2017.05.12 02:10

8e19a9aee0058303b6a20136a41fcd011ecf7553.jpg 犬がやたらと暴れるようになってきましたよ。悪くなったというより、要するに馴れたのですね。馴れて本来の子犬らしくなってきた。
 家内のことが大好きでいちばんなついています。家内が留守だと私と遊んでいる最中でも家内を探している感じになることがあります。(あの人も来ないかなー)みたいな気持ちなのでしょうね。家内は穏やかな人間なので、息子も犬ものびのび育ちました。ありがたいことです。
 
 ふざけて噛みついてくるのですが、遊んでいるうちにだんだん興奮して強く噛んでくる。鼻先にしわが寄ってくるとそろそろ危険水域だなとわかります。うんと強く噛んだときは「こらっ!」と叱るのですが、あまりわかっていない。かえってますます強く噛んできたりするので、えいとつかまえて仰向けに寝かせ、口をつかんでしばらくおさえつけたりします。すると観念したみたいに目だけきょろきょろさせている。もうそろそろいいかなと手を放すとまたガブリと噛んできます。
 
 散歩に行くと落ちているものを拾って食べてしまう。散歩はやはり主に家内が行っています。木の枝だとか松ぼっくりだとか変なものをぱくりと食べる。そして具合が悪くなる。何度かお医者さんにも連れて行きました。
 先日もーー本当の理由はわからないのですがーー何かしら落ちているものを食べたのでしょう。何となく元気がない。元気がないだけでなく食べたものをもどしたりしました。さらに尿が出ない。
 
 心配になりましたよ。家内も息子も留守でした。具合がよくないという話は聞いていたので、とにかくケージから出してみました。するとのろのろ歩いてきて私のほうに身体をあずけぐったり横になっています。手を出すと力なく噛むことは噛みましたがいつものようには興奮せず、ぺろぺろ舐めてくるだけです。
 そういうとき、元気になりさえすればもう悪くたっていいと心底思います。元気いっぱいのときはカーテンを引っぱったり紙きれを振り回したり本当に大変なのですが、そのほうが何倍もいい。
 
 それは昔息子に対してもよく感じました。人間と犬を一緒にするのもどうかと思いますが、高熱を出して寝こんでいたりすると成績なんかもうどうでもいいから早く元気になってくれと考えました。元気になるとあたりまえのような気がして、そうした気持ちを忘れてしまうのがよくないですね。
 写真は元気になってから撮ったものです。家内の部屋ですが、犬が来てからむしろきれいに掃除するようになりましたよ。
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2017.05.10 10:09

 子どもたちがはじめに体験する社会はご家庭でしょう。まずはご両親が「先生」のような存在になる。もちろんご「両」親ではないケースはありますが、これはまったく心配いりません。過去も非常に優秀で円満な人格者に育っていった生徒を数え切れないほど見ています。
 やがて保育園や幼稚園、小学校に通うようになり第2の社会と出会うことになります。それまではご家庭がすべてです。
 
 そしてご家庭はまたふるさとみたいなものですね。他の土地に行くことがあっても、ふるさとに帰ってくればほっとできるという安心感は絶対あるはずです。わかりやすく書くと他の土地(幼稚園とか学校とかさらには将来の職場なんかもそうかもしれません)でどんなにつらいことがあっても、ふるさと(ご家庭ーーご結婚されればご自身で作られたご家庭ということになりますね)に帰れば安心できる。そのことは本当に大きな救いになるでしょう。
 
 他の土地では理不尽なことや相容れない要素が出てくるものです。そこはお互いさまでもあるのですよ。育ってきた環境が違います。文化が違う。場合によっては生活信条や教育や宗教が違ったりということもある。
 帰ってきたふるさとまで殺伐としてしまっていたらどうでしょうか。実際世の中には何かの原因で故郷に帰れなくなってしまう方もいらっしゃいますが、いざとなれば帰れるところがある方の何十倍も不安感は大きいと思います。
 
 ふるさとを構成するすべての要員が、そのことを意識しておいてもいいですね。ご家庭の全員が意識されていていい。「全員がくつろげる権利を有している」ということです。万が一にも他の方の権利を侵害していないかどうか。受け入れ態勢の豊かさをとくに強調したいと思います。
 お子さんが成長していく過程で、価値観の揺れはどうしても出てくる。それこそ極左から極右にブレるぐらいの揺れが出ることもあります。それを大人側まで一緒にカリカリしていたらくつろぐ空間ができないのではないかと思います。
 
 ゆるやかに受け入れられる空気を意識的に作る。ふるさとでは最低限の約束事さえ守れれば、あとは穏やかに過ごせる。穏やかさというものは平和と同じで意図的に更新していくものでしょう。意図的な努力で更新していく。
 現状がどうであってもいいのですよ。いつも書くように、いまからここからです。いまからここから積み重ねていく気持ちが大切です。私たちにはよりよい関係を築く力がありますね。大げさに書けば、その力が世界を救う。ご家庭は第1歩ということでしょうか。
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2017.05.08 08:30

 今年に入ってまためまいが復活してきましたよ。3年前、何回か発作が起きて耳鼻科で調べてもらったりしたのですが、その後まったく出なくなりました。昨年は1度もなかったと思います。今年に入って3回、けっこう大事な場面でくらくらときました。
 突然、来るのです。前兆はまったくありません。気づくと「あ、あれがきたか」となる。くるくる身体がまわる感じになり、何かにつかまっていないと不安です。
 
 1回は説明会で話している最中に、1回は授業中に、1回は3者面談中に来ました。普通のーーデスクワークのときであれば身体を休めることもできるでしょうが、喋っている途中で「気分が悪いのでちょっと失礼します」というわけにはなかなかいきません。
 3回ともゆらゆらしながらも、とにかく最後まで喋り続けました。だいたい10分ぐらいで落ち着きますかね。冷や汗をかきます。またちょっと吐き気みたいなのが残るときもあります。
 
 いま通っている耳鼻科の先生はとてもいい先生なので、また相談してみようかなとも思っています。まあ、少し張り切りすぎているのかな。休みの日はむしろいつもより行動している感じがあり、きちんと休養がとれていないのかもしれません。
 3年前はきちんと週2回確実に休むようにしていたら発作が出なくなりました。とくに睡眠時間ですね。ここのところ目が覚めたらすぐに起きるということをーーどうしてそう考えるようになったのかーー実行していた。だらだらと二度寝をしない。すると4時間も眠らない日がけっこうあります。
 
 連休中も終日自宅にいた日はありません。旅行はともかくとして、歩きたいところを歩きまわったりしていました。
 何となく生き急ぎ感はありますかね。これから先どうなるかわからない。いまのうちにできるだけやっておこうという感覚ですね。
 息子なんか休みの日に「今日はほとんど部屋を出なかったな」などと呟いていることがあります。年寄りから見ればもったいないのですが、まったくもったいないとは感じないですむところに若さの持つよさがあるのでしょうね。
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2017.05.07 00:48

 ときどき「きっかけさえつかめれば変われるのに・・・」と嘆かれている方がいます。どうもこのままではいけないような気がする。けれどもきっかけがない。きっかけさえつかめれば自分も頑張れるのにとおっしゃったりする。
 きっかけがつかめないままずるずるきてしまったという方もいますね。何年も何年もこのままではいけないと思いながらここまで来た。
 このままではいけないような気がしたこと自体がりっぱなきっかけなのだということに気づいてくださるといい。
 
 それは本当にりっぱなきっかけです。りっぱなきっかけをすでにつかんでいるのです。これ以上何かを待つ必要はありません。
 変な例えですが、たとえば身体のどこかに不調が出たとしますね。歯がいたむ。歯医者さんに行ったり歯を大切にしたりする大きなきっかけです。それを自分なりのきっかけにはまだならないと言い張って、出血するまで待つとか抜けてしまうまで待つとかいう考え方はどこかしらおかしいということがおわかりになると思います。
 
 そうやって、違和感を持たれていること自体がきっかけなのです。勉強も仕事もその他のこともぜんぶ同じです。
 何か心当たりがあるのであれば、すぐに頑張る。すぐにというのは気づいている現時点からということです。明日こそとか次の中間テストはとか受験生になったら・・・ではない。この時点から整理するものは整理して、きちんと計画をたてて頑張るということです。大変? それはもちろんいままでよりは大変になるでしょう。だからこそ改善するのではないですか。
 
 仮に勉強時間を増やすということであれば他の何かを手放す必要が出てくるかもしれませんね。娯楽、交友、あるいは他のある程度有意義な活動を抑制する必要が出てくるかもしれません。受験生の中にはーー全員にそうしなさいと勧めているわけではないですよーー部活動をすぱっと切ってしまった生徒もいました。それはそれで1つの考え方であり、あくまでもご本人の決断であれば私は尊重したいと思いました。ですから、とくに反対したりはしませんでした。
 
 きっかけというものを大げさに考えすぎている方が多いですね。雷に打たれたり夢の中に神さまがあらわれたり近しい人が亡くなられたりというようなものすごい事件を待っていたら、それこそありとあらゆるきっかけを見ないようにしているのと変わりません。
 読書するきっかけがないという人もたくさんいますが、活字のない世界で生きているわけではないのですよ。教科書があり塾や通信の教材があり新聞が来て図書館や書店も存在する。街中にはちらしやポスターの類があふれています。きっかけを見ないように生活しているとしか考えられません。
 
 そしてまたスタートするとすぐに次の大きなきっかけが巡ってくるのも事実です。このままではまずいと気づかれている方は日記に、あるいは手帳に、私は今日きっかけをつかんだと書いておかれるといいと思います。毎日その記述を見て、つかんだきっかけをどう生かしているか確認するように心がける。そんな風に生きていくしかないのです。これ以上待たずに、いまからすぐにできることをはじめてください。
 
 
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2017.05.06 08:47

 おいおい、今日から仕事だというのにそんなことを質問してくるかね。まあ、たまにいるな。中学生や高校生ではなくもっと歳をとってから。こうした質問をしてくる昔の生徒は男の子が多いかな。ちょっと書いてみるよ。
 もて方というのは確かにありそうだよ。ただそこはいろいろ微妙な要素がある。昔ーー大学生のころーー私は行きつけの飲み屋さんで、ふざけて同じような質問をしたことがあった。ちょっと面白そうな大将がいたので質問してみた。
 
 女の人にもてるためにはどうしたらいいですか?
 正面から質問した私をきみは評価してくれると思う。いつもほろ酔い状態で料理を作っている中年の大将だったが、言下にこう答えたよ。「金。それだけね」
 この回答はわかるような気もする。ただ、これじゃ「世界に誇れる日本人ミュージシャンは?」と質問してcharさんと即答されたようなものだ。あるいは「世界に誇れる日本の文学者は?」と質問して村上春樹先生と即答されたような感じじゃないか。そういうことを訊きたいわけじゃないんだよ。
 
 普通の人がどういう工夫をしたらいいのかということであってさ。その時点でもちろんお金も特定のおつきいもなかった自分が、どうしたら異性に好かれるかというヒントがほしかったんだな。
 まあ、酔っ払いの会話だから真剣ではなかったよ。当時から私は異性にもてる男になりたいと思っていたし、実際研究に研究(?)を重ねたという自負がある。そういう意味で「秘訣」を話す資格はあるかもしれない。
 
 私の部屋の壁には、過去息子がアルバイトしていたお店の領収書が貼ってある。自分が買いに行ったときのものをほぼぜんぶ貼った。100枚前後かな。息子の名前が印字されているからね。
 さらにーーここから学んでくれーー壁がかわいそうなので、レシート類はぜんぶテープで止めた。唯一、画鋲で止めたカレンダーは毎月止め直すときに確実に同じ穴に画鋲をさすようにしている。たくさん穴があくと壁がかわいそうだから。
 
 生活の中でこうしたことに気を配るようにすると、少しだけ以前よりもてるようになるかもしれない。異性に働きかける以前に細かいことに気づく人間になるべきなんだ。
 つい最近もカレンダーをめくるとき「ごめんね」と呟きながら、いつもの穴に画鋲をさした。こうした心がけはひょっとすると、どこのブランドの服を着ているかなどいうことより大切かもしれないな。まあ、私自身はもう年寄りだからいまさらもてても・・・たいして意味がないんだけどね。
 
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2017.05.04 07:14

 話題になっていますね。特急電車なんかでどれぐらいまでシートを倒したらよいのか。よいのかというのは、後部座席の方がどれぐらいまでの倒し方なら不快感を覚えずにすむかという意味ですね。
 けっこう乱暴な意見も出てきていて興味深く感じました。倒せるだけ倒したっていいじゃないかという。もともとシートがそういう構造になっているのだから、それが道理じゃないか。
 
 まあ、そういう考え方も確かにあるでしょう。またこういう意見もありました。文句が出てくるほど倒せる構造にしたこと自体が悪い。深い角度まで倒れない椅子をはじめから作っておけば何も問題は生じなかったというのです。要するに人間ではなく、技術のほうから解決を図る考え方ですね。
 数年前、都内のいわゆるトップ高校(文字通り、首都圏のトップ校です)で出題されていた記述問題を反射的に思い出しました。テーマは携帯電話でしたよ。
 
 変なところで鳴ってしまうことがよくありますね。「あ、いけない」となる。マナーモードにし忘れていたのです。するといっそのこと、会合の場では電波を切断できるようにしておいたらいいのではないかという案が出てきます。そこの部屋ではどなたの機器も一切電波がつながらないようにしておく。すると、どなたの携帯も「うっかり」鳴ることは絶対にない。便利ですね。
 そして受験生への問いはこんな感じで投げかけられました。「この考え方にはどんな問題点が生じるか」
 
 高校受験の問題です。もちろん中学生にこれを考えてみなさいと言っているわけです。暗に技術のみで何かをなしていくことは非常に危険だし問題だぞ・・・と語りかけていることがわかりますか? こういうことをじっくり考えられるようになることこそが、私は本当の自立した大人であると思います。そして、そうしたトップ校はホンモノの大人しか入れないようになっているのです。こんなこと「受験」参考書をいくら読んでも、こう書くと合格ですとは出ていません。
 
 今回のシートを倒す話なんかはさっそく次年度の公立高校の推薦試験に出てくるような気もします。ただそういうこととは関係なく、また正しい答がどうあるべきかということではなく、こうしたことこそおうちで話し合われてみるといいと思います。「どう思う?」とざっくばらんに話せる空気は非常に大切ですし、それこそ子どもたちを大人にします。
 先日、私は大阪に行ったと書きました。新幹線で自分もシートを軽く倒した。帰りは背後にはまだどなたもいませんでしたが、あとのことを考えそれでも細心の注意を払って圧迫感がないように倒しました。
 
 私はそうやってさまざまに気を遣う瞬間の人間ほど崇高な(?)存在はないと思っています。倒れない椅子なんか作って、人間からこの唯一の瞬間を奪わないでくれよ・・・とは考えましたよ。
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2017.05.03 10:01

 1泊で、本当に大阪に行ってきましたよ。今回は南田辺のSという有名な居酒屋さんに行きました。これはしかし素晴らしかった。東京にもここまでレベルの高い「大衆」酒場はほとんどないように感じます。太田和彦先生が書籍に「涙が出た」と紹介されていましたが、伝えたい要素はわかりました。涙という大げさな単語を使いたくなるレベルでした。
 昼間は阿倍野の有名な老舗店Mにも行きました。通天閣のほうも歩きました。
 
 ぜんぶ見ておきたいということですね。ただMは少し心配になった。昔ほど勢いがないような気がします。若い方が入りにくい要素がある。もちろんそれで守られている部分も多々あるのです。私のような年配の旅人がふらっと入っていくのに何の違和感もない。
 それでも注文したものが瞬間的に出てきたりするとうん? と感じました。あれをスピーディーですばらしいと評価する方もいるでしょうし、作り置きかとがっかりする方もいるでしょう。ちょっとだけ昔とは空気が変わってきているような気もしました。
 
 今回は音楽の話を書こうと思っています。
 ラテン系でTIERRAというグループがいます。自分はメタル以外は全然詳しくないのですが、けっこう有名なバンドみたいですね。彼らの「TOGETHER」という曲自体はイントゥルーダーズだとかラブ・アンリミテッドだとかで有名なので、ご存じの方も多いかもしれません。
 私はこのTIERRAのバージョンをーー詳しくは書きませんがーーある意味不快な状況下で聴きました。1981年の初頭だったのではないかと思います。
 
 最低の環境下で聴いたものの、音楽自体の持っている肯定的な力のせいで印象に残りました。夕暮れ時でしたね。結果的に忘れられない思い出の曲になっています。こんな記事を書いているぐらいですから。
 私は基本的には「幸福」の伝播のために音楽の話を書いているのですが、この曲は間違いなくそうした力を持っているように思います。幸福だけを伝播していく感じ。興味がおありの方は、Youtubuで検索なさってみてください。
 
 そしてまた私は感じるのですが、あんな不快な気分の中で聴いた音楽でさえ結果的にこんなに意味を持つのであれば、私たちのひと言ひと言も非常に大きな価値を持っていいという気がします。大上段に構えたものではなく、「きみはこれこれこういうところがすごい」「そういうあなたが大好きだ」のひと言でいいと思うのです。心のこもった肯定的な表現はどういう状況下でもご本人の胸に残るはずです。私が「TOGETHER」を36年間忘れないできたように、温かなひと言がどなたかを救うことだってあると考えています。
 
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2017.04.29 07:45

 先日ちょっと書いたのですが、明日4月30日の日曜日から5月5日の金曜日まで私の勤務しているZ会進学教室は連休のため閉まります。記事のほうもお休みしますが、例年どこかで1~2回は更新していますので、今年もそんな感じになってくるかと思います。
 ブログ右側をクリックしていただけると入れる応援メッセージ「どうしたら勉強ができるようになるか」はもう62回分記事を書きました。こちらは無限にネタがあるわけではないので、どこかで終わりになりそうです。
 
 私は明確に招待をいただいた会合以外には参加したくないのです。もちろん比喩ですよ。何かみんなでごちゃごちゃやっていて楽しそうだから、自分も参加させてくれという発想を持ちません。
 幼いころ、私が誰かと遊んでいる輪の中に「いーれーてー!」と突然入ってくる子がいました。よくある光景ですね。そのとき、心の狭い私は内心ちょっと邪魔だなと感じることがありました。誰かが入ってくると空気が変わる。せっかくいい感じで盛り上がっているのに・・・という気持ちでした。
 
 ということは、私があとから入っていくのを不快に感じる人間もいるはずです。そこで明確に招待されなければ入っていけない人間になりました。ブログに関しては日々たくさんの方がいらしてくださるので、招かれているという安心感があります。
 文章を書くのが大変ではないかと質問されることがありますが、そうでもありません。言葉はひとりでに湧いてくる感じです。何を書いていてもそう。先日も観念的な小説を1本完成させた(趣味でそんなものまで書いているということですね)ので、ある地方文学賞に応募してみました。
 
 地方文学賞というのは中間小説的なものが求められるでしょうから、観念的な作品はかすりもしないでしょう。それはそれでいいのですよ。何かしら目標があったほうがはかどるかも・・・程度のことでした。
 報酬や賞賛が得られなくても何かを一心に完成させたくなる。人間のそうした側面はある種の救いに思えます。現在の自分が本当に興味のあることは、個々の魂の進化です。生活の発展や経済的、社会的な成長よりもっと本質的な部分がどう変わっていくかに関心があり、文章を書くことは深いところでそこにかかわってくる気がしています。
 
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2017.04.28 00:25

 今年も生徒たちが合格体験記を書いてくださいました。保護者の方が書いてくださったものもあります。ある生徒、私は教科は教えたことがなかったのですが面接の練習をしただけですばらしい人間だということがよくわかりました。
 本人にも告げましたが、話していて半端ではない温かみを感じました。優秀な子はたくさんいます。それで十分でしょう。ただその生徒は、加えてものすごく温かい。具体的なことは書きにくいのですが、こんな子がいれば日本も安心だと感じました。
 
 彼のおうちの方が書いてくださった体験記を読んで、なるほど・・・と思いましたよ。勉強はそれなりに大変だったということが書かれていた。それは全員同じだと思います。そのあとがいい。
 食卓でその日の授業内容や先生方の話を楽しそうに話していた。友だちのすごさを自分のことのように楽しそうに話していたとありました。
 私が感心したのはそうした空間を構築された保護者の方の手腕です。その温かみがそのままその生徒の温かさにつながっていったわけですね。
 
 話の途中で、腰を折らないことはとても大切です。徹底的に聞く。話が少し矛盾していてもとにかく聞く。「しっかりやらなければだめだ」とか「ところで、点数はどうだったのだ」とか「ちっともやっているように見えないぞ」とか、こちらの主観に基づいたことを口にする以前に、とにかく徹底的に聞く。
 それだけの度量が必要で、話の途中でこちらが怒り出したりしたら彼らはもう2度と話そうとしないでしょう。
 
 どんなアドヴァイスよりも話を聞いてあげられる、闊達に自由に喋れる場を作るということは大切なことだと思います。
 うちの子なんかいまでも、夜遅く帰ってきて深夜食卓であれこれ家内に会社のことを喋っています。愚痴が出たり文句が出たりする日もありますが、家内は楽しそうに聞いているだけで、雰囲気が悪くなることはまずありません。
 
 数年前も合格体験記に「母の明るさに救われた」と書いていた生徒がいました。応援というのはそうしたものだと思います。極論すれば、私たちにできることは相手を明るくするか暗くするかだけなのでしょう。どちらがいいか、わざわざ書くまでもないことですね。
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2017.04.26 01:28

 はじめのうちはそうでもないのです。中には最初から若干雑な生徒もいますが、中学生になりたてのころは名前ぐらいは丁寧に書いている子のほうが圧倒的に多い。ところがある時点からーーとくに男の子ですねーーすごく乱雑に名前を書くようになったりします。
 読めない、続け字、殴り書き、名字だけ、途中までしか書いていない・・・いろいろなケースがありますが、困った答案が出てきます。
 
 毎回毎回漢字テストをやっていますからね。変化の様子はよくわかります。名前というのは要するに顔と同じでしょう。その顔をわざと汚くして他人と会う。本当はもっと整っているのに、場合によっては汚したりわざと表情を歪めたりして対面する。そういうことになると思います。
 そこには非常に大きな「心のすさみ」みたいなものが存在しているわけで、そのすさんだ感情をそのままにして成績だけがぐんぐん上がっていくということはありえないですね。
 
 顔をわざと汚しているような相手に、身なりをきちんと整えて好感を持たれましょうと提案しても効果はなさそうです。
 私は名前を乱雑に書く生徒を責めているわけではありません。まず、気づきなさいということです。名前をきちんと書く気がなくなっているあなたの心の中には何かしら不平不満、怒り、憂鬱、不安などが付着しているに違いない。理由は千差万別でしょう。学校のこと、友だちに対する憤り、部活の不満、先生への反発、親子関係がうまくいかない、漠然とした不安、他のことをしていたいなど色々あるとは思います。
 
 とにかくその不満や不安を解消することが、猛勉強するよりも先です。名前すら丁寧に書けない精神状態で猛勉強をはじめたところでうまくいくわけがないと思いませんか。名前だけではなく、数式も英単語も記述問題も何でも殴り書きたくなるでしょう。
 こちらも名前が非常に乱雑になってきた生徒のことは注意深く見るようにしています。ときどき答案に「あと少しだけ名前も丁寧に書きなよ」程度のコメントはつけて返すことがありますよ。
 
 精神的に落ち着いてくると乱雑に書かれていた名前がまた丁寧に書けるようになってくるから不思議です。気をつけるべきなのは、名前を丁寧に書かせるためにいくら「名前を丁寧に書け!」と叱責してもまったく意味がないということです。少なくとも永続的な効果はありません。
 症状の奥にあるものを察知して、そこに手当てを加えてやらなければいけない。医学と同じことになってくると思いますよ。症状の背後にある病巣をとりのぞくということですね。ご自身でもご家庭でもちょっと意識してみてください。
 
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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