2018.04.01 03:23

 2015年11月4日の記事で昔の話を書いています。高校1年生のときーー年齢的にはまだ15歳でしたーー自分は生まれてはじめて小説みたいなものを書いた。もっとも小説を書くという意識はありませんでした。何か書いたらできあがったものが小説みたいになっていたというだけです。タイトルを「追憶の渚」としました。いま考えると恥ずかしいタイトルですが、15歳の少年にしてみればまあ気取ったつもりでした。アメリカのある海岸が舞台。タキシードを着てシルクハットをかぶった中年男が入水自殺する話でした。
 
 原稿用紙ではなくレポート用紙に書きました。もちろんそんなに長いものではなく、400字詰原稿用紙に換算したら5枚程度だったかもしれません。男は真夏の太陽を見ながら「あのころはよかった!」と何度も何度も声を上げます。あらすじそのものは覚えていないのにそのシーンだけは鮮明に覚えています。
 大変な傑作だと思ったのですが、見せる相手がいない。ここは大切なところで、大傑作だと確信すればするほどいい加減な相手には見せたくない。
 
 友人関係はーー相手が子どもすぎてーー見せる気がしない。なにこれ? と全然理解できないような気がする。そういう前例があった。ある哲学者の話を夢中でしていたら「きみは頭がおかしくなりかけているみたいだからそういう本は読まないほうがいいよ」と変なアドヴァイスを受けたりしました。こんなものを見せたら何を言われるかわかったものではない。
 だからといって、大人は基本的に全員だめです。両親とは挨拶さえ交わしたくない年齢でしたし、学校の先生もまったく信頼していませんでした。
 
 唯一、当時家庭教師に来てくださっていた大学院生のことだけは尊敬していました。そこでこの大傑作(?)は彼にだけ読んでもらおうと考えた。彼はーー深い考えがあったのでしょうねーー読み終わるとひと言「ヘミングウェイに似ている」とおっしゃった。そのひと言が私の人生を変えたという記事を3年前に書いています。多感な少年少女にとって小さなきっかけがどれほど大切であることか。
 その大学院生だった「先生」が先日突然教室にいらしてくださった。30年ぶりぐらいに再会しました。おおっ!  という感じでしたよ。
 
 私のことはインターネットでご覧になったそうです。15歳だった私が62歳になっているわけで、それはそれは月日が流れました。あの先生と会っていなかったら私の人生はもっと固く無機的な感じになっていたと思います。私は彼から寛容さを学びました。あとにも先にも彼ほど寛容な人格者を私は見たことがありません。寛容さは人間の最も洗練された能力だと考えています。
 2012年7月7日のブログ記事にも私はこう書いています。「中学時代、基礎的な部分は学校でなくぜんぶその人に教えてもらったという気持ちさえ持っています」これはもちろん勉強の話だけではありません。
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2018.03.31 06:32

 自分はとくに中学生のころ大人たちにごちゃごちゃ言われるのがすごくいやだったので、平均値のところに隠れていようという気持ちを持っていました。真ん中でぼんやり生きていれば、何も言われなくてすむだろうと考えたのです。我ながらいい作戦だと思ったのですが、平均値というのは成績のことだけではないのだというところまでは思いがめぐりませんでした。
 また平均値をとっていても両親や学校の先生があれこれ激励してくるのも計算外でした。他人のことでどこまで欲張りなんだよ! とうるさく感じただけでしたよ。
 
 やればできるとか得意科目を持てとか言われるのですが、そういう面倒に巻きこまれないために隠れているのです。難しい書籍ばかり読んでいたので国語の成績だけ上がってきましたが、点数の調整のため実力テストでわざとふざけた解答を書いたことがありました。そのときは職員室に呼ばれて注意を受けました。案外見ているもんだなと思ったものです。
 ところが大人になるに連れて平均値に隠れて生きるのは、逆に窮屈な生き方であるということがわかってきました。
 
 それはそうですね。平均値の服装、平均値の会話、平均値の食事、平均値の娯楽、平均値の冒険、平均値の友情愛情・・・息がつまります。
 10代のころと違って自分が大人ですから、もうあまり隠れていなくてもいいやと考えるようになりました。
 人間、誰でも個性があります。他者に迷惑をかけてはいけませんが、そうでない限りはせっかく生まれてきたわけですからご自分の個性は極限まで伸ばされたらいい。やりたいことをやり、ふさわしく生きてください。
 
 現在の私は自分がどういう部分で生徒たちから信頼を得ているかということがよくわかっています。彼らは私が平均値の大人でないから信用してくれる面があります。ひょっとすると保護者の方でさえそうかもしれません。
 その特質を失ってしまえば、自分には価値がなくなるわけです。そしてここが難しいところなのですが、何かができるようになることで何かを失う可能性がある。変な例ですが、たとえば私が健康のことだけを考えて徹底的に生活を管理しはじめたとします。すると相当つまらないおじさんになってしまうと思いますよ。
 
 いまのだらしない(?)生活のおかげで外部世界への愛情や寛容さは保たれているということが自分にはよくわかるのです。それらの特質は「真面目になりすぎる」ことで確実に損なわれるでしょう。完全にはなくならないとしても大きく減ずることにはなりそうです。要するに、人は自身の内側から出てきたものではない何かに貪欲になることで、本来の自分ではなくなる可能性がある。それはちょっとこわいことであるように自分には思えます。
 
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2018.03.29 06:10

 2009年からこうしてブログを書かせていただいているのですが、最近読みはじめましたという方がどの時点でもいらっしゃいます。とくにーーそういうものでしょうーー学年の変わり目に多いですね。で、ちょっとだけご案内というか、どういう仕組みになっているのか説明させていただこうと思いました。
 学習法については、右側の「どうしたら勉強ができるようになるか?」というところにすべてまとめてしまいました。ご参考になさってください。
 
 77回分記事がありますが、これは優秀な先輩たちが実践されてきた勉強法ばかりです。昔の劣等生(?)の私が勝手に考えたものではありません。若干の脚色は施したかもしれませんが、大筋は「効果的な学習法そのまま」ですからご安心ください。
 本気で成績を上げたいということであれば、自分なりの解釈を入れずに忠実に方法論を真似てみてください。声を出してと書かれているものはもごもご呟くのではなく、しっかり大きな声で発声することが肝心です。勝手に変更しはじめると効果がうすれてしまいます。
 
 学習法はひとまずまとめてしまったので、現在は自分が感じていることを中心に書いています。現在私は単年で仕事の契約を更新していく感じなのですが、おかげさまで教室のほうもそれなりに安定しており、少なくとも今年度はこのまま渋谷で勤務し続ける形になりました。ですから最短でも来年のいま時分まではブログを書き続けていく状況になると思います。
 毎日書くのはちょっと大変なので、勤務を休む日はブログも休むようにしています。長い連休のときにはときどき書くこともあるのですが、基本は休みの日に記事をアップすることはありません。
 
 書きたいことはもうだいたい書いてしまいました。無意識の繰り返しも多いので、一時期お休みしようと思ったときもありました。ただ習慣的に読んでくださっている方がいらっしゃって、夜お休みになる前に読んでリラックスされるとか朝いちばんに読んで気分を明るくするとかおっしゃってくださるので、長いこと休んでしまうのはちょっとどうなのだろうという気持ちになりました。
 私は人間としてはじつはかなり偏っているほうだという自覚があります。偏っているから面白いという部分はあっても、偏っているから10代の方に有害であるとなると問題ですから、それなりに気をつけています。
 
 講習期間はこうして毎朝早めに起きます。そしてブログをまとめます。いまの時間帯ですね。昨晩は夜中の1時すぎに寝ました。ちょっとだけ眠いのですが、明日はお休みなので大丈夫ですね。
 
 
 
 
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2018.03.28 06:15

 職業を質問されたらわかりやすいように「国語の先生」と答えることが多いですね。「Z会の教室で中学生相手に国語の授業を担当しています」と答えればどなたでもわかってくださる。以前、あるところで職務質問みたいなものを受けたことがありました。これがすごくおかしな話で、私は例によってーー携帯電話を使いたくないのでーーある晩電話ボックスから電話をかけていました。すると周囲に消防自動車がたくさん集まってきた。
 だんだん大騒ぎになってくるのがわかりましたよ。大きな火事らしい。しかし私の位置からは煙も何も見えません。
 
 やがてどなたかが電話ボックスをノックした。「ちょっとあとでお話をうかがってもいいですか?」私はすぐに電話を切ってボックスの外に出ました。消防自動車のサイレンの音につられて人が少しずつ集まってきていました。消防署の方なのか警察署の方なのかよくわからないのですが、さきほどこの電話ボックスから「大変な火事である」というウソの通報が入ったというので、ちょっとびっくりしました。「あなたが電話をかけるまえにどなたかの姿を見かけませんでしたか?」というのですが、私自身が疑われているような気がしないでもない。
 
 その証拠(?)に「携帯をお持ちじゃないですか? いまどき公衆電話を使われる方は珍しいですからね」とおっしゃるではないですか。まあ、何がどうであってもくわしく調べていただけばすぐにわかりますからね。私がどこにどれぐらい電話をしていたかは、当然調べることも可能でしょう。
 ですから落ち着いてどなたの姿も見なかったという話をしました。お近くにお住まいですかと質問されたので、自分から運転免許証を提示しました。隠さなければならないことは何もありません。
 
 疑いがなかなか晴れない感じでしたが、私が職場の名刺を出すと話しかけてくる方の態度が急変しました。「あ、Z会の先生なんですか・・・」と拍子抜けされたように声を出す。そんな人がいたずら電話なんかかけるわけがないと判断されたのでしょう。周囲の方もむしろがっかりされたような感じで、取調べ(?)はあっという間におしまいです。「お忙しいところをご迷惑をおかけしました」とおっしゃっていた。
 私は小学生のときに仲間2人と中野坂上でいたずら電話をしていてつかまりました。そのときのことを思い出しましたよ。
 
 その電話ボックスもいまはもう撤去されています。街角の電話ボックスが次々に撤去されていく。公衆電話があまりにも少なくなったので、私も以前よりは携帯電話を使うようになりました。皆さんそうなのでしょうね。テレホンカードがチケットショップでは半額以下で売られています。
 10代のころ親に聞かれたくない電話は電話ボックスからかけたものです。そしてまたそういう人間も多かったのでしょう。電話ボックスに列ができることも珍しくありませんでした。複数並んでいても、列ができていました。
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2018.03.27 05:56

 哲学という学問がありますね。乱暴に表現すれば、人間がどう生きるかを考える学問といっていいでしょう。どう生きたらベストなのか。人間とは何か。
 もちろん簡単には答は出ないでしょう。将棋に「最善手」というものがあります。その局面でどの手を指したらいちばんよいのか。終盤ではこの手がベストであるというのがはっきり出てきます。ただ序盤はなかなか「ベスト」な手が固定化できない。どう指してもそのあとの状況で挽回がきく側面があります。よほどめちゃくちゃをやらない限りは。
 
 人間の名人が人工知能に負けてしまいましたが、そのときも人工知能の指した初手は昔から人間がベストであるとしてきた手ではありませんでした。将棋を真剣に修業している若者が1手目にそんな手を指したら、昔なら破門ものでしょう。初手は飛車先を突くか角道を開けるか2通りしか認められていませんでしたから。
 人間がどう生きるかというのはその序盤に似ている部分があります。とくにお若い方の場合ですね。よほどのめちゃくちゃをしなければどうにでも挽回がききます。
 
 たとえばA中学高校に入りたかったのがB中学高校になってしまったとか、Cという会社に入るつもりがDという会社になってしまったとかですね。あなたがここからよりよく生きようという意志を強く持っていらっしゃるのであれば、その程度の違いはどうにでも挽回できます。挽回という言葉を使用すること自体が不自然なぐらいよい人生を歩むことが可能です。これは断言してしまっていいぐらいで、何か問題が起きるとすれば、ご当人がそこから頑張らなかったというだけなのですよ。
 
 先日、昔教えていた生徒が挨拶にいらしてくださった。それなりによくできる生徒でしたが、トップというわけではありません。Z会進学教室自体レベルが高いですから、偏差値が50を下回るときもありました。必ずしも第一志望校ではないところに進学された。
 その彼女が獣医さんになる大学に合格しましたとうれしそうに報告にいらしてくださった。獣医さんになるのは大変ですよ。相当勉強ができないと無理です。彼女はどんなに難しくてもとにかく「獣医さんとして生きる」と決めていた。小学生のときからです。
 
 どう生きるかという一見答のない問題に、とりあえず職種で夢を持つのはなかなか上手な処世術だという気はします。その夢があったので、彼女は第一志望の高校ではなくても頑張れた。「高校はどうだった?」と質問すると「すごくいい高校でした」という答が返ってきました。第一志望じゃないなどと腐らずに、すごくいい高校生活にしたのは獣医さんになる夢を持っていた彼女自身ですが、とくに私は何も告げませんでした。
 どう生きるか、考えてみてください。どこの中学高校大学でも「なりたい自分」になれる道は見つかるはずです。やるべきことは、とりあえずそれだけで十分です。あなたがどう生きたいかということだけです。
 
 
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2018.03.26 00:59

 今週火曜日からZ会進学教室(高校受験)の春期講習です。参加される方はいまのうちに少しでもテキストを予習しておいてください。とくに本科生の方。やろうと思えば最後までできるような作りにはなっています。復習中心ですからね。
 少しでも・・・というのは、予習をしておけば講習中「明日の部分」というのをやる必要がないからです。その日に習ってきたことをじっくり復習できます。講習は受けっぱなしというのがいちばんまずい。
 
 だいたいそれなりに授業を受けると「これはすごくよくわかった」と感じるものです。いい授業ならいい授業ほどそうした気分になります。ところが、しばらく時間がたつとわからなくなってしまう。解き直しが絶対に必要で、それをしないと気分が悪い・・・ぐらいになってくださると安定してくるでしょう。
 理解することと自分のものにすることとは微妙に違います。解き直しは本当は2回するといいのですが、春期講習期間内はさすがにむりでしょう。
 
 そこでテキストは保管しておいて、講習が終わってからもう1度解いてみるといい。するとやっぱりいくつかはできなくなっているものです。どんな簡単なことでもそうですよ。どなたかの電話番号を覚えた。ちょうどいい語呂合わせを思いついたので、完璧に覚えた。さすがにこれだけは忘れないだろうと思っていたのにしばらくたったら、そもそもどんな語呂合わせだったかがわからなくなってしまったなどということは頻繁に起こりますね。
 人間の記憶の仕組みというものがそんなものなのです。
 
 講習後にZ会進学教室の本科授業に参加したいという方は、最終日の「確認テスト」が入会テスト代わりになります。確認テストと名づけているぐらいですから、講習でやったことが中心に出題されます。細かい数値までは同じでなくてもどこかで見たような問題が出てきますから、毎日復習してきた方なら6割以上(だいたいの合格点で、学年やコースによって若干上がります)ぐらいはとれるはずです。それがとれなかったということは、頭のいい悪いではなく復習が足りないということですよ。
 
 毎日を大切にしてください。用事があってお休みしてしまう日もあるかもしれませんが、必ず自分で見ておいてください。わからないところは先生に質問に行くように。参加しようかなと思いついたはじめの気持ちを大切にしてください。
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2018.03.24 06:40

 私はそれなりの年齢ですからおつきあいのある友人知人も、だいたい私ぐらい歳をとっています。中には私より年上の方もいます。すると調子が悪いというお話を聞くこともありますね。ふらふらする、気分が悪い。
 それは彼(彼女)が常用している薬のせいだったりもするのです。何かしら持病を持たれていて、常にたくさんの薬を飲まなければいけない。医学的なことはわかりませんが、こっそり飲まないのはまずいのでしょう。
 
 すると副作用でふらふらする。だからあまり遠出はできない。
 そうした話を聞かされると、多少何かしら傷んではいても自分は幸せだなとつくづく感じます。マイナスのお話を聞かせていただいたおかげで、マイナスになりつつあると感じていた自分の状態がまだまだプラスもプラス、テストで言えば十分合格点らしいということがわかるのです。
 私は私なりに多少の不調は感じることがある。悪いほうの足の疼痛とか。そういう類の何かを感じることはあります。
 
 軽い痛みを感じるたびに「この程度ですんでいる」ことを心から感謝するようにしています。必然的に痛む回数が多ければ多いほど、感謝する回数も増えます。医者にかかるほどではない。本当に運がいい。
 痛みがひどければ多少は脚をひきずる日はあるかもしれません。しかし歩けなかったことは1度もない。授業のときに座らずにはいられないというケースも1度もない。100点ではないかもしれませんが、落第することはない。そうしたことに「いちいち」感謝する姿勢は、確実に幸福感を抱くコツだと思いますよ。
 
 勉強がいやだ、サイアクだという中学生高校生の方もいらっしゃるでしょう。でも、どうですか? 食べるものはある。お菓子だってある。着るものもある。オシャレをすることもできます。おうちもある。雨風にさらされて眠る心配はまずないでしょう。
 勉強するしないはともかく、恵まれた状況に感謝することは悪いことではありません。世界には食べ物やきれいな水がなくて、いますぐ生命を落としそうな方が約8億人もいらっしゃるそうです。社会科で習いましたか? 自助努力ではどうにもならないところまで追い詰められている。助けられるのは多くを持っている人間です。
 
 しかし、手当たり次第に物を送るだけでは根本的な解決にならないでしょう。すると科学や政治や環境問題、社会機構、経済、情緒的な発想、有効な広告宣伝・・・すべてを総動員させてやっと解決の糸口がつかめる程度かもしれません。その勉強ができるのは恵まれている側の人間だけです。ひょっとすると義務ではないかとまで考えるときがあります。
 あなたが持たれているよきものすべてに感謝を捧げてください。受験結果云々はともかくも、あなたは勉強する自由と権利を依然として有しています。その自由と権利を次の受験や資格試験のためだけに使っていては、あまりにももったいない。全世界の幸福のために使いはじめてくださったらいいとは思いますよ。
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2018.03.23 08:43

 勉強をサボる自由というのはあっていいはずで、サボっている生徒がいてもそうは強く叱りません。私自身がそうでしたからね。この程度でいいという基準が自分の中にあって、その基準より落ちたときのみ勉強するということを心がけていました。つまり基準以上のときに勉強するのはーー他のことができなくなるのでーー損だと考えていた。
 その基準が低すぎるというような注意は周囲の大人から何度も受けました。そんなものか・・・で終わりです。反抗したときもしなかったときも本音はそれだけです。
 
 私みたいな人間はもちろんそれでいいのですが、ときどき「えっ?」と驚くような質問を受けるときがあります。私は全生徒を担当しているわけではありませんが、授業日誌というものがありとくによくできる生徒やとくにサボっている生徒の名前はだいたい把握しています。
 そしてさりげなく声をかけるときがあります。「やっぱり眠くなっちゃうかい?」とか。今年の受験生(第一志望校に合格しました)にもそう声をかけたことがありました。日誌に「よくうとうとしている」と書かれていたからです。
 
 サボっているといっても時期的なものはありますからね。ある程度になると自分からやりはじめるケースが多いですし、そうあるべきだとも思います。叱られて監視されていやいややるのでは、結局どこかで壁にぶつかってしまうものです。勉強するのも悪くないな・・・という気分が沸きたってくる瞬間が、自覚できるかどうかは別としてどなたにもあり、それをご本人に的確につかませる工夫が大切でしょう。
 ところが、サボり気味の生徒が真正面から質問してくることがあります。「どうしたら成績が上がりますか?」
 
 本人、大真面目なのですよ。私も真面目に答えないといけない。「遅刻や欠席が多いのではないかね?」「はい」「宿題をしばしばサボっているね?」「はい」「復習の解き直しはしている?」「あまり」「英語は自宅で何度も音読している?」「たまに」「提出物を先生に提出していないね?(これは日誌ですでに確認してあります)」「はい」「授業中、友だちと気を散らしているときがあるね?(これも確認済み)」「はい」「毎日活字は読んでいる?」「いいえ・・・あまり」
 成績をあげるためにどうしたらいいかわかったかねと質問すると「はい」と答える。
 
 責められない話であって、ご自身が「何となく」の世界に生きていると、サボっている現状に気づかなかったりするのです。ブログを読んでくださっている小中高校生の方の中にもそういう「何となくやっている気分」だけで、じつは提出物は出したり出さなかったり、復習の解き直しはしない、活字は思い出したときだけ読む、音読はめったにやらないという方がいらっしゃるかもしれません。
 成績を本当に上げたいのであれば、すべて「作業を」きちんとやるしかないですよ。それは忘れないようにしてください。
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2018.03.22 08:26

 いわゆる「ユーチューバー」と呼ばれる方がいらっしゃいますね。動画をご自身でとられてアップしている。私は将棋が好きなので、将棋の動画をときどき見ます。解説をつけながらご自身の対局を流している。元奨励会員の方もたくさんいらっしゃって、見ていてなかなか面白いし勉強にもなります。
 中には現時点でさほど棋力が高くない方のものもありました。それはそれでまた楽しい。私でも「あ、いまのは悪手じゃないかな」とわかることがある。
 
 お酒を飲んでいる姿を動画にとって流している方が大勢いらっしゃいますね。男性だけでなく女性の動画もいくつか発見しました。お店に入られてーー周囲の方を撮影するわけにはいかないのでーーご自身の顔と料理やお酒を紹介している。で、セリフが入ります。「この冷奴、すごくおいしい」とか「こういう揚げ物は珍しいですね」とか。そしてあとはひたすらぐびぐび飲んでいます。さすがに高級なお店では撮影を断られてしまうのか、どちらかといえば立ち飲み屋さんなんかが多いですね。
 
 皆さんがあまりいらっしゃらない地域の飲み屋さんのほうが珍しいので視聴者が増えるということなのでしょうか、かなり猥雑な雰囲気のお店も紹介されています。猥褻(わいせつ)ではないですよ。猥雑です。
 いわゆる酒屋さんの店先。そうした立ち飲みは女性の方はあまり参加されないものなのかもしれません。よくわからない。ただたまに撮影されている方の隣にいらっしゃる女性が、あえて顔を出されていたりもします。関西のほうまではよくわからないのですが、女性も来られるそういうお店もたくさんあるのでしょうか。
 
 見ていて必ずしも楽しいとは限らないのです。これが不思議で、どちらかというとネガティヴな気持ちになる動画もある。低評価が高評価を上回っていたりするのは他の方もそうなのかもしれない。コメント欄にも厳しいことが書きこまれている。雰囲気がちょっと気になったり、そもそもそのへんにいらっしゃるごく普通の(私のような)中高年のおっさんがぶつぶつ呟いているだけの映像ですからね。そう感動するものではありません。
 ところがーーこれは私だけなのかもしれませんがーーなぜか気になって見てしまうのです。見たくないと思っていてもついつい見てしまう。
 
 時間のロスだと思うので、見なくていいやと考えるわけです。ところが(また、どんなネガティヴなことが出てくるだろう)とマイナスの要素を期待して(?)見てしまう。どうしてそうなるのかわからない。
 よくワースト番組的な扱いを受けてしまったタレントさんが「いやなら見なけりゃいいのに」と嘆いていらっしゃいますが、視聴者の中にはどれぐらい不快になるかを確認したくて見ている方も存在するのだと思います。腹をたてるきっかけがほしいのでしょうか。人間の不思議なところです。
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2018.03.21 06:56

 先日入会してくださった男子生徒(中学生です)、初日にお母さまが一緒にいらっしゃった。そして受付のところで「長野先生ですね?」と声をかけてくださった。そこまではとくに変わったことではありません。初対面でもブログを読んでくださっている方がいらっしゃったりして、何となくお声をかけていただく機会があります。
 ところがそのお母さまはそれだけではなかった。これには本当にびっくりしました。お母さまご自身が昔ある塾で私に国語を習っていたとおっしゃるのです。
 
 私はとくに記憶力がいいほうではありません。ものすごく悪いとは思わないものの、忘れていることは大量にあります。35年以上小学生や中学生(一時期は高校生も)を見てきましたから、あれこれごちゃごちゃになってしまっているのは事実です。ただそのときはお母さまが旧姓をおっしゃった瞬間、ぱっとひらめくものがありました。これはもう理屈ではないですね。青いTシャツ(だったかどうかははっきりしないのですが、とにかく色は青でした)を着た上品そうな少女の面影が浮かびました。
 
 小学生みたいな気がするので、小学校のときではないですか? と質問してみるとはたしてそうでしたよ。おそらく脳裏に浮かんでいる少女と同一人物だと思います。きみは大人しかったよな・・・とついつい当時の口調で話しかけてしまったのですが、あたりまえながら現在のお母さまはあのころの彼女に比べれば格段に社交的になられています。その部分だけ少し違和感があるものの、たぶん「あの子」に間違いないというイメージを持ちました。
 あとでいろいろ考えてみたのですが、だいたい30年前だと思います。正確な年度はさすがにわかりません。
 
 当時の私は都内のある学習塾で小学生中学生を見ていました。小学校5年生から中学校2年生ぐらいまでですね。大きな教室ではありませんでしたが、優秀な子どもがたくさん集まっていました。昔は子どもの数自体が多かったですからね。
 非常に活発な生徒がいる一方で、その子はむしろ静かにみんなのやりとりを楽しんでいるようなタイプでした。にこにこしているけれども、自分からわいわい発言することはない。気を遣える子でしたから仲間からは温かく迎え入れられていました。
 
 その小学生がいまや保護者になってお子さんを連れてきてくださる。自分も歳をとるわけですよ。それでも、こうした経験ができるのは大変幸せなことだと思っています。これからいろいろと忙しくなるとは思うのですが、せっかくいらしてくださったのですから復習を重視して焦らずに少しずつ向上してくださったらいいと思っています。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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