2009.09.25 09:00

 私が住んでいるマンションのまえは大きな公園になっています。休みの日の夕方、私はよくその公園のベンチでぼんやりしていることがありました。ときどき思いついて携帯電話で自宅に電話をかけ、息子にベランダから顔を見せるように言ったりしました。「お父さんが座っているところがみえるかい?」と。
 ただうすぼんやりしているのが心地よく、一時間ぐらい座っていることもありました。明るいうちはとんぼや蝶が飛んでいます。日が傾いてくると鳥が群れて飛んでいくところが見えます。

 ところがその公園は工事があるとかで、九月一日から閉鎖されていました。何かの都合なのでしょう。工事期間は来春の三月までとなっていますが、いっこうに工事ははじまりません。たいしたことではないのですが、公園に行けないと明確に決まってしまうとなぜかむしょうにベンチに座りたくなります。
 柵のなかの様子は相変わらずです。すずめが自由に出入りしています。ベンチを見ているとベンチが誰かに座ってほしがっているような気がして切なくなります。私は毎日そのベンチを横目でながめながら教室に来ています。なぜか横目になってしまいます。

 こうした感傷はあまりにも子どもじみているのではないかとときどき考えます。高校生の息子がいる大の大人が公園のベンチが呼んでいるもないものでしょう。ですが、私にはどうしてもそう思えてしまう。
 で、気づいたのですが、私はこの人生で得た物質的なものが同世代の人間より少ない変わりに、失った感覚的なものも極端に少ないような気がします。そして確かに私には得るものの少なさより失うものの大きさの方がこわいのです。ベンチが呼んでいるような感覚をなくすのはこわい感じがします。

 まあ、昔はこんな自分の弱さ(?)を責めたりしましたが、短所は長所の裏返しだと気づいてからは、こうやって生きていくのも悪くはないなと思っています。
Tags :
幼児・小学生
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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