2009.06.28 09:40

 中学校の先生に必ず見なさいと言われていたNHKの英語講座を見ずにこっそり裏番組の「マグマ大使」を楽しんでいた生徒は、しかし私の周囲にもう一人だけいました。いま考えてみれば私たちは子どもっぽかったですね。二人は「ガリ勉ってサイテイだよな」とか「最後まで勉強しないでいような」とかバカなことで意気投合し、部活動があったと嘘をついては学校帰りに渋谷の西武デパート屋上のゲームコーナーで遊んだりしていました。

 ところがある日、定期試験の結果が思わしくなかったのでしょう、彼は突然「やっぱり『マグマ大使』なんか見てちゃだめだと思う」と言い出しました。「きみには嘘をつきたくないからさ。おれも英語講座を見て勉強することに決めたよ」
 私はしばらく頑張って(?)一人で「マグマ大使」を見ていましたが、昔のようには愉快な気分になれませんでした。彼まで英語講座を見ているかと思うと気が気でなく、以前とは逆に「マグマ大使」を見ながらちょくちょく裏番組の英語講座を盗み見たりしました。

 私もいつしか「マグマ大使」をまったく見なくなりましたが、あの番組を楽しめたころはそれなりに幸せだったと考えたものです。怪獣が暴れてはらはらしたり楽しかったなと。大人になる過程で誰でもそんな寂しさに出合うことがありますね。

 こんな昔話を彼としたいものだとときどき思います。ですが、彼は二十年以上も前に亡くなってしまいました。

 
Tags :
幼児・小学生
ソーシャルブックマーク:

2009.06.27 09:55

 自己イメージは本当に大切です。自分がたいしたことがないと心から信じている子ども(大人でも同じでしょう)はそれだけの結果しか得ることが出来ません。そして、彼らにそうしたイメージを植えつけてしまうのはだいたいの場合周囲の大人たちです。もちろん大人は意図的に彼らを傷つけているわけではありません。しかし、過剰な叱咤激励は子どもの健全な意欲をつぶしてしまうこともあり得るので気をつけたいものです。

 しっかりしている、していないという話を続けます。
 私が中学一年生のときにこういうことがありました。
 私の通っていた私立中学では教育テレビで週に一度放映されている初級英語講座を見ることが半ば義務づけられていました。

 放送日の翌日、教室で講座の内容が話題になることがあります。しかし、私は彼らの話に入っていくことが出来ませんでした。私は両親に隠れてこっそり裏番組の「マグマ大使」を見ていたからです。怪獣が出てくる、まあ娯楽番組ですね。私にとっては英語なんかより「マグマ大使」の方がよっぽど大切でした。
Tags :
幼児・小学生
ソーシャルブックマーク:

2009.06.26 15:50

 保護者の方からときどき「うちの子は○○くんと違ってしっかりしていないから」というようなお話をうかがうことがあります。「○○くんだけでなく××さんも本当にしっかりしていますね。うらやましいかぎりです」と続くときもあります。

 誤解の多いところなので声を大にして言いたいのですが、それは単純に○○くん、××さんが早く大人びたというだけの話であり、人間性とはまったく関係ありません。小・中学生の「しっかりしていない」子というのは子どもっぽいだけで、資質的に問題がある例はほとんど見たことがありません。

 ただ無邪気で子どもっぽいだけです。ところが周囲の大人がそこのところを理解出来ていない。それこそ大人びた○○くんと比較して「落ち着きがない」「根気に乏しい」「計画性がない」「みんなの前できちんと話せない」と本人を叱ってしまう。

 繰り返しますが、それはただ子どもっぽいだけです。ですから、いずれはしっかりしてきます。しっかりしていない小・中学生は「全員」次の段階ではしっかりしてくるのです。

 ところがこわいのは、叱られ続けてきた本人が(そうか、ぼくはだめなんだ)と変に納得してしまうケースです。
Tags :
幼児・小学生
ソーシャルブックマーク:

2009.06.25 12:53

 先は長いのであせることはありません。「中学受験がすべて」ではありません。そのあたりは冷静に考える必要があります。

 ていねいであるということは対象に愛情を感じている証拠です。たとえば私はいまこの文章をかなりていねいに推敲していますが、それは表現すること自体に対して深い愛情を持っているからです。またていねいに書くことで、その愛情はさらに深まります。

 ですから、どうしてもていねいに出来ない場合、その人が対象物に対して隠された憎しみや嫌悪感を抱いている可能性があります。あるいは人生そのものに対して投げやりになったり絶望的になったりしている可能性もあります。

 小学生であれば勉強そのものが嫌いというより、勉強をさせられること自由に遊べないことに対する強い反発が隠れていたり、たとえば友だちづきあいですごくいやなことがあるとか学校でいじめられているとか、大きなストレスを抱えているケースもあります。ていねいどころじゃないよ! というわけですね。

 
Tags :
幼児・小学生
ソーシャルブックマーク:

2009.06.23 12:09

 ていねいに物事を処理していくということをのろのろすることだと考えてしまう人がいますが、それは違います。「じっくり味わうこと」とでも表現すればよいのでしょうか。勉強であれば、まずは学校や塾で先生のおっしゃることを変な先入観を持たずに正確に聞く。黒板を隅から隅までよく見る。大切なところはどこなのか考えながら板書されたものを全力で写す。

 文字はていねいですか? ノートはあとで書きこめるように行間をあけてありますか? 大事なところは色を変えましょう。計算は途中式も整然と書けていますか? 国語のテキストは是非音読してみてください。ほら、読点の感覚がつかめるでしょう? プリント類は角と角を揃えてきちんとたためていますか? 保管状態はどうでしょう? テキストとノートは科目ごとに向きを揃えてカバンの中に入れてありますね? 漢字練習もちらしの裏などではなくノートに崩さずに書きましょう。
 愛情をこめて勉強してください。

 でも、という不満の声が聞こえてきそうです。塾の先生の板書は速くてとてもていねいな文字で写していられないよと。その通りですね。よくわかります。

 では、塾のない日にべつのノートにていねいに写し直してみたらどうでしょう。途中でわからないところが必ず出てくるはずです。そこを重点的に復習してください。こういう整理ノートをひそかに(?)作っている人はじつはけっこういるのです。新しいものに手を出すよりはるかに効果があります。
Tags :
幼児・小学生
ソーシャルブックマーク:

2009.06.22 12:31

 ていねいに生きるということはじつは大人にとっても大切なことです。ときどき大人の方から最近あまり面白くないのだが・・・というような話を聞くことがありますが、そういうときには「徹底的にていねいに生きてみてください」と答えることにしています。同じ80年90年生きるのであればていねいに生きた方がより多くのことを味わえます。

 昔の偉い人が「人間は一日三回食事をするわけだから少なくとも日に三度は幸せなはずだ」というようなことを言っていました。こういう幸福感もていねいさがカギになるでしょう。何を食べたのかわからないような雑な(?)食事では幸せを感じる余裕が出てこないのも当然かもしれません。

 私の教室のある池袋にはラーメン屋さんがたくさんあります。私もお昼ご飯のときに気に入ったお店に行くことがあります。すると時間帯によってスープの味がかすかに違います。濃かったり薄かったりする。そういうことに気づけるのはていねいに味わっているからで、おなかがいっぱいになれば味なんかどうでもいいという食べ方では同じ時間を消費しお金を払うのにちょっともったいないような気がします。

 ラーメン一杯味わうのでさえそうですから、勉強では尚のことていねいさが大切です。
Tags :
幼児・小学生
ソーシャルブックマーク:

2009.06.21 11:43

 授業中によく話すのですが、世の中はいろいろな人がいた方が間違いなく豊かです。勉強が好きな人もいるし嫌いな人もいる、運動の得意な人もいるし不得意な人もいる、おしゃべりで活発な人もいるし大人しくてしゃべらない人もいる・・・そうした多様性を持った世の中の方が単色(?)の世界よりはるかに住みやすいのです。

 私たちは自分と違うタイプの人間を見ていろいろなことを学びます。勉強の嫌いな人は勉強の好きな人を見て学ぶことが出来ます。勉強の好きな人だって嫌いな人を見て「ははあ、こういうところが嫌なのか」と学ぶことが出来ます。先生になりたい人は勉強の嫌いな子どもの気持ちも理解出来なければいけません。

 ですから私の書くことも絶対だとは考えずにヒントになることがあったら利用してやろうぐらいの軽い気持ちで読んでいただけると助かります。

 きのうの続きです。
 勉強がとても出来る生徒には共通項があると書きました。ひと言で言うのは難しいのですが、あえて書いてしまうとそれは「ていねいさ」です。
Tags :
幼児・小学生
ソーシャルブックマーク:

2009.06.20 12:36

 私が現在教室長をさせていただいているZ会進学教室(池袋教室)には高校受験を目指す中学生がたくさん来てくれています。秋になると「中学受験をしない」小学6年生のコースがはじまりますが、基本的には中学生ばかりです。

 彼らの何割かは中学受験生です。残念ながらあと一歩のところで・・・という生徒もいますし、国立大学の附属中学に見事に合格! という生徒もいます。国立大学の附属中学の中には内部進学が非常に厳しい学校があり、実質的に高校受験生と同じぐらい勉強しなければいけないので、1年生のときから来てくれるのです。もちろんはじめから公立中学に進学するつもりでとくに受験勉強はしなかった生徒もいます。

 私立中学に合格した生徒は基本的に高校受験ではなく大学受験になるので、Z会進学教室ではなくZ会東大マスターコースという塾に通ってきてくれています。

 合格不合格は紙一重のところなのですが、うまくいった生徒の多くにじつはある種の共通項があります。例外はあるでしょうが、ほとんどの生徒が「ある特質」を備えています。ですから、これから中学受験に臨む皆さんもその「特質」を備えられた方が合格にぐんと近づくのではないかと思いこの記事を書いています。

 それは何だと思いますか? 明日、続きを書くのでちょっと考えてみてください。
Tags :
幼児・小学生
ソーシャルブックマーク:

2009.06.17 11:23

現在小6の親です。
この不況のあおりを受け、収入が激減し、中学受験どころではなくなってしまいました。
親から子どもに仕掛けた中学受験。
最初はいやいやながら勉強していましたが、6年生になってようやく積極的に取り組むようになってきたというのに、このありさまで親として情けないです。
子どもを傷つけることなく、中学受験から撤退する方法をアドバイスください。


 ご家庭の経済的なご事情はある程度お子さんに話してしまってよいと思います。むしろそうされた方がご本人の勉強にもなりますし、感謝の気持ちも生まれてくるでしょう。そのうえで撤退される際に「受験出来なければ塾通いも勉強したこともすべてむだだった」という変な観念を植えつけないよう注意されることが大切です。
 
 たくさん勉強をしてきて多くの知識を得、出来るようになって本当によかった。勉強習慣がついたことも非常に有益だった。だからあとは公立中学に堂々と入学し、地域の代表としてあらゆる意味で最高水準の高校に進学しようねと言ってあげたらどうでしょう。
 
 たしかに公立中学には私立中学と比べて若干心配な点がないことはないのですが、そういうところでいわゆる「世間一般のご家庭」を見ておくこともじつはご本人にとってきわめて大きな勉強になるのです。簡単に言うと「世の中を知る」ということですね。

 私の教室にも公立中学に通っている生徒が大勢いますが、過剰に守られていないぶんだけストレートに世の中と向き合うことが出来、強くたくましく育っていくケースが多いのです。またいろいろな世界を見ることで、じつは自身が十分に幸福であるという事実にも気づかされます。自身が幸せであるという自覚は彼らの情緒を間違いなく安定させるでしょう。
 
 むだなことは一切なかったと親子で信じきることが肝心です。
 勉強してきて損をすることだけは絶対にありません。
 明るくいきましょう。
Tags :
幼児・小学生
ソーシャルブックマーク:

プロフィール

プロフィール画像
長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

カレンダー

<<   2017年03月   >>
      01 02 03 04
05 06 07 08 09 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

新着記事

月別アーカイブ