2020.01.20 09:13

 公立中学では比較的わかりやすいドリル以外に国語の課題はあまりないようですが、私立中学では教科書以外に相当難しい読解の問題集を課している学校がたくさんあります。たとえば私が知っているある私立中学では、問題集をノートに解いてまるやばつをつけ(自己採点)間違えたところは訂正させたうえで提出を義務づけています。その際、語句の意味調べなども必ず書いておかなければならないことになっています。
 ノート提出は通知表の評価に直結するので、サボることはできません。
 
 先生は丁寧に見てくださいます。さすがに人数が多いので添削まではしてくださらないものの、ただ判を押すだけという感じではありません。
 すごいのはここからです。定期テストにもその問題集から出題されるのですが、問いの形がすべて変わっている! 問題集と同じであれば極端な話、アとかウとか解答を丸暗記するだけで何とかなるかもしれません。それだって相当大変ではあるのですが、定期テストに出る範囲は毎回10題ぐらいですからヤマをかければ何とかなる。
 
 ところが問いの形式がぜんぶ違ってくるとなると・・・これはもう本当に深い読解が必要になってきますね。文章が完全に理解できていなければ得点になりません。教科書以外にそこまで勉強しておきなさいということです。
 さらに課題図書の内容を定期テストに出す私立校もあります。課題図書というのはだいたい文庫本か新書ですから、問いはどこにもついていません。その内容を訊かれるということは1冊まるまる完全に理解していなければならないということで、そうやって鍛えられていくわけです。
 
 もちろん中には課題図書をしっかり読んでいなかったり、問題集の解答を写してしまったりという生徒も出てくるでしょう。すると定期テストで点数がとれないことになり、結局成績を回復するために「しっかり読む」しかないというところに戻ってしまいます。
 国語力が大きく低下しているという新聞特集の最後の最後に「読むしかない」というあたりまえの結論が出ていましたが、私立中学高校はそうやって「読むしかない」とご自身が考えられるように具体的に対策をたてています。
 
 公立校でも活字を読む奨励はなされていますが、読むしかないというぎりぎりまで生徒を追いつめることはまずありません。すると同じ13歳14歳15歳でも読解力がじりじり開いていく。さらに先日も発表されていたように紙の本を読むと読解力だけではなく、集中力や思考力も高まっていくそうですから、そうした力まで開いていく。
 何度も書いてきたように意識的に読む生活を心がけること、そこがスタート地点になると思いますよ。
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2019.12.29 05:50

 学習法については何度も何度も同内容の記事を書いています。この話も繰り返しになってしまいますが、はじめて読んでくださる方もいらっしゃるでしょうからもう1度だけ書いておきましょうかね。
 講習のときは、相当勉強している気分になると思います。何しろ毎日ですから。毎日毎日やることがたくさんある。テキストに明日までにどこどこをやってきてくださいと書いてあります。サボってしまう人もいるでしょうが、だいたいの方は指示を守ってくださいます。
 
 そもそも講習に参加してくださるということは、成績を上げたいということでしょうから、サボっていては意味がないですね。そこで頑張ってやってくる。各教科課題があるので予習の貯金(?)がない人は、相当大変でしょう。中には5教科課題をこなさなければならない人もいます。
 するとそれで十分という気持ちになってしまう。塾で5教科5時間の授業を受けた。帰ってから5教科分の課題を3時間かけてやった。
 
 学校のない時期にそれだけやれば十分じゃないかという満足感に浸りがちですが、勉強時間の問題ではなく内容としてこれ以外やっていないということだとちょっと心配です。
 授業を受けてできなかったところの振り返りの時間がまったく用意されていませんね。いわゆる復習の時間がない。復習よりは明日の課題だろうという考え方には一理ありますが、長い目で見れば復習のほうが大切です。ご自身のできないところ間違ったところをできるようにする以外に本当の進歩はないからです。
 
 ただ復習というのは個人的にやるわけで、どなたかに評価される機会はありません。予習や課題であれば、たとえば漢字の小テストがあり「よくできた」ということが客観的に評価されます。満点をとれれば気分もいいでしょう。ところがテストでミスしたいくつかの漢字については、適当にちらりと見るだけで済ませてしまう。仮に改めて練習したところで誰も褒めてくれません。
 英語や数学も同じ。解けなかった問題をきちんと解きなおしても誰も褒めません。それでもやっておかないといけない。
 
 講習が終わったらまとめて復習するという人がいますが、だいたいはかけ声だけで終わってしまいます。資質の問題ではなく、時期を逸するとできないことがあるのです。濃密な時間を逃すと気持ちが萎えてしまう。講習中にーー少なくとも得意にしたい科目についてはーー毎日復習してください。復習→予習や課題という順番が本来は理想的です。
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2019.12.25 00:04

 紙の本で読むほうが電子機器で読むより総合的な力がつくという調査結果が出たそうですね。昔からそうではないかと言われてきましたが、数字ではっきり示されると説得力が増します。新聞に大きく掲載されていたのでお読みになった方も多いでしょう。
 紙で読む利点はぱっと前に戻れるところだと思います。あれ? 似た話は前も出てきたぞというときにーーきちんと読んでいればーーこのあたりだなというところにぱっと戻って確認することができる。それこそ行ったり来たりで理解が深まります。
 
 そうした作業の繰り返しが「読解」なのであって、疑問を抱きながらも確認しにくいので先へ先へと進んでいくような読書だとやはり十分な成果が上がらないということなのでしょう。
 さらにこれは近い将来試験というものが紙媒体でなくなれば解決していくことなのかもしれませんが、現状で入学試験は基本的に紙で実施されていますから、同じレベルの刺激に反応できなければいけません。紙に印刷されている文字では気づけないということではいけない。
 
 電子機器はくっきりしていてきわめて刺激が強いですから、画面のレベルだと気づけるのに印刷された平凡な文字だと気づけないということが起こりうるように思います。これは当代の一流棋士が画面で見ているだけでは力にならず、きちんと盤に向かって実際の駒を動かして考えないといけないとおっしゃっているのと似た感覚がありそうです。
 画面で見ればわかる変化をいちいち盤に並べるのですから二度手間みたいなものなのですが、そのあたりがじつは重要なのでしょう。
 
 紙の本を読むときには印をつける人もたくさんいます。真剣に読むという意味ではよいことですね。そうした作業がやりやすいのも本のよさでしょう。まったくストレスがかからずに印をつけられる。さまざまな線をひっぱったり星印をつけたり丸で囲んだり、自由な作業が可能です。
 作業そのものが読み取る力だけでなく、集中力や忍耐力や判断力を涵養してくれる。集中していなければ線なんか引けませんから。
 
 本をまったく読まないグループはやはり力が落ちるとも書いてありました。単純な読解力とか国語力だけではないからこわい。集中力や理解力、表現力なども落ちる。それでも読みたくないということであればそれはそれでいいのですが、好きなことを活字で体験するのは案外楽しいものですよ。
 サッカーやダンス、料理、音楽なども活字によって違った楽しみを得ることができます。とにかく経験してみてくださいよ。けっこう楽しいぞとわかってくるはずです。
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2019.12.07 01:23

 自宅でとっている新聞に、ここのところ毎日国語力低下の問題が特集されています。若い人の読解力が落ちている。表現力も急落している。読解力についてはコラムにまで書かれていました。結論として、とにかく面白い本を見つけて読んでほしいとありました。
 活字を読む。それも楽しんで読む。結局のところ、それ以外に文章が読めるようになる秘訣は何もないのです。そうした努力をはなから省略して読解力を高めようというのは、まったく身体を動かさずに人一倍筋力をつけたいと願うのと同じぐらい無理なことでしょう。
 
 担当している中1のクラスでは全員にはっきり話しているのですが、塾に来てくださって授業を受けてテキストをきちんと予復習してさらにテストを受けてくださる。それは大変りっぱなことではあっても、来てくださっている全員がやっていることですから圧倒的な差がつくわけがありません。それ以外の部分、日々どれぐらい読んでいるかが大切で、最低でも毎日15分間は読書するように伝えています。
 何を読めばいいですか? という問いは、だいたいは(なるべく読みたくない)と考えている人から発せられるものですが、本当はご自身で考えてほしい。
 
 はじめは推理小説みたいなものでも構いませんが、たとえばZ会進学教室のテキストには、梶井基次郎だとか志賀直哉だとか夏目漱石だとかの文章がいくつも載っています(梶井基次郎にいたっては中1時点で載っています)。何かしら学んだら、ちょっと他の作品も読んでみようぐらいの積極性は大切だと思います。
 事実そういう生徒は複数います。だから同じテキストで同じ先生で学んでいてもーー残念ながらーー大きな差が開きはじめる。
 
 先日あるテストに夏目漱石の文章が出てきました。ああいう古い文体が苦手なのでどうしたらよいですかと質問に来てくれた生徒がいて、もちろん対策を話しました。ただすでに中1の時点で夏目漱石のその作品を「面白かった小説」にあげていた生徒もいる。「古い文体」どころか、ひたすら愛読してきた作品の一部ですから、全体から部分を的確に理解することも可能です。点差が開くのは当然すぎるほど当然で、こうした事実を知ったあとで「ではあなたはどうするか?」ということがいちばん大切ですね。
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2019.11.26 01:00

 こういうのは個人差があり、責めるような形にしてはいけないと思うのですが、ときどき「うちの子はけっこう机に向かっている時間は長いのに、あまり成績が上がらない」というお話をうかがうことがあります。理由ははっきりしています。勉強は時間ではないのですよ。作業量が大切なのです。
 年に何度か中1のクラスでわざと10分間だけ漢字練習をしてもらうことがあります。狙いは2つあります。
 
 基本的には真剣にやればたったの10分間でもこんなにたくさん覚えられるということを知ってもらいたい。たかが10分間、されど10分間です。相当のことができる。ふだん「たった10分しかないから」とむだにしている時間を有効に使えるようになってほしいという気持ちですね。
 もう1つは、同じ10分間でも人によって作業量がこんなに違うということを実感してもらいたいということがあります。
 
 早い生徒ですと、10分間で120のマス目を書き取りと読み取りの練習で完全に埋め尽くします。雑な文字ではないですよ。丁寧に漢字を60、読み(こちらはひらがなです)を60書く。それこそ7~8分で完全に終了します。そして、書き終えたあとの彼らが何をするか観察していると、残った時間で欄外にまで練習しはじめます。もうできることはわかっている。わかっているけれども真摯な気持ちで時間がある限りはきちんと練習し続けようとする。
 
 かたや半分も書けない生徒もいます。私は彼らに「はやく書けないことを気にすることはないが、すべて書いてしまう仲間がいるということは意識しておくといい」と話しています。言外に、少しずつでいいからてきぱきできるようになってくれという期待をこめてお話しているつもりです。
 たったの10分間でさえそうなのです。漢字練習120以上書ける生徒と半分もいかない生徒がいる。中には休み休みでないと書けない生徒もいる。これが1日、1週間、ひと月、1年でどれだけの差になるか。
 
 ゆっくりな生徒をだめだと言いたいわけではありません。すべて、ご自身のペースでいいと思います。ただ「けっこう長く机の前に座っているのに」ということがあまりにも気になるのであれば、そうした作業量の差が大きいということは意識されてもいいでしょう。何らかの工夫で、作業量が増えるようにしていかないといけないということです。となると・・・日常生活全体のペースを見直す必要は出てくるかもしれません。食事でもお風呂でも支度でも、少しスピードをあげていくということですね。
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2019.11.16 07:09

 あえてあまりふれずに来ていたのですが、入試改革云々でいろいろと混乱してきていますね。こういうとき変革の方向性ばかり気にしているのはじつはあまり感心しないのであって、考えるべきなのはあくまでも「本質的な学力」「本質的な人間力」をつけるにはどうしたらいいのかということに尽きると思います。
 たとえば英語の入試がどういう方向に変転していくのかさかんに心配されている生徒もいて、それはまったく当然ですがこういうことは言えるでしょう。
 
 英語以前に、まずきちんと物事が考えられるようになる必要があり、また物事をとりあえずは日本語で過不足なく正確に伝えられるような技術と思考力、精神力を自分の中に育てていかなければなりません。本質的な伝達力はそうしたものであり、そこに英語なり何なりの語学力が乗っかってきます。
 この件について自分はこう考える、その理由はこれこれこうである、あなたの考えも理解できるがこの点だけは気にかかる、そこを話し合いましょう・・・という力。
 
 日本語で深く語れない人間がいくら外国語のスキルを高めたところで、使いようがないものです。優秀な翻訳機にはなれるかもしれない。しかし、あなたはどうなのだと真正面から問われたときに「えーと、あのー、えーと・・・」ではそれこそ磨きに磨いた英語の出番がありません。
 英語の試験については心配しすぎないことです。それこそ普段から教科書を暗記するぐらいまできちんと読みこんでいる子はいずれちゃんと話せるようにもなります。
 
 リスニングにしてもラジオの基礎講座などをきちんと聴いて短文を大量に正確に暗記し続けてきた生徒はーーもちろんそれなりの訓練は必要ですがーー会話ができるようになるものです。
 問題なのは、そうした基礎訓練はさんざんなまけていながら改革の波にうまい具合に乗っかって(それは幻想にすぎないのですが)、手っ取り早く最低の努力で合格「だけ」を得られないものかという情けない姿勢です。
 
 方向性が決まらないから勉強ができないではなくて、本質的な勉強をしているからどんな方向から攻められたってびくともしないという気概を持つ。健康と同じですよ。胃腸を調べられたらどうしようとか腎臓はやばいかもしれないぞとかという発想自体がおかしいのであって、全身健康体でどこを調べられたって大丈夫という形こそが本当の健康でしょう。迷われたときは、ご自身の歩いている道が本質的なものであるかどうかということだけを自問されるといいと思います。
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2019.11.12 09:23

 勉強の話はさんざん書いてきたので繰り返しになってしまうのですが、少しだけ補足しておきます。「成績が『飛躍的に』上がらない」と嘆いている方がいますが、原因は比較的はっきりしています。
 ご本人は「勉強している」とおっしゃる。ウソではないでしょう。ただご本人の基準から見てということです。相対的にもっともっと勉強している仲間は大勢います。それをやりなさいというのではないですよ。ただ原因がわからないというのであれば、原因の1つは間違いなくそうです。
 
 数学の得意な生徒がいました。いわゆる最難関高校に進学された。自習室で黙々と数学に取り組んでいる。見たことのないテキストを使っていたので、ちょっとのぞいてみた。あ、これ高校生用のテキストなんですよ・・・と答えました。面白いので、暇さえあれば個人的にどんどん先に進んでいるという話でした。
 また別の生徒で、通りを歩きながらある教科のテキストを読んでいる男の子を目撃したことがありました。歩きながらですよ。
 
 さすがに危ないと思ったので、あとでちょっと注意しました。「あ、見られてましたか。何やってても勉強のことばかり考えちゃって・・・完全に趣味の世界です」と恥ずかしそうにおっしゃった。
 繰り返しますが、全員そこまでやりなさいという意味ではありません。ただそういう人間がけっこう実在する。英語の音読20回を実行している生徒もそうでした。大変じゃないのかね? と質問すると、好きでやってきただけですとけろりと答えました。
 
 好きだからという仲間がたくさんいる。特定の科目にかたよるのかもしれませんが、とにかく勉強が好きである。サッカーが好きダンスが好き音楽が好きゲームが好きと同次元で、勉強が好きという人がーー珍しくはない程度にーー存在します。もしあなたがその仲間に所属していないのであれば、それもまた「飛躍的に」は伸びない原因の1つでしょう。
 ただその人たちは、あなたが得意なことはあなたほど好きではないかもしれない。
 
 私は将棋が好きで徹夜で指し続けたことが何度もあります。賭け将棋なんかではないですよ。実利はまったくない。ただ面白いから私も相手も朝まで夢中で指し続けた結果です。「少しは将棋に興味がある」程度の人にはとても無理でしょう。強い愛情や執着心がないとできません。
 勉強も同じことで、私が見た感じでは睡眠時間を削ってまで勉強している人たちの何パーセントかは単に無我夢中になっているだけで、苦痛は感じていない。
 
 ある優等生(私立の中3生)にどうしてきみはそんなに成績がいいのかと訊ねたことがあります。即答しましたよ。「そりゃぼくほど勉強している人間はいませんから」
 勉強にかける思いや愛情だけでなく作業量も多ければ多いほどうまくいくわけですが、何の世界でも同じです。トップに負けないほどできるようになりたいということであれば、自分ほどやっている人間はいないと断言できる同級生と対等になるまで頑張るしかないでしょう。ただ、それが個々人にとって本当に意味があるのかどうかは別問題です。それぞれの価値観でしょう。
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2019.10.18 07:15

 他の人がどうであるかということはたいしてモデルにならないものです。あなたはあなたのやり方で進むしかありません。仮に小テストで100点をとりたいとしますね。友だちのAくんは30分練習して100点をとっている。ところがあなたは30分練習して80点しかとれなかった。
 不公平だと思うかもしれませんが、あなたが100点をとりたいのであればあなた自身が100点とれるまで練習する以外に方法はない。時間は関係ありません。
 
 40分かかるか50分かかるか1時間かかるか、それはわかりません。友だちの倍勉強しなければならないということであれば、すればいい。
 それは、能力のせいなのかコツの問題なのか集中力の何かなのか? その種の問いかけはとりあえず意味がないと思ってください。そもそも30分で満点をとれる人と比べたこと自体が間違いであって、大切なことはあなた自身が満点をとれる時間はどれぐらいなのかということだけです。
 
 人より時間がかかるというのはよくあることです。1つには慣れでしょう。また1つには生活における習慣でしょう。食べるのもシャワーを浴びるのも着替えるのも支度をするのもゆっくりという人がいます。すると他のことも当然スローペースにはなってくるものです。
 私はその生活態度を責めているわけではありません。その生活でさしつかえありませんが、当然勉強「にも」時間をかける覚悟が必要だと思います。
 
 そんなに長いこと勉強していたくないという考え方も当然あります。それは個々人の選択であり、勉強が苦痛であればそちらの分野で最高峰を目指すのは難しいでしょう。
 ある競技者は、自分は競技が好きなので、他の選手より長い時間練習すること自体が幸福だという意味のことを語っていましたが、人よりたくさんやることを損だと感じることがそもそもその競技に「向いていない」ということになるのではないでしょうか。長くできる幸せを噛みしめないと。
 
 いずれにせよ、他者と比べるのはよくありません。とくに「数値」の比較は思わぬ落とし穴になりかねない。自分の理想形を目指すのみです。それが結局人生というものなのですよ。
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2019.09.25 00:20

 先日、小学校6年生向けの公開授業がありました。30分間の短いやつだったのですが、教材(どこの教室も同一のものを使用しています)がなかなかよくて、こういうことが書いてありました。
 まとめてしまうと、どの人間も自分の中に字引ーー辞書と考えてくださっていいでしょうーーを持っているというのです。そしてその辞書によって読んでいるものや他者の言葉を理解する。
 
 ところが、現代はその辞書がどんどん薄くなってきた。昔に比べて格段に薄っぺらくなった。だからちょっと難しい用語や言い回しが出てくると理解できない。心の辞書にないわけですから調べようがない。もちろん本物の辞書をひくことはできますが、テストではそんなことが許されるわけがありませんから、ちんぷんかんぷんのまま終わってしまう。
 余談ですが、先日この「ちんぷんかんぷん」を知らない中学生がいました。なるほど、心の辞書は間違いなく薄くなってきているのかもしれません。
 
 ではなぜ昔に比べて心の辞書が薄くなってしまったのか。
 読まないからですよ。言葉や言い回しに対する体験が乏しいからです。いまをときめく将棋の藤井七段は中学生のころから「僥倖」だとか「隘路」だとかという言葉を使われていましたが、それは中学生であっても彼の心の辞書にその言葉が記録されていたからですね。自然とそうした言葉が出てくるのはすごいことで、使用法まできちんとわかっているわけですから、意味調べを1回しましたレベルでないのは歴然としています。
 
 藤井先生は小学校の4年生のころから大人の新聞を毎日読まれていたそうです。そうやって心の辞書の厚みが「自然に」(ここは大きい)増えていった。大人の新聞を小学生が読んでいれば毎日毎日わからない言葉が大量に出てくるはずで、いちいち調べなくても難しい語彙のシャワーを浴びているうちに(ははあ、これは以前も見たことがあるぞ。これこれこういう意味じゃないかな)というのがわかるようになってくるものなのです。
 ちんぷんかんぷんというのは、全然わからないという意味らしいぞとわかってくる。
 
 そうやって心の辞書を分厚くしていく努力をまったくしないまま、受験があるので読解力だけすぐにつけたいなどと欲張るのはどう考えても無理だということがおわかりになると思います。あなた自身の心の辞書を厚くしていくしかないのです。対話では限界がありますし、そんな難しい言葉で友だち同士が話す機会はまずないでしょう。ということは、こつこつ活字で獲得していくしかない。
 昨日も何も読まなかった、今日も何も読んでいないということであれば、いつまでたっても心の辞書は薄いままです。ではいまからどう動いていけばいいのか、はっきりしていますね。
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2019.08.21 00:43

 講習期間中、先生方が講師卓で質問を受けているのですが、ときどきどうなのだろう? と感じるときがあります。先生方の声が聞こえてくるのですよ。たとえば「そこからはもう自分で考えなくちゃ」とか「そんなところまで教えてもらおうと期待していたらだめだよ」とか「やり方がわかったのだからあとは自分で進めてごらんよ」とか。
 要するに、何でもかんでも最後まで答を教えて・・・と依存しすぎる質問が案外多いということです。
 
 科目はやっぱり数学が多いですかね。「これ、授業でやったのにどうして聞いていなかった?」とか「復習していないからやったところを順番に忘れていっているじゃないか」とか、心配になるような会話が聞こえてくることもあります。「自分でも考えようという意志を持ちなさい」というのもあったな。
 質問をしないよりはしてくださったほうがありがたいですが、自助努力を欠いた質問ばかりだと、やはり先に行ってどうなのだろう? ということはありそうです。
 
 国語でも「何が何だかわからない」という要領を得ない質問が来ることがあります。「この文章、わけがわからないんですけど」という。根本的な問題はその文章がどうこうではなく、読み手がその文章を理解できるレベルまで成熟していないというところにあります。こういうものがすらすらわかるようになりたいのであれば、日々の生活で同レベルのものを読みこなして訓練するしかない。具体的には・・・と話を続けるのですが、そこはまだ中学生なので「もっと楽にぱっとわかる方法はないですか」と言う。
 
 それは無理だろう。サッカーだって楽器だって日々訓練に訓練を重ねて何とか上達していくのに、勉強だけ「ぱっと」上達することはありえないと思わないか? と話すと納得はしてくださるものの、納得だけで終わってしまう。そしてまた「わけがわからないんですけど」と嘆く。
 質問したときにーーどの教科でもーー先生がこういうやり方をするといいよと勉強方法まで示唆してくださるときがありますね。それを面倒がっている生徒が多い。それでは何のための質問なのかわからないですよ。
 
 解答以上に「どういう方法論で勉強するか」ということは重要なはずです。質問者の状態を見て先生はアドヴァイスをされているわけですが、当然「復習しなさい、練習しなさい、努力をしなさい」ということになってきますね。そこは大変だからといい加減に聞き流してしまっては、いくら答を教えてくださいという質問をしてもいまひとつ実りが乏しいように思います。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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