2017.01.28 00:36

 先日、夏目漱石の文章を読んでいたらこういうのがありました。漱石家で飼っていたネコが死んだ。庭にお墓を作って埋めることになりました。墓標をたて、そこに漱石がしゃれた文句を書いた。
 ある日ーー窓から見ていたとだけ書かれていましたーーまだ幼い漱石のお嬢さんがその墓標をじっと見つめている。それから手にしていたひしゃくでお供えの茶碗の水を飲みはじめた。何回も何回も飲む。水は供えてあった花にもふんだんにふりかかります。
 
 じつは私はこの随筆を全文読んだわけではありません。細かいところはわからないまま書きますが、お嬢さんの様子をじーっと観察し続けた感受性はやはりすごいと思いました。ふつうだと声をかけてしまうでしょう。声をかけることが子どものためでもあり、自分のためでもあるような気持ちになる。
 少し離れたところからじーっと観察を続けた漱石の中の孤独意識、さらにこの種の感情は子ども自身も味わったほうがいいのだという配慮みたいなものが働いていたのだとすれば、やはりすごい感性だと思うのです。
 
 これは漱石のレベルとは全然べつの話ですが、私もずーっと遠くから子どもを見ていながら、そのことを伝えなかったときが2回あります。あるところまで心配で見に行った。様子を見て変なことをしているなとは思いましたが、そのまま帰ってきました。
 もう1回はゆっくりあとを追ってみました。で、ははあ、こんなことをしているのかとは思いましたが、当人には何も告げませんでした。場合によっては叱るまではいかなくても注意ぐらいはしてもよかったかもしれません。
 
 それをこらえたのは、彼が感じたであろう何かのほうが、親の私がまとめて説明する概念以上の財産になると考えたからです。そしてまた、安易に家族の団欒話にしてしまいたくない孤独さを私自身が好むという事情もあったと思います。
 見られているか見られていないかはべつとして、幼い子どもが1人で考えて何かをしているときにはその行為自体に大きな意味があり、それを安易に世間的な概念で説明してしまうのはーー彼らはそういうものなのかと信じるでしょうからーーちょっともったいない感じがします。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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