2017.07.15 00:10

 先日、チェット・ベイカーを主人公とした「ブルーに生まれついて」という映画のDVDを見ました。これは上映されているときからどうしても見たかったのですが、時間的に都合がつかず映画館では見ることができませんでした。
 最近はDVDを借りてきても最後まで見ないうちに閉じてしまったり、見ているうちに寝てしまったり(真夜中アルコール類を摂取しながら見ているせいだと思います)というパターンが多いのですが、さすがに出だしから終わりまで眠くなったりせず集中して鑑賞できました。
 
 チェット・ベイカーの映画と言えば、1989年に「レッツ・ゲット・ロスト」というご本人が出演している映画を見ています。とてもよくできた白黒の作品で、全編退廃的な美学に満ち満ちていました。その映画の撮影直後にチェット・ベイカー自身は高いところから落ちる形で亡くなっています。事故とも自殺とも言われていますが、真相はわかりません。
 今回の映画も彼のある意味メチャクチャな生き方について忠実に描かれていました。彼はジャンキー(薬物中毒者)でしたからね。途中、やけくそになった彼が「泳いでくる」と言って、スーツ姿で海に入っていくシーンがありました。
 
 15歳のとき自分がはじめて書いた小説を思い出しましたよ。散逸してしまったので細かい筋は覚えていないのですが、アメリカ人の主人公の男が黒いスーツを着てーーさらに帽子を被らせていたように記憶していますーー真昼の海に入っていく。そして「昔はよかった!」というセリフをさかんに繰り返す。その後、彼の姿を見たものはいない・・・と終わらせていたと思います。
 私自身の当時の感情を表現したのですが、海にスーツ姿で入っていくという発想が浮かんだときは「やった!」と思ったものです。
 
 先日、ある文豪の昔の小説を読んでいてーーこれは偶発的に読みましたーーちょっとした衝撃を受けたのですが、以前のようには感動しなくなっていました。昔はその病的な世界観にやたらと興奮した覚えがあるのですが、それがほとんどない。安易な話の展開に子どもっぽささえ感じたりしました。
 すれたものだという驚きもあり、これがまた成熟ということなのだろうという感慨もあります。鈍感になったという悲しみはありません。歳をとって正しい方向に来たと感じます。
 
 チェット・ベイカーの生き方に関しても1989年当時はやたらと感動したのですが、いまはかなり冷静にとらえられるようになっています。
 なにもスーツ姿で海に飛びこまなくても、人間は普通に生きているだけで十分に美しい。あるいは普通に生きているだけで十分に感動に値する存在である・・・そうしたことがわかるようになるまでやはりある程度の年月が必要みたいですね。あくまでも劣等生だった私の場合ですが。
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2017.06.10 08:15

 今週、シン・ゴジラのDVDを借りてきました。あまり邦画は見ないのですが、家内がすごく面白かったというので見てみようと思いました。時間がなかったので、ところどころ早送りしながら鑑賞したのですが、結論から言うと感動しましたよ。
 はじめにおもちゃみたいな子どもゴジラが出てきたときはなんだ、こりゃと拍子抜けしたのですが、途中でどんどん進化していってりっぱな(?)成獣になった。最後は「おおっ! これはすげー!」という感じです。
 
 夜ゴジラが光りはじめるシーンがあります。政府の人間がいったい何が起きるのだろうと遠巻きにながめている。そのあといきなり大量の火炎や光線を吐きはじめて大変なことになるのですが、映像とは裏腹に物悲しい音楽が流れていてーー私は夜中の3時すぎに見ていましたーー非常に胸を打たれました。ゲーリー・ムーア的発想だなあ。
 ゴジラには悪気がないわけです。ゴジラとして生きているだけで悪気はない。いじめられるから反撃するのであって、深い思索があるわけではなさそうです。
 
 見ていて自分の家の犬を思い出しました。仮に人の背丈が1cmぐらいのおとぎの国に犬が迷いこめば、ゴジラみたいなものでしょう。犬はおとぎの国の建物をどうしてもなぎ倒さざるをえないでしょうが、何が何だかわからないだけで悪意があるわけではない。
 それを寄ってたかって攻撃されついに殺されてしまうのはかわいそうだなあ・・・と同情しながら見ていました。ゴジラ、頑張れ! と明け方1人で興奮している60代もどうかとは思いますね(早く寝ろ)。
 
 人間なんか滅びてしまえという感覚はある種の方が持つと思うのですが、ちょっと複雑ですね。ゴジラはある意味混乱の象徴でしょう。よく若い方がこんなに不公平な世の中はいっそ戦争でも起きてめちゃくちゃになってしまえばいいのだというようなことをおっしゃっているという記事を読むことがあります。
 冨の不均衡などが広がる一方である仕組みにやけくそになる。その感覚はわからないでもないのですが、将来の責任を考えたとき上品にランディングできるのが本当の知性だとは思います。
 
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2017.01.29 00:27

 今日は勉強とは関係のないお話です。
 私ぐらいの世代は、渥美清さんの「男はつらいよ」という映画をけっこう見ているのではないかと思います。私も熱烈なファンというわけではありませんが、全盛期に育ったので映画館で数作見たことがありました。その後はテレビやビデオやDVDなど、後追いの感じですがほとんど見ているような気がします。
 ときどきふと気になる話があって、DVDを借りてきて見返すことがあります。
 
 先日、久しぶりに大阪が舞台になっている回を見ました。
 例によって主人公の寅さんは、大阪の芸者さんに恋をします。その芸者さんが寅さんが泊まっていたホテル(新世界の汚い商人宿みたいなところです)に夜中にやってくる。詳しい説明は省きますが、ショックなことがあってすごく酔っ払っている。「ここに泊めて・・・」と言われて断りきれなくなる。
 ただ複雑なことが起きないのがあのシリーズの安定感のあるところで、寅さんは寝入ってしまった芸者さんだけを部屋に残しそーっと階下に下りていきます。
 
 下の帳場でーー宿の一家と寅さんは相当つきあいがある感じですーーホテルの跡取り息子(芦屋雁之介さんが好演されています)に向かって「今夜はお前の蒲団で寝るからな」という意味のことを告げる。
 そのとき帳場の棚にある日本酒の一升瓶を寅さんはごく自然に取り上げて普通のガラスコップに6分目ぐらいまで注ぎます。そしてひと口含んでから話を続ける。ああ、こういう感覚ってあるなと私は感じました。
 
 自分もアルコール類を飲むわけですが、こうした気持ちで飲むことが多いような気がします。多くの方がそうなのかもしれないですね。
 つまり、何らかの精神的な泡立ちを抑える目的で飲む。いい悪いすべてひっくるめてのものです。とにかくちょっとした波風がたつ出来事があり、その動揺と距離をとる意味で飲む。帰宅前に1人で外で飲むこともありますが、狙い(?)というか要点は同じです。区切りをつけるためですね。
 
 ある程度豊かな社会では、飲食は味わうことを求める要素が大きいでしょう。そしてもちろん飲酒に関してもおいしいものを飲みたいという側面はあるのですが、落ち着く目的であればとくにどうということのない普通酒であっても気になりません。というより、むしろ平凡な味のほうが「助かる」印象があるのです。
 以前あの映画を見たときには、こうした発見はまったくありませんでした。まあ、いくつになっても成長なのでしょうね。
 
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2016.06.10 00:06

 1976年の映画「タクシードライバー」40周年を記念して、出演俳優たちが映画を回顧するテレビ番組か何かの一部がYoutubeにアップされていました。英語の理解力がないのでよくわからないのですが、歳をとられたマーティン・スコセッシ監督が映画の主題を「ロンリネス」「アイソレーション」とおっしゃっていたのが印象に残りました。
 人はなぜそうしたものを美しく感じるのでしょうね。人は・・・ではないか。ある種の人は・・・と書くべきかもしれません。
 
 以前、パンテラのフィリップ・アンセルモがあの映画について「主人公はアタマのおかしい気味の悪いやつだと思った」という意味の発言をされていました。鏡に向かって1人で呟く有名な場面を話題にしていた。
 インタビュー記事を読んでいて(当然BURRN!誌です)、非常に意外な感じがしました。反体制的なロック・シンガーであるフィリップ・アンセルモは、当然そういうことに理解がある側だと思いこんでいたからです。ところがそうではなかった。
 
 じつは20代のはじめのころ、私は鏡に向かって話をしていたことがあります。映画のシーンを知らずにです。私があの映画を見たのは、ずっとあとになってからでした。正確に何を話していたのかは覚えていないのですが、真夜中自室でそんなことをやっていた。私は私の人生をあたりまえに生きているだけですから、そうした行為を病的であるとはまったく考えませんでした。
 ロンリネスとかアイソレーションとか、心象風景はその通りだったという気持ちはあります。
 
 教える仕事には就いていました。普通に挨拶したりお話したりすることはできました。それこそ当時20歳ぐらい年上の保護者の方とお話することもできましたし、若かったので生徒にもまずまず好かれていたと思います。ですから引きこもってしまう感覚ではないのですが、どなたとも分かり合えない感じはありました。だからこそ逆に瞬間的につながった印象を持ったときは、ものすごく感動した。本当に「一瞬」なのですが。
 その一瞬はしかし永遠の何かを秘めているように感じられます。それを何かの形で表現できるかもしれないというわずかな望みに賭けて生き続けているような気はします。
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2016.04.27 00:21

 最近、いろいろなことに気づく。そういう歳になったのでしょう。
 いちばん好きな洋画は「世にも怪奇な物語」第3部テレンス・スタンプ主演の「悪魔の首飾り」か、ロバート・デ・ニーロ主演の「タクシー・ドライバー」か、クリストファー・ウォーケン主演の「キング・オブ・ニューヨーク」のどれかだろうと思います。少し下がってジョン・ヴォイト主演の「真夜中のカーボーイ」かな。「プレデター」や「遊星からの物体X」みたいなのも好きですが、それは全然別の意味です。
 
 「タクシー・ドライバー」の最後のシーン。ものすごく印象的なのですが、どう考えたらいいのかわからない。背景の説明をせずにいきなり本題に入ってしまいますが、ベッツイという女性はどれぐらいの気持ちでトラヴィスの車に乗ったのか。トラヴィスはトラヴィスでああいう態度をとってはいるものの、どの程度が強がりでどの程度がもういいやという気持ちなのか。半々ではないような気がします。あえて表現すれば自己陶酔のようなものが強く、あとで後悔したのではないか。
 
 ただあそこでトラヴィスが再びデートに誘っても、彼女は快く応じなかったようにも思えるのです。あらすじそのものがそうなっていないので、私の勝手な想像にすぎませんが。
 つまり謎が謎として残り続ける。説明され尽くされていない。バックミラーをじっと見つめるトラヴィスの冷めた視線の意味も、本当に冷めていたのではなく相手の気持ちを見極めようとした何かではないかとも感じます。要するに、全然ではないでしょうが私は大切なところがわからずもやもやする。
 
 しかし、それこそが名作の所以なのだなと考えるようになってきました。どこまでいっても結論が出ない。時と場合とこちらの成長によって解釈が微妙に変わってくる。「キング・オブ・ニューヨーク」の惜しいところは、主人公の確実な死が最後はわかってしまうところでした。
 ヘルマン・ヘッセの「デミアン」という小説があります。私は長いこと最後のシーンが死を意味するとは考えていませんでした。そういう解釈が当然であると知ったときには心底びっくりしました。
 
 表現の崇高さはそうした部分に潜んでいるということがわかってきた。鑑賞者が参加できる要素ですね。このことにとことん気づけたのは今後の生き方が変わってくるほどの衝撃なのですが、それは大騒ぎしないでおきます。
 謎を残していきますよ。これから。
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2014.06.06 13:36

 結論みたいなことを書いてしまえば、私たちは「よりよく生きる」しかないのですね。どなたでもそうです。前提条件はいろいろ違いますが、とにかく「この位置」からよりよく生きる以外にない。
 幸せになりたいという表現がありますが、そういうのはいつかどこかで見知らぬどなたかがひょいと持ってきてくれるものではないということです。自分自身で、この時点からよりよく生きる努力の連続のなかで、少しずつ手に入れていくべきものでしょう。どの瞬間も「よりよく」生きようとしているかどうかがいちばん大切ですね。
 
 とはいえ、そんなことばかり考えて緊張しすぎるのもよくない。人生は神秘に富んでいて、とても管理しきれるものではありません。信じられないような事件(いい意味でも悪い意味でも)が起きる可能性もある。自力ではどうにもならないこともたくさんありますね。
 管理しようと力みすぎるのはよくありません。またどうせ思うとおりにはならないのだからと投げてしまうのもよくない。冷静に、この時点から少しでもよい方向に「楽しみながら」引っ張っていく工夫ですね。流れを作る。楽しさというのは何かを気づかせてくれているのです。単純な反射の楽しみではなく、自分はこれが人より少し得意だなあ・・・という楽しさですね。
 
 絵を描くのがそうだという人もいるでしょうし、文章を書くのがそうだという人もいるでしょう。数字のやりとりが人より速いという人もいるでしょうし、語学が好きだという人もいるでしょう。身体が強い。小さい子どもが特別好き。動物を見ていると飽きない。駅名をぜんぶ覚えている。人それぞれでしょうが、そうしたことは何かを教えてくれているのですから「職業として成立するかどうか」みたいに考えず、そのなかで自分自身を見つめるように心がけるといいのです。見つめていると人間そのものが磨かれていきます。
 昨日はお休みをいただいた。先日のめまい事件以降なるべくきちんと週2回休もうと心がけています。休んで少しだけうろうろしました。
 
 昨年見られなかった「WER」というオオカミ男の映画。DVDが特定のお店でしかレンタルされていないということがわかりました。近所にないのですよ。そこである支店まで行って会員になって借りてきました。徹底的に何度も見てやろうと思って1週間借りた。
 口コミ情報なんかではあまり評判はよくなかったみたいですが、自分には十分楽しめました。ちょっとメチャクチャな内容なのですが、メチャクチャだからいいという面もあるような気がしました。息子もあとで見ていた。彼は私ほど「オオカミ男好き」(?)ではないのでとくに感想は口にしていませんでした。面白かったとは言っていたかな。
 
 20代のころ、こういうことを考えたことがあります。宇宙人が攻めてくる。地球人が一丸となって闘う。しかしどうしてもかなわない。いよいよ敗色濃厚になってきたとき、地球にいる化け物という化け物ーーオオカミ男やドラキュラ、ゾンビ、半漁人なんかーーが決起して、逆に宇宙人をやっつける。
 そういう物語を書いてみようかとちらりと考えたものの、あまりにもばかばかしいような気持ちがしてやめてしまいました。商品になるかどうかみたいなことを考えたのですが、得意なことはやってみるべきだったかもしれません。いま? いまはさすがにそんなことは考えていませんよ。
 
 すごく地味な物語を自宅で書くときがあります。それこそ「商品として成立するかどうか」はまったく関係ない。得意なこと、好きなことを通じて何かわかってくるのです。それは広い意味で仕事にもつながってきますし、よりよく生きるということにも関係してくるのです。
 
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2013.11.21 12:53

 おとといと昨日、予定通り連休をいただきました。ありがとうございます。
 耳鼻科も内科も行きました。とくに問題なしです。メガネも作った。妙なことを言われました。「長野さんは老眼と近眼がちょうどよく拮抗している。どんなメガネを作っても近くは裸眼のほうが見えるでしょう」
 そんなことがあるのですね。確かに近くはよく見える。しかし、裸眼だと遠くが全然見えません。大きな教室に立っていると、入ってきた生徒が誰だかすぐにはわからない。そのレベルです。まあ、いちおう新しいものを作りました。月末ぐらいにできあがります。
 
 映画も行きましたよ。「ミッドナイト・ガイズ」ですね。アル・パチーノとクリストファー・ウォーケンが出ている。車を猛スピードで走らせたり銃撃戦があったりはするのですが、この映画のテーマはズバリ「老い」だと思いました。そういう作りになっているのです。
 先が長くない元ギャング。アル・パチーノがこういう意味のことを語っています。暴れて(?)いると昔にもどったみたいだ。いや、昔よりよっぽど楽しい。なぜかわかるか? 一瞬一瞬かけがえのない時間だからだ。
 
 私もそんなにたくさんは残された時間はないと思っていますからね。複雑な気持ちになりましたよ。
 しかし、まあ男というのは本当に幼稚な動物だとも思いました。詳しくは書きませんが、70歳近い男たちが何をやっているのだろうというシーンがたくさんある。成熟した女の方がこの映画を見たら、ちょっと幻滅するかもしれません。もちろんアル・パチーノやクリストファー・ウォーケンには幻滅されないでしょうが、そのへんのオッサンがこんなことをしていたら幼児性を間違いなく軽蔑されるでしょう。
 
 私自身は男ですから、逆にこの幼児性がいいのではないかと考えてしまいます。いくつになっても少年時代と変わらず、女の人をナンパしたりする精神ですね。正直に書きますが、見ていて「こりゃおれも少し見習わなければな」と思ったぐらいです。最近、枯淡の境地みたいになってきているのでちょっと反省(?)しました。
 さらに映画館のポスターですごい映画を見つけた。「WER」というオオカミ男の映画。同じ館で時間帯を変えて上映されています。
 
 インターネットで予告編を見た(仕事場で見たのではないですよ)感じでは、これまで見たオオカミ男の映画のなかでいちばんすごそうです。あの「ハウリング」をしのぐすごさ! こりゃ見に行かなければ死ぬに死ねないということで・・・来週は1回だけの休みなのですが、「WER」を見に行きます。こういうところが本当に幼稚なのですが、まあ勘弁してください。
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2013.11.17 09:45

 何年前に目にした文章だったか、自分が忙しいことを誇ってはいけないというのがありました。昔のりっぱな方が書かれていた記事だったのではないかと記憶しています。たとえどんなに忙しくても「忙しい忙しい」と軽薄な自慢をする卑しい人間になってはいけないという意味のことが書いてあった。
 その記事を読んだとき、じつは私はまったく忙しくなかった。だから、忙しい忙しいと宣伝したくなる人の気持ちがよくわかりませんでした。それが最近少しわかってきた。確かに忙しいとか大変だとか大げさに自慢(?)したくなります。
 
 最近、視力が落ちてきたらしく目がよく見えないのですが、メガネを作りに行く余裕がない。あるお店で作りたいのですが、そこに行くまでに時間がかかるのです。何年ぶりかで耳も聴こえにくくなってきている(持病があります)。これまた耳鼻科に行く時間がない。耳鼻科の先生が特定の日の午後しか診察していらっしゃらないので、仕事とかぶってしまうのです。
 携帯電話も半分壊れかけている。ところが修理する時間がない。ほかにもいろいろやりたいことがあり、どうしても週1回の休みだと追いつきません。
 
 ということで・・・今週はついに週休を2日確保しました。耳鼻科と血圧のクリニックと携帯電話修理と両親の様子見とメガネ作りとクリーニング屋さんといくつかの買い物と自室の整理(家具が一部入れ替わります)をしよう。さらに時間があれば映画「ミッドナイト・ガイズ」を見に行こう。
 アル・パチーノとクリストファー・ウォーケンが競演しているギャング物ですね。どちらも非常に好きな俳優なので楽しみです。唯一の問題は、上映しているのがこの教室のすぐ隣にある映画館のみであるということでしょうか。つまり休みの日に教室のまえを通り過ぎて映画に行かなければいけない。
 
 休みではあってもやはり気になりますからね。ふらりと様子を見に来てしまうかもしれません。するとそのまま何となく仕事をしてしまいそうな気がする。やり出したらじつはやることはたくさんあります。なかなか終われなくて、結局休みの予定をこなせなくなってしまいそうです。ここはぐっとこらえて黙って通り過ぎるべきですか。
 映画も以前のようには見に行かなくなりました。それでもやはりアル・パチーノやウォーケンが出ているとなると見たくなります。彼らももう70歳ぐらいになる。彼らを見ながら老いについて考えるわけです。歳をとってからもーー経済的な必要性からだけではなくーー第一線で働けるというのは素敵なことだと思います。
 
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2013.08.30 13:21

 夏期講習が一段落してまたお休みがとれるようになってきました。9月からは基本的には火曜日と水曜日にお休みをいただくことになっています。なかなかうまくいかないかもしれませんが、とりあえず仕事に出てくる日は必ず記事を更新しようと思います。
 昨日は、映画を見に行きました。こんなタイトルの映画、化け物も宇宙人も出ませんから普通だったらわざわざ見に行くことはありません。クリストファー・ウォーケンが出ているというだけで行きました。
 
 新宿の100人も入らないような小さな映画館で見ました。
 クラシック音楽にはあまり関心がないので、ひたすらウォーケンばかり見ていましたよ。すごくおかしいところが1ヵ所ありました。チェロ奏者のウォーケンがパーキンソン病を宣告される場面。彼は一瞬笑顔を見せて「ワオッ!」と大きな声を出します。じつにウォーケンらしいというか何というか・・・アドリブだったのか監督がウォーケンだからということでわざとそんな演技をさせたのか、非常に興味があります。
 おそらくあのシーン以外はしばらくすると忘れてしまうと思います。
 
 平日の昼間ということで、館内はいわゆる「おばさん」が多かった。お友だちと来て、ご亭主は退職しているというような話をされていた方がいらっしゃった。「あなたのうちは大きいからお掃除大変でしょう?」「そうねえ、主人にも手伝ってもらうから」みたいな会話。私はそういうの聞いていないような顔をしてよく聞いているのです。
 映画が終わってから実家に行きました。母親だけがいた。母親がある友人の話をはじめました。友人が怒っているというのです。
 
 友人は病院に行くときに自費でタクシーに乗る。ところがその友人には生活保護か何かを受けている隣人がいて、そちらには高級タクシー(?)みたいなのが無料で迎えに来る。そのことを不公平だと怒っているというのですね。
 私はそんな考え方はよくないと言いました。80歳を超えても自力で人を豊かにする余裕が残っていることを天に感謝して生きなければいけないと伝えてくれと言いました。母親はあなたみたいなお人好しは見たことがないと呆れていましたが、そう考えるべきなのです。
 
 たとえば私は自分の収入についてこう考えています。私のマネージャーは天(でも神さまでもオーバーソウルでも呼称は何でもいいのですが)であって、私はそちらに全面的に任せています。ですから、自分の働きとは必ずしも比例しない部分も出てきます。2倍働いたからと言って2倍の収入があるわけではありません。
 しかし、私は完全に天を信頼していますから、もし私に収入以上の価値が出ているときはどこかに確実に貯金されているはずです。それは必ずしもお金とは限らない。健康であったり周囲(私生活でも仕事でも)の幸福であったり表現することのインスピレーションであったりするかもしれません。
 
 大学を卒業してから今日まで働いてきたわけですが、受け取る収入がそのときどきのベストなのだといつも考えています。お金がほしくないとかそういうことではないのですよ。
 つまり、それほどまでに自分に起きていることーーつまり人生をーー信じているということですね。
 
 
 
 
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2013.07.07 13:07

 テレンス・スタンプの新しい映画(「アンコール」)が来ています。限られた映画館でしか上映されていないので、なかなか行けません。
 テレンス・スタンプについては何度も取り上げました。いちばん好きな男優です。クリストファー・ウォーケンとかアル・パチーノなんかも好きですが、やはりいちばんはテレンス・スタンプですね。

 彼もいつのまにか70代です。映画館では「イギリスから来た男」というのを10年ぐらいまえに見たのが最後です。そのとき歳をとったなぁ・・・という印象だったので、今回もちょっと見るのがこわい気持ちはあります。
 テレンス・スタンプについてはたくさんの思い出があります。昔は現在のような情報化社会ではありませんでした。テレビの洋画劇場でテレンス・スタンプの演技に感動したものの、どういう俳優なのか見当もつかない。

 洋画劇場で解説者の方が話されていた「実生活も映画と同じらしいですよ」というのが唯一の情報と言えば情報。
 1970年代のある日「スクリーン」という映画ファンのための雑誌の読者コーナーに、テレンス・スタンプについて書いている方がいらっしゃった。かなり詳しい内容だったので、私はその方に思い切ってお手紙(住所も書かれていました)を出してみました。テレンス・スタンプについて何か教えていただけませんか? と。だめでもともとですからね。

 いまでもお名前を覚えています。大田区に住んでいらっしゃった。もちろん1度もお会いしたことはないのですが、忘れられないお手紙をいただきました。
 十数枚の便箋に、びっしり丁寧な文字でテレンス・スタンプの情報を書き送ってくださった。コピーがいまほど普及していなかったという事情もあるでしょうが、その方ご自身が私のためというより、テレンス・スタンプのために一生懸命書かれた様子が強く伝わってきました。

 手紙は大切に保管していたのですが、いつしか不覚にもなくしてしまいました。何度も何度も読みました。「人気投票で上位にはいないが一部で安定した人気を保っている」と書かれていたのが印象に残っています。応援されていたのでしょうね。
 以前、渋谷教室に匿名でテレンス・スタンプのDVDを送ってくださった方がいらっしゃった。そのとき、私はふと大田区のその方のことを思い出しました。40年も昔のことですからそんなわけがないのですが、どうしてもイメージがダブリます。
 
 
 
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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