2015.04.20 09:22

 私は東京都の中野生まれの中野育ちですから、あの街の変遷についてはずっと見続けてきました。駅周辺はやはりすごく変わりましたね。私が子どものころは中野サンプラザという建物は存在しませんでした。現在サンロードと呼ばれている駅からブロードウェイまで続く商店街も「美観街」という非常に昭和的な名称でした。
 この商店街現在は飲食店が多いですが、昔は洋装店なんかもけっこうありました。それこそ幼児のころ(?)母親が黒っぽいワンピースを買っていたのを覚えています。昔のことはだいたい忘れてしまうのですが、どうでもいい記憶だけは残っているのが不思議です。
 
 珍しいところで入って少し行った右側に蛇屋さんがありました。商店街に面したウインドウから蛇が見えるのです。あれはーー現在の両親に訊いてみても正確な記憶がありませんーーおそらく食用にしていたのではないか。ペットショップという概念はまだありませんでした。昭和30年代の中ごろ、日本人の普通のご家庭が爬虫類や両生類をペットに・・・という発想はまったくなかったと思います。
 ウインドウの中にはたくさんの蛇がいました。母親が買い物するあいだ、私はよく蛇をながめて時間をつぶしました。好きというより、物珍しかったのですね。
 
 現在、サンプラザが建っているあたりはどうなっていたのか正確に覚えていません。将棋の道場が1つありました。元アマチュア名人が開いていた道場だったのですが、ずーっとあとになってその道場によく通っていたといううんと年上の方から当時はごく普通に賭け将棋をやっていたというお話をうかがったことがあります。殺伐とした感じではなく、ごくごく穏やかな日常的な雰囲気で50円とか100円とかやりとりしていたという話でした。昭和30年代(40年代?)の100円というのはそれなりに大きい(バス代が大人20円でしたから)ような気はします。
 
 そのサンプラザがいよいよなくなってしまうのでは? という噂がありますね。ちょっと寂しい感じがします。あそこでは本当に多くのアーティストのコンサートを見ました。音響がいいですからね。モーターヘッド(私が見たのはブライアン・ロバートソンがギターを弾いていた時代です)でさえいい音。ほかにもホワイトスネイクとかイアン・ギラン(ソロのときです)とかグラハム・ボネットのアルカトラス(若き日のイングヴェイがギター)とかロバート・プラント、ジェイク・E・リーのバドランズなども見ましたね。
 唯一、アーティスト側の都合で中止になった公演があります。イギリスのUFO。前日、ギターのマイケル・シェンカーが精神的に突然おかしくなった。
 
 6月にそのマイケル・シェンカーとグラハム・ボネットのそれぞれのバンドのカップリング公演があるのですが、どうするかなあ。マイケル・シェンカーは私とほぼ同世代なのでもう突然中止はないとは思います。
 大学の校舎がたくさんできたのでこれからも発展していくでしょう。いずれは渋谷みたいになるかもしれない。ただそこまで大きくなるころは、さすがに私は生きていないでしょうね。
 
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長野先生
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