2017.11.20 08:40

 昨日、Z会進学教室の南浦和教室でお話してきました。南浦和は・・・確かにふらりと下り立ったことがあったように思うのですが、まったくわからなかったですね。40年も昔のことですから。
 予定通り90分お話しました。最近は準備をわざと少しゆるめにしておいて、皆さんの雰囲気によって多少流れを変えています。昨日は大人の方が多かったので、あまり細かく勉強法について説明しても退屈なさるだろうと考え、子育ての方向性を多めに話しました。
 
 皆さんが大変協力的なので、話しやすかった。そういう「空気」みたいなものがあるのですよ。柔らかくていい雰囲気。間違いなくいい教室になるでしょうね。
 遠くからもいらしてくださった。ブログや拙著のことでも、あれこれお声をかけていただいて感謝しています。
 帰り、丸広百貨店をのぞいてみました。ここが思い出の中心みたいな記憶があるのですが、ひょっとすると違うかもしれません。あまり時間がなかったので、屋上だけ確認して渋谷に戻りました。
 
 デパートの屋上でぼんやりするというのが、自分の中でブームになっていた時代があります。原民喜という作家はデパートの屋上ではじめて読んだ。どういう作家か知らずに何となくタイトルにひかれて文庫本を買った。軽い気持ちでデパートの屋上で読み進めていくうちに、これはただものではないぞという感じがした。有名作家であったことを知ったのは、ずっとあとになってからです。
 レコードもそういうことがありますが、文庫本もいわゆるジャケ買いをしました。タイトルと著者名だけで買う。原民喜「夏の花」、梶井基次郎「檸檬」、小山清「落穂拾い」などはみんなそうです。
 
 いまは前もって調べすぎてしまう。熟知してから行こう食べよう泊まろう読もう楽しもうとする。損をしたくないのは人情でしょう。少しでも安心したい。もっともその安心は「人さまの決めた平均値」でしかないのですが。
 ただその形だと衝撃的な出会いや運命的な邂逅というのはなかなか難しいかもしれないですね。人生にはダイナミズムも必要で、それが大きな活力になります。
 渋谷までの帰り、私は電車の中で偶然知人に会いました。少しだけ話もしました。こういう偶然こそが、生きる何かにつながってくるような気がします。
 
 
 
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2017.11.19 01:07

 今月号の「将棋世界」誌にタイトル保持者同士の対談が載っていました。棋界では少数派である振飛車党の先生同士でしたのでちょっと興味があり、久しぶりに買ってみました。非常に興味深いことが語られていた中でとりわけ驚いたのは、両先生とも研究するときの心構えの質問に対し、ほぼ1手目から考えていると答えていた部分でした。厳密に書くと3手目前後からということになるのかな。とにかくそんなところから「何かないか」と研究されているそうです。
 
 これは非常に驚くべきことでーー将棋には長いあいだに蓄積されてきた定跡手順というものがあり、弱いアマチュアの私でさえはじめから20手ぐらいまではほとんど何も考えずに駒組を進めることができます。それでも絶対に悪くはならないのですが、それは定跡というものがそれだけの重みを持っているからです。
 コンピュータの進化でいままでの定跡に疑問点が・・・ということはときどき話題になりますが、部分部分の問題であって根本的に定跡が否定されたわけではありません。
 
 ですから、一般的には研究するのであれば中盤近くからということになるでしょう。駒と駒がぶつかり合う少し手前ぐらいから研究する。プロアマ問わずそういう発想が大多数ではないかと思います。
 それを初手から研究しているタイトルホルダーがいらっしゃるというので本当に驚いた。驚いたと同時に、野球の広岡監督の昔のお話を思い出しました。あまり成績のよくなかった時代の西武ライオンズの監督になられた広岡さんは、絨毯の上をころがした野球ボールを素手で選手たちに受けさせたと自著に書いていらっしゃいました。
 
 これには選手もさすがにむっとします。プロ相手にこんなことをやらせるのはいったい何のためかという質問が出ます。監督の答は「素手のどこで確実にボールをつかんでいるのかじっくり味わってほしい」というものでした。どの部分がどう動くと確実さが増すのかということを改めて体感してもらおうと考えていた。
 その後、広岡監督のもとで西武ライオンズは日本一になり常勝軍団とまで呼ばれるようになるわけですが、将棋で言えばこれは1手目からの基本を重視したということでしょう。
 
 タイトルを持っている棋士や日本一の野球チームが最初の最初から、とにかく注意深く真摯な態度で取り組んでいる。そうさせるのは勝ち負けを超えた将棋や野球そのものへの畏怖の心ではないかという気がします。
 ひるがえって私たちはどうか。仕事や勉強に対して(やりゃあいいんだろ)程度の気持ちで向かってしまっているのではないか。偏差値を手っ取り早く上げたいではなく、初手から考えこむようにあるいは絨毯の上をころがってくるボールを素手で受け止めるように真剣に向き合っているかどうか。
 
 ときどき「だいたいやりました」「いちおう終わらせました」という生徒がいます。全然やっていないよりははるかにいいでしょう。しかし1手目から真剣に研究(勉強)する人に評価させたら、ずいぶんいい加減に見えるかもしれません。
 超一流と呼ばれる人たちになかなか届かないのは、そのあたりの心構えにいちばん原因がありそうです。
 
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2017.11.18 07:41

 私ぐらい名古屋に旅行していると妙なことに気づきますよ。何しろはじめて名古屋に宿泊したのは1976年、40年以上昔です。
 大学生でお金もなかったので小さなビジネスホテルに泊まりました。チェック・インが午後4時なのです。4時というのは遅いですよ。冬場だともう暗くなりかけている。最近もそうですね。日の入りが午後4時台です。ホテルにチェック・インしてひと休みしていると外が真っ暗というのは・・・いかにもわびしい。
 
 そこで働きはじめて学生時代よりはお金に余裕ができてからはもう少しいいホテルに泊まるようになりました。シティホテルというやつですね。
 するとーー1980年代90年代はーーだいたい午後12時か1時にチェック・インすることができました。ホテルによっても違うのですが、どこもそんな感じでした。1993年の名古屋のシティホテル特集の雑誌が手もとに残っているのですが、チェック・インは軒並み午後の1時になっています。2時でさえ明らかに遅い。
 
 ところが現在、名古屋の主要ホテルのチェック・インはだいだい午後3時になっています。昔は1時だったところが3時になっている。チェック・アウトの時刻は同じなのにですよ。
 2時のところもあることはあります。今回この記事を書くにあたって調べに調べた結果(土曜の朝から私はそんなことをやっています)午後1時のままのホテルが1軒だけ見つかりました。
 私にはこだわりがあり、ホテルに入ってすぐとりあえず軽く外に出たいのです。偵察を兼ねてホテルの周辺をぶらぶらしたい。ぶらぶらして部屋に戻ってから改めていつもの居酒屋の名店に向かう。
 
 そのお店は午後4時に開店します。と同時に満員になります。食べ物があっという間になくなっていく。7時ぐらいにはもう何もない。
 ですから4時前にできれば外に並んでいたい。3時チェック・インだとふらりと出たその足で直行しなければなりません。そこに何となく抵抗があるのです。
 もとは1時に入れた場所に3時からしか入れなくしたらサービスの低下だと思うのですが・・・2時間分損をしている。値上げできないので商品を小さくしていく知恵と同じなのかな。
 
 名古屋駅前には新しくきれいなホテルが続々とできています。2つほどいいなと思ったところがあるのですが、調べてみるとやはりどちらも午後3時オープンでした。うーむ・・・でも、考えようによっては昔はむりをしていたのかもしれないですね。
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2017.11.16 05:58

 今週、面白い会話を聞きました。山手線の中ですね。おそらく女子高生の方だと思います。制服姿ではなかったので、ちょっと曖昧なのですがそんな感じがしました。お互いのスマホをのぞきこんだりしながら2人で話している。都会的なタイプです。
 ある言葉が自分の耳に飛びこんできました。「くそかっこよくない?」一瞬けなしているのかとも思ったのですが、そうでもないらしいのです。しばらくして「くそイケ面じゃん」という表現も出てきました。
 
 くそという言葉は少し前まではネガティブな要素しかなかったのではないかと思います。くそおもしろくないとか、くそまずいとか。それがどこかで少し変質してきているみたいですね。くそというのが、「とても」「極端に」みたいな意味になってきているのではないか。何となくわかるような気がしますね。私は彼女たちの会話に聞き耳をたてていたのですが、くそイケ面というのは複数の人間にーー知り合いの方にもいらっしゃるみたいでーーあてはめている感じでしたよ。どう考えても肯定的な印象しか受けませんでした。
 
 やばい、などという表現も少し変わってしまったという気持ちがあります。昔は非常にまずいという意味でしか使われていなかった。いまは肯定的な意味も持っていますね。すごくいいという意味でやばいが使われている例をいくつか見たような気がします。このサウンド、やばいよ! みたいな感じで。
 1970年代にバッド・カンパニーというイギリスのロックバンドがありました。直訳すると「悪い仲間」です。日本人のインタビュアーがどうしてそんな名前をつけたのかという意味のことを質問していた。
 
 ヴォーカルのポール・ロジャースが、バッドにはいい意味があるのだというようなことを答えていたのを覚えています。面白い仲間ぐらいのニュアンスだったのでしょうね。ただグッド・カンパニーと呼んだらバカみたいです。ロックバンドとしてどうなのかという感じがする。
 まあ、言葉はどんどん変化していきますからね。そういうことを最初に試みるのが若い世代というのも面白いところです。言葉に対する感受性が鋭いのでしょう。「猿のイモ洗い文化」を思わせますね。ああいうことをするのはみんな若い猿だったそうですよ。
 
 文化の推進を大人だけがやれると考えるのはおこがましいとも思います。くそかっこいいとか、くそイケ面とか、いずれ大流行するかもしれません。ひょっとしたらもう流行っているのかもしれないのですが、そのあたりはよくわかりません。
 いずれにせよ電車の中の会話は面白いですよ。何でも勉強になります。そういう気持ちで生活していると。
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2017.11.15 08:55

 将棋の花村元司九段のお話を書いたことがありました。お弟子さんの森下九段におっしゃった。「だらしない生活を送る者はだらしない将棋を指す」森下九段は将棋が強い(かつて名人戦の挑戦者にまでなりました)だけではなく人格者としても有名なのですが、師匠の言葉をきちんと守られてきたということなのでしょう。
 この「だらしない生活」ということについて少し考えてみたいと思います。ここでいうだらしなさは、道徳的にどうのこうのではないという気がします。花村九段は博打も好まれていた。少なくともひたすら小市民的に・・・という意味ではなさそうです。
 
 将棋指しとして大成するためには、将棋の勉強だけでは足りないぞということをおっしゃりたかったのでしょう。生活全体が少なくとも将棋を指すことから離れてしまってはいけない。そうしただらしなさを示唆しているように思えます。
 たとえば世間的に見て友人と親しくすることは少しも悪いことではありません。あるいは恋愛して異性に夢中になることも悪いことではありません。ただそちらが忙しすぎて将棋から心が離れているとなると、将棋については「だらしない」と定義できるのではないかと思います。
 
 そういう意味で、スポーツ選手が勉強が忙しくて練習できないとおっしゃったらやっぱり競技に関して「だらしない」ことになるでしょうし、コックさんがボランティア活動が忙しくて料理どころではないとおっしゃったら料理に対して「だらしない」ことになるでしょう。
 一般的に勉強することやボランティア活動にいそしむことは大変立派なことではあるのですが、ときと場合によっては善行さえ「だらしない」という評価を下されてしまう。
 
 私は何か(勉強にかぎりません)で頑張ろうとしている生徒には、全生活で勝負するようにとアドヴァイスすることがあります。全生活でライバルを圧倒していけという意味です。
 たとえば恋愛する。好きになるなら命がけで好きになる。相手がいない場所でも相手のことを考える。いつでもどこでもご自身のためだけでなく、相手のためにも自分を磨き続ける。それぐらいの気迫がないと恋愛に関してだらしない=だから成就しないということになりかねません。
 
 勉強についても同じ要素があります。本気でやるとなったら命がけでやる。勉強していないときも勉強のことばかり考える。いつでもどこでもご自身とさらなる勉強のために自分自身を磨き続ける。
 突出して勉強ができる人というのはそんなものなのです。勉強が終わった、さあ遊ぼうではない。宿題とテストの準備が終わったので、つぎは何の勉強をはじめようかな・・・ぐらいです。いい悪いは別にして、自然にそう生きている。全生活で勝負している。皆さんに薦めているわけではないですよ。そういう世界を見つけるといいということです。
 
 だらしない生活というのは、対象から心が離れがちな生活を意味します。あなたの心はどこにあるのか。何をやったかではない。やるだけなら大勢の人がとりあえず何時間もやってはいます。そのとき心はどこにあるか。また、やったあとの心はどこにあるか。
 
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2017.11.14 00:08

 毎日ではありませんが、ブログの各種ランキングや拙著のアマゾンの順位の変動(現在は主に電子版ですが)などは確認しています。ランキングがどうであってもとくに慌てたりするわけではありませんし、ここまで来て対策を・・・ということでもないですが単純に確認しておきたいとは思うのです。
 先週、新たに「励ます力」のカスタマーレビューを投稿してくださった方がいらっしゃいました。発売(2015年1月5日)から2年半もたっているのに本当にありがたいことです。
 
 自分で書くのもどうかと思いますが、内容的に普遍性はそれなりにあるのではないかとも考えています。どの時代のどの方にも、何かしらご参考になるかもしれません。そういう意味では、現在電子版のほうも比較的読んでいただけているみたいでうれしく思いました。
 やはり先週ですが、このブログのページビュー数が3千を超えていた日がありました。2千超えはあっても3千は特別です。夏場には5千を超えていた日もあり、ちょっとびっくりしました。
 
 それだけ読んでいただいているので、「励ます力」の元になったこのブログはまだまだ続けていきたいと考えています。
 ちょっと考えると、こういう事情はあるかもしれません。つまり私は「私程度」であるからちょうどいい要素があるような気がします。私は自分では非常に宗教的な人間だと考えているのですが、特定の宗派の教祖や開祖や大僧正ではありません。神さまはいるかもよ・・・程度です。そこがいいのではないか。
 
 またこうやって塾で35年以上教え続けてきましたが、高名な学者先生ではまったくありません。何とかかんとかの国家プロジェクト関係者みたいな存在ではない。高いところからの教育に対する提言ではなく、もうちょっと丁寧に書くとできるようになるはずだよ・・・程度です。そこもいいのではないか。
 ハードロックがいくら好きでも年がら年中レッド・ツェッペリンばかり聴いていたら疲れるわけで、ときにはキャプテン・ビヨンドとかリーフ・ハウンドとかシブいところを聴きたくなることもありますね。
 
 大は小を兼ねるという言葉がありますが、必ずしも大に向かわないのが人間の面白いところで、等身大のよさというものがそれぞれありますね。それを発揮していくことが大事ではないか。もちろん私だけでなく、等身大のあなたにこそ何よりの価値があります。他の何かに無理に変身する必要はない。あなたこそが必要とされています。あなただからいいのですよ。わかりますか?
 
 
 
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2017.11.12 00:09

 私は過去確かにどこかで複数回この曲を聴いた記憶があります。ただ歌っている人間とか曲名にまで行き着いたことはありませんでした。おそらく外で聴く状況だったのだと思います。どこかから流れてきた・・・では調べようがないですね。で、いい曲だなで終わってしまったのでしょう。
 自宅でパソコンで適当に音楽を聴くことがあります。だいたいはソウル・ミュージックを聴く。連続で勝手に流れるチャンネルがありますね。そこで偶然見つけました。「あ、あの曲だ」
 
 曲名とアーティスト名をはじめて確認することができました。JOE JAMAという人の「MY LIFE」という曲でした。たぶんすごく有名な曲だと思います。1969年に流行ったらしい。この当時のポップスやソウル・ミュージックについてはおおかた渉猟しつくしたつもりだったのですが、まだまだあるものですね。出会っていない名曲がどれだけあるのだろうと考えると変な焦りを感じます。
 以前、フォー・トップスの「Still Water」を見つけたときもそんなことを考えました。
 
 イントロの部分がかつてブログにも書いた「More today than yesterday」という曲に酷似している印象を受けました。同じころ発表された曲らしいのでどちらかがどちらかの影響を受けた可能性はありますね。
 JOE JAMAというミュージシャンについても私はまったく知りませんでした。ほかの曲も検索してみましたが、これまたつい最近ブログで記事にした「What Does It Take」という曲も歌っていたりして、もっと早く知っていてもおかしくなかったと思います。
 
 タワー・レコードで音源を探してみたのですが、見あたらない。新宿にも渋谷にもありませんでした。お店の人に訊いてみようかとも思ったのですが、もう少し偵察してからにしようと思います。
 曲の好き嫌いというのは、人それぞれです。ヒット曲だからといって全員の方が支持するとは限りません。また昔好きだった曲に無感動になるということもありますね。私がはじめて買ったLPレコードはトミー・ロウのものでした。いまトミー・ロウを聴くとなぜLPまで買ったのだろう? と思います。
 
 13歳の少年にとってLPレコードというのはそれなりに高価なものでした。それをビートルズでもストーンズでもモンキーズでもビージーズでもレッド・ツェッペリンでもなく、トミー・ロウをまず買ったあたりに何かしら複雑な事情があったような気がします。精神的な事情ですね。まあ、たいしたことではないですけどね。
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2017.11.11 01:05

 私は高校2年生の1学期の英語の通信簿に10段階評価で2をつけられたことがありました。テストが10点(100点満点)、授業態度も非常に悪かったので2です。5段階評価に直したら1ということになりますね。
 2は赤い字で書いてありました。印字されていたかもしれません。ちょっと変わった先生で、さすがに2は珍しいにしても4ぐらいつけられていた生徒は他にもいました。彼らは抗議をしに職員室に押しかけていましたが、単独行動を好む私はただ自宅に帰って来ました。
 
 私は私なりに納得していました。もうどうでもいいと納得していた。あれだけいい加減にやっていればこういう点になるだろうというものがあったのです。
 自分の2はむしろ周囲の友人にインパクトを与えました。「ちょっとはやったほうがいいぜ」と助言してくれる友人がいました。「さすがに落第したらまずいだろう」
 私は平均値にはすぐに戻せるという自信があったので、それほどの動揺はなかった。母は心配していましたが。
 
 じつは私の息子も中学校で2をとってきたことがあります。少し気をつけたほうがいいぞと私が言うと、これは男の闘いだと変なことを呟いている。女性の先生とぶつかっているらしい。私も家内も苦笑して終わりです。先生には申し訳ない気持ちはありましたが、まあこうやって大人になっていけばいい。
 教室にも中学で2がついてしまったという生徒がときどきいます。成績というよりは、先生との関係ですね。2がつくような何かがあった。
 
 ただそういう生徒の私の授業での態度が悪いかというとまったくそんなことはありません。礼儀正しい。小テストもきちんと準備してくる。すごく疲れているとき以外は姿勢もいい。丁寧に返事もします。妙なところはまったくない。
 私との関係においてーー仮に塾が通信簿をつけられるのであればーー私なら間違いなく4以上をつけると思います。5をあげるかもしれない。
 そのへんの評価は相対的なものでしかない。ですからとにかく萎縮しないことです。
 
 つい最近世界チャンピオンになったあるボクサーは、人格者としても知られています。お名前を書いてもいいのでしょうが、ちょっとだけネガティヴなお話も出てくるのであえて匿名にしておきます。インタビューを聞いていてもじつに思慮深く知的な人間であることがわかります。
 ところが中学時代は大変やんちゃだった。通信簿も1と2ばかりだったそうです。こういうお話は大げさに伝わるものですが、素行にも若干問題があり学校の先生が「打ちこめるものを」とボクシングを探してきた。
 
 私が高校時代10段階評価で2だったと書けるのは、現在それなりにまともに生活を送れているからです。ボクシングのチャンピオンの中学時代の1と2ばかりだった通信簿が笑い話になるのも、その後努力されて文字通りの世界一になられたからです。
 1や2をとってしまわれた方はそのままではいけない。ご自身できちんとご自身のことを証明ーーそれは勉強でもスポーツでも趣味でも何でもいいのですがーーしていかないといけません。その希望や夢はいますぐ抱いてくださっていいと思います。自分ほどの人間だって2だったんだよ、と後輩を安心させてください。
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2017.11.10 00:03

 ロックバンドではありません。これ、犬の名前です。電車の中の警視庁の広告(?)で見ました。銃規制の「銃を見たら110番」の動画ですね。何となく間が抜けたような(舌が出っぱなしだからだと思います)黒い犬が出てくる。銃を見つけるための犬らしいのですが、名前も書いてありました。ブラックシャドー号。
 ちょっと恥ずかしい感じですが、大げさな名前をつけたくなる気持ちはわからないでもありません。銃と闘う犬の名前がポチやチロでは・・・何となく平和すぎますかね。
 
 何かに飛びかかっていく映像も映されていました。
 いまから25年以上昔だったと思います。正確に覚えていないのですがホワイトスネイクがブレイクしたあとであることは確実(背後で「イズ・ディス・ラヴ?」が大音響でかかっていました)なので、30年前よりは手前の話です。
 いまはもうなくなってしまった新宿3丁目の老舗ロック・バーに私は友人と一緒にいました。明け方近くだったと思います。
 
 始発で帰ればいいやぐらいの気持ちでときどきリクエストしたりしながらビールを飲んでいました。当時はビールばかり飲んでいたような気がします。
 すると姿かたちのじつに美しい男の人がどこからともなくあらわれ、お店の女の子に声をかけました。人気者らしく若い女の子たちは「わー! 何とか(ニックネームでしたよ)」と非常に喜んでいるのがわかりました。その男の人は1970年代のあるロック・シンガーに酷似していました。歳はとっているのですが、見た目は非常に似ていた。「夜のヒットスタジオ」に出ていたこともあります。
 
 ご本人かもしれないという気持ちがあったので、ちらちら彼のほうを見ていました。すると彼はしばらく談笑したあとで、ジーンズの裾を上げブーツの脇のポケット(?)のような部分を女の子たちにそっと示し、しーっと人差し指を口にあてました。
 女の子は「ホンモノ?」と黄色い声を上げる。彼はちょっと慌てたように裾をおろし、再度唇に指をあてました。
 横目で見た感じでは、小さな銃ではないかという気がするのです。もちろんホンモノかどうかはわかりません。
 
 男の人は何も注文せずすぐに笑顔で出ていきました。マスターにも挨拶していましたから、しょっちゅういらっしゃっているのでしょう。
 私は「銃のようなものを見た」と友人に告げようかと思いました。思いましたが、大音響の中で声を張り上げるのは面倒な気持ちがして結局黙っていました。この話はその後どなたかにはしたような記憶もありますが、はっきりしません。
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2017.11.07 08:34

 たまに私生活で若干深刻なご相談を受けることがあります。ご相談が来ること自体、もちろんそれなりの信頼関係ということになりますかね。ですから、けっこう思い切ったことが言えたりもします。
 相談内容はいろいろですが、何々を後悔しているというパターンも多い。何かをやめてしまったことを後悔している。何かを失ってしまったことを後悔している。だれかと別れてしまったことを後悔している。
 
 アドヴァイスを求められるときもありますし、話を聞いてほしいだけということもあります。求められないところで余計なアドヴァイスをすることは、自分の場合まずありません。どう思う? と訊かれたときにだけ喋ります。
 私の考えていることは非常に単純で、要するに言いたいことはよくわかったしいまの状況もよくわかったから、あとはひたすら「現在の地点からよりよい方向に進みなさい」だけです。ものすごくシンプルですね。
 
 それ以外の生き方はじつはないのではないか。この時点から上を向くか下を見るかどちらかしかない。延々と嘆いているのであれば、下を見ていることになります。どちらを選択するのも自由ですが、どう思う? と質問されればすぐに上を見て進むといいと答えています。
 大切な何かを失ってショックを受けられていた方にも深刻な病気に罹患された方にも、同じことを言ってきました。もう手遅れだよと嘆かれたときもありましたが、何をもって手遅れと呼ぶかはまたそれぞれの定義でしかないでしょう。
 
 生ある限りはより多くの祝福を求めるべきではないか。
 具体的にどうすればいいのかと訊かれたら(これまたあくまでも訊かれたらです)、ふわふわした観念をもてあそんでいないで、具体的な行為や作業を徹底的に味わってほしいと答えます。つまりまずは肉体が何をしているかということだけに集中する。
 何もしていないように見えても、人間何かをしているものです。その感覚を大切にする。
 
 たとえば私はいま自室の椅子に座っています。じっと座っているのも行為です。ですから全力で座る。ついでにパソコンの横に財布やら定期入れやらコップやらが散乱しているのが目に入ります。それをまた全力で見る。するとかたづけたいという誘惑にかられました。その誘惑に全力でかられます。次に記事を中断して全力でーーしかし時間がないのでちょっとだけーー整理しました。そしてまた記事を書きはじめていますが、これもまた全力です。余計なことは考えずに作業に没頭する。上を向く生き方というのは、つまりそうしたことの連続でしょう。
 
 あとは現在持っているもの、残っているものへの感謝ですね。趣味がある。好きな人がいる。友だちがいる。食べたい料理がある。行きたいところがある。ペットを飼っている。野球やサッカーでひいきのチームがある。毎週欠かさず見ているテレビ番組がある。仕事がある。電話をくれる人がいる。メールを送る相手がいる。今日も笑った。今日も悩んだ。今日も迷った。今日も考えた。今日も存在した。
 そういうことだと思います。
 
 
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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