2019.09.19 08:59

 難しいことはよくわかりませんが、それぞれの人生のいちばん小さな部分で働いている法則はおそらく大きな部分でも同じように働いているのではないかと思います。
 この法則というのは生き方のことでもあり、個々人で違ってきますね。性格というのともちょっと違うかもしれません。性格がどうであれ、どう生きるかは後天的に決められますから。
 
 どんなことであっても愛情をこめたほうがこめないよりはうまくいくような気がしますね。メニューを見て食べる料理を決める。そのとき「ハンバーグ定食でいいや」と考えたり表明したりするよりは「ハンバーグ定食がいい」「ハンバーグ定食が食べたい」と積極的に考え表明するほうが真心と愛情がこもっています。
 同じものを同じお店で同じ条件で食べるのであれば、後者のほうが注文をとる方の印象もいいでしょうし、おいしく感じられたりもするでしょう。
 
 以前、メニューが豊富なお店で「おれは常連だからここにはもう食べたいものがない」と苦笑されていた方がいらっしゃった。それは事実なのかもしれませんが、そもそもそうした姿勢でお店に来られること自体がご自身の食欲を減退させてしまうのではないかとーー余計なことですがーー考えました。
 若いころの私は、食器を洗うのがあまり好きではなかった。性格的なこともあるかもしれません。で、けっこう乱暴に洗ったりしました。
 
 やりたくないという気持ちが腹立たしさにつながるのです。1人暮らしのときでさえ、こんなつまらないことさせやがって! と腹がたった。させやがっても何も、他にどなたもいないのですから自分で洗うしかない。ところが洗い出すといらいらする。お皿が欠けたり割れたりしたとき、心のどこかで(いまのはわざとだったかもしれないな)と感じたものです。
 ただ、そういう感覚は完全に矯正できますね。
 
 性格そのものはそうは変わらないかもしれません。昔もいまも私は怠惰な人間ではあると思います。それでも、小さなところに心をこめる喜びやコツはつかめてきました。洗い物をしているときも「いやな作業」とは考えずに「人生の一部が稼動している」と意識できるようになってきました。
 勉強や仕事でもそういう要素はあると思います。いやな作業と定義するからよくない。それは生きる過程の何かでしかなく、人生という連続性の中に存在しています。
 
 作業の中で何かを発見していく。何かというのは自分自身の長所や短所であり、忍耐力や持久力であり、作業そのものに対しての興味や面白みであり、深い意味では人生そのものに対する感謝や愛情でもあるでしょう。そしていずれは、どう生きるかという生き方自体を最小の単位(行為や作業)の中に見つけていくことになるのだと思います。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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