2010.04.27 13:20

 先日、母親が倒れた話を少しだけ書きました。個人的な話題なのでこれ以上は何も書かないでおこうと思っていたのですが、何人かの方から「大丈夫ですか?」と温かい言葉をかけていただいたのでもう一度だけ書きます。この件はこれで最後にします。
 文字通り倒れたのでいろいろ骨折していることが判明しました。大きな手術をすることになり、今日入院したはずです。妹がつきそっています。

 母は高齢ですから手術がうまくいかない可能性ももちろんあります。私はそのあたりは冷静に考えています。おととい実家に行き、母と話しました。骨折している部位の関係で、起きて家事などはできていました。頭もしっかりしているので楽しく笑いながら昔の話をしました。それから私はーー万が一のことを考えてーー手術結果がどういう形になるにせよ、育ててもらったことは感謝していると言葉に出してはっきりと伝えました。母は意味を察して静かにうなずいていました。

 私は自分の死生観を一切他者に押しつけるつもりはありません。こういうのは完全に個人的な問題です。ただ現実問題として80代の両親がいずれいなくなるのは自然の摂理です。そのときやみくもに動揺するだけの人間でしかなかったというのでは、育ててくれた彼らに対しても世間に対しても申し訳ないと思っています。
 私の息子が私の歳でそうだったら私は「半世紀も生きてきて他者の死にきちんと向き合う覚悟もできていないのか。そんなことで自分の死に際してどうするつもりだ。無意識に生きるのをやめて、もう少し生死について考える内省的な生活を送ったらどうか?」と言いたくなるかもしれません。

 生きる意味を考えるときには常に死についても意識しています。生のなかに死が包括されているとでも表現すればいいのでしょうか。つねに死を意識しているなどと書くととてつもなく暗い人みたいな感じがしますが、普段の私は決して陰鬱なだけの人間ではないとも思っています。
 私の周囲でいろいろな方が亡くなっています。亡くなってはいますが、私自身は彼らとのつながりが途絶えてしまったと感じたことはありません。そのあたりは・・・説明の難しいところですね。
Tags :
幼児・小学生
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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