2020.01.18 05:58

 推薦試験の面接練習をしていると多少それぞれの持つ厚みの違いみたいなものを感じることがあります。ただこれは時期的な問題もあり、早熟な子のほうがどうしても厚みが出てくるのは仕方のないことで、現在面接は苦手という中学生も合否は別にして劣等感は一切持たれなくていいと思います。
 たとえば自分が中学3年生のころは本当にひどいものでした。話せないというより話したくない。高校受験がなかったので大丈夫でしたが、面接試験があったら一発で落とされていたでしょう。
 
 当時、担任の先生から何か訊かれてぜんぶ「別に」と答えた記憶があります。別にありませんと敬語は使っていましたが、はなから話そうという気持ちがなかった。担任の先生はとてもいい先生でしたが、私はとにかく大人を信用していませんでした。その気持ちはいまもどこかに残っていて、極端に大人みたいなことを口にする大人(?)はあまり信用していないかもしれません。
 ただこの件に深入りしてしまうと本題に入れないので、入試の面接の話に戻すことにします。
 
 どういうところで差が出るか。
 ひとつには「抽象的な」問いかけに対する答えです。「友情とは何か?」「勉強するとはどういうことか?」「よりよい未来を築くために私たちは何を心がけたらよいか?」
 こうした問いかけに考えながらも比較的すらすら答えられる中学生がいて、非常に大人びた印象を受けます。抽象的な問いかけに答えられるということは、ふだんからそうした思考を心がけているのでしょう。目の前の事象に頼って生活するだけでなく、概念的な何かをつねに意識して生活しているということですね。「~とは?」に答えられる生活。
 
 さらに変化球的な質問というのがあります。たとえば「うちを受ける生徒に生徒会長はたくさんいるけれども、きみは他の生徒会長とどこが違う?」とか、「獣医さんになりたいと書いてあるけど動物実験のことはどう考えますか?」とか。
 こうした質問に「うっ」とつまったままになってしまっては感心しないのであって、正解はないのですから正しいかどうかではなく、ぱっと切り返せる活力や能力の片鱗を見せないといけません。
 
 たとえば「どの中学より民主的な運営を心がけてきました」とか「多くの動物たちを助けるために必要最低限の実験はこわがらない精神力も必要かもしれません」とか。練習中にも途中で、難しい質問ですねえ・・・と笑顔で返してくる生徒がいて、そういう感じだと質問者の先生とのコミュニケーションが闊達に進んでいくので好印象を持たれるでしょう。
 結局感情のやりとりなのですよ。やりとりを通じて(いいやつだなあ)という思いが相手の心に堆積していくかどうか。
 
 単純にセリフを棒読みしているような形ではうまくいかないと思ってください。会話というのはやりとりですから、相手がどうであろうと丸暗記というスタイルは自分勝手な部分がありどんなにいいことがらを並べたところで所詮は「暗記」ですから、高評価はあまり期待できません。相手の出方によって考え考え答える気持ちが大切です。それが会話の基本ですからね。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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