2017.05.28 02:34

 お若い方だと何ヶ月も湯船につかっていないというケースがままあるそうですね。もちろんきれいにはされているのですよ。シャワーを浴びている。うちの息子なんかも仕事が忙しくて、ゆっくりお風呂に入っている時間がないというようなことを嘆いているときがあります。
 確かに夜遅く帰ってきて翌朝早くお仕事ということになると、眠る時間を確保するためにぱっぱとシャワーで済ませるしかないのかもしれません。
 
 私の家の体重計にはいろいろと複雑な機能がついていて、体脂肪率だとか基礎代謝なんとかだとか筋肉量だとか、体重を表示するだけでなくいろいろなことを調べてくれるようになっています。体重計は昔のものが壊れたので「ただ買ってきた」だけでした。それに偶然そうした機能がついていたということです。
 私は基本的に毎日必ず体重を量っているので、それ以外の余計な数値もひとりでに目に入ることになります。深刻に受け止めはしないですけどね。
 
 体内年齢という項目があり、数字が出てきます。私の場合だとだいたい15歳ぐらい実年齢より若く出てきます。よくわかりませんが、体内年齢は若いほうがいいのでしょうね。
 面白いのはここからです。私はお風呂に入ることもありますし、シャワーだけ浴びることもあります。夏場はやっぱりシャワーのほうが多いですかね。そしてその前後に体重計に乗ってみます。お風呂に入ったとき体重が変化していることがあり興味深いので、何となく前後で量るようになりました。
 
 するとーーあるとき気づいたのですがーーお風呂に入ると体内年齢が1つ下がります。ところがシャワーの場合は同じ。自分はとくに長風呂ということはないのですが、やっぱり何かしら変化というか効能というか、あるのでしょうね。汚れを落とすというだけなら同じだとも思うのですが。
 身体を温めるのはとてもいいことだという記事をときどき見ます。ただあまり熱いお湯だと表面だけが温まって、身体の芯まで熱がいっていなかったりするそうですよ。
 
 ぬるめのお湯にじっくりつかるのがいいらしい。入浴剤なんかもいまはいろいろとありますから、そのあたりも楽しみながら入るのがいいのでしょうね。ドイツ製の有名な入浴剤があり、高いのですが買ってみることがあります。
 週末は忙しいのでどうしても慌ててシャワーだけのことが多いのですが、また休みの日だな。お風呂に入って体内年齢を1つ下げることにしますよ。
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2016.02.07 00:21

 先週は教室内にいたりいなかったりということが多かった。申し訳ない。じつは体調面でちょっと大きな不安があり、早めに帰ったりしていました。それでも火曜日は、お休みにしたまま顔を出したりしていたのですが・・・
 木曜日は早く帰り、金曜日もお休みをいただきました。耳鳴りで耳鼻科のすごくいいお医者さんに出会ったお話は書きましたね。投薬治療を続けていて効果はすごくあがっていますが、多少副作用みたいなものが出てきました。
 
 血圧が上がってきた。130台で推移していたのが140台150台と上昇してきた。降圧剤を飲んでそれですからね。若干脚のむくみもあるかな。
 私はちょっと神経質なところがあり、そういうのがけっこう気になるのです。いよいよ私立高校の入試が近づいてきています。そしてまた14日の午後は名古屋できちんとお話しないといけません。内容はともかく、具合が悪くて来ませんでしたというわけには絶対にいかない。
 
 そこで耳鼻科と内科、双方のお医者さんに相談しました。その関係でいなかったり休んだりしていました。
 結論から書けば、まず大丈夫ということに落ち着きました。投薬治療を続けているあいだは多少の副作用は問題視しないでいいという感じですね。専門家の先生方がそう断言されるのですからそれでいいのでしょう。私も気にしないでふだんの生活(?)を再開することにします。
 今後はまた「普通の」週休2日に戻します。火曜日と木曜日か金曜日。ブログもそのときだけお休みさせていただきます。
 
 冷静に考えて同じは同じなのです。血圧は高い、脚はむくむ。ただ「その状態で大丈夫」と専門家に言われたところにやはり精神的な安定が出てくるのですね。
 こういうのは、生徒の心理も同じでしょう。私が落ち着いていないといけない。つねに適切な伝え方を心がけなければいけないと思っています。励ましたつもりで不安がらせていたりしたらそれこそ教室長失格です。
 心のケアーを大切にしていきたいと考えています(心配だったら何となく話しに来るといいよ)。
 
 
 
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2016.01.31 00:17

 20年近く耳鼻科に通い続けています。途中で名医の評判の高かった先生が引退されたりして、杉並区だけで4軒通いました。正式な病名はよくわからないのですが、おそらく「外耳道湿疹」というものだと思います。
 耳の中がかゆかったりじくじくしたりすることがあるのです。で、週に1回ぐらいお医者さんに診てもらう。不思議なのですがときどきふとよくなる時期があり、そういうときは何週間も通うことを忘れています。
 
 そこに最近耳鳴りが激しくなってきました。2年ぐらいまえから高い音が聞こえにくくなっていると指摘されていたのですが、ここ数週間ひどくなってきた。とくに左耳ですね。きーんという音がして会話が聞こえなかったりする。
 金曜日にある生徒が話しかけてきたのですが、よく聞こえない。彼女の声が小さかったりマスクをされていたりということはありますが、これは放っておくとさすがにまずいのではないかという気がして、仕事中インターネットで耳鳴りのお医者さんを調べました。
 
 偶然近くにいいクリニックがあったので、仕事を切り上げて出かけていった。ふだんかかっているお医者さんに不満があるわけではないのですが、耳鳴りは「仕方がない」と言われてしまっているので、少しでも改善する方法があるのなら・・・という気持ちでした。
 これが大正解。いろいろ調べていただいたのですが、大きく改善する余地が出てきました。いままではあきらめていたのですが、こういうのは前向きに取り組まないといけないですね。
 
 そのクリニックではモニターで自分の耳の中を見ることができます。面白かったですよ。頻繁に洗浄してきれいにしておかないといけないと言われました。お湯で洗うのが皮膚のためにはいいそうです。薬物は肌を刺激してしまう。
 飲み薬もいただいてまた来るように指示されました。確かによくなっている感触があるので、当分通おうと思っています。気さくな先生で私の保険証をご覧になって「僕もZ会の通信添削をやっていましたよ」とおっしゃっていた。「理系だったけど国語の順位が載ったりすると妙にうれしかったりして・・・」いい表現ですね。
 
 すごく上手なお医者さんでしたが、いちばん気に入ったのはそこだったりして。
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2014.12.30 07:18

 インフルエンザが大流行しているので基本的に私たち職員は年内教室でマスクを着用することになっています。私はじつはこのマスクというのが苦手で、いままでほとんどしたことがありません。子どものときからそうなのです。
 心理的なものでしょうね。酸素が足りなくなるような恐怖感があるのです。池袋教室時代、ある模擬テストの業者さんの説明会が大宮でありました。マスク着用のことと書かれていた。やはり悪性の風邪が大流行していました。
 
 仕方がないのでマスクをして参加したのですが、具合いが悪くなり途中退出してしまいました。困りますね。
 授業中そんなことになったら大変なので、授業のときはまあマスクはあきらめることにしてあとの時間帯をどうするか。私はーーあたりまえですがーー規則は守るべきだと思っています。子どものころありとあらゆる校則を破ったりしていましたが、現在はもちろんそんな非常識なことは考えません。
 つけたりはずしたりですかね。着用すると心の中までふさがれたような気がするのはなぜなのだろう。
 
 自分の息を感じますね。音もする。内側という感覚がすごくあって面白いことは面白い。メガネが曇るのですが、慣れていらっしゃる方は上手に息をされるのかもしれません。
 インフルエンザは喉を湿らせておくとかかりにくいという話をお医者さん(保護者の方)から聞いたことがありました。こまめに喉を湿らせておくと効果があるそうでーー冬期講習期間でしたがーー私の授業中だけこっそり水分をとらせていいか? とおっしゃるので、規則ではだめだということになっていますが私個人はうるさく規制してはいませんと答えました。堂々とぐびぐび飲まれるとちょっと困るのですが、風邪予防ぐらいなら問題ないですよと。
 
 以前も書きましたが、私はウイルスを退治するという鋭角的(?)な発想をあまり持っていません。軽い疾患の場合は共存共栄こそが唯一の解決策だと考えているので、熱が出てしまったときは「なるべくお前たちを殺さないようにこちらも気をつけるから、そちらもあまり暴れないようにしてくれ」と心の中でウイルスに話しかけるようにしています。
 闘病という概念をなるべく持たないようにしているのです。現象として熱が出たとか節ぶしが痛むとかということを緩和させるだけで積極的には闘わない。それでだいたいうまくいっています。ただ人さまには決してお勧めしません。きちんと治療なさってください。
 
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2014.10.17 13:41

 人間すぐ「全か無か」みたいな考え方をしてしまいますが、そう単純なものでもないように感じます。以前、知人からこういう話を聞いたことがありました。人間ドックを受けたばかりで「健康」というお墨つきをもらって喜んでいた会社の同僚が、就寝中に突然亡くなってしまったというのです。
 同じような話は大昔叔父からも聞いたことがありました。ゴルフ場で気分が悪いと救急車で運ばれた方が、そのまま帰らぬ人になってしまったそうです。直前までゴルフをされていたぐらいですからぴんぴんしていた。この種のお話はときどき耳にしますね。
 
 つまりこちら側に「完璧な健康」というものがあり、あちら側に「死」があるわけではないということです。死という要素は完璧な健康体のなかにもつねに内在している。それがあるときひょいと顔を出すこともある。仕方がないですね。生きているというのはいつかは死ぬことなのですから。
 逆に考えるとこうも言えそうです。完全な不健康=死と定義する必要はない。不健康という状態でーー人間である限りいつかはどなたでも衰える運命にありますがーー充実して生きる選択は十分可能です。
 
 健康と死を反対語みたいに思いこむこと自体が間違いなのですね。人生で大切なのは身体の状態以上に心の状態です。それこそ身体が健康で不幸であるより、少しぐらい不調があっても楽しくて仕方がないほうがはるかに望ましい。
 詳しくは書きませんが、自分のよく知っている人間に子どものころから手足が不自由な者がいます。しかし彼は私よりはるかに快活で、たくさんの友人に囲まれ大学院まで卒業しました。当時テレビで取り上げられていましたよ。非常に豪快な面白い男で・・・要するに閉じられた狭い世界に生きている人間ではないということですね。彼と会うたびに、私は圧倒されっぱなしです。
 
 私は昔から彼を「不健康」とはどうしても考えられません。不自由かもしれませんが、不健康とはまったく感じない。
 自分の左手小指の爪が奇病ではがれてしまった話は何度か書きました。きのうも皮膚科に行ってきました。状態は悪くなったり少しましになったり・・・しかし、大切なのは爪の状態ではありませんね。自分がどういう気分でいるかが大切ですね。爪がどうなっていようと気分がよければ「本来の」私は健康、爪が完璧に治ろうとも気分が悪ければ「本来の」私は不健康です。爪の状態と気分は多少は重なりますが、必ずしも一致しないところが人間の不思議なところでしょう。
 
 母の手術のことをあれこれご心配いただきましてありがとうございました。きのうはお休みをいただいたので、実家に寄ってきました。光のほうに顔を向けるクセをつけるように言った。彼女にとって孫の存在(息子のことですね)がそうだと言うので、では気分がふさいだら孫のことだけをとりあえず思い浮かべるように伝えました。
 光はいつでも内側からやって来ます。意識的に光源に焦点を合わせる。そういうコツをつかんでいくことが、よりよく生きるということなのでしょう。
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2013.11.08 07:57

 今日は午前中から会議があるので自宅からです。
 最近、体調のすぐれない人が多いような気がします。生徒もそう。風邪で休みますという連絡が頻繁に入る。まだ本格的なインフルエンザの季節でもないのに例年より多い。また有名人でーーそこまでのお歳ではないのにーー亡くなる方も多いように思います。そんなことないのかな。
 放射能のせいではないかという説があります。健康関係はすごく興味があるのでいろいろ調べているのですが、放射能のせいで日本人の健康が徐々に損なわれていると断言している方もいらっしゃいますね。
 
 正しいかどうかはわかりません。
 ただ念のためということはありますからね。放射能汚染に対抗するために今年の春から「スピルリナ」というものを飲んでいます。スピルリナというのは・・・細かいことはよくわからないのですが、要するにクロレラとか葉緑素みたいなものですね。放射能汚染に効果があるという実験結果が出ているそうです。チェルノブイリの事故のときにも効果があった。たいして高価なものではないので心配な方は飲まれてみてもいいかもしれません。
 
 以前も書きましたが、私はスピルリナ以外にも2種類の酵素を飲んでいます。また玄米食も多いですね。外ではもちろん白米ですが、自宅ではめったに白米を食べなくなりました。家族揃って玄米です。息子は玄米にしてから体重が減ったと言っていました。私も少し減りました。そういう効果(?)もあるみたいですね。
 ほかに血圧にいいサプリメントも飲んでいるので、ある程度お金がかかっていますが、自分の場合けっこうメチャクチャをやっていても体調がいいのはサプリメントのおかげかなと感じるときがあります。
 
 肉食は相変わらず少ないですね。外でも積極的に食べることはありません。ただ料理のなかに入っているものはぜんぶ食べます。健康のためというより心情的なものなのですが、息子は肉食を好んでいます。また彼は勧めてもサプリメントの類を摂りません。それは完全に彼の自由ですからーーいくら健康のためではあってもーーむりに飲ませたりはしていません。
 じつは「健康」というカテゴリーがあったことに突然気づいのですよ。すっかり忘れていました。で、今日はちょっと書いてみました。
 
 
 
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2013.02.17 06:35

 最近、また玄米を食べています。毎食ではないですけどね。
 以前、1年間ぐらい完全に玄米菜食にしていた時期がありました。あのときみたいに徹底してやろうという気持ちではありません。可能であれば、白米よりは食べようかなという程度です。
 カレーとかチャーハンにしてもおいしい。先日は息子が作ったチャーハンを食べてみましたが、けっこうしっかりした味つけで見直しましたよ。

 いわゆるマクロヴィオティックという健康法があります。健康法というよりむしろ哲学と呼ぶべきなのかもしれません。関係書物を相当数読んでいます。最近ではないですよ。以前、自分でそうした食生活を実行していた時期に読みました。
 最近の健康法もマクロヴィオティックという用語を「あえて」使わずに、じつはほとんど同じようなことを提唱しているケースが多々あります。玄米菜食、腹八分目が基本ですね。

 肉体は精神の宮殿ですからね。きちんと整えておいたほうがいいのでしょう。そういう意味で、健康には注意を払っているつもりです。長生きしたいとか何とかというより、身体のことであれこれ迷いたくないのです。それこそーーうっかり忘れてしまえるぐらいーー快適な状態にしておきたい。
 意識するべきなのですよ。するべきなのですが、忘れてしまえるぐらい・・・という贅沢がミソです。心地よく、生きる宮殿ということです。

 きのうは寝ていない。今日もじつはあまり寝ていません。昨晩も帰りが遅く、今日は今日で朝から準備講座が昼まで続き、講演会や面談のあとは夕方レギュラーの授業があります。そこで例によって早朝自宅で記事を書いている。そのため早起きしましたから、2日連続で寝不足です。
 これがしかし、生きている実感ですね。生きているからちょっとハードな日もある。またほっと一息つける休みもある。ふざけるときも真面目なときもある。そういうことですね。

 玄米は続けますが、肉食をまったく忌避しているわけではありません。最近も息子のリクエストで自宅でジンギスカン鍋を食べました。タブーはない。堅苦しい不自由さや深刻さはもう捨てました。
 これもよし、あれもよし。ただこっちのほうが好きかな? ぐらいで最後まで生きていくことになるのだと思います。
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2011.12.02 13:34

 完全に風邪をひいてしまいました。まあ、年に一度ぐらいあることです。昨日はお休みをいただいていたのですが、一日では治りませんでした。連休をとれないこともなかったのですが、入試が近づいて来ているのでどういう形であれ、とにかく来ようと思いました。
 来てよかったですよ。生徒からの質問が机のうえに置いてありました。保護者の方からのお手紙も届いていました。

 私自身、たとえばどなたかに何か相談することがあるとして、一日なら待てますが二日は待ち切れない感覚があります。せっかちなのでしょう。明日連絡しますと言われれば待てるのですが、二日間待ってくださいと言われると、そもそも相談したいという気持ち自体が希薄になってしまう。ですから、自分は昔からなるべく連休はとらないように心がけてきました。

 体調が悪いときに考えるべき大切なことは、身体と自分自身を混同しないということでしょう。
 身体は確かに熱があったり寒気がしたり咳が出たり、変化する。しかし、それはあくまでも乗り物としての身体だけの話であって、私自身ではありません。私自身はもっと奥深い部分で、冷静にその状態を見ているわけです。乗り物の身体はどうであれ、魂は絶好調であるということをつねに意識しています。

 身体と魂(心? 精神?)を同一視してしまうと、突然「調子が悪いのだからもっと大切にしてくれ」という変な気持ちになります。大切にしてほしいというのは身体のことだけであって、精神的には私はふだんから周囲の方々に大切にされていますし、そういうことをあえて要求する必然性はないはずなのです。
 自己憐憫はこわいですよ。すぐに周囲への不満や批判につながります。自分をそういう方向に向けてはいけないということですね。

 明日からは三日間授業が続くので、今日は少し早めに帰ろうとは考えています。冷静に、明るく身体の状態を観察し続けるわけですが、観察している主体である私自身はつねに健康です。もっともそれは私だけの力ではなく、もうちょっと大きい何か(自然の摂理のようなもの)とつながっている感覚のためではあるのですが。

 
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2011.01.19 17:27

 おととい、突然具合いが悪くなりました。年に一度ぐらいこういうことがあります。私は基本的にはあらゆるウイルスや病原体と自分は友好関係を保てると信じています。友好関係と言うと変ですかね。生命体として自分はあらゆるウイルスや病原体と共存できると考えているのです。ですから、彼らによって自分が倒されることもないし、私が彼らを目の敵にして駆除することもない。それがごく普通の状態だと思っています。

 バランスが崩れて発熱したりするわけですが、原因はあちら側ではなくこちら側にあります。つまりウイルスや病原体は同じことをしているだけなのに、こちらのバランスが崩れてしまっているのですね。
 お正月からなかなか休みがとれず、きのうでやっと三日目でした。休みは休みで、その日にしかできないことというのがけっこうあって、仕事の日よりあれこれ活動していたりします。

 で、こっちの免疫力が勝手に落ちていたのでしょう。熱が出ました。熱が出ても私は基本的に薬は飲みません。菌が可哀想だという気持ちがある。こっちの責任で熱を出しておきながら、彼らを責めるのは酷ではないか。ぎりぎり共存して、高熱で死んでしまう菌にだけは死んでもらう。不必要に殺生しない姿勢ですね。そうしておとといの夜からきのう一日倒れていました。
 熱が高いと思考がおかしくなるのがよくわかります。もう眠くはないので起きてはいる。そして変なことを考えます。

 病気が治る意味とは何なのだろう? というようなことをさかんに考えました。意味も何も治らないと困るわけなのに、そういう考え方ができなくなります。治る意味が見つからないのであれば治る必要はないのではないか・・・というようなことを真夜中から明け方ぐらいまで延々と考え続けました。
 けさ、かなり調子がよくなったので前半休という形をとって教室に来ました。Z会は便利な会社で、そうやって半日休めるシステムがあるのです。

 皆さんも風邪には気をつけてください。と同時に、あちらが一方的に悪いわけではないということもときどき考えてみてください。皆さんの免疫力が十分発揮されているかぎり、そう簡単には攻めこんでこられないはずですよ。
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2010.10.15 13:23

 あまりにも肉ばかり食べすぎるのはよくないと言われていますね。私はけっこう健康法の本を読むのですが、なかには肉類は一切食べない方がいいとまで断言しているお医者さまもいます。そのことはじつははっきりわかっているのだけれども大きな資本の力が裏で働いていて、声高に主張することができなくなっているのだと書いていたアメリカ人ジャーナリストもいました。牛乳なんかにもそういう要素があるそうです。

 牛や豚や鶏は人間より体温が高いので、脂が人間の身体のなかで固まってしまうらしいですね。固体化してしまう。魚は体温が低いのでそんなことはないのですが、動物はみんな体温が高いので脂が私たちの内臓をさらさら流れていかない。ちょっと気味が悪いですね。もう一つの理由は家畜の成長を早めるために使用するたくさんの薬物の問題だそうです。子どもたちの身体が昔に比べて格段に大きくなってきたのは、そうした成長ホルモンの影響だというこわい話も読みました。

 私自身は肉も魚も食べます。以前、玄米菜食を徹底的にやっていた時期がありましたが、たしかに調子は非常によかったですね。自分の場合、忙しくて外食が多いので続きませんでした。お弁当にでもすればいいのでしょうが、作るのが面倒なので何となく適当なものを食べています。健康のことを徹底的に考えると、外食は日本ソバぐらいしか食べるものがありませんでした。
 それでも肉は少なめでしょうか。夜はだいたい豆腐を食べます。冷やしたり温めたりキムチをかけたり・・・あれこれ工夫して食べます。

 息子は肉が大好きでたくさん食べますが、私は彼の好きにさせています。健康法を他者に強いる人間がいますが、自分はそういうタイプではありません。肉が食べたいのであればたくさん食べればいいと思っています。仮にそれが寿命を縮めることになったとしても、生きる意味というのはもうちょっと複合的に見たい気がするのです。
 たとえばこういう説をいますぐ大々的に他者に強いるということは、畜産農家の方とか肉屋さん、食品関係の方の幸福を圧迫することになります。現在タバコ農家や販売店の方が困っているのと同じですね。

 生は複合的に絡まりあっています。健康ももちろん大切ですが、それ以外の要素もある。そのあたりを静かに見極めたいという感じでしょうか。バランスよく他者の幸福を損なわないような方向で生きていけたらと思います。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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