2019.04.24 03:36

 先日、こういうことがありました。数学の授業、新しく入ってきた生徒がよくわからないと言い出しました。先月いなかったのであやふやなところが出てきた。先生に「わからないので教えてください」と申し出た。りっぱですね。わからなくてもまあいいやではない。何とかしようとご自身で残りますとおっしゃった。こういう要素がじつはいちばん大切なのですよ。
 おうちにもちゃんと連絡された。私はそのことをあとで知ることになります。さらにちょっと意外なことが起きました。
 
 同じクラスの別の2名の生徒が、補習をするのであれば自分たちも残りたいとおっしゃった。その子たちは新入会ではないのでいちおうわかってはいる。わかってはいるけれども何となく不安な部分があったのでしょう。自分たちも残って教わっていっていいですか? と先生に訊いた。もちろん先生はいいとおっしゃいますね。勉強したいということであれば、つねに参加歓迎です。
 こういう形でなければ生徒を残しても効果が薄い。いやいやではだめだということです。
 
 しかもこの子たちはまだ中1です。受験生ではない。にもかかわらず、自分たちで残って勉強していこうという意志と熱意を持っている。伸びていく生徒というのはこうやって「ご自身から動ける子」です。目的意識がはっきりしている。
 逆にいやいや残されても効果はいたって乏しいものです。私も若いころ(20代)張り切って当時仕事をしていた塾で毎週生徒を残したりしました。1時間以上残してやらせたこともあるのですが、いやでいやで涙ぐむ小学生が出てきたりしてこれでは「いじめ」みたいじゃないかといやになり残すのをやめました。
 
 ときどきやっていなかったら残してでもやらせてほしいとおっしゃる保護者の方がいらっしゃってお気持ちはよくわかるのですが、いやいやではほとんど効果はなくご本人は勉強ぎらいになる一方でしょう。自ら残るぐらいでなければ効果はない。そしてさきほどの子たちのように、中1でも入ってきたばかりの生徒でも臆することなく「残ります」とおっしゃる場合もある。それは勉強がどうのこうのという以前の、基本的な生活の姿勢にあります。積極的という用語では片づけられない生き方の姿勢がある。
 
 そうした姿勢はやはり生活の場で身につけないといけない。幼いころから何でも周囲が用意しすぎるとそれがあたりまえになってしまいますね。
 比喩的に書くとこういうことです。幼いころは黙っていても食事が出てきますね。それがあたりまえになってしまっていつまでたっても「お腹が空いた」と訴えられないような人間ではいけないということです。守りすぎないということもまた大切な何かなのです。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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