2018.04.23 08:36

 善行と書くとちょっと違和感があるのですが、世の中それなりによい行いというものがあります。公道を掃除したりお年寄りに席を譲ったりという一般的なものもたくさんありますが、それぞれのお仕事におけるよい行いというのがありますね。そしてそれはまた細かく規定されていなかったりもするものです。
 お客さんの動向を注視していたほうが気づかないより「よい行い」に決まっていますが、たとえば働いていらっしゃる方が数人いる場所で、やたらと気づく方となかなか気づかない方が混在していたりすると複雑になってきますね。
 
 気づかぬほうが得ではないかという考え方が生まれてくる。同じお給料で仕事量をわざわざ増やすことはないじゃないかというわけです。
 飲み屋さんなんかでも注文を受けているのが特定の方ばかりという状況を目撃するときがあります。「すみません」という小さな声を良心的にみな拾ってしまう。ここは聞こえなかったことにしても問題ないだろうという場面でもとりあえず振り向いてしまう。
 先日も新宿のB(話題の立ち飲み屋さんは新宿店もオープンです)で獅子奮迅の大活躍ぶりを見せている若い女性を目撃しました。
 
 すごかったですよ。何となくぼんやりしている男性アルバイトの方に「こちらお願いします」とか「これ、運んでいただいていいですか?」と次々声をかけていく。本来は彼女がものすごく忙しいのですから、他の方が気づくべきなのです。
 私は、仕事における「よい行い」というのは地位や立場のこととか報酬のことなんかを考えていたら全然活性化されないのであって、それ以外の自己の魂の発露みたいな要素がすごく大きいのではないかと思っています。どんなきれいごとを並べても、結局のところは「その人」でしかない。「その人」が「その人」らしく生きている。
 
 そこまでは自分の仕事じゃないよと考えるのか、この程度のことは仕事以外の部分で助けてあげるのが自分の生き方だと考えるのか。お金になるならない。認められる認められない。世間が評価してくれるしてくれない。昇級するしない。・・・よけいなお世話だよ、自分はいいことをするのだ、自分らしく生きるんだという個人の主義思想はすごく大きいと思います。
 じつは息子の仕事にもそういう要素が出てきました。周囲の大人が何をアドヴァイスしてやれるかですね。偉くなるためにはそんなつまらないことより、もっと大事な何かがあるぞ・・・程度の「大人」が増えてしまったのが、世の中を痩せさせてしまった原因だと思います。
 
 点数や偏差値が1点でも高いほうがすごいという評価軸が、そのまま大人の世界に移行してしまうとこわい。世の中全体が子どもっぽくなっていますね。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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