2018.03.23 08:43

 勉強をサボる自由というのはあっていいはずで、サボっている生徒がいてもそうは強く叱りません。私自身がそうでしたからね。この程度でいいという基準が自分の中にあって、その基準より落ちたときのみ勉強するということを心がけていました。つまり基準以上のときに勉強するのはーー他のことができなくなるのでーー損だと考えていた。
 その基準が低すぎるというような注意は周囲の大人から何度も受けました。そんなものか・・・で終わりです。反抗したときもしなかったときも本音はそれだけです。
 
 私みたいな人間はもちろんそれでいいのですが、ときどき「えっ?」と驚くような質問を受けるときがあります。私は全生徒を担当しているわけではありませんが、授業日誌というものがありとくによくできる生徒やとくにサボっている生徒の名前はだいたい把握しています。
 そしてさりげなく声をかけるときがあります。「やっぱり眠くなっちゃうかい?」とか。今年の受験生(第一志望校に合格しました)にもそう声をかけたことがありました。日誌に「よくうとうとしている」と書かれていたからです。
 
 サボっているといっても時期的なものはありますからね。ある程度になると自分からやりはじめるケースが多いですし、そうあるべきだとも思います。叱られて監視されていやいややるのでは、結局どこかで壁にぶつかってしまうものです。勉強するのも悪くないな・・・という気分が沸きたってくる瞬間が、自覚できるかどうかは別としてどなたにもあり、それをご本人に的確につかませる工夫が大切でしょう。
 ところが、サボり気味の生徒が真正面から質問してくることがあります。「どうしたら成績が上がりますか?」
 
 本人、大真面目なのですよ。私も真面目に答えないといけない。「遅刻や欠席が多いのではないかね?」「はい」「宿題をしばしばサボっているね?」「はい」「復習の解き直しはしている?」「あまり」「英語は自宅で何度も音読している?」「たまに」「提出物を先生に提出していないね?(これは日誌ですでに確認してあります)」「はい」「授業中、友だちと気を散らしているときがあるね?(これも確認済み)」「はい」「毎日活字は読んでいる?」「いいえ・・・あまり」
 成績をあげるためにどうしたらいいかわかったかねと質問すると「はい」と答える。
 
 責められない話であって、ご自身が「何となく」の世界に生きていると、サボっている現状に気づかなかったりするのです。ブログを読んでくださっている小中高校生の方の中にもそういう「何となくやっている気分」だけで、じつは提出物は出したり出さなかったり、復習の解き直しはしない、活字は思い出したときだけ読む、音読はめったにやらないという方がいらっしゃるかもしれません。
 成績を本当に上げたいのであれば、すべて「作業を」きちんとやるしかないですよ。それは忘れないようにしてください。
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2018.03.06 01:34

 このお話は以前も書いたのですが、1つの目安にはなりますのでもう1度書いておこうと思います。中学生の方が教科書もろくに読めていないという危機的なお話が新聞に載っていました。中学3年生でさえ4人に1人の方がきちんと読めていない。教科書ですよ。教科書も読めないようでは当然問題集どころではありません。ましてや入試問題が解けるわけがないでしょう。
 難関校に合格したいということであれば、2学年上の教科書が読めることを1つの目標にしてください。
 
 つまり中2なら高1の教科書、中3なら高2の教科書です。抵抗なくすらすら読めるかどうか。それぐらいの読解力は必要になってきます。
 このすらすらというのは時間的なものもそうですし、内容的なものもそうです。できれば面白く感じられるとより好ましい。興味の対象が2歳分ぐらい大人であるということです。ある高校1年生の教科書には「情報とは差異である」という評論が掲載されていました。2学年下の中2のあなたが「難しくてまだよくわからない」ではなく、「なるほど面白い見方だなあ」と感じられるかどうか。
 
 もし難関校に本気で入ろうということであれば、こういうのは「無理です」ではすみません。国語以外で点数をとればいいじゃないかという考え方ももちろんありますが、英語以外の他教科の入試問題はほとんど日本語で書かれています。理科や社会ですとけっこうねじれた文章も出てきます。それをすらすら正確に理解するためには、やはり自分の学年の教科書がやっと読めているレベルでは心もとないのです。大人の見方とか考え方ができるためには少し先を行っている必要があるのです。
 
 そうなるためには「読んで理解して面白がるという道筋」を徹底的に整備していく以外に方法はないですね。読まないで読めるようになりたいということ自体がじつはとんでもなく横着な姿勢なのですが、そこがなかなか理解できない中学生も多いように感じます。塾に通えば国語ができるようになるとか問題をたくさん解けば国語ができるようになるとか短絡的に考えてしまうのですが、そうではなく最低限読む経験を積んだ人が塾に通い問題を解きはじめると成績が上がってくるのです。
 
 運動競技と同じだと考えてください。コーチは必要でしょう。ただ実際にトレーニングに励むのはコーチではなく、あなたご自身です。そこのところは勘違いしないようにしてください。2学年上の教科書がもし難解極まりないと感じるのであれば、相当の決意を持って読む訓練をしてくださったらいいと思います。読むのはもちろんあなたです。
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2018.01.27 02:14

 コンビニエンスストアーで100円のコーヒーを買って飲むことがあります。あれは大変売れているそうですね。コーヒーの消費量が年々増えているのはそのせいだという記事を何かで見ました。ただ本格的なコーヒーショップのものと比べてみるとーー値段は倍以上違いますがーーやはりそれなりの味ではあるような気がします。若干薄くないですか?
 私はコーヒーは自分でも入れて飲むのでぎりぎりわかる感じです。ちゃんとしたコーヒーを飲みたくなったときはやはり専門店に行きます。
 
 自分がもっとはっきりわかるのはビールですね。これは相当飲んできた。いわゆる場数を踏んでいるので、うまいまずいがすぐにわかります。ビール風の(安い)飲料もいろいろ試してみたのですが、残念ながらこれならビールの代わりになりそうだというものは見つかりませんでした。
 これが息子なら完全にビールだと騙されると思います。彼はふだん飲みませんからね。ビール風飲料とビールと何が違う? ということになるでしょう。その場で教えたところで本当はわからない。
 
 このあたりのことはすべてに言えるでしょう。飲み食いだけということはないですね。場数だとか経験値だとかは非常に大きいと思います。
 勉強と書いてしまうと大きすぎるので、文章としましょうか。ふだんまったく文章を読まない人にひとまとまりの文章を見せて「面白いかつまらないか」と問いかけても上手に答えられないと思います。つまり面白い文章を読んで興奮して眠れなかった経験がない。またあまりにもつまらない文章で、うんざりしてしまった経験もない。するとご自身が未知の文章を読んだとき、どれぐらいの気持ちであるかがわからない。
 
 そこまで極端ではないにしても、教科書ぐらいしか読んだことがなければ教科書と比較してどうかと考えるしかないですね。そんな浅い価値観で大人の小説、随筆、評論などが読みこなせるわけがありません。
 高校入試では大学入試と同レベルの大人の文章が何題も出ますから、要するに14歳15歳の時点で相当数「大人の文章を読んだ経験値」を持っていなければ、少なくとも読解で高い点数をとれる状況にはならないでしょう。うちの息子のビールと同じで、その場でレクチャーした(授業)だけでは本当はわからないのです。
 
 せめて好きな作家が1人でもいらっしゃれば、その作家の文体と比較してどうかということが手がかりになるかもしれない。そういう意味で、とりあえずは1人でいいですから読みやすい作家の本を見つけて読まれるといいと思います。面白そうだと思ったら、必ず連続で読んでみることです。
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2017.12.16 01:01

 基本的に、生きることは選択の連続だと思います。あなたが何を選ぶのか。そしてまた1度選んだら金輪際変えられないというものでもありません。成長とともに選ぶ対象を変化させていけばいいだけの話です。
 私は自分自身がそうだったのでよくわかるのですが、成績がふるわない中学高校生は仮に勉強しているように見えても本心から勉強を選択しているとは言えないことが多いものです。だからだめという意味ではないですよ。
 
 うきうきと心から喜んでやっていない。うきうきと心からやっていないものに関しては、同じことをうきうきやっている人にはほぼ例外なく負けます。向かう姿勢が全然違う。
 いやいや将棋を勉強している人はプロ棋士にはなれないでしょう。走るのがいやでいやで仕方がなく走っているだけという人は陸上選手にはなれないでしょう。人前で歌を歌うのは恥ずかしいから大嫌いという人は歌手になれません。
 同じことなのですよ。
 
 学校でテストがあるから、受験があるから、そうしないと叱られるから・・・そんな理由では届かない深遠な世界があるということです。
 勉強を好きになる方法は人間の数だけあるでしょうが、食事にたとえればまず何といってもお腹をすかせる必要がある。満腹ではどんなご馳走も喉を通りません。それと同じです。
 そのためには生活を少し整理して落ち着いたものにする。用事だらけなら隙間を作る必要がある。
 
 私が「やらなくていいことはやらないほうがいい」と言うのはそのあたりの事情をさしています。そこまで娯楽に時間をつぎこまなくてもいい。そこまで友だちとべったりくっついていなくてもいい。勉強というのは隙間ができてはじめて、少し頑張ろうかなという気持ちになるものです。勉強する以前に、内省的にご自身のことをあれこれ考える時間も必要です。
 次にできるだけ「映像以外でも」学ぶようにしてください。映像教材は大変役立ちますから活用してください。ただ絶対に活字「だけ」から学ぶ時間も大切に。
 
 これは入試の実情と密接に連動します。本文に図などがないケースで、活字の文章内容を読み取れずに「勘違い」する生徒がすごく増えている。勉強に限らず生活全般で映像に頼りすぎるからだと思います。
 最後に、少しでも興味のある1教科を選んで何が何でも得意科目にしましょう。その教科だけは負けないというプライドを持つ。とにかくまず1教科に全力を尽くす。
 余計なことをセーブして時間を作る。活字からも学習する。得意科目を作る。そのへんからのスタートでうまくいきますよ。頑張ってください。
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2017.12.03 00:30

 2日連続でページビュー数が5千を超えていました。6千に限りなく近い日もあった。おそらく新しい何かの関係でブログにいらしてくださった方が増えたのだと思います。
 勉強法に関しては、右側の「長野先生からの応援メッセージ」をクリックなさってみてください。77回分「どうしたら勉強ができるようになるか」という記事を書いています。こちらは本当に勉強法だけに特化していて、居酒屋さんの話も音楽の話もありません。77回、勉強のお話のみです。
 
 何かしらご参考になるとは思います。よくできる先輩方の勉強方法をそっくりそのままご紹介したものですから、ぜひ真似してみてください。ぜんぶ真似する必要はありません。1つでも2つでもこれはやれそうだというものがあったら取り入れてみてください。やってみて自分には合わないなということであれば、別の方法を試してくださったらいいと思います。
 道はもちろん1つだけではありません。ただある種、共通項は出てくるものです。
 
 たとえば「繰り返す」「ていねいにやる」「音読する」「活字を読む」「つまらないことに大量の時間を浪費しない」・・・そうした事項はほぼ全員に共通していました。ですからあなたがどうしても繰り返したくないとか乱雑にやりたいとか声を出しては絶対に読みたくないとかいうことになると、成績を上げていくのは幾分難しいことになるかもしれません。
 スポーツ選手に例えれば、練習はしたくないけれども脚光を浴びる成績だけはあげたいと言っているのと似た感じになるからです。
 
 勉強法についてはそうやってまとめてしまったので、こちらのブログ本体は多少ゆるめな記事を書いています。大人の方からは酒場の話が参考になったとか将棋の話は面白かったとかお声をかけていただく機会がありました。
 私が心配しているのは、はじめていらした方が教育ブログだと思ったら全然違うじゃないかとがっかりされてしまうことです。右側の「長野先生からの・・・」の勉強法を実践なさってみてください。とてつもなく学力がついてくると思います。
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2017.11.19 01:07

 今月号の「将棋世界」誌にタイトル保持者同士の対談が載っていました。棋界では少数派である振飛車党の先生同士でしたのでちょっと興味があり、久しぶりに買ってみました。非常に興味深いことが語られていた中でとりわけ驚いたのは、両先生とも研究するときの心構えの質問に対し、ほぼ1手目から考えていると答えていた部分でした。厳密に書くと3手目前後からということになるのかな。とにかくそんなところから「何かないか」と研究されているそうです。
 
 これは非常に驚くべきことでーー将棋には長いあいだに蓄積されてきた定跡手順というものがあり、弱いアマチュアの私でさえはじめから20手ぐらいまではほとんど何も考えずに駒組を進めることができます。それでも絶対に悪くはならないのですが、それは定跡というものがそれだけの重みを持っているからです。
 コンピュータの進化でいままでの定跡に疑問点が・・・ということはときどき話題になりますが、部分部分の問題であって根本的に定跡が否定されたわけではありません。
 
 ですから、一般的には研究するのであれば中盤近くからということになるでしょう。駒と駒がぶつかり合う少し手前ぐらいから研究する。プロアマ問わずそういう発想が大多数ではないかと思います。
 それを初手から研究しているタイトルホルダーがいらっしゃるというので本当に驚いた。驚いたと同時に、野球の広岡監督の昔のお話を思い出しました。あまり成績のよくなかった時代の西武ライオンズの監督になられた広岡さんは、絨毯の上をころがした野球ボールを素手で選手たちに受けさせたと自著に書いていらっしゃいました。
 
 これには選手もさすがにむっとします。プロ相手にこんなことをやらせるのはいったい何のためかという質問が出ます。監督の答は「素手のどこで確実にボールをつかんでいるのかじっくり味わってほしい」というものでした。どの部分がどう動くと確実さが増すのかということを改めて体感してもらおうと考えていた。
 その後、広岡監督のもとで西武ライオンズは日本一になり常勝軍団とまで呼ばれるようになるわけですが、将棋で言えばこれは1手目からの基本を重視したということでしょう。
 
 タイトルを持っている棋士や日本一の野球チームが最初の最初から、とにかく注意深く真摯な態度で取り組んでいる。そうさせるのは勝ち負けを超えた将棋や野球そのものへの畏怖の心ではないかという気がします。
 ひるがえって私たちはどうか。仕事や勉強に対して(やりゃあいいんだろ)程度の気持ちで向かってしまっているのではないか。偏差値を手っ取り早く上げたいではなく、初手から考えこむようにあるいは絨毯の上をころがってくるボールを素手で受け止めるように真剣に向き合っているかどうか。
 
 ときどき「だいたいやりました」「いちおう終わらせました」という生徒がいます。全然やっていないよりははるかにいいでしょう。しかし1手目から真剣に研究(勉強)する人に評価させたら、ずいぶんいい加減に見えるかもしれません。
 超一流と呼ばれる人たちになかなか届かないのは、そのあたりの心構えにいちばん原因がありそうです。
 
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2017.10.24 09:03

 先生方があれこれ生徒のことを話されているのを聞いていると勉強になります。私もだいたいのことはわかってはいるのですが、やっぱりそうか・・・と自身の認識を改めて補強してくださる話がしばしば出てきます。
 先日、私が担当したことのない女子生徒のことが話題になっていました。すごくできる子なのですが、先生同士の会話で「だってあの子は大人だから」という話題が出てきました。ある先生がこうおっしゃった。
 
 今年の夏休みも50冊読んだと言っていましたよ。
 その生徒のこれまでの言動から考えて、けっしてはったりの類ではないと思います。ひょっとするとひかえめな数字かもしれない。同時に私も年間400冊以上読み続けてきたという生徒を知っていますから、休み中であればむりなことではないと思います。
 夏休みに50冊読むような生活を送っている。彼女だって部活はなさっているでしょうし、学校の宿題、塾の講習、いろいろなことがあった。
 
 それでも自ら50冊を読む。そこに知への渇望というか、教養への欲求というか、頭のなかで物事をふくらませることの喜びというか、そうしたものがある。それに時間を費やすことをまったくいとわない。
 会話だけでは人間そうは大人になれないものです。とくに同世代との会話。もちろん友だちとの会話は大切であり、楽しめるだけ楽しんでいいですよ。ただお互いに熟知した言葉をやりとりしているだけでは、大人の階段をのぼっていることにはなりません。
 
 少年少女期には未知の言葉や表現、概念との出会いが必要であり、それはやはり会話ではなく活字からということになるでしょう。
 今週私が担当した小6のあるクラスの教材にたとえば「想像すらできない」という表現が出てきました。こういうのは話すときは「想像できないよ!」と熱意をこめて伝えればすんでしまいます。熱意をこめて表現できない活字だからこそ「すら」をつけて強めた。こういうことに気づけるかどうかという話をした。それが大きいのです。
 
 読まないことにははじまらないというお話は何度も何度も繰り返しています。それでも読まない自由はもちろんどなたにもあります。ただ勉強ができるようになりたい、国語ができるようになりたい、いい作文が書けるようになりたいということであれば、大前提はまず読むことです。まったく読まずに大人の観念を身につけ優等生になり、国語も作文も大得意という生徒を私は知りませんが、そのあたりは個々人が判断してくださったらいいと思います。
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2017.10.22 00:42

 教科書より少しだけ文章が難しくなると「古文が全然わからない」という人がいます。相手によってアドヴァイスは変えますが、古文がわからないと言う人はだいたいにおいて国語の力が弱い傾向が強い。ですから、もちろん現代文でいいですから日ごろからとにかく文章を読みなさいということになります。日ごろから文章を読んでいないと、展開についてのある種の勘が養われません。文章を読み慣れている人は、無意識のうちに先の展開を予想しているものです。こうくるなという予知能力(?)がついてくる。それは古文でも現代文でも同じです。
 
 一般的に詳しい古典文法はふつうの公立中学では習いません。先生によっては面白がってお話してくださることがあるみたいなのですが、定期試験には出てこないので皆さんあまり真剣に聞いていない。ましてや自分のものにしていない。
 そういう状況下で古文をわかるようにしたいということであれば、まず古文そのものを音読することが大切です。繰り返し音読する。そのうえで現代語訳と「ご自身で」ていねいに見比べてみてください。舐めるように一字一句を見比べる。
 
 たとえばこういうところ。昨日私は授業でやりました。「朗夜のけしきいふばかりなし」とありました。現代語訳を見てみます。「気持ちよく晴れた夜の様子はとてもすばらしいものであった」と書いてある。
 何か感じませんか? 「いふばかりなし」を直訳したらどう考えても「とてもすばらしいものであった」になるわけがないですね。するとなるほどこういうところは夜の雰囲気のよさを表現するわけなので、大胆に「すばらしい」と訳してしまってもいいのだな・・・とわかってきます。
 
 こういう経験を1つずつ重ねていくとかなりわかってきます。単語なんかもそうして気づくことが多々あります。へええ、つれづれなりというのは退屈という意味なのか。するとつれづれぐさというのは・・・退屈で書いたという側面もあったのかもしれないなという広がりが出てくるでしょう。
 こうした地道な作業をいやがってはいけません。しばらくはこんな感じで慣れていく。高校に入ったらさらに緻密に単語に分けて考えていく必要が出てきます。ただとりあえずは高校入試が目標です。極端に緻密にやろうというのはーー時間があればいいのですがーーもう少し先でも大丈夫は大丈夫です。
 
 慣れてくると同じ10分間かけるのであれば、現代文より古文のほうが得点を稼げるとおっしゃっていた優等生がけっこういました。訳せなくても点はとれるようになってくる。頭からだめだと決めてかからないことが大切ですね。
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2017.09.24 00:55

 読み解く力が衰えてきているのは、あまりにも紙で読む体験が少ないからでしょう。紙で読むのと画面で読むのとでは何かが違う。ただ、それが何であるかということはこの先なかなかはっきりしないでしょうね。ただーーこの話は完全にタブー視されていますがーー1970年代後半、高層階に住む子どもと低層階に住む子どもとでは情緒の発達に差が生じると言われていたのと同じような微妙な差異が確実に存在しているのではないかと私は考えています。
 そして、もちろん紙「も」読んだほうがいい。試験もとりあえず紙ですからね。
 
 昨日の新聞に国立情報学研究所の新井紀子先生の調査結果がまたまた掲載されていました。新井先生の調査については以前から講演会などでお話させていただくことがありました。今回は公立私立中高生2万1000人を調査されたそうなので、これはもうある意味で結論みたいなものかもしれません。
 やはり教科書すら読めていない。教科書が読めていなければ問題集も参考書も何も理解できないですよ。中学1年生2年生は35%ぐらいが正確に読めていない。中学3年生でさえ25%がきちんと読めていないそうです。
 
 図表を文章からイメージする問題にいたっては中3の平均正答率が3割台(!)でした。理科や数学の先生が「国語力がないので問題内容を勘違いしている子が多い」と嘆いていらっしゃるのもむりはないなと感じました。
 読めるようになりたいというのであれば、とにかく紙でたくさん読めとしかアドヴァイスしようがありません。「量を読んで体験を積み重ね質を高めなさい」以外に何が言えるでしょう。ところがご本人はわかっていない。「効率よく」やることだけを求めてきます。受験学年にちょこちょこっと問題集でもやれば読解力はあがるだろうぐらいに考えている。
 
 さらに非常に重い結果も出ていました。高校生になると1年生も3年生も読解力は変わらないそうです。高1から高3で、たったの3%しか変動しない。「高校で読解力の向上が見られないことから、中学3年までに読解力を養うことが急務」という新井先生の言葉が引用されていました。
 私は中3ではもう遅いと生徒たちには話しています。中3(あるいは高校)からという方のためには特別な方法がないことはない(相談されたら個人的にアドヴァイスしています)のですが、中1中2生には中3になったら本当に大変だからできるだけいまのうちにたくさん読めと言っています。
 
 いまの子はいろいろなことができますが、だいたいは機器に頼り反応の速度やテクニックで器用に乗り切っている印象が強い。そのことを悪いとは言いませんが、自宅の住所や郵便番号が曖昧だったり、暗記している電話番号が1つしかなかったり、どうせわからないからと地図は見ずに音声だけで場所を調べたりしている様子を見ていると、本当に大丈夫なのか? という気持ちになることはあります。昔はそんな子どもは周囲にいませんでした。私なんか小学生のときには40以上の電話番号(いたずら電話先も含めて)を暗記していましたよ。ときどきノートで確認して楽しんでいたので間違いありません。
 
 反応速度ではなく、じっくり読んで理解し隠された意味を発見するという力は実際に読み進めていく流れの中だけで熟成してくるものです。1日15分間の活字読み(読書とはあえて限定しません)の習慣を、本当に大切にしてほしいと思います。
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2017.09.17 00:38

 たまには勉強の話題にしますかね。何度か書いていますが勉強方法に関しては、ブログの右端「長野先生からの応援メッセージ」に77回分記事があります。すべて勉強関係のお話だけですので、ご参考になさってください。
 何を書いてもその77回のどれかの繰り返しになってしまうので、最近は意識的にあまり勉強の話題を取り上げていませんでした。ただ最近つくづく感じていることもあるので、そのあたり触れてみます。
 
 私たちは何かを読んでいるとき、全部の言葉の意味を熟知しているわけではありません。それはどの状況下でも、です。読書をしているときも新聞や説明書を読んでいるときも問題文を読んでいるときも、全単語について熟知しているというのはむしろ珍しい現象だと思います。
 そうなってくると未知の言葉(単語だけではなく慣用表現、言い回しなども含めて)に対する類推力みたいなものがすごく大切になってきます。そもそも調べてさえわからないことだってあるのですよ。
 
 そのとき、こういう感じじゃないかな・・・と類推できるかどうか。経験の差が如実にあらわれてきますね。経験というのは何をどれだけ読んできたかということです。経験が乏しいとまったく類推できません。そのうえ、調べても調べてもピンとこなかったりする。
 例をあげましょうか。「魑魅魍魎が跋扈する」という表現があります。中学生の方、読めますか? 「ちみもうりょうがばっこする」と読みます。文脈の中にぽんと出てくる。たくさん読んでいる方なら中学生でもだいたいの想像はつくでしょう。
 
 想像というのはこういう感じです。あまりよくないことがたくさん起きているな・・・ぐらいはわかる。1文ではもちろんわかりませんが、慣れている方にとっては文脈の中でつかむのはそう難しいことではないでしょう。
 それこそ辞書だけを調べたって的確にはつかめません。魑魅魍魎は辞書をひけばおそらく「お化け」という意味が出てくると思います。跋扈は「悪が勢力を増す」ぐらいでしょうか。しかし、「魑魅魍魎が跋扈する」という記事の中にはお化けと関係する内容はまったく入ってこないはずです。つまり比喩なのです。
 
 そういう類推をどんどん働かさないとスピーディーに読めません。文章を理解する条件の中にはすばやく読めるという要素も入ってきますから、類推できない人はつっかえつっかえで抵抗感ばかり増してきます。それでますます読まない→いつまでたっても類推力がつかないという悪循環が生じてくる。
 結論としては同じことの繰り返しになりますが、量を読んで慣れるしかない。読解力をつけるためには、教材がどうのこうの塾がどうのこうの以前に「読むしかない」のだという覚悟を決めてください。
 
 知らない言葉でさえどれだけわかるかということが、高度な読解力がある/ないの分かれ目になってきます。そのためには読むしかないということです。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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