2017.03.29 06:27

 春期講習がはじまっています。ふだんは通わずに講習のときだけ来てくださる方もたくさんいます。あたりまえですが、お互いに十分慣れてはいません。若干の緊張感が漂い、新鮮な感じで進んでいます。
 遠慮もありますから、まったくやる気のない生徒というのはーーとくに受験学年ではーー見当たりません。本心はわかりませんよ。しかし見た感じは、皆さんとても熱心にやってくださっています。
 
 熱心にというより、真面目にと表現したほうがいいのかもしれません。黙って正面を見て問題を解いて解説を聞いて板書して・・・という状況です。これは困ったなという生徒は、少なくとも自分の担当クラスには1人もいません。
 ただこういうことは感じます。板書しないで口頭で指摘したところは、さっとメモをとる子と板書していないのだからそんなに気にとめなくてもいいだろうという感じの子に分かれます。毎年、そうです。
 
 こちらの表現に対する感度のよしあしということは出てきます。
 たとえば「皮肉」とか「心外」とかという言葉が出てきます。そんなことまでいちいち板書していたのでは予定のカリキュラムが消化できません。そこで口頭で説明します。こういう意味もこういう意味も含んでいる、辞書をひくだけではわからない要素があるよと言う。
 さらさらとメモしている生徒がいます。ふだんから通ってくださる子は、そのへんの呼吸も上手です。
 
 個々の生徒が何を書いているかまではいちいち確認していません。ただ感度のよさは目撃できます。例外はあるでしょうが、一般的に感度がよければよいほど成績は向上していくものです。
 思えば人生もそうなのでしょうね。毎日毎日同じことの繰り返しで面白くも何ともないという考え方もあるでしょう。ただ本当に毎日が同じことの繰り返しと言い切れるのかどうか。毎日毎日お米を食べているので、おいしくも何ともないと言うのと同じではないか。
 
 日々のお米をおいしく食べている人間だって大勢いるはずです。やはり感じ取る力、感じ取ろうという力が何より大切でしょう。
 
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2017.03.28 06:24

 自分はいわゆる花粉症なのですが、今年は非常に好調でいまのところ薬を飲んだ日が3日間だけです。毎年春期講習の時期にはだいたいよくなってきますから、好調のままシーズンを終えることになりそうです。
 非常に幸せなことで薬を飲んでさえ調子が悪い年もありましたから、まさに天と地の違いです。考え方のクセとして、私はこうしたことに心底感謝する傾向を持っています。喜ぶわけですね。
 
 クセなのでどうしようもないですね。
 じつは調子の悪かった耳(外耳動の皮膚炎)もここのところ好調で、耳鼻科に隔週行かなくてもよくなりました。左手の小指の爪が原因不明ではがれていたのもテーピングしなくていいぐらいまで落ち着いてきた。さらに右足の痛みはすっかり治りました。
 要するに調子の悪かったところが、のきなみ「普通」に移行しています。しかし、私としては1回マイナスに転落したものは「普通」でも大きなプラスとしか考えられません。マイナスから「普通」に復帰したのであれば、プラスでしょう。
 
 いつからどうしてこういう考え方をするようになったのかまた何の影響なのか、はっきりとはわかりません。わかりませんが、持っていないものについてやきもきするよりは、持っているものについて感謝したほうがあきらかに幸せです。
 自分は通勤途中のバスや電車の中でもーー面白い人を観察する以外はーーこんなことばかり考えています。
 さらにありがちな面倒が現時点でふりかかってきていないことにも感謝の念を抱いています。たとえば腰痛だとか肩こりだとか人間関係の不調だとか。
 
 副産物としてこういうこともあります。人間、感謝しながら他者に腹をたてるのはじつはすごく難しい。多少の何かがあっても、あれもあれもあれもうまくいっているからまあいいか・・・とどうしたって気分の悪さが軽減してしまうものです。
 子育ての途中で(いまも途中なのかもしれませんが)、子どものしているおかしなことにほとんど腹がたたなかったのもそういう要素が非常に大きかったのではないかと思います。
 
 そもそもマイナスの重なる時期にも私にはいいことがたくさんありました。手帳には例によって自分にとっての幸せの10大理由(犬が来たので10個に抑えるのが難しくなりました)が書いてあります。
 多少のマイナス条件は相殺されてしまいます。そのマイナスが「普通」まで昇格した。豊かさとか幸福感とかは個人の内側で勝手に展開していくものです。考え方のクセ(=傾向)はとても大きいと思います。
 
 
 
 
 
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2017.03.27 06:24

 実話なのでぼかして書きます。ある大変な優等生が私のところに相談に来ました。相談内容を聞いてびっくりしましたよ。「忙しくなってきて、授業はこなせているけれども復習の時間がとれない。どうしたらいいだろう」というのです。
 トップクラスの実力者がこういうことで悩んでいるという事実は、ぜひ皆さんに知っておいていただきたいと思いました。と同時に、少なくとも勉強ができるようになりたいと考えているすべての方がこの子のように復習を大切にしているかどうか。
 
 学校にはもちろん通う。そしていよいよ塾にも通う。授業を受けて、宿題ぐらいはやるでしょう。それだけで終わらせていませんか。
 優等生であってもそれだけでは足りないと考えている。復習ができないと悩んでいるという事実。逆に言うとその生徒がここまで優秀になれたのは復習する習慣があったからでしょう。復習できないことで悩むという事実が、復習こそが大きな原動力になっていたということを証明しているように思います。
 
 じつはこの話を私は自分の授業時間に少し話しました。そして復習というのはこういうことだと続けた。
 問題を解きなおすとか文章を読み直すとかーーそれもまたりっぱなことではありますがーー固定化して考えるものではない。そうではなくてたとえば「副詞」というのが出てきた。いちおうの説明(用言を修飾しているぐらいの)は理解できた。ただちょっとはっきりしないなと思う。そうであれば、自宅に帰って念のために「副詞」を調べておく。それが復習です。
 
 危ないのは副詞だけではないなと感じるのなら、品詞という項目全体を見直しておく。また「2月」は如月と呼んだということを習う。仮にそれは覚えていたとしますね。ただ1月から12月までぜんぶ覚えているかどうか。6月は何だっけ・・・という曖昧な部分が出てくるものです。それを確実に覚え直す。すべての勉強ごとに穴をふさいでいく感覚ですね。それが復習ですよ。
 
 春期講習を受けられる方も多いでしょう。自宅で春休みの課題をこなす方もたくさんいらっしゃると思います。何かを終えたあとで、気になっているところは必ずプラスして確認するようにしてください。習慣化されれば飛躍的に伸びていくと思いますよ。
 
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2017.03.26 00:33

 私は10代のある時期、明確に「成績は上げない」と決めました。勉強をやらないではないですよ。成績は上げない、です。そういう時期は何年間も続きました。理由はいろいろあるのですが、はたから見ればもはや「学習障害」みたいなものですね。上げないと決めているのだからもうどうしようもない。
 もっとも見栄があったので、友だちに笑われない程度には調整していました。ただ仲間と別れてからは、そうした見栄も一切必要なくなった。
 
 崩れていくほうが美的だと考えていたので、上昇志向はまったくありませんでした。いまでもときどき、自分はーー本質的にはーーあれからずーっと落ち続けているのかもしれないと考えるときがあります。
 こんな親ですから、息子に過度な負担をかけるのはいかがなものかと考えました。そういう意味で過大な要求をしたことはありません。息子は小学生のころ素行が悪く、勉強どころではない時代がありました。
 
 勉強はやりたくないと言っていたので、家内とも話しました。あの子は私たちの生活圏(仕事や友人など)とは別の形の人生を送る可能性がありそうだ。ただどういうことになっても、とにかく大切にしてやろうという話はつねにしていました。そうした合意事項以外にはとくに作戦はなかったですね。
 息子は気質的な真面目さが発露してくるにつれ、少しずつ「あたりまえのこと」ができるようになってきました。
 
 勉強したいというより「まともに生きないと恥ずかしい」という純朴さが彼を救ったのかもしれません。仲間の手前、あまりぐだぐだしているとみっともないという気持ちが彼を真人間化(?)したように思います。
 それはしかし高校生になってからです。いちおうのことがわかってきたのが高校生のときです。やっぱり勉強すると言い出した。こちらはびっくりして「むりしなくてもいいんだよ」と言った。それぐらい変化した。
 
 ときどき「勝手なことをやっている」生徒が出てきます。担当の先生から報告を受ける。しかし、待たないとわからない部分があるのです。待って変わるという保証はないものの、待たないとわからないのも事実。
 待てるだけの時空間を子どもたちに用意できるかどうか。入試に間に合う間に合わないは大問題ですが、人間を真の高みにおしあげていくことに比べればじつは小さな問題だと思います。
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2017.03.25 00:31

 最年少でプロになられた中学生棋士藤井四段が勝ちまくっているみたいですね。10連勝で負け知らずと出ていました。私は「将棋世界」という雑誌で藤井四段のインタビュー記事を読んだのですが、とにかく将棋が楽しい、他のことがやりたくないぐらい夢中であるという意味のことが書かれていました。
 こういう相手には勝てないでしょう。「歯をくいしばって」とか「努力に努力を重ねて」とかという心理状態ではないのですから。
 
 ただ楽しい。夢中になれる。他のことをしているのがもったいない。
 自分も将棋が好きですが、いちばん夢中で勝てた時代(もう何十年も昔です)でも「努力」をしなければという感覚がありました。楽しいは楽しくても「努力」と名づけられる抵抗感はつねに抱いていました。いつまでも遊んでいないで、少しは将棋の勉強をしなければという感じですね。あるいは早く遊びに行きたいが、我慢して将棋の勉強を先に片づけようとか。
 
 好きでも他のことをやりたいのを我慢してもいる。他のことをしているのがもったいないという心境にはなかなか行き着かないものです。
 年下の知人に学生強豪がいたのですが、毎日毎日道場で研鑽に励んでいました。学割の定期券で安く入れるのです。試験期間中でも必ず顔を出す。指すだけではなく、詰め将棋を考えたり棋譜を研究したりしていました。私なんかだと3日も連続すると飽きてくるのですが、そういうことがまったくない。もちろん私より圧倒的に強くなりました。
 
 将棋だけではないですね。
 皆さんにそうしなさいと言いたいわけではないですよ。しかし、努力を意識しているようでは本当にそのことが大好きな人間にはかなわないと思います。勉強がそんなに好きな人がいるものなのだろうかと考える方もいらっしゃるでしょう。実際、そういう子は存在します。過去何人も見てきました。英文だったら何時間読んでいても疲れないとか、入試問題は何年分解いても楽しいので昭和までさかのぼってしまったとか、昼から勉強していて気づいたら周囲が暗くなっていたとか、すごい子がいることはいます。
 
 そこまで学問に没頭できるということは、たとえば研究者や学者さんなんかにはすごく向いているでしょう。ただ全員が学者さんになってしまったら世の中は成り立ちませんから、もちろんいろいろな方がいらっしゃっていいですね。
 得意にしたいものに関してはそうした側面を少しだけ意識されておくのも役にたつと思います。要するに好きなのです。努力ではなく、好き。頂上にいるのは、ほとんどがそのことを心から好きな人たちでしょう。
 
 
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2017.03.24 03:06

 ブログを約8年間書き続けてきたわけですが、ときどき休もうかなと考えるときがあります。いちおう教育ブログという枠はあり、その中で書けそうなことはほとんど書き尽くしてしまいました。同じことを繰り返し書くしかない状況であれば、しばらくお休みするのも1つの選択かもしれません。
 ところが説明会のときなどに「いつも読んでいます」とお声をかけていただいたりコメントをいただいたりすることがあり、マンネリ化していても続けるべきなのかもしれないと考えたりもします。
 
 同じ内容になってしまっても、やっぱり日々更新したほうがいいのかなと感じるのです。つまり書かれている内容以上に、書き続けているという行為のほうが大切なのかもしれないということです。
 今日もここでーー今日は真夜中ですがーー何かを書いている。少なくとも「幸せに生きるヒント」というタイトルをつけて、何か書こうとしているという事実ですかね。同時に動く感覚ーーそこに意味があるのかもしれません。
 
 夜寝る前に読んでくださるという方がいらっしゃっいました。安心されるそうです。起きたときに読んでくださるという方もいらっしゃった。やる気が出るとおっしゃってくださった。愛犬の散歩のとき読んでくださるという方や通勤途中で読んでくださるという方もいらっしゃいました。その方たちの生活の一部というのは大げさですが、新聞の4コママンガみたいなもので、いざなくなると「あ、ない」と欠落感を与えてしまうものなのかもしれません。
 
 勉強方法については本当に書き尽くしました。あとはそれぞれの方がどの程度までやってくださるかだけだと思っています。
 猛勉強はやりたくないという考え方も、おおいにありだと思います。過剰な勉強の時間を、他の何かーースポーツでも読書でも楽器練習でもーーに有意義にあてられたらいいでしょう。ちょっと気になるのは勉強も他のこともしないというケースでしょうか。「何もしない」とか「反射的な娯楽」だけで時間をつぶしているとしたら、ちょっともったいないのかな。
 
 自己の創造ということを考えます。外にも創るし内にも創る。どちらかと言えば、全力で創られたほうがいいのではないか。生きるというのはそういうことではないでしょうか。
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2017.03.21 08:39

 お気づきになられた方もいらっしゃるかもしれません。新年度(3月)に入って、自分の休みの曜日が微妙に変わってきています。いろいろ理由があって、火曜日は休みにくくなりました。木曜日はいちおう大丈夫そうですので、今年もお休みをいただくことが多いと思います。あと1日は月曜日か水曜日にお休みする感じになるのかな。週2回休めると非常に楽なのですが、時期によってはうまくいかないかもしれません。
 半休という形であっても、仕事の日はこれまで通りブログの記事を更新します。
 
 歩いてみたいところを歩くという予定を順次こなして(?)おりまして、先日も以前からずーっと気になっていた中野区のある場所をうろうろしてきました。少なくとも25年前に歩いた道なのですが、どうもはっきりしない。はっきりしなくてもべつに何も困らないものの、1度はどこかで歩こうと考えていました。
 すると思いがけないところに出ましたよ。あ、この神社はこの延長線上にあったのか! という感じでした。歩いてみたい道とは別に、その神社はどこだったのだろうという思いがあったのですが、偶然判明しました。
 
 ひたすら何もせずに歩くというのは意味のあることだと思っています。歩きながらいろいろなことを考えます。陽光の中で自由にきょろきょろしているわけですから、どちらかと言えば「開放系」の考えが湧いてくることが多い。
 何とかなるだろうという気持ちですね。これが部屋に閉じこもってずーっと考えこんでいたら閉じてしまいがちになると思います。日の光を浴びたり身体を動かしたりという経験が楽観的な何かをもたらすのでしょう。ちょっと煮詰まっている感じの方は、ぜひ外を歩きながら考えてみてください。
 
 東京都で歩いてみたいところはあと2か所だけになりました。豊橋市の豊橋を渡るという課題が大物で残っています。休講期間中何となく旅行に出られるような気がしていたのですが、準備講座というのをたくさん担当したので長い休みをとることができませんでした。本科がはじまってしまったので、あとは日帰りで行くしかないかな。
 家内が犬を買ってきたのは豊橋市のすぐ手前の浜松市でした。やはり日帰りで行った。犬を持ち帰れるぐらいですから、橋を渡るぐらい何でもないですね。
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2017.03.20 07:09

 昨日のお話の続きというわけではないのですが、もう少しこの問題について考えてみたいと思います。書いたり読んだりということは考えることにつながってきます。あなたが考えてくださるように、書いている私もまた考えています。逆に言うと、深く考えたいので書いてまとめているという側面もあります。
 私はあなたを勉強のほうにだけ誘導したいと思っているわけではありません。勉強はやらなくても何かしら生きていくうえでのヒントみたいな感じになればいいと思っています。
 
 ですから、勉強という文字をあなたのお好きなことーースポーツやゲームや音楽やダンスなんかにーー置き換えて読んでくださったらいいと思います。もちろん勉強そのものの話として読んでくださってもけっこうです。
 何かをやる。気が進むか進まないかはべつとして何かをはじめる。するといつのまにか面白くて夢中になっていたという経験はどなたにもあるでしょう。その「面白い」はどこからきたのでしょうか。
 
 対象そのものに面白さがあるのだとすれば、はじめから誰でも面白味を感じられるはずですね。ところがはじめはそうではなかった。やってもやらなくてもいいやぐらいだった。
 はじめてみたら面白くなってきたわけですよ。暖かい部屋の中でコミック雑誌を読んでいたところに友だちからこれから公園でボールを蹴らないかと連絡が入った。外は寒いし、今日はもう遅いからどうしようかなと散々迷う。じゃあ、ちょっとだけならぐらいの気持ちで腰を上げた。
 
 ところが何人かでボールを回しているうちにだんだん夢中になってきてあたりがすっかり暗くなるまで走り回っていた・・・ということになると、この「面白さ」は個人の中に隠れていたものだったということがわかります。「ボールを蹴る」という行為を面白くしたのはあなた自身でした。
 ですから、どんなことでもーーもちろん勉強も含まれますーー行為をはじめないことには面白さは隠れっぱなしです。対象物に隠れているのではなく、あなたの内側に隠れている。
 
 まず行為するということは大切なことです。やる気がなくてもそのこと自体は責める必要はありません。行為の中に何かが必ず出てくるものです。行為がやる気の前提になるのですから、とにかくスタートしてみてください。
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2017.03.19 00:18

 何度も書いていますが、純粋な勉強法につきましては右側の「長野先生からの応援メッセージ」から入れるようになっています。バランスをとりたい気持ちがあり、ブログのほうはここのところ勉強とは関係のない話題を多めに入れています。
 ただブログだけを読んでくださっている方もいらっしゃると思うので、たまには勉強のお話も書きましょうね。
 今年度の入試問題をいろいろ見ています。解くというより読むのが楽しいのです。
 
 とくに国語の長文問題は、高校側の受験生に対するメッセージだと思うわけですよ。伝えたいことがあるからあえてその文章を選ぶ。そういうことを考えながら読むと「ははあ・・・」と感じることがよくあります。
 受験生に対するメッセージであるとともに、将来の受験生に対するメッセージにもなっています。志望校の過去問は皆さん解きますから。過去問を解きながらその高校(大学)の考え方を理解していくことになります。
 
 都立トップ校に示唆に富む文章が出題されていました。
 世間では、やる気があるとかないとか言いますね。あたかも「やる気」という固有のエネルギーがあって、持っている人と持っていない人がいるような感じです。ところがそういうものでもないのでは? ということが書かれていた。
 やる気という固有のものがあるわけでなく、特徴をもった行動パターンやふるまいの傾向性があるだけなのだというのです。勝手に文章を引用していいのかどうか心配なので、直接的な引用はしないでおきます。
 
 困難に対して「手を抜かない」「注意深く」「不平をこぼさない」というきちんとした作業ができるかどうか。やる気のあるなしを前提にせず、作業を丁寧にやったり注意深く考えたり、不平を言わなかったりということは可能なはずです。ご飯を食べているときのことを考えてみてください。ものすごく空腹(つまりやる気満々)でなくても、丁寧に注意深く不平をこぼさずに食べることはできますね。
 要するに傾向性なのですよ。やる気のことは忘れてください。そしてこの瞬間からの作業だけを丁寧に全力でやる。
 
 深いものがありますね。作業の深化だけであれば、どなたでもいまからすぐできるはずですよ。やる気は感じなくてもいい。とにかく丁寧に、不平をこぼさずにやってみてください。やる気が出るのを待っていたら一生出ないかもしれません。それは食事をとろうとする方が、死ぬほど飢えたら食べようかというのと似ている感じがしますよ。
 
 
 
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2017.03.18 00:30

 ときどき並行して歩いている見知らぬ方のお話が聞こえてしまうときがあります。盗み聞きしようとしているわけではないですよ。意思的に聞こうとしているわけではないのに聞こえてしまうということです。どなたにもあることだと思います。
 たまにすごく面白い話があります。ギャグではないのに。ただ結果として大笑いしてしまうような出来事というのは、世の中にいろいろあるではないですか。そういう話を先日耳にしました。
 
 若い女性の2人組でした。20代の半ばぐらい。いわゆる会社なんかに普通にお勤めされている女性だと思います。並行して歩いているので顔までは見ませんでした。わざわざのぞきこむのは失礼でしょう。現代風のお嬢さんということでわかっていただけるかなと思います。
 片方の方がこの前本当に困っちゃって・・・という話をされている。街中で西洋人の方に話しかけられたというのです。大真面目な顔で質問してくるからさー・・・と話されていました。その質問というのが信じがたい。
 
 オ江戸ハ、ドコデスカ?
 たどたどしい日本語で、そう訊かれたそうです。
「江戸なんて広いじゃない。あたし、もうどうしようかと思っちゃって」
 もう1人の方が「東京の昔の呼び名です・・・じゃだめなのかな」と言った。
 質問を受けた方もそう思って、このあたりは全部江戸ですということを身振り手振りを交えて一生懸命に説明したそうです。
 
 でも、そんな質問ないよねえ。歴史好きの外国人なんだろうけど。
 すると質問された方が真面目な声で、自分もはじめはそう思っていたのだがじつは質問が微妙に違っていたのだと言い出しました。
 話をわかりやすくまとめると、その西洋人の方はこう訊きたかったみたいです。
「大江戸線(の乗り場)はどこですか?」
 いやだーともう1人の方が笑って話は終わってしまったのですが、質問された方の困惑した様子を思い浮かべると非常に面白い話だと思いました。
 
 先日、近所でおばあさんとお孫さん(幼児)のこういう会話もありました。サイレンの音が聞こえてきた。
おばあさん「ほら、消防自動車だ! 来るよ来るよ」
幼児「消防自動車来る?」
おばあさん「そうだよ、来るよ来るよ。消防自動車」
幼児「・・・」
おばあさん「消防自動車、たくさんたくさん来るといいね。いーっぱい来るといいねえ」
 ばあさん、そりゃまずい。私は思いましたよ。大災害ですものね。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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