2017.09.24 00:55

 読み解く力が衰えてきているのは、あまりにも紙で読む体験が少ないからでしょう。紙で読むのと画面で読むのとでは何かが違う。ただ、それが何であるかということはこの先なかなかはっきりしないでしょうね。ただーーこの話は完全にタブー視されていますがーー1970年代後半、高層階に住む子どもと低層階に住む子どもとでは情緒の発達に差が生じると言われていたのと同じような微妙な差異が確実に存在しているのではないかと私は考えています。
 そして、もちろん紙「も」読んだほうがいい。試験もとりあえず紙ですからね。
 
 昨日の新聞に国立情報学研究所の新井紀子先生の調査結果がまたまた掲載されていました。新井先生の調査については以前から講演会などでお話させていただくことがありました。今回は公立私立中高生2万1000人を調査されたそうなので、これはもうある意味で結論みたいなものかもしれません。
 やはり教科書すら読めていない。教科書が読めていなければ問題集も参考書も何も理解できないですよ。中学1年生2年生は35%ぐらいが正確に読めていない。中学3年生でさえ25%がきちんと読めていないそうです。
 
 図表を文章からイメージする問題にいたっては中3の平均正答率が3割台(!)でした。理科や数学の先生が「国語力がないので問題内容を勘違いしている子が多い」と嘆いていらっしゃるのもむりはないなと感じました。
 読めるようになりたいというのであれば、とにかく紙でたくさん読めとしかアドヴァイスしようがありません。「量を読んで体験を積み重ね質を高めなさい」以外に何が言えるでしょう。ところがご本人はわかっていない。「効率よく」やることだけを求めてきます。受験学年にちょこちょこっと問題集でもやれば読解力はあがるだろうぐらいに考えている。
 
 さらに非常に重い結果も出ていました。高校生になると1年生も3年生も読解力は変わらないそうです。高1から高3で、たったの3%しか変動しない。「高校で読解力の向上が見られないことから、中学3年までに読解力を養うことが急務」という新井先生の言葉が引用されていました。
 私は中3ではもう遅いと生徒たちには話しています。中3(あるいは高校)からという方のためには特別な方法がないことはない(相談されたら個人的にアドヴァイスしています)のですが、中1中2生には中3になったら本当に大変だからできるだけいまのうちにたくさん読めと言っています。
 
 いまの子はいろいろなことができますが、だいたいは機器に頼り反応の速度やテクニックで器用に乗り切っている印象が強い。そのことを悪いとは言いませんが、自宅の住所や郵便番号が曖昧だったり、暗記している電話番号が1つしかなかったり、どうせわからないからと地図は見ずに音声だけで場所を調べたりしている様子を見ていると、本当に大丈夫なのか? という気持ちになることはあります。昔はそんな子どもは周囲にいませんでした。私なんか小学生のときには40以上の電話番号(いたずら電話先も含めて)を暗記していましたよ。ときどきノートで確認して楽しんでいたので間違いありません。
 
 反応速度ではなく、じっくり読んで理解し隠された意味を発見するという力は実際に読み進めていく流れの中だけで熟成してくるものです。1日15分間の活字読み(読書とはあえて限定しません)の習慣を、本当に大切にしてほしいと思います。
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2017.09.17 00:38

 たまには勉強の話題にしますかね。何度か書いていますが勉強方法に関しては、ブログの右端「長野先生からの応援メッセージ」に77回分記事があります。すべて勉強関係のお話だけですので、ご参考になさってください。
 何を書いてもその77回のどれかの繰り返しになってしまうので、最近は意識的にあまり勉強の話題を取り上げていませんでした。ただ最近つくづく感じていることもあるので、そのあたり触れてみます。
 
 私たちは何かを読んでいるとき、全部の言葉の意味を熟知しているわけではありません。それはどの状況下でも、です。読書をしているときも新聞や説明書を読んでいるときも問題文を読んでいるときも、全単語について熟知しているというのはむしろ珍しい現象だと思います。
 そうなってくると未知の言葉(単語だけではなく慣用表現、言い回しなども含めて)に対する類推力みたいなものがすごく大切になってきます。そもそも調べてさえわからないことだってあるのですよ。
 
 そのとき、こういう感じじゃないかな・・・と類推できるかどうか。経験の差が如実にあらわれてきますね。経験というのは何をどれだけ読んできたかということです。経験が乏しいとまったく類推できません。そのうえ、調べても調べてもピンとこなかったりする。
 例をあげましょうか。「魑魅魍魎が跋扈する」という表現があります。中学生の方、読めますか? 「ちみもうりょうがばっこする」と読みます。文脈の中にぽんと出てくる。たくさん読んでいる方なら中学生でもだいたいの想像はつくでしょう。
 
 想像というのはこういう感じです。あまりよくないことがたくさん起きているな・・・ぐらいはわかる。1文ではもちろんわかりませんが、慣れている方にとっては文脈の中でつかむのはそう難しいことではないでしょう。
 それこそ辞書だけを調べたって的確にはつかめません。魑魅魍魎は辞書をひけばおそらく「お化け」という意味が出てくると思います。跋扈は「悪が勢力を増す」ぐらいでしょうか。しかし、「魑魅魍魎が跋扈する」という記事の中にはお化けと関係する内容はまったく入ってこないはずです。つまり比喩なのです。
 
 そういう類推をどんどん働かさないとスピーディーに読めません。文章を理解する条件の中にはすばやく読めるという要素も入ってきますから、類推できない人はつっかえつっかえで抵抗感ばかり増してきます。それでますます読まない→いつまでたっても類推力がつかないという悪循環が生じてくる。
 結論としては同じことの繰り返しになりますが、量を読んで慣れるしかない。読解力をつけるためには、教材がどうのこうの塾がどうのこうの以前に「読むしかない」のだという覚悟を決めてください。
 
 知らない言葉でさえどれだけわかるかということが、高度な読解力がある/ないの分かれ目になってきます。そのためには読むしかないということです。
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2017.09.08 04:39

 いわゆるⅡ期の授業が今週の日曜日からはじまっています。中1のクラスで改めてーー私は同じことを繰り返し話していますーー3つ、これだけは守ってほしいと板書しました。できれば写しなさいとも言いました。たった3つでも「あれ? もう1つ何だっけ?」と忘れてしまうものなのですよ。
 まず、毎日15分以上活字を読む。これは紙で読んだほうがいい。いまのところテスト類は基本的にすべて紙ですから、紙で読む。条件を揃えます。
 
 つぎは、ていねいに書く。走り書きのメモであれば雑に書いてもさしつかえないですが、ノートやプリント類などは、とにかくていねいに書く。上手でなくてもいいのです。上手下手の問題ではなく、「ていねいにやろうという心」が大切なのです。のろのろ書いてもいいという意味ではありません。ていねいに、すばやく書けるように自分を鍛えていこうということです。
 そういう意識を持って、全教科全場面でていねいにていねいに書く。
 
 3つ目が解き直しです。1度やったものを解き直す。とくにミスしたものですね。ミスは消しゴムで消さずに(ていねいには書かれているはずです)残しておく。そして解き直してどこがどう変わったか確認してください。
 テストはもちろん解き直しますが、テスト以外のふだんの勉強でもミスしたもの、うんと時間をかけなければできなかったものは必ず解き直してみることです。
 これを復習と呼ぶのですが、一般的には復習というとやったことをざっと見るだけ(解き直しの作業はしない)という人がたくさんいますね。それではいけません。
 
 この3つをやらなければ、何をやってもうまくいかないよと言いました。ですから、現在不調である方はこの3つのうちの何かが欠けているのではないかと思います。活字を読んでいないか、雑に書いているか、解き直していないか。場合によっては3つともやっていないという方もいらっしゃるかもしれません。
 通信をやっているとか塾に通っているとか、それは非常にいいことなのですが、勉強習慣を大事にしないとなかなか点数が上がらないのは事実です。
 
 この3つを柱に頑張ってみてください。
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2017.09.01 00:09

 たとえば健康になりたいという人がいたとしますね。現在は可もなく不可もない。ただし漠然と健康でありたいと考えている。私は健康でいられるでしょうかと質問されたら、何と答えますか。
 どうしたってその人のふだんの生活ぶりを知らなければ答えようがないですね。そこでこんなことを質問してみるのではないかと思います。
 タバコは吸いますか。暴飲暴食をしますか。睡眠時間が不規則ということはないですか。まったく運動はしていないですか。心配事はありますか。
 
 5つともノーであれば、まずまず健康になれるんじゃないですか・・・ぐらいは言ってあげられると思います。逆だったら? タバコは吸うし暴飲暴食するし睡眠時間はまちまちだし運動は一切しないし心配ばかりしているということになってくると、現在は自覚症状がなくてもこの先ちょっと心配です。
 人間、誰しもそういうことがじつはわかっています。わかっているのにーーたとえば軽く心臓を病んでいる知人ですがーーいまでもこっそりタバコを吸ったりするそうです。医者に「自殺行為ですよ」と止められているのに少しだけこっそり吸う。
 
 そういう不思議なところが人間にはありますね。
 私は先日連載を終えた勉強法のコラムに同じようなテスト問題をあげてみました。こちらは健康になれるかではなく、成績優秀になれるかどうかのテスト問題です。ちょっと流用してみます。
 英語の音読を繰り返ししていますか。毎日15分以上活字を読んでいますか。ノートの文字は丁寧ですか。問題の解き直しはしていますか。スマホやゲーム機はルールを決めて使用していますか。この場合、5つとも「はい」でなければ成績は上がりません。
 
 この前やったよではだめなのです。それは7月は禁煙したよとか休みの日はたっぷり寝たよというのと同じで意味がありません。習慣化されているかどうかが大切なので、前回の英語の勉強時にどうだったか、いま書き終わったばかりのノートの文字がどうなのか、今日のスマホの管理はどうなっているのかということが問題です。
 そしてまた、勉強できるようになりたいとおっしゃりながらこうしたことは全然守れないというのも人間の不思議なところではあります。
 
 こっそりタバコを吸っている知人は、社会的には尊敬されている人間です。自室でこっそり明け方近くまでゲームをやっている中学生も、学校では後輩たちにおおいに認められているかもしれません。ですから人間全体をどうこう決めつける気持ちはまったくありません。
 ただそんなことをしていると、勉強がめきめきできるようにはならないというのも事実です。塾が先生が問題集が・・・といろいろな人間がいろいろなことを言いますが、まず先の5つをすべて「はい」にしてみてください。ここまでシンプルに道を示されることは珍しいかもしれません。あとはやるかやらないかだけですね。
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2017.08.17 00:43

 夏期講習中3のクラスである文学作品を紹介しました。これこれこういう文庫本に入っている、さすがにこの夏は忙しいだろうからいずれ時間ができたら読んでごらんよと言った。翌日、1人の生徒が「きのうの帰りに買って読みました」と文庫本を持ってきてくださった。
 と同時に、昔もこういう生徒がいたなと思い出しました。講習の猛烈に忙しいさなか、紹介した文庫本を紹介した当日に読んでしまった受験生。
 
 彼らのクラスは20人ぐらいですかね。読んでくれたのが1人だとしても5%ということになります。5%ぐらいの仲間はこうしたことを日々当然のようにしています。彼(今年の生徒)は作文関係でもいろいろ結果を残しているのですが、蓄積がある以上当然でしょう。大量の文章の蓄積があってはじめてきちんとした文章が書けるようになります。
 
 先日は太宰治の文庫本が忘れ物で残っていました。中1生のものでした。
 忘れ物は翌日さっと受け取れるように受付カウンターに並べておきます。するとその文庫本を見て「私もこれ読んでいる」あるいは「自分も昔これを読んだ」と告げてきた生徒が複数いました。中学時代、太宰治の文芸作品に親しんでいる同年代がそれだけいる。それは5%どころではないでしょう。きっかけはそれぞれでしょうが、読む人は読んでいます。
 
 ある中1生は芥川龍之介の「羅生門」の解釈についてこういう考え方はないだろうか? と質問に来ました。なかなか鋭い指摘で、私は「よくはわからない」(芥川ではないので)が、きみの解釈は正しいように思えると伝えました。
 こういう12、13歳がいる。楽しむだけではなく、こうも考えられないだろうかと自分なりの考察を加えている。それこそ将来教科書で「羅生門」が出てきたときには相当深く理解できるでしょうし、テストでももちろんいい点数をとるでしょう。
 
 教科書問題集以外の「古典」(単純な古文漢文という意味ではありません)を純粋な知的好奇心から読んでいる。だからーーあくまでも結果的にーーテスト程度なら軽くできてしまう。できるようになるためにそうしているのではなく、彼らは成長過程で文学だとか哲学だとか詩だとか活字表現だとかを必要としているのです。そういう生き方を選択しはじめた。ある文豪は「読書しないですむのは、その人間が真剣に人生を考えていない証拠である」という言葉を残しています。友人家族では簡単に答えが出てこないような人生の深淵さに真剣に立ち向かっていない証拠だというのです。
 
 あなたが生や死や愛や憎しみや人間の美醜や人生の不思議さにある種の困惑と戦慄を覚えたとき、同世代の近しい友人の言葉だけでは絶対に満足できない何かを感じるはずです。そのとき何かしらヒントを見つけ出せそうなものは、人類の叡智が詰まった先人の言葉以外にないのではないか。そうした真剣な生きざまに、そろそろ踏みこみはじめた仲間が出てきているということです。「どうしたら勉強が短期間ですごくできるようになりますか?」といった小手先のやりくりだけではどうにもならないということがわかりますか。
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2017.08.06 00:08

 お年寄りがお孫さんと話しているときによくある話ですね。お年寄りはーーまあ、たいして面白くない内容かもしれませんがーーとつとつと語ります。それをじーっと聞いていてときどき「すごい!」とか「信じられない」とか合いの手を入れるような感心な10代がいらっしゃるかと思うと、こんな話聞いていられるかとばかりに途中で「ぼくさあ、このまえ学校で・・・」と強引に自分の話に持っていってしまう少年少女も出てきます。
 そうなっても、お年寄りはだいたいにこにこ聞いてくださるわけですが。
 
 聞きたい話しか聞けないという若者が増えているような気がします。あたりまえじゃないかと言われそうですが、たとえば入学試験、国語の問題であなたの興味のある話だけが出てくるとは限りません。むしろ10代の少年少女にはちょっと難しい、読みにくい、理解しがたい評論ーーしかも紙の上に書かれていますから表情も声の抑揚も何一つ手がかりになりそうなものはないーーが出てきます。大量に、複数出ています。
 人の話でさえじっくり聞けない人間が、そうした長文をじっくり読むことができるものなのかどうか。
 
 ときどき読解問題ができないと相談に来る生徒がいるのですが、3割ぐらいは読解がどうのこうのではなく人の話を聞けない症候群という印象を受けます。自分のことを話さずに徹底的に相手が伝えたい何かを探る機会を持ったことがないのです。それがなぜか許されてきてしまった。そうではなく、何か発言したいのであれば相手の話の内容に限定した話題にしてください。おれなんかさ・・・みたいな展開にせず、どこまでもどこまでも相手の話に追従していく忍耐力が必要です。
 相手の話がどんなにつまらなくてもです。入試問題の長文がどんなにつまらなくても正面から対峙せざるをえないのと同じことです。
 
 長文問題を読んでいて「何が何だかわからないや」とすぐに投げ出してしまう人もいますが、だいたいにおいて「理解しよう」という根本的な覚悟に欠けています。お年寄りが一生懸命話しているのを(きっとこの人なりに伝えたい何かがあるのだろう)と相手の気持ちに想像力を伸ばしていくやさしさや忍耐力が欠けている。
 1つの対処法としてーーこれはあくまでもご本人が決意すべきことですがーーたったいまから徹底的に人の話を聞くクセをつけるという手はあるかもしれません。余計な口をはさまない。徹底的に聞き役をつとめる。
 
 一方的に喋り散らしてばかりいる生活では、じっくり読む=相手を徹底的に受け止めるという精神状態にはなかなかなれないでしょう。お子さんが小さいのであれば、おうちの方はふだんの会話に気をつけられるといいと思います。徹底的に話を聞ける方向に導いていかれるといい。積極性と反対方向に進むように見えるかもしれませんが、まずとにかく聞く。発表するのはそのあとです。聞くことだけが世の中を救いますよ。
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2017.07.23 08:13

 Z会進学教室の夏期講習がはじまります。どこの塾でも夏休みは講習がありますね。渋谷教室はおかげさまで満員の講座も出てきました。とくに受験生ですね。教室数が限られているので、入りきらなくなるのです。その場合他教室をお勧めすることになりますが、他教室でも満員になりそうなところがあったりして、この時代にそれだけ生徒がいらしてくださるのは本当にありがたいことだと思っています。
 やはり口コミが多いですね。先輩から聞いた。先輩の保護者の方から聞いた・・・というケースがとても多い感じがします。
 
 まあ、そういうものでしょう。テキストだとか先生だとか、あれこれ宣伝できる(?)要素はあるのですが、実際に通っていた方からのお話がいちばん効果があるのは確かでしょう。中には私の名前をあげてくださったりした方もいらっしゃるみたいで、たいしたお世話もできていないのに恐縮してしまいます。
 他塾も含めて夏期講習を受けられる方にちょっと書いておきます。最近は勉強に関してはもう1つの「どうしたら勉強ができるか」のほうに主軸を移しているのですが、いいタイミングですからね。
 
 夏期講習に通って真面目にやっているのにあまり成績が上がらないとおっしゃる方がいますが、夏期講習に通っているのはあなただけではなく、真面目にやっているのもあなただけではないのですから、文字通り夏期講習に通って真面目にやった「だけ」ではまったく皆さんと同じことをしているだけで、他者より努力をしているわけではありません。
 相対的にあがっていくためには自分が他の人よりどういう努力をしているかという部分が大きいのです。
 
 講習中、宿題をサボらなかったなどというのも立派は立派ですが、やはりそういう人は大勢います。するとそこでも差がつきません。
 差がつくとすれば、皆さんがやっていること以外で何をしたかということですね。それはやはり復習につきるでしょう。昨日できなかったことが今日どれだけできるようになっているか、書けなかったものがどれだけ書けるようになっているか、知らなかったことをどれだけ暗記したか・・・そうした部分は全員が心がけているわけではないので、当然差がついてきます。
 
 ときどき課題に追われて復習しない人がいますが、それだと毎日できていなかったところを残しながら進むことになるので、効果が半減します。中には講習期間が終わったらゆっくり復習しようという人もいますが、それはよくない。日々、つまずいたところをしっかり確認しながら進めていくべきです。つまずいたところを補強していく過程がいちばん大切なのです。人生とまったく同じです。煩雑さの中であれこれ工夫できる力こそが、生きる力なのです。
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2017.06.24 01:29

 右側の「応援メッセージ」から入れる学習法の記事ですが、担当してくださっている方にお願いしてそろそろ終わりにさせていただこうかと考えています。現時点で69回目まで来ました。きりよく70回でとも考えたのですが、もう少し増やして77回で終わろうかと思います。
 さすがに正しい学習法が無限に出てくるということはない。するとどうしても同じ内容の繰り返しになってしまいますね。音読のこと、丁寧な作業のこと、時間の使い方のこと・・・延々と繰り返すわけにもいかないでしょう。
 
 学習法の記事を担当してくださっている方はブログをスタートさせるときにもお世話になった方です。このブログはもともとは通信で頑張ってくださっている中学受験生を応援する目的でスタートしました。書き手がどなたかいらっしゃらないだろうか? というときに彼女が私を推薦してくださったのです。あの人なら書けるかもということを進言してくださった。
 私が本当に適任者だったかどうかはわかりませんが、彼女がそうおっしゃってくださるのであれば、こちらはきちんとやろうと思いました。自分にはいろいろ考えることがあって、仕事に限らずできそうなことでも遠慮することがよくあります。
 
 これは個人的な美学なのです。できそうだなと思っても引いておく。小学生中学生にたとえれば一切挙手しない生徒と同じ。「これがわかる者?」と先生が教室でおっしゃいますね。わかっている。わかってはいるけれども絶対に手は挙げない。そういう生徒は評価が下がりますね。私はそれでいいのです。それが評価ということであれば、私個人は評価が低いままでいいのです。
 もちろん内申をとりたい受験生の方はそれではだめですよ。先生が授業を円滑に進行しやすいように協力的に手を挙げてください。一緒に授業を作る温かみが大事です。
 
 じつは彼女は私がはじめてZ会進学教室の講師として三鷹教室に出講したときーー20年以上昔の話ですがーー教務や教科の社員としていろいろなことを教えてくださったのでした。その時点で15年以上中学生は指導していましたが、やっぱり新しい塾だと心細いですからね。緊張していた私にあれこれアドヴァイスしてくださるので本当に助かりました。そういう意味で、私は恩義を感じています。
 学習法の記事に関しては、とにかく「あなたが実践する」ことがすべてです。健康法をたくさんご存知でも、実践されなければまったく健康にはなれません。それと同じです。冷静に考えてみてください。
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2017.06.11 08:51

 よくできる生徒のほとんどは勉強そのものが好きであるというのは事実だと思います。ただ全員がそうなる必要はないのであって、そのあたりは冷静に受け止める必要がありますね。
 勉強が大好きという子は何人もいました。勉強することで何かを証明しようというのではなく、内容そのものが好きなのです。するとたとえば一流大学で学んでもまだまだ足りないということになってくる。さらにもっともっと勉強したいというのです。
 
 さらに大学院で勉強する。就職も、じつは数年後に大学院に通うためにちょっとお金を貯めようと考えている。「大学の4年間だけではまだまだ学びたいことがあって全然足りません」という言葉を何度か聞きました。
 そうなってくるとーー実際にそういう生徒がいますがーー結局大学に残って学者さんになったりします。相当偉くなった子(という呼称も変ですが)もいます。
 
 ただ誰も彼もが学者さんになってしまったらそれは困りますね。世の中が動きません。企業のサラリーマンも漁師さんも美容師さんもミュージシャンもいなくなってしまいます。
 ですから基本的にはそれぞれの人間が好きなことを得意なことにして頑張っていけばそれでいいのではないかと思います。
 去年、ある優等生がこういうことを語っていました。その子は東京で1、2を争う難関高校に合格しています。
 
 体験記に勉強は好きになれなかったし、楽しくはなかったと正直に書いていました。ただーーここからはご参考になると思いますーー塾はすごく楽しかった。塾が楽しいので塾でやっている勉強はふだんの勉強とは異質なものとして楽しめた。
 原文どおりではないのですが、簡単に言うとそういうことです。仲間と一緒に努力するのは苦痛ではなかった。それで十分だと思います。何かしら勉強の周辺に楽しみを見出してください。勉強そのものではなくてもいい。ふさわしいライバルを見つける。好きな先生がいる。海外で生活するために。そのあたりがコツと言えばコツなのだと思いますよ。
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2017.06.04 07:29

 偉大な医師でもあった昔のインドの聖者が、どんな病気にも「日光浴と早朝の散歩」を薦めていたという記事をある本で読みました。どんな病気に対してもその2つは処方していたそうです。
 おそらく慢性病には効果があったのでしょうね。だからこそエピソードが残っているわけです。確かに早朝の散歩は気分がいい。さらに日の光を適度に浴びることはよいことであるように感じます。
 
 場合によってはそれだけで改善していく病気もあるでしょう。心理的なものはとくにそうかもしれない。昼夜逆転生活で部屋に閉じこもってばかりでは、治る病気も治らないですよ。
 早起きだとか散歩だとか適度な日光浴だとか、あたりまえみたいなことを平易に組み合わせた知恵がすばらしいと言えばすばらしい。まずその2つだけは愚直に実行しなさいということですね。そのうえで次の段階に入っていく。
 
 勉強に関して同じようにシンプルな表現を作るとしたらどんな感じになるだろうとあれこれ考えてみました。このお医者さんが患者さんに過度な要求をしないように、どなたでもできそうなことで効果的な組み合わせは何だろう?
 私なら「ていねいに読んで繰り返しなさい」と言うでしょうね。どの病気にも応用できるのと同じように、どの学年のどの教科にも応用できると思います。
 
 ていねいというのは、それこそはじめの1歩です。雑にやるのであればむしろやらないほうがいい。雑にやることでますますやっている対象が嫌いになってきたりします。終わらせりゃいいんだろう! とむかむかしながら殴り書く。もうちょっとていねいにやろうという気持ちになるまで待ったほうがいいのではないでしょうか。
 そして読むのはすべての基本です。ていねいに読むというのは、考えながら読むということです。読み飛ばすのではなく、1行また1行考え考え読み進めていく。音読だって同じです。ていねいに何かを感じながら読む。
 
 繰り返しは定着させるためです。算数の九九もアルファベットの書き方も反復しましたね。あなたが覚えている住所や電話番号も反復して覚えた。友だちの名前も好きな歌手の歌も楽器の演奏もそう。1回きりではないはずです。
 何でも同じですよ。勉強も、ていねいに読んで繰り返してみてください。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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