2019.02.17 01:27

 以前ブログの記事にも書いたGreta Van Freetの日本公演の模様が、先日読売新聞の夕刊に載っていました。内容的には非常に充実して素晴らしかったと書かれていました。まあ、私もアルバムを買いましたがツェッペリンに似ていますからね。ただ記事の最後にこういうことが提起されていました。
 来ているお客さんは40代50代が多かったらしく、先のことを考えるともっともっと若い世代を巻きこんでいかないといけないのではないかというのです。
 
 40代50代の方は、それこそレッド・ツェッペリンの再来みたいな感覚でとらえているのではないかと思います。ホンモノは凍結状態で、ロバート・プラントが乗り気ではないそうなのでもはや再結成は無理でしょう。そういうこともよくわかっていて、同系列の新人バンドに熱狂しているのではないかという気がします。
 確かに10代20代の方は昔ほどロックを聴いていないですね。私の学生時代は、レッド・ツェッペリンのアルバムが出たりするといちおう誰もが話題にしていました。
 
 アルバムが出たらしいね・・・程度ではあっても、どうだった? ぐらいの話にはすぐなりました。高校時代の遠足のときに、あちらでもこちらでもそんな話が出ていたことを覚えています。そういう意味では、根本的に熱気が違うような気がします。
 昼間から入れるロック喫茶もいくつかありました。私はあまりそういうところへ行かなかったのですが、友人は常連でした。アルコール類だけでなく、普通にコーヒーを頼むことができました。看板にマーク・ボランの大きな写真が使われていたお店が原宿にありましたね。
 
 この教室の向かいのビルの地下にも同じようなロックのお店が2つありました。そのうちの1つは現在も残っています。私は1972年(高校生でしたよ)にはじめて入っています。昼間からウイスキーの水割りを頼んだ。何となく、そういうものを頼むのが礼儀だと勘違いしていました。
 そのとき一緒にいた友人はいわゆるスポーツマンで、ロック好きというわけではありませんでした。それでもストーンズとかツェッペリンだけでなく、ウイッシュボーン・アッシュなんかも聴いていました。それが普通の都会の高校生でしたよ。
 
 若者の興味関心が拡散していっているのでしょう。20世紀の最大の発明はロックン・ロールではないかと言われていた時代を知っている私としては、ロックや文学が勢いを失っている現状はちょっと寂しい気もします。
 
 
 
 
 
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2018.12.03 08:30

 古いアーティストの音源はどのアルバムがどれぐらいよいのかがわからないので、結果的にベストアルバムの類を買うことがよくあります。ボビー・ヴィントン、ヘレン・シャピロ、フリー・ムーブメント、ゲーリー・パケット&ユニオン・ギャップ、ハミルトン、ジョー・フランク&レイノルズ・・・あげていけばきりがないですね。
 スモーキー・ロビンソン&ミラクルズもどの曲がどの時代のものなのかよくわからず、アルティメット・コレクションというものを購入しました。
 
 もっともそれはもう何年もまえのことです。で、聴く。ただその種のアルバムはすごく長いので、だいたい何かをしながら聴いています。食べたり読んだり歯を磨いたり顔を洗ったり髪をととのえたりしながら聴いていることが多い。
 すると「あ、この曲は知っている」程度の感動しかない。真剣に聴くというよりは、ただ流しているだけだからでしょうね。ハード・ロックやヘヴィ・メタルのアルバムだと頭から比較的真剣に聴くので、ちょっと差があります。
 
 ですから、スモーキー・ロビンソンのこの名曲を知ったのはつい最近でした。
 1967年の5月に発売されたヒット曲らしいのですが、じつにきれいないい曲だと思います。いかにも昔のヒット曲という感じでわかりやすく、長すぎず、それでいてロマンチックにまとめられています。
 タイトルもまた秀逸。凝りすぎていない。非常に単純な歌詞みたいなのですが(細かいところはよくわかりません)、かえって心に残ります。
 
 気づいてからはずーっと聴いています。ずーっとというのはどれぐらいか。朝、目が覚めますね。私は蒲団のうえで新聞を読みます。その時点からリピート設定にして聴きはじめます。自宅を出るのが約2時間後ですが、それまでずーっと流している。
 帰ってきて、着替えるときからやはり流します。ブログはこうして朝起きてからか真夜中に書きますが、いまこの瞬間も聴いています。自分の場合、音楽は邪魔にはならないのです。
 
 1967年5月というのは小学生だった私が勉強のし(させられ)すぎで、肺炎を起こして1週間入院した翌月でした。当時の殺伐とした生活にいい思い出はあまりないのですが、私の灰色の日常とは関わりなくこうした名曲が生まれていたのだなと思うとふっと心が軽くなります。
 
 
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2018.11.03 07:13

 人間同士、あっ! とつながる瞬間がありますね。たとえば以前ある飲み屋さんで地方の非常にシブい飲み屋さんの話をしている方がいました。偶然私もよく知っているお店だったので、思わず「線路脇ですよね?」と話しかけてしまいました。私としては非常に珍しいことで、あんまりびっくりしたのでうっかり声が出てしまったと書いたほうが正確かもしれません。
「そうですそうです、ご存知ですか?」というような話になり、大変盛り上がったのですが、そうやってふとつながるという意味です。
 
 さまざまな関係でそういう瞬間があります。小学校が同じ、中学高校が同じ(何度か保護者の方でいらっしゃった)、大学が同じ、趣味が同じ、住んでいるところが非常に近い、同じ人が知人だった・・・いろいろな状況があると思うのですが、そうしたつながりで本当に安心できるのは、音楽の趣味が同じというケースです。出身校が同じというよりはるかに落ち着くのです。
 ただ厳密にいうと、この「同じ」というのは非常に狭い範囲であり、漠然と「ロック」ではないのですよ。ハード・ロックやへヴィ・メタルでさえないかもしれません。
 
 自分の場合、ディープ・パープルを中心とした狭い世界の音楽愛好者だけはまったく不安感を抱かずに話せます。これは非常に不思議な感覚で、レッド・ツェッペリンだとかブラック・サバスだとかはバンド自体好きなものの、音楽の愛好者とは用心して話すような部分があります。
 往年の人気バンドであるキッス、エアロスミス、クイーン、ジューダス・プリースト、スコーピオンズ、UFO、AC/DC、すべて好きですがなぜかパープル関係の愛好者ほどの心理的距離の近さは感じません。
 
 リッチー・ブラックモア、デイヴィッド・カヴァデール、グレン・ヒューズ、さらには直接パープルに関係していたわけではないですが、コージー・パウエル、ロニー・ジェイムス・ディオ、グラハム・ボネットあたりですかね。名前が出てくるとほっとして昔からの知り合いみたいな気持ちで話すことができます。
 イアン・ギランだとかジョー・リン・ターナーなんかも好きは好きなのですが、ちょっとだけ距離を感じます。まあ、不思議ですね。
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2018.08.16 00:22

 音楽の話を書きます。
 休み中、変なところをうろうろしていました。時間つぶしと暑さを紛らすためにあるスーパーに入りました。買おうと思ったものがないことはないのですが、べつにそのスーパーに行かなくてもそのへんの100円ショップで買えるようなものでした。
 書店に寄り文具売り場で目的のものを買い、まだ空き時間があったので地下の食品売り場に入りました。
 
 酒類が並んでいるあたりでぶらぶらしていると、小さな音で音楽が聴こえてきました。そこのスーパーではいつもーー気づかないことも多いのですがーー昔のポップスを流しているのです。以前も、タートルズの「ハッピー・トゥギャザー」が流れていたことがありました。音量が低いので、相当気をつけていないと聞き逃してしまう。まあ、買い物客用のBGMですからそれでいいのでしょうが。
 
 聞き覚えのある曲が流れてきました。幸い正午近くの酒売り場にはどなたもいらっしゃらない。中央部にスピーカーの穴(?)みたいなのがあったので、その下でじっと耳をすますと「ドント・ウォリー・ベイビー」という曲でした。1960年代のビーチ・ボーイズの有名な曲です。
 ところが何かが違う。しばらく聴いていて、トーケンズのものだということに気づきました。私はこの曲が入っているアルバムを持っていたのです。
 
 トーケンズは「ライオンは寝ている」で有名ですね。彼らは1969年だか1970年に「ボス・サイズ・ナウ/トーケンズ・リバイバル」というアルバムを出しています。そのアルバムから「朝もやの中で」というヒット曲が生まれました。私は中学生のときにこのアルバムを買いました。その中に「ドント・ウォリー・ベイビー」も入っていた。ビーチ・ボーイズのものより力強い感じがします。おそらくドラムがいい意味でぱたぱたしているからだと思います。
 さらにファルセット・ヴォイスがちょっと苦しそうなところもいい。
 
 なぜかトーケンズのベスト盤CDにはこの曲が収録されていないのですよ。レコードは持っていてもいまは聴ける環境下にないので、本当に30年ぶりぐらいに聴きました。じーっとうつむいて聴いていました。何かしら・・・間違っていないという感覚に包まれました。この場でこうやって聴けたということは、すべてのタイミングが間違えていないなという感じでしょうか。
 改めて調べてみるといまはYoutubeでビーチ・ボーイズのものもトーケンズのものも聴くことができます。便利な世の中になりましたね。
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2018.08.11 21:24

 生きていて「あ」という瞬間がありますね。そういうことだったのかという感覚。これがまたおかしなもので、いま見たり聞いたりしていることと因果関係がほとんどない「あ」ということもあります。小中学生の方には私が伝えたいことがよくわからないかもしれませんが、長いこと生きていると不思議な瞬間がまれにあるものなのです。
 啓示とまで書くとちょっと大げさになる。しかし偶然と書くと今度はちょっと軽すぎる。啓示と偶然のあいだみたいな何かです。
 
 今年ホワイトスネイク(ロックバンド)が結成40周年を迎え、その特集を組んだメタリオンという雑誌が発売されたので、タワーレコードで買ってきました。この雑誌はBURRN! 誌の臨時増刊号なのですが、普通の本屋さんにはあまり置かれていません。
 ホワイトスネイクについては何度か記事に書きました。デイヴィッド・カヴァデールというシンガーが作ったバンドです。私はCDもDVDもいくつも持っていて、コンサートにも何度も足を運んだことがあります。
 
 バンドとして好きということもあるのですが、私個人がデイヴィッド・カヴァデールに非常にひかれるものを感じるのです。さかのぼれば1973年。彼がイアン・ギランのあとがまとしてディープ・パープルに加入したときのミュージック・ライフ誌の写真(彼は色の入ったメガネをかけていた記憶があります)を見たときから、ひかれるものを感じました。
 1980年代にはあまりにもロックスター然としてしまってやりすぎじゃないか? と思ったときもあるのですが、それでも何となく陰のある感じは残っていました。
 
 最近の彼のインタビュー記事を読んでいると半ば宗教家のようになってきています。私ももういい歳ですからミュージシャンのインタビューを読んでいて、それこそ「年がら年中パーティーだぜ!」みたいな話はあまり面白くない。その点、私より年上のミュージシャンの話はやはり含蓄が深いですね。
 ホワイトスネイクの初期のメンバーにミッキー・ムーディというギタリストがいました。珍しく彼のインタビュー記事も掲載されていました。そこにこういう言葉がありました。
 
 彼は1968年からデイヴィッド・カヴァデールを知っていたそうです。「スコット・ウォーカーの物真似を誰よりも上手くやっていた」というセリフがありました。「あ」と思いました。スコット・ウォーカーもまた別の次元で私が非常にひかれるシンガーなのです。
 デイヴィッド・カヴァデール本人のインタビューでスコット・ウォーカーについて触れられているものは、私はいままで読んだことがありません。ただそういうことなのでしょうね。伝えたくない大切なことというのが、誰にもあるような気がします。
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2018.08.07 00:17

 いわゆるバッド・ボーイズ・ロックン・ロールというジャンルがあります。解散してしまったモトリー・クルーだとかバックチェリーだとかがわかりやすいのかもしれません。さかのぼればニューヨーク・ドールズやヘヴィ・メタル・キッズにたどりつく。さらにさかのぼればローリング・ストーンズに行きつくのでしょうか。
 世界的な人気バンド、ガンズ&ローゼスもある意味で同系列に数えていいグループでしょう。こうした音楽は全世界的に人気があり、日本にもバンドはたくさん存在しているみたいです。
 
 ヒマなときにYoutubeでさまざまなミュージシャンの最近のコンサートの様子をのぞいてみることがあるのですが、先日ガンズ&ローゼスが「ウイチタ・ラインマン」を演奏しているのを見つけて、こんな曲をとりあげていたのか! と本当にびっくりしました。
 この曲については2012年の2月にブログに書いています。グレン・キャンベルのヒット曲ですが、ちょっと地味めな曲でした。ただ、ものすごくいい曲です。私は後追いでこの曲を知りました。夕方偶然ラジオで聴いてあまりにもいい曲なので衝撃を受け、その晩はまったく眠れなかったことを覚えています。
 
 翌日は非常に大切な用件があったのですが、ほぼ徹夜で臨みました。で、その件は玉砕しましたが全然悔いはありませんでした。それぐらい繊細な名曲なのです。
 ガンズ&ローゼスのメンバーは私より少しだけ下の世代ですから、グレン・キャンベルが盛んにヒットを飛ばしていたころは本国で聴いていたと思います。ただグレン・キャンベルには「恋はフェニックス」だとか「ラインストーン・カウボーイ」だとか、より大ヒットした曲がいくつもあり、一般的な感覚ではそちらを取りあげてもよさそうではありますかね。
 
 ただここは微妙な問題で、似たような曲ではあっても「恋はフェニックス」なんかをカバーしてしまってはやっぱり若干かっこ悪いのですよ。わかる人にはわかるでしょう。歌詞の問題なんかもありますから。「ウイチタ・ラインマン」というところがーーアクセル・ローズ個人の趣味だと思いますがーー孤独に闘っているイメージがあって美しい。
 そういうこともぜんぶ含めて、こんな曲をとりあげたのか・・・と感慨深いものがありました。演奏自体非常に哀愁に富んでいましたよ。
 
 同じメタル系のバンドであっても、たとえばメタリカとかアイアン・メイデンとかであればこの曲をとりあげることは絶対にないでしょうから、その独特の感性にはいろいろ考えさせられました。
 ガンズ&ローゼスに関してはあまり知識がないので、改めていろいろ調べてみたところこの曲を演奏したのは、グレン・キャンベルに対する追悼の意がこめられていたみたいです。それでもこの曲を持ってくるセンスは素晴らしい。グレン・キャンベルの曲ではもう一つ「悲しきスージー」という曲が私は好きです。
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2018.07.02 09:48

 ふだんいわゆるラジカセで音楽を聴いています。ついでにラジオを聴くこともあります。ラジオは何か作業しながらーー私の場合、こうして文章を書きながらはむりですがーー聴くことができるので非常に便利ですね。先日のサッカーも1試合だけはラジオで聴いていました。
 長年使用していたラジカセがおかしくなってきました。CDの信号を読み取れなくなってきた。調べてみると2013年の9月に買ったもので、ある意味寿命みたいなところがあります。
 
 その日は浦安方面の病院からの帰りだったので、妙に印象に残っているのです。京葉線の窓から青い大きな海が夕日に映えて神々しくさえ見えた。非常に明るい気分でした。
 先週末、新しいラジカセを買いました。教室の斜め前にお店があるのですが、金曜日まではまだ体調が悪くふらふらしていたので満員電車で持ち帰るのはつらいような気がして躊躇していました。土曜日になってだいぶしっかりしてきたので、今日なら山手線もすいているだろうと思って買ってきた。
 
 自分の少年時代は、持ち歩く音源でいちばん小さいものがラジカセでした。で、たとえば旅行なんかに行くとラジカセを持参してきている仲間が何人もいた。CDなんかまだ存在しませんから、カセットテープですね。それを用意して聴いている。
 高校の修学旅行のとき、友人がラジカセとテープを持ってきていました。聴いていて絶句した。当時入手はまず不可能ではないかという曲が流れてきたからです。あれ? この話は2回目かな。友人はラジオ局によく遊びに行っていました。そこでDJの方と親しくなってテープをもらったそうです。
 
 記念すべきはじめのCDは何を聴いたらいいだろう? というようなことを考えた。犬を撫でながら考え、結局FREEのTONS・OF・SOBSにしました。ファースト・アルバムですね。このアルバムの青臭さや未熟さ、粗さ、不器用さはじつにたいしたものだと思います。
 俗に「完成度が高い」という言葉がありますが、いかにも作り物ですみたいな作品は、やっぱりだんだん聴かなくなっていきますね。いまは・・・フリー・ソウルのアルバムを聴いています。この曲はエモーションズの「フラワーズ」だな。
 
 
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2018.03.17 01:23

 私が聴く音楽はほぼロックとソウルに限定されますが、自分の応援しているミュージシャンが音源を出したときはいまでもCDの形で購入するようにしています。配信みたいなものを利用するのではなく、ということですね。
 先月記事にしたホワイトスネイクのライヴを買ったあとはジューダス・プリーストの新譜(「FIREPOWER」)とサクソンの新譜(「THUNDERBOLT」)を買いました。王者プリーストはともかくとして、サクソンも私は昔からけっこう聴いてきました。精神性(?)が好きなのです。モーターヘッドへの敬意と似ています。
 
 ジューダス・プリーストの新譜はそれなりに話題になっているみたいですね。先日ちらりとタワー・レコードのロックの階に寄ったときも、このアルバムが流れていました。典型的なプリーストのロックで、どこかで聴いたような気さえします。結局、そういう場所にかえっていくものなのかもしれません。
 プリーストのグレン・ティプトンというギタリストは昔から大好きなミュージシャンなのですが、パーキンソン病で今後ツアーに出られない可能性があるとBURRN! 誌に出ていました。
 
 もう70代になりますからね。私より上の世代のミュージシャンの音源は本当に一期一会の気持ちで接していかないといけないのでしょう。
 サクソンは一時期迷走していた時代がありました。純然たるヘヴィ・メタルのバンドとしてイギリスでスタートしたのですが、途中でアメリカでもっともっと売れようとしたのでしょう。メンバーを何人か交代させ、はでな服を着(もともとはバイカー集団みたいなものでデニム&レザーでした)、ソフトな曲「も」演奏するようになりました。80年代の半ばごろです。
 
 おいおいと思いましたよ。本人たちが売れたいという以上にもっともっと売りたいという周囲の思惑や要請があったのだと思います。迷走して評判も落ちて・・・このままだと危ないなと思っていたら、長い期間をかけていつのまにか元に戻っていました。現在はやはり純然たるヘヴィ・メタル・バンドで曲調も激しい。開き直ったら人気が回復してきた。
 売れたいとか有名になりたいとか、人間はいろいろなことを考えるものですね。目立たないように生きてきた私でさえ、若いときは飛躍したことを考えた時期がありました。
 
 学校で頭角をあらわしたいとか組織でうんと出世したいとかも同じかもしれません。もちろん悪いことではないですよ。
 ただ・・・私の場合は、自分を好きなように表現する場としてこの世界に存在しているだけなのだという気持ちが大きくなってきて、他の評価軸で制限されないようにしたいと考えるようになりました。やりたいことをやって、どこの評価基準にも合わせない。生きていくために妥協すべきところは妥協する。世の中全体のプラスになることと特定のどなたか(仲間や組織)のプラスになることとでは、また微妙に違うものです。何となくサウンドが違う。ポップスとヘヴィ・メタルの違いぐらいなのでしょうが。
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2018.03.03 08:12

 キッスという世界的なロック・グループが存在しますね。キッスについてはデビュー間もないころ(FEN放送で知りました)から好きは好きでした。その昔ーー40年以上昔ーーいまはなくなってしまった「ミュージック・ライフ」誌で、ロック四天王などと称されていたものです。
 クイーン、キッス、エアロスミス、エンジェル・・・だったかな。ちなみに私はいちばんエンジェルが好きでした。フランク・デミノというヴォーカリストがすごいと思ったのです。
 
 ですから応援しているエンジェルの何倍も人気があり、やたらともてはやされているクイーンやキッスは面白くないところがありました。エアロスミスに関しては微妙な感じでした。当時は本当にストーンズみたいだと思っていた。
 そのキッスにポール・スタンレーというメンバーがいます。ギタリスト兼ヴォーカリストですね。キッスを支えてきたのは、実質的にはこのポール・スタンレーとジーン・シモンズの2人です。
 
 キッスは現在もばりばりの現役です。ツアーをすれば大きな会場が満員になる。
 このポール・スタンレーは、じつはソウル・ミュージックの名曲を演奏するサイド・プロジェクトを持っています。これが本当にブラック・ミュージックばかり。たとえばアイズレー・ブラザーズの「フーズ・ザット・レディ」、デルフォニックスの「ララは愛の言葉」、スピナーズの「フィアデルフィアより愛をこめて」、アル・グリーンの「レッツ・ステイ・トゥギャザー」・・・ど真ん中もど真ん中、真っ黒黒ですよ。
 このへんの曲は私もよく聴きます。時代的な要素が大きいですね。
 
 ただYoutubeで見ていて、すごく感じたことがありました。サウンドも服装もソウル・ミュージックっぽくて完璧なのですが、ポール・スタンレーの動きだけがいかにもロック然としている。これはロックやソウルに詳しい方ならすぐにおわかりになると思います。ホンモノのソウルシンガーの腕の広げ方ではない。あるいはソウルシンガーはそこでマイクスタンドをつかんだりはしない。そうした違和感(悪い意味ではありません)は若干覚えました。
 昔、演歌の大御所がビートルズ・ナンバーを歌うのを見たときと似た感じです。
 
 私個人はロック系の人間(?)であるのでまったくいやな感じはありませんが、ソウルに思い入れの強い方が見たらこれは似て非なるものだということになってしまうのかもしれません。
 生きてきたすべてが日常の動きに出てくるというのは面白い現象です。何人かで飲んでいても「あ、この人ロックが好きなんじゃないかな?」と感じたりするときがあります。いま好んでいるすべてが、いずれは自然に人生にあらわれてくるということです。
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2018.02.19 07:57

 個性的という言葉はいい意味で使われることが多いように思います。逆に個性がないという言い方もある。どちらかというと、それは平凡でつまらない・・・ぐらいの意味で使用されていますね。
 ところがこの個性というのが難しい。将棋なんかで個性的な将棋を指す人がいます。ただ勝負事ですからいくら個性的でも負けてばかりいたらあまり意味を感じられなくなってきます。それはそうですね。
 
 試験なんかも同じ要素がある。個性的な勉強をしている人がいるとして、試験の点数がひどく悪いのであればその「個性的である」ことにはあまり意味がないように感じます。短期的にはっきり結果を出さなければならないものに関しては、むしろ個性を捨てる必要さえ出てくるのかもしれません。みんなと同じであっても、点数がとれたほうが正しいということになってくる。
 難しいのは音楽だとか絵画、文学、映像などの・・・芸術方面でしょうか。
 
 ロックの歴史に名を刻んだようなバンドはだいたい個性的です。独特のサウンドを持っている。大判の国語辞典にさえ名前が出てくるレッド・ツェッペリンというバンドは個性的という意味では最右翼でしょう。ヴォーカルもドラムスも全体のアンサンブルも独特のものがあり、その他多くのハード・ロック・バンドとは決定的に違っていました。副次的要素としてはルックスもそうでしたね。
 時代が流れていく過程で、ときどき「まるでレッド・ツェッペリンのようだ」と称されるバンドが出てきます。
 
 有名なのはキングダム・カムですね。ゲイリー・ムーアに「レッド・クローン」と揶揄されたバンドです。シンガーのロニー・ウルフの声質がロバート・プラントに酷似していた。私は好きでしたが、物真似云々の批判がすごくて一瞬話題になったもののすぐに失速してしまいました。
 これがなかなか面白いところで、たとえばローリング・ストーンズに似たバンドはいろいろいましたが、そこまでは叩かれない。個性という点ではツェッペリンのほうが真似しにくいだけに、似ていると非常に目立つのでしょう。
 
 最近、Greta Van Fleetという若いバンドがレッド・ツェッペリンそっくりだということで話題になっています。メンバーはまだ20歳そこそこなのですが、映像で見るかぎりヴォーカルの声質が(ついでにマイクを持っていないほうの指先の動かし方も)まるでロバート・プラントです。ドラムのダイナミックな感覚もあきらかにジョン・ボーナムの影響を受けています。そして何より曲調がツェッペリンに似ている。つまり大変個性的なのですが、「ツェッペリンに酷似しているから個性がない」とも批判されかねない。
 微妙なところです。私は応援していくつもりですが、どうなるか。
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プロフィール

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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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