2019.11.16 07:09

 あえてあまりふれずに来ていたのですが、入試改革云々でいろいろと混乱してきていますね。こういうとき変革の方向性ばかり気にしているのはじつはあまり感心しないのであって、考えるべきなのはあくまでも「本質的な学力」「本質的な人間力」をつけるにはどうしたらいいのかということに尽きると思います。
 たとえば英語の入試がどういう方向に変転していくのかさかんに心配されている生徒もいて、それはまったく当然ですがこういうことは言えるでしょう。
 
 英語以前に、まずきちんと物事が考えられるようになる必要があり、また物事をとりあえずは日本語で過不足なく正確に伝えられるような技術と思考力、精神力を自分の中に育てていかなければなりません。本質的な伝達力はそうしたものであり、そこに英語なり何なりの語学力が乗っかってきます。
 この件について自分はこう考える、その理由はこれこれこうである、あなたの考えも理解できるがこの点だけは気にかかる、そこを話し合いましょう・・・という力。
 
 日本語で深く語れない人間がいくら外国語のスキルを高めたところで、使いようがないものです。優秀な翻訳機にはなれるかもしれない。しかし、あなたはどうなのだと真正面から問われたときに「えーと、あのー、えーと・・・」ではそれこそ磨きに磨いた英語の出番がありません。
 英語の試験については心配しすぎないことです。それこそ普段から教科書を暗記するぐらいまできちんと読みこんでいる子はいずれちゃんと話せるようにもなります。
 
 リスニングにしてもラジオの基礎講座などをきちんと聴いて短文を大量に正確に暗記し続けてきた生徒はーーもちろんそれなりの訓練は必要ですがーー会話ができるようになるものです。
 問題なのは、そうした基礎訓練はさんざんなまけていながら改革の波にうまい具合に乗っかって(それは幻想にすぎないのですが)、手っ取り早く最低の努力で合格「だけ」を得られないものかという情けない姿勢です。
 
 方向性が決まらないから勉強ができないではなくて、本質的な勉強をしているからどんな方向から攻められたってびくともしないという気概を持つ。健康と同じですよ。胃腸を調べられたらどうしようとか腎臓はやばいかもしれないぞとかという発想自体がおかしいのであって、全身健康体でどこを調べられたって大丈夫という形こそが本当の健康でしょう。迷われたときは、ご自身の歩いている道が本質的なものであるかどうかということだけを自問されるといいと思います。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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