2017.04.22 06:06

 私は子どものときから洋楽を聴いてきたので、ああこれはブルーズだなとかファンクだなとかカントリーの影響を受けているなとか、それぐらいのことならわかります。洋楽を聴きはじめたのが13歳ぐらいでした。何十年もかけてやっとわかるようになったということですね。
 単純な自慢ではないのですよ。大量に蓄積していかないと、新しく出てきたものに対処できないという話を書きたいのです。同じ音楽でもたとえばクラシック音楽は全然聴きませんから、曲を聴かされてもまったくコメントできません。
 
 いい曲ですねで終わってしまう。だれだれの曲ではないですかとかだれだれの影響を受けていますねとか、何も知らないわけですから比較のしようがない。万が一、クラシック音楽のテストを受けたら私は間違いなく落第点をとると思います。要するにクラシック音楽については何も勉強してこなかったということです。
 文章の読解もそうなのですよ。まったく読んでいない人には目の前にあらわれた文章がどの程度のものなのか正確に判断できません。
 
 内容はわかったとしますね。内容はわかっても「格」みたいなものまではわからない。同じような話を読んだ経験もありませんから、あああの手の話題か・・・と響くものもない。ただ書いてある内容と何も知らない自分と2人きりみたいな頼りなさだけが残ります。
 文芸作品なんかも、この文章はだれだれの影響を受けているなとすぐにわかる人は相当読みこんでいる人です。確かにそういうことはあるでしょう。太宰治の作品を読んで、芥川龍之介にちょっと似ているかなとか。
 
 読まない人にはそういうものが一切ありません。これがどれだけ不利なことだかわかりますか? 私のクラシック音楽は、テストも何もありませんからこのまま放置しておいてもいいと思っていますが、これから国語のテストを何百回も受けるであろう小中高校生の皆さんが、読む気がしないからという理由で放置しておくことの不利がどれだけ大きいか、ちょっと恐ろしいぐらいです。
 
 食べ物に例えるともっとわかりやすいかな。まずいと言えるのはおいしさを知っている人です。これは好きと言える人はきらいという経験を持っている人です。相対的に表現したり理解したりしているものですね。
 食べ物に関してはーー食べないわけにもいかないのでーーそれなりに皆さん蓄積を持っている。甘いか辛いかのテストならどなたでも合格されるでしょう。
 最低限(せいぜい教科書程度)の蓄積のまま進めていったら、多くは苦戦するようになるでしょう。どれだけ読んでいるか、日々確認されるクセをつけられるといいと思います。
 
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2017.04.11 01:16

 講習が終わったあと講習だけに参加してくださっている方(基本的には保護者の方対象)のために「報告会」を実施しています。本科生の方対象には別に「保護者会」というものが年に何度かあります。個人面談は、渋谷教室ではどなたでも基本的に何度でもお受けする形にしています。
 人数が少ない教室であれば報告会保護者会の日に個人面談までできてしまうかもしれないのですが、渋谷教室ぐらい大人数になると当日はちょっと厳しい感じです。
 
 ある先生が、こういう話をされていました。予定をきちんと書き出しておきなさいと。たとえば月水金が部活なら漠然とそう考えるだけではなく、紙に部活の日と記しておく。ピアノのレッスンが火曜日に入るのであればピアノと書いておく。塾が土日であればそれもきちんと書きこんでおく。
 表を作るといいですね。部活の欄、習い事の欄、塾通いの欄、それぞれ丸印でも入れておくといいでしょう。
 
 何となく忙しい・・・ではないのです。そうやって可視化する。すると完全に空いているのは木曜日しかないと明確にわかります。あとはぜんぶ学校以外も何らかの予定が入っている。自分の本当の自由になる時間は下校後の木曜日だけなのだということがはっきりわかりました。
 するとーーあくまでも勉強を優先して成績を上げたいと考えている方はーー木曜日は集中的に勉強しないといけないということになりますね。他の日は用事が入っているわけですからどうしたってそうなります。
 
 さらにピアノの練習なんかも少し多めに必要でしょうから、フリーな日こそ予定の管理を徹底しておかなくてはいけません。
 ところが人間というのは不思議なもので、予定がない日はひたすらだらだらしようとしたりします。今日は塾もピアノもないから仮眠したあとゆっくりゲームでもするか・・・みたいなことになってしまう。
 大人でもそういうことはあります。今日はスケジュール的に余裕があるからどこかでのんびり飲んで帰ろうかなとか。
 
 可視化するとじつは今日頑張るしかないということがはっきりわかります。どうしてもだらだらしたいのなら、今日はもう到底勉強なんか組みこめないよという他の日にゲリラ的(?)にやったほうがまだましですね。
 ついでにちょっとだけつけ加えておくと、塾の授業があった日の翌々日までに少しだけ見直しておくといい。上の例では土日を塾、余裕のある日を木曜日にわざと設定しましたが、土日の内容をまったく見ないままでは木曜日には大方忘れてしまっていると思います。少しだけでも見ておく。それが秘訣です。
 
 
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2017.04.08 07:12

 右側の「長野先生からの応援メッセージ」をクリックしていただくと入れるようになっています。すでに59回分記事を書きました。ただこちらは完全に勉強の話だけですので、家内や息子などは読んでいないと言っていました。ブログの記事はときどき読んでくれているらしいのですが、
 これから書くことは60回目の記事(書きかけです)と完全にかぶるのですが、ブログだけを読んでくださっている方のために残しておこうと思います。
 
 史上最年少でプロの将棋指しになった中学生棋士が話題になっていますね。藤井四段。デビューしてからの公式戦の連勝記録も塗り替えられたそうです。私がふだん見ている生徒たちと同じ年齢です。
 以前プロ棋士の方のエッセイを読んでいたら、奨励会時代は1日15時間ぐらい研究されたと書かれていました。日の光を浴びずに来る日も来る日も部屋に閉じこもって将棋ばかり研究していて体調が悪くなったという記事も読んだことがあります。それぐらい努力が必要だということですね。
 
 藤井四段も当然努力されたでしょう。不思議だったのは、藤井四段が難しい中高一貫校に合格されていたことでした。将棋の勉強が忙しくて、当然他の小学生のように塾に通う時間はなかった(実際、塾には通わなかったとインタビューにありました)はずです。いくら大天才でも、何もやらずに合格できるはずがありません。
 最近、いくつかのインタビューを読んでいて謎が解けました。藤井先生は小学校4年生ぐらいから毎日大人の新聞を熟読されていたそうです。
 
 1面をまず読み、次に社会面から順番に1日十数分読む・・・と書かれていました。新聞なんかまったく読まないという小中学生に比べて、どれだけの蓄積になるか想像してみてください。365日(休刊日はありますが)15分ずつ新聞を熟読するとしますね。文章量は問題集の10冊20冊なんてあっという間ですよ。
 アルコール依存症の患者さんの特集が印象に残っているともおっしゃっていました。プロ棋士をめざす小中学生にはそんな知識は必要ないとは考えないのです。好奇心から一生懸命読まれたのでしょう。活字を読む姿勢として王道ですね。
 
 スマホやパソコンは主に将棋のことを調べるときに利用されている程度だそうです。年がら年中触れているということはない。
 さらに好きな作家の名前を見て感心しましたよ。司馬遼太郎、新田次郎、沢木耕太郎とありました。いきなりそんな先生の書籍を手にとる中学生はいません。当然、子どもらしい物語をたくさん読んだ果てに至った「途中経過」であると思います。塾に行かず受験勉強していないように見えても蓄積が桁外れに違うのです。
 
 ちっとも読まないとか、スマホばかりいじっているとか、それは人それぞれの選択ですからとくに責める気持ちはありません。ただ本当にできるようになりたければ、大切なのは次の1点だけです。あなたの所属している文化圏はどこなのか。日々新聞を読むのが楽しくてたまらない人たちの仲間なのか。活字なんかかったるくて読んでいられないよという人たちの仲間なのか。
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2017.03.31 07:01

 教育ブログですから、ご参考になりそうなことはなるべく書くようにしています。ただ私が書くことによって、責められてしまうお子さんがいらっしゃるとかわいそうだなという気持ちもあります。
 人それぞれです。何度も強調しているように、私自身はまったく勉強しませんでした。そうした生き方を否定するものではありません。しかし、中にはうんとできるようになりたいという方もいらっしゃるでしょう。その参考になれば・・・ということです。
 
 全員の方にそうしなさいと言っているわけではないですよ。
 春休みの宿題が出た方もいるでしょう。実際、すごく大量の宿題を出す学校もあります。塾にも行きたかったものの、学校の宿題がありすぎて通えないとおっしゃっている方がいました。そういう学校は夏休みも冬休みも大量に宿題が出て、それこそ塾の講習になかなか通えなかったりします。私立校ですと金銭面の負担も考えて、なるべく学校だけで面倒を見ようと考えてくださったりもしています。
 
 宿題が終わればほっとするでしょう。頑張って早い時期(3月中に)に宿題を終えてしまった。
 ところがこういう生徒がいます。宿題は終わったかね? と質問する。はい。そしてさらに「これから2回目にとりかかろうと思います」と平然と語る。
 解答はノートに書くようにしているので、もう1度やることは可能です。ですから問題集として念のために2回目をやろうというのです。「ずいぶんミスしたところがありましたから」
 
 本当にできる人はそんなことをやっているものだという事実は知っておいてもいいですね。何月何日までに終わらせておきなさいというのを1回やっただけでは満足しない。もう1度解きなおして、あやふやだった部分を的確に「自分のものにしよう」と考えている。
 なかなかできることではないとは思います。彼らは周囲にそんなことは語りません。本当にできる生徒は努力をひけらかすことをしませんからね。
 
 考えてみれば、宿題というのは「わかるようにしておきなさい」ということでしょう。1回だけ見ておきなさいと決められているわけではない。まして、終わらなかったらこっそり友だちに写させてもらいなさいでもない。写させてもらって得したと考える人もいますね。本当に「得」なのかどうか。
 要するに、何のためにやっているのかということを意識されているかどうかの違いだと思います。
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2017.03.29 06:27

 春期講習がはじまっています。ふだんは通わずに講習のときだけ来てくださる方もたくさんいます。あたりまえですが、お互いに十分慣れてはいません。若干の緊張感が漂い、新鮮な感じで進んでいます。
 遠慮もありますから、まったくやる気のない生徒というのはーーとくに受験学年ではーー見当たりません。本心はわかりませんよ。しかし見た感じは、皆さんとても熱心にやってくださっています。
 
 熱心にというより、真面目にと表現したほうがいいのかもしれません。黙って正面を見て問題を解いて解説を聞いて板書して・・・という状況です。これは困ったなという生徒は、少なくとも自分の担当クラスには1人もいません。
 ただこういうことは感じます。板書しないで口頭で指摘したところは、さっとメモをとる子と板書していないのだからそんなに気にとめなくてもいいだろうという感じの子に分かれます。毎年、そうです。
 
 こちらの表現に対する感度のよしあしということは出てきます。
 たとえば「皮肉」とか「心外」とかという言葉が出てきます。そんなことまでいちいち板書していたのでは予定のカリキュラムが消化できません。そこで口頭で説明します。こういう意味もこういう意味も含んでいる、辞書をひくだけではわからない要素があるよと言う。
 さらさらとメモしている生徒がいます。ふだんから通ってくださる子は、そのへんの呼吸も上手です。
 
 個々の生徒が何を書いているかまではいちいち確認していません。ただ感度のよさは目撃できます。例外はあるでしょうが、一般的に感度がよければよいほど成績は向上していくものです。
 思えば人生もそうなのでしょうね。毎日毎日同じことの繰り返しで面白くも何ともないという考え方もあるでしょう。ただ本当に毎日が同じことの繰り返しと言い切れるのかどうか。毎日毎日お米を食べているので、おいしくも何ともないと言うのと同じではないか。
 
 日々のお米をおいしく食べている人間だって大勢いるはずです。やはり感じ取る力、感じ取ろうという力が何より大切でしょう。
 
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2017.03.19 00:18

 何度も書いていますが、純粋な勉強法につきましては右側の「長野先生からの応援メッセージ」から入れるようになっています。バランスをとりたい気持ちがあり、ブログのほうはここのところ勉強とは関係のない話題を多めに入れています。
 ただブログだけを読んでくださっている方もいらっしゃると思うので、たまには勉強のお話も書きましょうね。
 今年度の入試問題をいろいろ見ています。解くというより読むのが楽しいのです。
 
 とくに国語の長文問題は、高校側の受験生に対するメッセージだと思うわけですよ。伝えたいことがあるからあえてその文章を選ぶ。そういうことを考えながら読むと「ははあ・・・」と感じることがよくあります。
 受験生に対するメッセージであるとともに、将来の受験生に対するメッセージにもなっています。志望校の過去問は皆さん解きますから。過去問を解きながらその高校(大学)の考え方を理解していくことになります。
 
 都立トップ校に示唆に富む文章が出題されていました。
 世間では、やる気があるとかないとか言いますね。あたかも「やる気」という固有のエネルギーがあって、持っている人と持っていない人がいるような感じです。ところがそういうものでもないのでは? ということが書かれていた。
 やる気という固有のものがあるわけでなく、特徴をもった行動パターンやふるまいの傾向性があるだけなのだというのです。勝手に文章を引用していいのかどうか心配なので、直接的な引用はしないでおきます。
 
 困難に対して「手を抜かない」「注意深く」「不平をこぼさない」というきちんとした作業ができるかどうか。やる気のあるなしを前提にせず、作業を丁寧にやったり注意深く考えたり、不平を言わなかったりということは可能なはずです。ご飯を食べているときのことを考えてみてください。ものすごく空腹(つまりやる気満々)でなくても、丁寧に注意深く不平をこぼさずに食べることはできますね。
 要するに傾向性なのですよ。やる気のことは忘れてください。そしてこの瞬間からの作業だけを丁寧に全力でやる。
 
 深いものがありますね。作業の深化だけであれば、どなたでもいまからすぐできるはずですよ。やる気は感じなくてもいい。とにかく丁寧に、不平をこぼさずにやってみてください。やる気が出るのを待っていたら一生出ないかもしれません。それは食事をとろうとする方が、死ぬほど飢えたら食べようかというのと似ている感じがしますよ。
 
 
 
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2017.03.12 00:27

 私たちはいろいろな人とおつきあいします。同性異性問わずです。深く親密な仲になることもあるでしょうし、表面だけのおつきあいで終わることもあります。人と人との関係はなかなか難しいもので、親密だった友だち同士がとくに原因があるわけでもないのにふと話さなくなってしまったり、逆に反目しあっていた2人が何かのきっかけで急速に親しくなったり、いろいろなケースがあります。
 同年輩だけでなく、先輩後輩の関係もありますね。年齢とは関係なく尊敬したり、また逆の感情を持ったり。
 
 そうやって人と人との関係でいろいろなことを学ぶわけです。いいこともくだらないことも学ぶ。できればくだらないことは最小限に抑えたいでしょうから、おつきあいする友だちを選びなさいと言われたりしますね。人間的にすぐれた友だちに触発されて、ご本人もしっかりしてきたらそれは確かに好ましいことですね。
 逆につまらない友だちから悪い遊びを教えられるということもあります。悪いほうにどっぷりというのはしかし、個々人の選択でしかないと思います。
 
 読書することを難しく考えすぎてなかなか手をつけられない人がいますが、人と人との関係と同じようなものだと考えてください。挨拶程度のおつきあいも大切ですし、じっくり語り合うようなおつきあいも大切です。対面して少し話してみないとわからないものです。
 ですから、1冊の書籍を何が何でも1ページ目から最終ページまで読み通さなければならないというものでもありません。真ん中へんの面白そうなところを少しだけ読んで終わりということがあってももちろんいい。
 
 新聞記事をちらちら読んだり、スポーツ雑誌の興味のあるところだけを読んだりというのも、挨拶程度の人間関係と同じで意味のあることです。そこから学ぶことがたくさんあります。
 難しく考えすぎないでください。とにかく面白そうなものを読む。何でもいいから読む。じっくり読まなければ読書のうちに入らないという先入観があなたを活字から遠ざけている可能性があります。挨拶「だけ」だってりっぱな人間関係ですから、新聞の折りこみちらしを読むこともまたある種の貴重な経験だと考えてください。
 
 いい友だちという意味では、同じ書籍を繰り返し読んだりある作家のものを集中的に読んだりする経験も非常に意味があります。とにかく楽しんで。本当に楽しめることだけがあなたの得意な何かになります。堅苦しく考えすぎないことです。
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2017.03.02 06:26

 学校の勉強はそれなりにやっているとしますね。他に1つだけ何をすれば優等生になれますかと訊かれたら、とりあえずは1つだけでは足りないと答えるでしょう。別コラムの「勉強ができるようになるには」(右側の応援メッセージから入れます)にはもう55回記事を書いています。55個やってくださいと答えたいところです。
 それでもどうしても1つだけ・・・と言われたら、私なら「考えながら活字を読む訓練」をあげます。読書と書いてもいいのですが、もう少し抵抗感(?)を持って熱心に取り組んでいただきたいところです。
 
 それもたまにではない。毎日毎日です。毎日一定時間考えながら読む。忙しくてむりだとおっしゃる方はたくさんいらっしゃるでしょう。
 今週、新聞で中学生高校生がスマホをどれぐらい利用しているかという記事を読みました。インターネットを見たりしている時間の合計。あくまでも平均ですが、何と! 中学生は1日約2時間、高校生は約3時間となっていました。驚くべき長さだと思います。記事では依存症のことにもちらりと触れられていました。
 
 その時間の半分だけでも紙で活字を読んでくだされば状況は劇的に変わってくると思います。ただそうしたことができるかどうか。
 以前も書きましたが、青少年に与えるスマホの影響を研究されている脳科学者の先生が、脳が成長していく18歳までスマホは制限ししっかりした文章を読む環境を作るべきだとおっしゃっています。専門の先生がいい加減なことをおっしゃるわけがない。危険な要素は確実にあるのだと思います。それをまたある意味で隠蔽しておこうという勢力もあるでしょう。
 
 もちろんスマホがない時代、皆さんが2時間余計に勉強していたわけではないですよ。昔の生徒たちは「雑誌を読んでいて勉強できなかった」と話していました。自室に雑誌を持ちこむとだめだという反省の言葉をよく聞いたものです。ついつい読みふけってしまう。
 自室でスポーツ誌や芸能週刊誌や音楽雑誌、ファッション誌などを夢中になって読んでいて、勉強時間が足りなくなる。1990年ごろは私も読んでいる「BURRN!」誌をほぼ徹夜で読んだと報告してくださる男の子がいたりしました。
 
 それでも毎日スマホ2時間よりははるかに救いがあったと思います。
 私たちの人生は同じ「1日24時間」をどのように使うかで決まってきます。24時間を人それぞれまったく違った要素に配分していますが、それは私たちの選択です。どうしようと個々人の自由ですが、優等生になりたいと言われれば私は経験的に一定量の活字を毎日必ず読みなさいとしか言えません。それなしで飛び抜けた優等生になることはーー特に国語はーー難しいと思うからです。
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2017.02.10 03:10

 毎年のことですが、都立の推薦入試で最上位グループに合格した生徒が日々自習室に来て勉強をしています。先日は、私のところに質問にも来てくれました。「濡れ手で粟」という慣用表現がありますね。もちろん優等生ですから意味はわかっている。ちゃんと調べる習慣もついています。質問はそうした辞書的な意味ではなくて、どういうニュアンスで使われるのかということでした。もう1つ、やはり慣用表現で中学生はまず使わないものについても質問を受けました。
 
 都立高校の推薦合格の発表があったのが2日です。質問内容から見て非常に地に足がついた勉強を続けられている。
 最上位校を目指している中1中2の方、ご自身だったらできるかどうか冷静に考えてみてください。どういう人が合格できるのか。どういう人が内申でオール5がとれるのか。どういう人が勉強ができるようになるのか。
 答えは簡単ですよ。合格当日から新たに地に足のついた勉強をはじめられる人「だけ」が最上位に来ます。彼らの勉強は、合格のためだけではないのですよ。
 
 私はーーいつも書くようにーーそういう中学生活を送りませんでした。私は私で自分の生きかたはよかったとも思っています。ただそれは私が成績や進学先というものをまったく重視しなかったからであって、そういう観点から見たら大学卒業時に人さまから3年も遅れてしまったような私の学生生活は失敗です。
 こういう記事を書いているのは、皆さん全員が優等生になるべきだと考えているからではありません。ただときどき「自分はやっているのにできない」と言う人がいるので、そのやっているは本当の「やっている」の次元ではないと気づいてほしいとは感じます。
 
 けっこう勉強しているのに成績が上がらない。その「けっこう」はここまでの努力なのかどうか。仮にその合格した生徒にきみは「けっこう勉強しているほうだと思うか?」と訊いたら、間違いなく彼はまだまだ足りないと思うと答えるでしょう。勉強に限らず、上に行けば行くほどそうなってくるものです。まだまだ足りないという自覚が、彼らをどんどん高みにのぼらせてくれるのです。
 
 ことわざなんかにしても表面的な意味だけ覚えればそれでいいと考えてしまうのが普通でしょう。言葉なのだから細かいニュアンスまでつかみたいと考えるのは非常にレベルの高い発想であって、そういう気持ちを持ち続けて勉強している彼らには向上心しかありません。「けっこうやっている」という言葉の背後に隠された(だからもうこれ以上はやらなくていいじゃないか)という甘えた気持ちはないということです。
 
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2017.01.13 08:08

 昨年も同じ時期に書きました。中学入試のない小学生のコースの授業を今年も自分は担当しています。そこに「あいさつの重要性」という長文が出てきました。
 ことばというのは伝達の目的を持っていますね。今日は何時に帰るよ。ご飯は何が食べたい。明日はテストなので早めに寝ます。来週の日曜日は遊びに行きたい。すべて伝達ですね。こちらの意志を相手の方(複数かもしれません)に伝える。あるいは相手の意志をこちらが正確に受け止める。そのためにことばは大きな役割を果たします。
 
 と同時に、ことばには「あいさつ」としての大きな機能があると書いてありました。あいさつと言っても「おはようございます」とか「行ってまいります」という堅苦しいものばかりではありません。「やあ」も「元気?」も「きのうのサッカーすごかったね」もみんなあいさつと言えばあいさつです。
 その機能がすごく大きいという。「元気?」なんてわざわざ声に出さなくても、相手を見ていればわかることです。それをあえて声に出す。
 
 人間関係を上手にいかせるためにはこうしたあいさつ語、社交語こそが大切であるという内容の文章を50分間読んで説明しました。生徒たちにも順番に音読してもらいました。時間がなかったので一問も解かせませんでしたよ。枝葉末節な問いより要旨そのもの、あいさつがいかにこれからの人生で大切になるかということを徹底的に伝えたい気持ちがありました。
 中学生になって変ないじめにあったりしたら困る。先輩にあいさつをしないことで誤解されたら困ります。
 
 具体的にそんな話もしました。これから新しい人間関係がはじまるから、あいさつだけはするといいぞと。彼らは真剣に聞いていました。いつでもそうです。私の授業中に騒いだりする生徒はいません。そういう空間ができているのです。
 1人だけですが、いつもあいさつしなかった子が「さよならー」とこちらにあいさつして帰っていきました。じつはそうやって学んだことを体現化する気持ちが非常に大切です。あなたが学んでいることは、この瞬間からのあなたの生活を変える可能性があります。それぐらいの真剣さを持たれるといいと思います。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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