2017.06.10 08:15

 今週、シン・ゴジラのDVDを借りてきました。あまり邦画は見ないのですが、家内がすごく面白かったというので見てみようと思いました。時間がなかったので、ところどころ早送りしながら鑑賞したのですが、結論から言うと感動しましたよ。
 はじめにおもちゃみたいな子どもゴジラが出てきたときはなんだ、こりゃと拍子抜けしたのですが、途中でどんどん進化していってりっぱな(?)成獣になった。最後は「おおっ! これはすげー!」という感じです。
 
 夜ゴジラが光りはじめるシーンがあります。政府の人間がいったい何が起きるのだろうと遠巻きにながめている。そのあといきなり大量の火炎や光線を吐きはじめて大変なことになるのですが、映像とは裏腹に物悲しい音楽が流れていてーー私は夜中の3時すぎに見ていましたーー非常に胸を打たれました。ゲーリー・ムーア的発想だなあ。
 ゴジラには悪気がないわけです。ゴジラとして生きているだけで悪気はない。いじめられるから反撃するのであって、深い思索があるわけではなさそうです。
 
 見ていて自分の家の犬を思い出しました。仮に人の背丈が1cmぐらいのおとぎの国に犬が迷いこめば、ゴジラみたいなものでしょう。犬はおとぎの国の建物をどうしてもなぎ倒さざるをえないでしょうが、何が何だかわからないだけで悪意があるわけではない。
 それを寄ってたかって攻撃されついに殺されてしまうのはかわいそうだなあ・・・と同情しながら見ていました。ゴジラ、頑張れ! と明け方1人で興奮している60代もどうかとは思いますね(早く寝ろ)。
 
 人間なんか滅びてしまえという感覚はある種の方が持つと思うのですが、ちょっと複雑ですね。ゴジラはある意味混乱の象徴でしょう。よく若い方がこんなに不公平な世の中はいっそ戦争でも起きてめちゃくちゃになってしまえばいいのだというようなことをおっしゃっているという記事を読むことがあります。
 冨の不均衡などが広がる一方である仕組みにやけくそになる。その感覚はわからないでもないのですが、将来の責任を考えたとき上品にランディングできるのが本当の知性だとは思います。
 
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2017.06.09 08:50

 これは自慢と言えば自慢なのですが、偶発的な「事故」みたいなもので生涯2度とないでしょう。そういう自慢です。
 将棋のソフトがすごく強くなりました。先の電王戦もソフト対プロの名人という対局になり、残念ながら若き名人の連敗で終わりました。
 市販のソフトもやはりとても強い。私の持っているソフトも最高位の七段の上に「プロ+」という設定があります。プロ並みの強さということでしょう。
 
 さすがに二枚落ちなら私が勝ちます。相手は飛車角を抜いて戦う。すると負けません。ただ飛車落ちだとかなわないですね。飛香落ちでもだいたいは負けます。
 10年以上昔のバージョンには平手(ハンディなし)で勝ったこともありました。しかし最新のものはすごく強い。プロ+に平手で勝ったら販売元に連絡をくださいと何かに書かれていたほどです。
 先日、夜中に酔っ払って指してみました。
 
 プロ+との平手戦。もちろん「酔っ払っているから」そんな気分になったのです。どうせ勝てっこないから、どうでもいいやという気持ちで指しました。ただし持ち時間(考える時間)には大きく差をつけた。ソフトは持ち時間なしです。私はーーそんなに考えないのですがーー30分ぐらい考えてもいい設定にしました。
 私が先手で指したのですが、相手は珍しく振り飛車穴熊できました。そういう戦法があるのです。
 
 どっちみち負けるのですから気楽な気分で玉頭の位をとりました。酔っ払っているせいで途中うっかり駒をとられたりろくな流れではなかったのですが、こちらの玉型が広くてなかなか寄りません。相手は受けてばかりいる。おそらく正確に指せば私のほうに正しい受けがあるので攻めてこないのでしょう。そんなの自分に読めっこないのですが。相手が何もしてこないので気楽に攻めて攻めて攻めまくっているうちにあれれ? という局面になってきた。
 これは詰んでいるのではないか?
 
 少し落ち着いて真面目に読んでみると本当に詰んでいるみたいなのですよ。で、ばたばたと進んで奇跡的に自分が勝ってしまいました。勝っていちばんびっくりしたのは私ですよ。それはもう記念に棋譜は保存しました。
 酔っ払っていたのがよかった。全然考えなかったのもよかった。いままで平手でやったときはあっという間に不利になり、ぜんぶ中盤で投げていました。そもそも終盤までたどりつかないのです。
 
 まあ将棋は公平なゲームですから理論的にはありうることなのでしょうが、本当に奇跡だと思います。こういうことがあると突然死したりするので気をつけようと思いましたよ。何か世の中のために少しいいことをしないとバランスがとれないかな。
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2017.06.08 08:25

 ある程度のゆるさが人生には必要なので、形としては週に2日休みにしています。その日はブログの更新もしていません。仮に教室に来て何かしていても、公式に休みとしているときは記事は書かないようにしています。
 書きたくないというより、あまり連続して毎日書いていると書くことがなくなってしまうのですよ。枯渇してしまう。いわゆる「充電期間」のような長期のお休みをいただかずに続けるためにも、このペースで進んでいこうと考えています。
 
 公式に休みの形をとりながら教室に出てくる理由は、やはり面談関係が多いですね。その日時でなければいらっしゃれない方も出てきます。お話ができる適当な先生が見つかればそれでいいのですが、難しいときは私が来るようにしています。私はどの先生方ともお話していますし授業日誌は必ず読んでいますから、直接教えていなくても生徒の様子がわかるのです。
 今週も休みの月曜日にちょっとだけ来ていました。そのあとーーなかなかふだんは時間がとれないのでーークリニックをはしごしました。
 
 1つは外苑前にあります。非常にいい耳鼻科のクリニック。最近はめまいの関係で月に何度かうかがっています。おかげさまで経過はいいですよ。薬は飲んでいますが、くらくらすることはほとんどなくなっています。
 次に中野江原町(最寄り駅は新江古田)というところにある内科に行きました。こちらは血圧関係で何年も診ていただいている。近隣でも評判の高い先生です。診察券に記入されている初診日が平成2年とありました。四半世紀前! 感慨深いものがありますね。いい先生なのでずーっと頼りにしてきた。
 
 途中で雷が鳴ってどしゃ降りの雨が降ってきたり、いろいろ大変でした。とくに何をしたわけではないのですが、そのまま荻窪の薬局で薬をもらって自宅に帰って歩数計を見てみたら1万4千歩も歩いていました。ふだんの生活ではなかなかそこまで歩かないので、休みとは言ってもけっこう活動的な日になりました。
 それでも解放感みたいなものは格段に違ってきます。自宅に帰ってからは犬と遊びました。走り回っていましたよ。来たときは2キロ台だったのが5キロ近くまで成長しました。
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2017.06.06 02:28

 生徒に「いちばん面白かった小説」を質問していて逆に「先生は何がいちばん面白かったですか?」と問いかけられるときがあります。いざそう訊かれると、けっこう迷いますね。
 彼らに推薦する図書と自分の中で面白く感じたものとには若干の乖離があり、ストレートに読んでごらんよとは言いにくい気持ちが起きるのです。たとえば梅崎春生の「幻化」なんかはそうですね。個人的にはベストに近いぐらい面白かった。ただ中学生高校生にはどうかなと思う。
 
 太宰治の小説でも「トカトントン」や「親友交歓」は薦めることがあっても、私個人が好きな作品はあまり薦めたことがありません。「晩年」という処女作品集がぎりぎりのところですかね。
 10代のときに「晩年」のような世界観に触れておくこと自体は意味があるようにも感じます。中には完全にそちら側に「飛んでしまう」子も出てきたりするのですが、それはまた個々人の持つ本質的な素地に関係してくるように思います。
 
 世界の村上春樹のどれから読んだら・・・と質問されたときには、デビュー作の「風の歌を聴け」を薦めます。私もはじめて読んだときには本当にびっくりしました。「文学」というものの概念がわーっと拡張されたような気がした。こういう方向に拡張できるのであれば可能性というか、音楽だの映画だのアニメだの他のジャンルの表現方法にひけをとらないのではないかという希望を強く持ちました。個人的には別の作品が好きなのですが、薦めるとしたらそうなりますかね。
 
 自分の場合、私(わたくし)小説が好きでよく読みました。しかし、それらの作家名は特別文学が好きな生徒相手以外には出すことはありません。
 上林暁、葛西善蔵、木山捷平、野口冨士男、川崎長太郎・・・自分はすごく面白かった。ただ10代にはどうか。これから洋楽を聴きはじめようとしている初心者に自分が好きだからといっていきなり「まずはドゥーム・メタルを聴いてごらん」などと言わないのと同じですね。
 
 子どものとき読書好きになったきっかけはジュール・ベルヌでした。「十五少年漂流記」で有名ですね。40代に入ってからあえて読み返してみたのですが、やっぱりとても面白かった。ベルヌの小説は手に入る限り読みました。瞬間最大風速的に生涯でいちばん面白かった小説はベルヌの「彗星飛行」だと思います。大人になってからは、ヘミングウェイの短編集かな。
 
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2017.06.04 07:29

 偉大な医師でもあった昔のインドの聖者が、どんな病気にも「日光浴と早朝の散歩」を薦めていたという記事をある本で読みました。どんな病気に対してもその2つは処方していたそうです。
 おそらく慢性病には効果があったのでしょうね。だからこそエピソードが残っているわけです。確かに早朝の散歩は気分がいい。さらに日の光を適度に浴びることはよいことであるように感じます。
 
 場合によってはそれだけで改善していく病気もあるでしょう。心理的なものはとくにそうかもしれない。昼夜逆転生活で部屋に閉じこもってばかりでは、治る病気も治らないですよ。
 早起きだとか散歩だとか適度な日光浴だとか、あたりまえみたいなことを平易に組み合わせた知恵がすばらしいと言えばすばらしい。まずその2つだけは愚直に実行しなさいということですね。そのうえで次の段階に入っていく。
 
 勉強に関して同じようにシンプルな表現を作るとしたらどんな感じになるだろうとあれこれ考えてみました。このお医者さんが患者さんに過度な要求をしないように、どなたでもできそうなことで効果的な組み合わせは何だろう?
 私なら「ていねいに読んで繰り返しなさい」と言うでしょうね。どの病気にも応用できるのと同じように、どの学年のどの教科にも応用できると思います。
 
 ていねいというのは、それこそはじめの1歩です。雑にやるのであればむしろやらないほうがいい。雑にやることでますますやっている対象が嫌いになってきたりします。終わらせりゃいいんだろう! とむかむかしながら殴り書く。もうちょっとていねいにやろうという気持ちになるまで待ったほうがいいのではないでしょうか。
 そして読むのはすべての基本です。ていねいに読むというのは、考えながら読むということです。読み飛ばすのではなく、1行また1行考え考え読み進めていく。音読だって同じです。ていねいに何かを感じながら読む。
 
 繰り返しは定着させるためです。算数の九九もアルファベットの書き方も反復しましたね。あなたが覚えている住所や電話番号も反復して覚えた。友だちの名前も好きな歌手の歌も楽器の演奏もそう。1回きりではないはずです。
 何でも同じですよ。勉強も、ていねいに読んで繰り返してみてください。
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2017.06.03 00:21

 私は昔も柴犬(雑種でしたが)を飼っていましたが、今回も柴犬を飼いはじめて同じ種類でもずいぶん性質が違うものだと思いました。
 先日、私の家に網戸の修理をされる方がいらっしゃいました。私はそういうときはだいたい逃げて(?)しまうのですが、その方が13時からを11時と間違えて来られたので、もうどうしようもない。
 どうもマンションの管理会社の連絡が悪いみたいでした。いままでもいろいろなことがあり、本当に管理会社が変わって妙なことが増えましたよ。
 
 で、その人は犬の部屋を通ってベランダに出ました。私は自室にいてさぞかし吠えるのではないかと危惧したのですが、まったく吠えません。おかしいなと思って遠くからちらりとのぞいたのですが、寝そべったまま悠然と見ているではないですか。
 昔飼っていた犬は人が近づくとワンワンワンワンやたらと吠えました。番犬としてはいいですが、ちょっと吠えすぎる感じがあった。知っている方でも家族以外だとそれこそ気が狂ったように猛烈に吠える。なかなか覚えられないというより、気質的なものが大きい感じでした。
 
 私はそこまでは見ていませんでしたが、いよいよ網戸修理の方が帰ることになった。ケージの前で犬に指を指し出すとくんくん臭いを嗅いで尻尾を振っていたそうです。
 まあ、いじめられたことが1度もないですからね。性善説みたいなものが根底にあることはあるのでしょう。散歩に行ってもあちらこちらでやたらと愛想を振りまいているそうです。人間だけではなく犬に対してもそう。近所のペットショップでは作り物の犬が玄関に置かれているのですが、その置物にまで尻尾を振って飛びついたりしているそうなので大丈夫か? とちょっと心配になります。
 
 家族に対してだけですが、噛み癖は直らないですね。けっこう強く噛んでくる。これまた昔飼っていた犬は親愛の情をあらわすときはぺろぺろ舐めてくるだけで、ふだんはまったく噛みませんでした。ずいぶん個体差があるものだと思います。
 手足が大変長くすらりとしてきました。とくに後ろ脚が長いですね。前脚をぴょんぴょんあげるクセがあり、外で「カンガルーみたい」と笑われたそうです。
 私たち親子3人が喋っているとうれしそうにしているのですが、言葉はわからないわけでちょっと孤独なのではないかと感じるときがあります。
 
 また逆にコミュニケーションというのは本当に言葉だけに頼るものではないのだなと感じることもあります。そのあたり人と人とがうまくやっていける鍵が隠れていそうですね。
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2017.06.02 09:24

 先日、教室で中1の保護者会を実施しました。大勢のご父兄がいらしてくださった。会が終わったところで、ある保護者の方が私にこうおっしゃった。
 口調が非常に知性にあふれていて私は心底感心したのですが、要するにお子さんが在籍しているクラスが少し騒がしくなるときがあるらしいのです。「正確にはわからないものの、ちょっとだけ気にかけておいてくださいませんか」というような大変ご配慮いただいた表現でした。
 
 「授業中うるさい生徒がいてうちの子が迷惑している」的な直截な表現をしたくなるケースが多いと思うのですが、私があまり困らないようにということを考えてくださっているのです。私はすぐに調べてみますという意味のお返事をさしあげた。
 で、先生にちょっと訊いてみたり授業日誌を調べ直したりしたのですが、要するにすごく活気のあるクラスなのです。発言も多い。ある先生は、若干わさわさしてもあれぐらい活気があったほうが伸びるのではないかとおっしゃった。
 
 それもまたわかるような気がしました。教室の空気がどんよりしていると静かであってもなかなかうまくいきません。空気そのものは「楽しい」感じでないと伸びていかないというのは事実でもあり、なかなか難しいなと思いました。
 私にできることを考えた。楽しい雰囲気を残したまま私語などは少し抑制していく。そのためにはどうしたらいいのか。
 担当の先生に厳しくやってくださいとお願いするだけでは、あれだけのご配慮をいただいた保護者の方に申し訳ないですからね。
 
 そうかといって、ふだん教えてもいない「教室長」がいきなり教室に入ってきて「静かにしろ!」はないでしょう。
 そういう乱暴なことをするから子どもたちに反発されるのです。やわらかく、理念だけはしっかり伝えるにはどうしたらいいのか。
 私はそこで彼ら全員に手紙(もちろん印刷物ですが)を書きました。礼儀正しく「いつも学んでくださってありがとう」という挨拶からスタートしましたよ。
 
 渋谷教室で人気の高いある名門都立高校の「期待する生徒像」にあった「集団のルールとマナーを守る」という文言を紹介しました。そういう人が期待されている以上、あなたがそうなるしかないですよという意味のことを書いた。配るときも大声を出したりしないでなるべく笑顔で「困っている人がいると心配なので読んでくれ」と言いながら配りました。
 皆さん読んでくださったみたいで、その日の授業後担当の先生は今日はとても静かでしたとおっしゃっていました。
 
 保護者の方が私に配慮してくださったように、私もまた生徒たちに「つねに」ある種の配慮を持っています。それはじつはよりストレートに意志を伝えるための配慮であり、世の中露骨に伝達するより思いやりを持って接したほうがはるかに伝わることが多いものです。大人と子どものあいだであっても、コミュニケーションのスタート時点で相手に対する敬意と思いやり、さらには伝え方に品性がないと伝わらないものだと考えています。
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2017.05.31 09:50

 現在読んでいる本にとてもいいことが載っていたので、ちょっとご紹介しておこうと思います。私はふだん相当数の書籍を読みますが、読み方にむらがあり読む時期は大量に読んで読まない時期はひと月ぐらい何も読みません。小中学生や高校生の方が読解力を鍛えようというのであれば、絶え間なく読み続ける必要があります。筋力と同じでしばらく読まないでいると衰えてしまうからです。
 自分の場合書籍を読まない期間も新聞や雑誌、さらに国語の入試問題などを大量に見ているのであまり心配していません。
 
 こういうことが書いてありました。ほとんどの人々が、自分の時間を仕事(勉強)、遊び、家族(友だち)のためにあてているというのです。セルフケアのためにあてている時間はほとんどない。
 思い巡らしてみると確かにその傾向はありますね。私もそうかもしれません。遊びとセルフケアは似ているようでちょっと違います。たとえば自分の場合、真夜中まで将棋を指したり気ままに飲み歩いたりしているのは楽しい「遊び」ではありますが、セルフケアとはとても言えないでしょう。
 
 そして、こう続きます。いまの自分を大切にケアすることは今後10年間の自分の人生を決定することである。
 実例がいろいろ出てきました。たとえば自分の人生に意味と目的があるかどうか考えているか。それとも意味のないルーティーンに見えても日々の実用性を重視しているだけか。どちらですか?
 より高次のビジョンに従って生きているか。それともよりよい仕事(成績)、より多くのお金といった外的なものだけを求めて生きているか。どちらですか?
 
 端的に言えば生き方についてよく考えなさいということですね。こういうことこそ子どもたちに示唆しなければと考えています。
 テストで何点、順位が何番、偏差値がいくつ・・・幼いころからそんなこと「だけ」に追いまくられていたらセルフケアも何もないでしょう。もっと大きなところから見られるようにしておかないと。
 最近、いろいろなところでいわゆる偉い人たちの不自然な「ずるさ」が目立ってきていますね。「忖度(そんたく)する」という難しい言葉が流行ってしまったぐらいです。
 
 渦中にいらっしゃる方たちは「優秀」な人間ばかりです。優秀だからこそそうした立場に立てた。その優秀さがさまざまなトラブルを呼んでいるわけで、それこそ「高次のビジョン」を確認するクセをつけなかった弊害が出てしまったのかもしれませんね。外的な価値観を重視しすぎたのでしょう。
 彼らもまた苦しんでいるとは思いますよ。自身の善性を犠牲にして生きていかざるをえないのですから。ただ全員がそうなるわけではありません。個から出発してあくまでも内側の声を大切にする。内側の声を真摯に聴く=セルフケアということになりますね。
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2017.05.30 00:40

 自分の場合ーー基本的にはすべて洋楽ですがーー過去に好きだった曲がたくさんありました。そこには微妙な要素が混じっていて、特定の時期のことを考えたくない意識がどこかに潜んでいるとせっかくいい曲であるのに、現時点ではあまり聴こうとしなかったりしますね。
 もったいないとは思うのですが、映画のサントラ盤と同じで、好んだ音楽はどうしても人生に密着していますからね。つねに無邪気に聴き返すだけ・・・というものでもないようです。
 
 中学生時代の自分は英国の国民的シンガー、クリフ・リチャードが大好きだったのですが、のちのち当時の(クリフではなく)自分自身を非常に軟弱に感じて、いまはめったに聴くことがありません。はじめて買った洋楽のシングル盤はクリフ・リチャードの「幸せの朝」だったのですが。
 また初期のローリング・ストーンズも変にのめりこんでいた時期の自分が恥ずかしくて聴かなくなりました。「シーズ・ア・レインボウ」は言葉を失うほど感動したものです。こんな発想の曲、まずないですね。発想だけならプロコル・ハルムの「青い影」が似ていますかね?
 
 自室では身支度をしているときにYoutubeで適当に音楽を流していることがよくあります。メドレー形式でさまざまなアーティストの代表曲が流れてくる。真剣に聴く感じでもありません。
 ときどき昔大好きで、いまはあまり聴かなくなった名曲が流れてきてはっとすることがあります。瞬間的に当時のことを思い出す。アイズレー・ブラザーズの「フォー・ザ・ラヴ・オブ・ユー」が日曜日の朝偶然流れてきました。あ、という感じで1975年ごろのことを思い出した。
 
 この曲はのちのちアイズレーの代表曲になった曲ですが、発売直後はまあまあの評価しか得ていなかったように思います。当時、全米トップ40を聴いていてベスト10内に入ってこないのでとても不満でした。日本ではシングルカットさえされなかったと記憶しています。シングル盤でないとなかなか手が出なかった。
 この曲と「傷だらけの天使」というテレビドラマが自分の中ではダブります。再放送だったのかな。若くして死んでしまった友人と新宿をうろうろした。路上でもお店でもみんなどこでもずーっとタバコを吸っていました。
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2017.05.28 02:34

 お若い方だと何ヶ月も湯船につかっていないというケースがままあるそうですね。もちろんきれいにはされているのですよ。シャワーを浴びている。うちの息子なんかも仕事が忙しくて、ゆっくりお風呂に入っている時間がないというようなことを嘆いているときがあります。
 確かに夜遅く帰ってきて翌朝早くお仕事ということになると、眠る時間を確保するためにぱっぱとシャワーで済ませるしかないのかもしれません。
 
 私の家の体重計にはいろいろと複雑な機能がついていて、体脂肪率だとか基礎代謝なんとかだとか筋肉量だとか、体重を表示するだけでなくいろいろなことを調べてくれるようになっています。体重計は昔のものが壊れたので「ただ買ってきた」だけでした。それに偶然そうした機能がついていたということです。
 私は基本的に毎日必ず体重を量っているので、それ以外の余計な数値もひとりでに目に入ることになります。深刻に受け止めはしないですけどね。
 
 体内年齢という項目があり、数字が出てきます。私の場合だとだいたい15歳ぐらい実年齢より若く出てきます。よくわかりませんが、体内年齢は若いほうがいいのでしょうね。
 面白いのはここからです。私はお風呂に入ることもありますし、シャワーだけ浴びることもあります。夏場はやっぱりシャワーのほうが多いですかね。そしてその前後に体重計に乗ってみます。お風呂に入ったとき体重が変化していることがあり興味深いので、何となく前後で量るようになりました。
 
 するとーーあるとき気づいたのですがーーお風呂に入ると体内年齢が1つ下がります。ところがシャワーの場合は同じ。自分はとくに長風呂ということはないのですが、やっぱり何かしら変化というか効能というか、あるのでしょうね。汚れを落とすというだけなら同じだとも思うのですが。
 身体を温めるのはとてもいいことだという記事をときどき見ます。ただあまり熱いお湯だと表面だけが温まって、身体の芯まで熱がいっていなかったりするそうですよ。
 
 ぬるめのお湯にじっくりつかるのがいいらしい。入浴剤なんかもいまはいろいろとありますから、そのあたりも楽しみながら入るのがいいのでしょうね。ドイツ製の有名な入浴剤があり、高いのですが買ってみることがあります。
 週末は忙しいのでどうしても慌ててシャワーだけのことが多いのですが、また休みの日だな。お風呂に入って体内年齢を1つ下げることにしますよ。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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