曲はほぼ全曲知っています。今回もいつごろヒットしたものかということも含めて、ぜんぶわかりました。1曲だけ意外な曲があったな。
 
 13曲目ぐらいまでは数えていたのですが、途中からそんな細かいことはどうでもよくなってきて、あとはひたすら引きこまれて見ていました。宣伝物には「最後の日本公演」とあります。「最後の」が意味するところは重いものがありますが、お客さんの質を見ていて、ひょっとしたらこれならまたすぐに戻ってもいいとフランキー・ヴァリ自身が判断するのではないかとも感じました。
 授業と同じですね。双方向で空間を作っていく要素は大きいと思います。
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2019.09.08 01:03

 先日ある商業施設を歩いていたら、大昔好きだった曲が流れていました。プレジデンツというソウル・グループの1970年ごろのヒット曲で、タイトルがめちゃくちゃに長い。1回書いておくと「5-10-15-20-25-30イヤーズ・オブ・ラヴ」という曲です。
 私は当時中学生で毎日FEN放送を聴いていた(音楽のためだけですが)ので、日本ではまったくヒットしなかったこの曲を知ることができました。
 
 典型的なソウル・バラードで、5-10-15-20-25・・・とそのまま歌っていくというのはすごい発想というか何というか。のちのち日本でもLPレコードが発売されたのですぐに入手しました。いまは手もとにないのですが、確か対訳もついていたような記憶があります。細かいところは忘れてしまいました。
 当時、通学途中のバス停に好きな女の子がいました。
 
 人目をひくとても美しいお嬢さんでーーそういうことはだんだんわかってくるものですがーー私より1つだけ年上でした。前年の秋にはじめてバス停で会い、中学2年生だった私はひと目で恋に落ちました。とは言え私は年がら年中恋ばかりしていましたから、そんなに深刻なものではありません。ただ彼女の存在が私を感化したのは確かです。
 友だちに、その子と話せるようになったという作り話をよくしました。願望を、そのまま事実みたいに話していたのです。
 
 彼らの多くは私の作り話をうのみにして、うらやましそうな反応を見せました。この曲を知って、私は自分はまだ1年間しか恋していないが、30年後も好きでいるだろうか? と真剣に考えたものです。15歳の自分が45歳になるまで好きというのはどういうことなのだろう。
 その女性の名前も住まいも、結局何ひとつわからないまま別れ(?)ました。バス停で会うだけですからどちらかがその時刻のバスに乗らなくなれば、あっという間にさよならです。
 
 30年どころかあれから50年になります。
 先月だったかな、バス停にいた彼女のことをちらりと思い出した日があります。どこかでばったり会えたり話せたりする日が来るのではないかと考えていた時期もあった。人生はそういうものではないかと期待していたわけです。そうではありませんでした。残念であるような気もしますが、救われている気もします。
 いま会ってもお互いにわからないでしょう。それもまた救いということになるのだろうと思います。
 
 
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2019.08.26 03:57

 芥川龍之介の木登りシーン(!)だとか、さまざまな古い映像を見ることができる世の中になりました。1969年のレッド・ツェッペリンの白黒映像などを見ていると、まあ世の中には精進だとか努力だとか刻苦勉励だとか・・・だけではどうにもならない何かが存在するなという気持ちになります。昔、BURRN! 誌の編集長も同じことを書かれていましたね。このメンバー4人が出会い、こういう音楽を探究しはじめたということ自体が奇跡みたいなものでしょう。
 
 仮にたったいまこのバンドが同じ形でデビューしたとしても、時代遅れどころが大騒ぎになると思います。凡百のバンドではかなわないですよ。演奏力(テクニックというより迫力みたいなもの)も歌もルックス(これは大きいと思う)もステージでの動きも、まったくかなわないですね。
 ぜんぶすごいのですが、とりわけ当時のロバート・プラントの存在感はシンガーの域を超えてしまった感があります。こんな人、そのへんで見かけたら大変ですよ。
 
 いまになって言えることというのがありますが、ロバート・プラントのステージでの動きはそれまでのロックやソウルの歌い手とあきらかに違っています。動く人はたくさんいました。アーサー・ブラウンとかミック・ジャガーとかとかジェイムズ・ブラウンとか。私は全員好きですが、ロバート・プラント以前のシンガーの動きにはダンス的要素が強かった。それをとくに女の子が大喜びで応援した。
 ところがロバート・プラントは音に乗っているだけで、装飾的な動きはあえて避けているように見えます。
 
 たとえば「ハウ・メニー・モア・タイムズ」のような曲は、それ以前のシンガーだったら出だしの部分で手足をくねらせたりしてお客さんをあおったでしょう。ところがロバート・プラントは首を振ってリズムを確認しているだけです。要所要所で身体を動かしてもダンス的なものは否定している感覚があり、その威厳さにむしろ同性がひかれたのではないか。
 長い金髪にパーマをかけ胸元をはだけて厳かに首を振るシンガーはその後何人か出てきましたが、ロバート・プラントの出現がきっかけなっていますね。こんなのもありなのかということでしょう。
 
 ああいう表現方法を個で考え出したところがすごい。どの曲でもロバート・プラントは首を縦に振るだけで、冷静に観客席を見ています。お客さんを乗せようとかウケようとか少しは考えそうなものですが、そういうことはしなくても大丈夫だという自信があったのですね。
 当時のジミー・ペイジのセリフで「自分たちは単なるロックン・ロールを演奏しているだけなのに観客は大騒ぎしている」というのがありましたが、いま見ればやはり音も映像も別格だと思います。
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2019.08.25 00:16

 歳をとることを私は悪いことだとは考えていません。意外な不便さも出てきますがそれはそれでいいと思っていて、少なくとも人生に「これは悪い」という定義を持ちこまないように気をつけています。歳をとることに限らず、自分自身に関して言えば極端な何かが起きてもやみくもに悪いとは定義しないつもりです。自分にとっては「そのときのその変化」がベストなのだと考えるように心がけています。
 生きることを祝祭であると決めた以上、変化を否定すること自体が不自然ではないかと思うのです。
 
 歳をとって、好きなものに対して気持ちがいくぶん衰えてきたという感覚は出てきました。たとえば音楽(ロック)に関して。
 今年はホワイトスネイクの新譜が出て、非常に充実した内容で愛聴しているのですが、10月予定だった日本公演(バンド側の都合で来年に延期になりました)には行けなかったら行かなくてもいいかなと考えていました。以前だったら何が何でも見に行っただろうに・・・と面白く感じました。
 東京公演の予定がハロウィンの日だったのです。教室のこと(渋谷界隈の騒ぎ)がちょっと気になるので、その日はできれば休みたくなかった。
 
 ロックそのものは好きは好きで、相変わらずBURRN! 誌も愛読しています(今月号のギルビー・クラークのインタビュー記事は興味深い内容でした)が、昔のレベルでの熱はさめてきているのかもしれません。
 ところが最近、私は偶然アステリズムという日本のバンドを見つけ、非常に強い感銘を受けました。このバンドは自分がまったく知らなかっただけで、もしかすると有名なのかもしれません。とにかくすごい熱量を感じました。平均年齢が16歳ぐらいだそうです。
 
 インストゥルメンタルで歌はありません。ひたすら轟音を出す。とりあえずヘヴィ・メタルと呼んでもいいのだろうと思います。DIOの「Stand Up & Shout」をやっているぐらいですから。ギタリストは小柄な女の子なのですが、大変な逸材だと思いました。ベースの男の子も雰囲気は将棋の藤井7段みたいにクールですが、大変なテクニシャンで7弦ベースを軽々と弾きこなしていました。ドラムだけ僅かに年上らしい。とにかく寄せ集めではない一体感はすごいものがあります。
 
 よくまあこれだけのメンバーが偶然結びついて、こういう音楽をやっているものだと思いました。映像を見ているとこちらまで思わず首を振ってしまうエネルギーに満ち溢れています。原初的なロックの衝動とでも呼べばいいのでしょうか。「すげえな!」と久しぶりに興奮しましたよ。
 自分の道を見つけるというのは本当に大切なことで、無難だからという理由で好きではないことをいやいや続けている人生は、ある意味で自分で自分を罰しているような要素があります。
 
 好きなことをやるやらないの判断基準に「生活できないかもしれない」という不安がありますね。私は生徒からその種のアドヴァイスを求められたときには「生活できないかもしれない」からやめようかなと迷う程度であれば、先は困難かもしれないと告げています。生活のことなんか考えもしなかった・・・と夢中になって邁進して、はじめて成功する可能性が出てくるということです。もちろん成功するとは限らないですよ。ただどうなろうと、まったく後悔しないレベルにはなるでしょう。
 私自身が、まあそんな人生だったかもしれないですね。
 
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2019.08.08 00:34

 さきほどフランキー・ヴァリが秋口に来日するという情報をコメント欄に寄せてくださった方がいらっしゃいました。これには驚いた。私はお休みの日の夜は、だいたいアルコール類を飲みながらYouTubeを見たりしています。それだけでもないのですが、だいたいそんなこと「は」している。
 じつは偶然昨年のフランキー・ヴァリの映像を見ていたのです。いろいろな曲を歌っていましたが、コメント欄には「彼はひどく疲れている」という記述が多かった。80代ですものね。
 
 ただそれでも歌声は昔のままで素晴らしい・・・と続きます。面倒臭いので日本語で書きますが「シェリー」「グリース」「瞳の面影」「君の瞳に恋してる」を聴いた。私自身は彼の楽曲でいちばん印象に残っているのはやはり「君の瞳に恋してる」です。もう1曲「神に誓って」というのもすごく好きなのですが、「君の瞳に恋してる」にはさまざまな思い出があり、人生全体に関係してくる感があります。
 もっとも私自身はこの曲を後追いで知りました。
 
 1967年に発表された曲ですが、当時私は小学生でさすがに洋楽はほとんど聴いていませんでした。ビートルズ、モンキーズ、ローリング・ストーンズ、ウォーカー・ブラザースぐらいは少しだけ知っていました。当時の小学生にはそういう情報は入ってこないのですよ。ビートルズやモンキーズの曲も、沢田研二さんが在籍していらっしゃったタイガースを通じて知りました。
 ですから、フランキー・ヴァリのこの名曲に出会う機会はありませんでした。
 
 中学生のときにこの曲の存在をはじめて知った。当時、廃盤になっていてどうしても聴くことができません。すごくいい曲らしいということはわかっても、どこでも手に入らない。何年も何年も何とかならないかと悶々としたある日、突然ーー理由はわかりませんがーーこの曲のシングル盤が再発されたことがありました。1971年か72年だったと思います。すぐに買ってきました。買ってきたものの先輩に貸したらやんわりと取られてしまいました。うん、まあ私はそういう人間なのですよ。
 
 この話は以前も書いているかもしれません。
 高校時代、友人と泊りがけで海に行った。その旅行はある意味で自分の人生に決定的な意味を持つのですが、旅行初日の朝目が覚めるといつもつけっ放しにしているラジオからこの曲の最後の部分が聴こえてきました。アイ・ラヴ・ユー・ベイビー・・・というところですね。
 ああ、この旅行は特別な意味を持つなと予感しましたよ。そして、その通りになった。この話は親しい人から「作った話ではないのか?」と言われたことがあります。
 
 ちょっと専門的なことを書くと、出だしの部分とアイ・ラヴ・ユー・・・の部分がなかなかつながらなかったそうです。そこで間奏を入れてみたら奇跡的にぴったりしたという記事を何かで読みました。なるほどなと思いましたよ。ポップスの名曲です。ぜひお聴きになってみてください。
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2019.05.04 09:47

 基本的に私はいわゆるヘヴィ・メタルやハード・ロック畑の人間だと思っています。それは在学校とか職種などとは関係のないことで、美学や感性ですね。どうしてそうなったのかはよくわからないのですが、ロック派対フォーク派みたいな形になったとき、自分は絶対にロック系だという気持ちでした。
 ただ当時は、必ずしもヘヴィな音でなくてもよかった印象はあります。T・REXのマーク・ボランなんかも好きでしたから。
 
 彼が初来日した1972年、インタビューを受けながらずっとシャンパンを飲んでいたという記事を何かで読んだことがあります。そういうところがロック派はさすがだという気持ちがしたものです。無防備さというか、照れを隠すというか、脇の甘さというか。
 昔「銀座NOW」というテレビ番組があり、どうしてそうなったのかシルバーヘッドのマイケル・デ・バレスが生出演していたことがあります。彼はブランデーを飲みながら話していた。夕方の子ども番組でですよ。
 
 ロックのそうした幼児性(悪い意味ではありません)は非常に純粋な何かとして、私は価値のあるものだと考えています。すごく雑に表現してしまうと、いまの世の中、偉いと称される人(世界の政治家など)はとことんずるい。ずるいけれども私はずるくないと平気で装う。
 私にはその姿はインタビュー中にシャンパンを飲んだり、夕方のお子さま番組でさえブランデーグラス片手でなければ形がつかないとおびえる繊細さの何倍もうんざりさせられるものに映るのです。
 
 このアルバムはブラック・サバスを解雇(!)されたオジー・オズボーンが1980年に制作したものです。当時たいして期待していなかったのですが、貸レコード屋さんで借りてきてあまりにも内容がいいのでびっくりしました。オジー・オズボーンという人は一時期負け犬の代表みたいに目されていて、私はそういうところも非常に好きでした。正確に書くと、負け犬かどうかではなくあえて負け犬らしく振舞うところが好きだったのです。
 きのう、連休最終日にこのアルバムを買ってきました。やはりランディ・ローズのセンスが素晴らしい。「ミスター・クロウリー」は歴史に残る名曲だと思います。
 
 
 
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2019.03.26 08:23

 バーニー・トーメというギタリストが3月17日に亡くなりました。誕生日の前日だったみたいですね。昨年の11月ごろのステージをYoutubeで見ることができたのですが、きわめて元気そうに見えます。66歳ですからもちろんそれなりの感じはあるものの、半年もたたないうちに亡くなるようにはとても見えません。
 彼はイアン・ギランのバンドにしばらくいて、その後瞬間的ではありましたがオジー・オズボーンのステージを助けたりもしていました。その後は自身のバンドを続けていた。
 
 正確な記憶ではないのですが、彼は以前3つぐらい年齢を若めに公表していたように思います。この世界ではよくあることで、3つどころか10歳近くごまかしているなどというケースもあるみたいですよ。当時私は、彼と同い年だと思いこんでいました。そしてそれだけの理由ではないものの、彼を応援する気持ちになりました。
 私は彼の音源をいくつか持っていますが、厳密に言えばすごく好きな音というわけではありません。比較的単純なロック・ソングが多いのですが、自分はあまりそういうのは得意ではないのです。
 
 彼はジミ・ヘンドリックス・フリークでした。同い年でそうなるかなと思ったのですが、3つ年上であればよくわかります。エレクトリック・ジプシーズのLPレコードは(聴ける環境にはないのですが)いまでも持っています。元ガールのフィリップ・ルイスとバンドをやっていたときの映像も海賊版(ビデオ)で入手しました。画面がちらちらして落ち着かないのですが、これを入手できたこと自体当時は奇跡みたいなものだったので何となく捨てずにとってあります。
 
 彼をジョン・サイクスやポール・ギルバート、ジェイク・E・リーなどと比較する記事を読んだ記憶がありますが、明らかに一歩遅れていました。「華」が足りない部分があり、そこがよかったと言えばよかった。
 1993年に私は紆余曲折あってある文芸誌にはじめて小説を発表させていただきました。アマチュアのライターにすぎませんが、そこまで来るのでさえ20年近くかかりました。才能も何もないのにひたすら頑張ってきた自分をバーニー・トーメと重ねる気持ちが少しありました。
 
 もう一つ、これは一時期やはり一緒にバンドを組んでいた元トゥイステッド・シスターのディー・スナイダーの言葉なのですが、バーニー・トーメのことを「彼はLONERだ」と定義していました。だからバンドを続けていくことが非常に難しいと。辞書をひくと「孤独を好む人」とあります。自分みたいだなとも思った。
 バーニー・トーメが頑張っているうちは自分も創作活動を頑張ろうと考えていた四半世紀前のことを思い出します。
 
 
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2019.03.10 00:17

 ふだんは自宅でハード・ロックかソウル・ミュージック(最近はこちらのほうが多いかもしれません)ばかり聴いているのですが、ふと内省的になりたい時期があり、そういうときはニール・ヤングをよく聴きます。最近もまたいろいろ考えたい気持ちになって、ニール・ヤングのベストアルバムを繰り返し聴いていました。
 ある意味、フォーク系の音楽は得意ではない部分があり、体系的にわかっているわけではありません。
 
 ニール・ヤングの楽曲で好きなものはたくさんありますが、その1つに「ダウン・バイ・ザ・リバー」という曲があります。痙攣気味のギター・ソロがすごく好きなのです。
 ただ一般的にはどうなのでしょうね。少なくとも「テクニカル」とは呼ばないでしょう。エレクトリックギターの巨匠たち(イングウェイ・マルムスティーンやジョー・サトリアーニなど?)にこういうソロを弾いてくださいと頼んでも、拒否されるような気がします。いわゆる「ヘタウマ」的な深みをどう解釈するかということですね。
 
 一般的な意味で歌が上手というのは、フランク・シナトラやフレディ・マーキュリーみたいなのを言いますね。ですから、ニール・ヤングの歌は味わいがあっても「上手」という次元とはちょっと違うように思います。鼻にかかったような独特の細い高音は、はじめての方には違和感があるかもしれません。
 つまりギターにしても歌にしても、ニール・ヤングの魅力は一般の「上手」「達者」という概念とは距離を置いたところにあるということになるのでしょう。
 
 だから難しい。こういうのは、たとえばニール・ヤングのそっくりさんみたいな人が出てきて二番煎じ的なことをしてもまったく評価されない可能性があります。そうかといって普通の人が技量ばかり進化させても、彼ほどの支持を得られるわけがありません。真似してもひたすら上手くなってもだめなら、どうしたらいいのか。
 初心者の混乱しやすいポイントはこのあたりですね。努力して技量抜群にさえなれば「ひとかどになれる」と考えがちなのです。
 
 最大の利点である個性は、そういうことだけではじつは開発されない。とくに芸術の世界では、技量の問題は大成できない主要因でさえないのかもしれません。ニール・ヤングと同じことです。ご自身の中の「これだ!」というものに気づかれたら、その部分をとにかく大切に守る。表面だけ上手くなろうとか時流に合わせようとか器用に小銭を稼ごうとかはしない。そんなことばかりしているうちに、魂が腐食してしまうからです。
 この曲を聴いているとそういうことを考えますよ。
 
 
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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