2017.10.29 06:49

 あれはいつのころまででしたかね。少なくとも大きな駅には伝言板というものがありました。黒板ですね。チョークも置いてある。
 待ち合わせで行き違ったりしたときに連絡をとるために伝言を書いておくのです。時間も書いておく。ちゃんと枠が作られていて、10人ぐらいは余裕で伝言を残せました。たとえばこんな具合です。「先に行っている、長野。11時15分」という感じ。もうちょっと複雑なものもありました。つねに3割ぐらい埋まっていた。数時間経過したら消しますというような注意書きが書かれていました。
 
 その伝言板というものを読むのが好きでした。中学生のころです。これは女性の文字だなと考えたりしながら読む。ときどき「どうして・・・14時30分」みたいなどきりとする記述を発見した。どうしてのあとはどうなっちゃったんだよーとわくわくしたものです。待ち合わせに相手があらわれなかったのか、それとも不特定多数に向かって何かを発したかったのか。ありとあらゆるパターンを想像する。
 ついにはいたずらで自分がでたらめの伝言まで書くようになりました。さよならと書いたことがある。遠くから見てじーんときた(病気かよ)。
 
 詩を書くような感覚でした。もちろんそんなでたらめを書いてはいけないのですが、人気のない時間帯を狙って書く。4時間も待っていましたと書いてみたこともあった。あとで見る人が感動してくれるような気がしたのです。ここで4時間も待っていた人間がいるのかと。
 本当はどなたのことも待っていない。実際にはどなたかと伝言板で連絡をとりあったことは1度もなかったと思います。
 
 いまは携帯電話ですぐに連絡がとれますからね。行き違うということにはほとんど不安がない。何かの会合でお約束の時間に待ち合わせの場所に着けなくなったとしても(私は用心深いので交通機関が止まってもだいたいは間に合うのですが)幹事さんにでも連絡すればまったく問題ない。
 便利ではあります。ただどうなのかな。駅の掲示板で連絡を取り合っていたような不便さの中には、何かしらいいものも含まれていたような気はします。
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この記事へのコメント

  • 1, バナナさん 2017.10.29 10:07
    こんにちは。
    携帯電話がない時代は、デートの待ち合わせで彼女(彼氏)と出会えただけで、「奇跡だ」「運命だ」と、大げさに感動を覚えていましたね。会えるまでが不安と期待でドキドキしていて。そういう不便さが内包する良さが懐かしいですね。
  • 2, 長野先生さん 2017.10.29 22:13
    バナナさま

     こんばんは。
     昔は生活の中でなぜこんなことが起きたのかという「意味」を考える機会が多かったように思います。その機会が少なくなっているのは、私には気の毒であるような気がします。

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