2019.04.26 01:17

 今年の休室日(教室自体が閉まる日)は4月28日~5月3日までで、その期間は基本的にブログもお休みします。1日ぐらいは何か更新しましょうかね。5月4日は授業はありませんが教室自体は開けています。翌日からの準備がありますからね。
 これはあくまでも首都圏のZ会進学教室渋谷教室の休室日ですから、他の教室に通われている方はそれぞれの教室のお休みの日を把握しておいてください。
 今年はその期間に平成から令和に元号が代わります。
 
 平成最後の日に若い方たちが渋谷に集まって大騒ぎするという企画(?)があるらしいですね。少し前にどなたかにうかがったのですが、お酒の席だったので細かいところは覚えていません。
 機動隊も待機されるそうで、ハロウィンのときみたいな大混乱が起きるのではないかとちょっと心配です。と同時に、その日教室が閉まっていて本当によかったという気持ちになりましたよ。30日は火曜日ですから、普通であれば夜の9時半ぐらいまで授業がありました。
 
 連休中なので翌日お仕事が休みという若者も多いでしょう。気候もよくなってきましたし、夜中じゅう大騒ぎみたいなことにもなりかねない。ただ若い方たちがハロウィンのときほど高揚できるのかどうかは、私にはよくわかりません。案外、クールにとらえられているかもしれない。仮装しているわけではないので、ハロウィンの日よりは恥ずかしいという感情も湧いてくるのではないかと思います。
 休みの期間は、毎年行きたかった場所をうろうろするようにしています。数年前の日記を見ていたら変なバスに乗ったりしていました。
 
 うろ覚えではあるのですが、何十年も昔新宿から大森までバスが出ていた記憶があります。いまは途中で切れてしまっている。それを乗り継いで大森のほうまで行ったりしていました。乗り継ぐところで、知人の女性が歩いている場面に遭遇しました。奇妙な遭遇で驚いたのですが、わざわざ声をかけるほど親しかったわけでもないので黙ってやりすごした。やりすごしてしばらくたってから、その女性と共通の友人のことをふと思い出し、どうしているのかちょっと訊いてみるべきだったと後悔したりしました。
 
 ・・・というような休日を今年も過ごしていると思います。
 ATMのお金がなくなるかもしれないと書かれていました。多めに用意される方が多いと思いますが、そういうお金を狙った変な被害も増えると思うので、なるべく分散して保管しておかれるのがいいと思います。
 私はふだんの生活と変わりませんから、そんなに手もとに置いておかなくてもいいな。
 
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2019.04.25 01:27

 先日、納骨のときにこういうことがありました。私はこの件に関して、超常現象が起きただの何だの、大げさな話を書きたいわけではありません。人間はささやかな物語に支えられながら生きていくものだということをお伝えしたくて書いています。それが人間の強みであり、犬猫ではこうした物語は思いつかないだろうと考えるわけです。
 納骨は少人数でやりました。うちが3人家族、妹のところが2人です。あと親戚の方が3人いらっしゃいました。
 
 私は昔から真面目な式は生理的に反発を覚えて、真剣に参加できないことがよくありました。いまでもそういう部分はあり、何でもいいから早く終わってくれないものかとばかり考えていました。
 お墓の前で30分ぐらいでしょうか。お坊さんがお経を唱えたり、何かしらありがたいパフォーマンス(これは面白かった)を披露してくださる。このお墓には私の弟(水子でした)だけが入っていました。そこに父と分骨された祖父のものが今回追加されました。
 
 若い時代みたいに爆笑しそうになることはありませんでした。そんなには面白くなかった。ただ私はそこそこの炎天下で、別のことを考えていました。このあとみんなで食事をすることになっているが、そこでビールを飲んでいいものだろうか? ということです。
 墓石屋さんで食べることになっているのですが、確かにビールがあった気がする。ただ皆さん(車の運転などがあり)飲めない状況下で、私1人だけそんなものを飲んでいていいものだろうか? という気持ちですね。
 
 結局、まあいいかということでお弁当を食べながら私と息子(ふだんアルコール類を飲まない息子は、私が飲みやすいように気を遣ってくれたのだと思います)だけ飲んだ。さらに飲みたい気はするもののこれ以上はむりかなと考えていたところ、私のお椀の底に小さな亀裂があったらしく卓上に液体が広がっていくではないですか。お店の方に取り替えていただいたら、お詫びにと缶ビールを1つ持ってきてくださった。
 どなたからともなく、きっとあの世にいる私の父が「もう少し飲みなよ」と配慮してくれたのですよとおっしゃった。
 
 あの世からの通信があるのかどうかは疑問ですが、そういう物語を作るのはやはり人間だからでしょう。缶ビールの種類が、最近私がいつも限定的に買っている種類のものだったのは私自身も少しだけ「え?」という不思議な気持ちにはなりました。あれこれ物語に支えられ、生きているうちは生きていこうと思います。
 
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2019.04.24 03:36

 先日、こういうことがありました。数学の授業、新しく入ってきた生徒がよくわからないと言い出しました。先月いなかったのであやふやなところが出てきた。先生に「わからないので教えてください」と申し出た。りっぱですね。わからなくてもまあいいやではない。何とかしようとご自身で残りますとおっしゃった。こういう要素がじつはいちばん大切なのですよ。
 おうちにもちゃんと連絡された。私はそのことをあとで知ることになります。さらにちょっと意外なことが起きました。
 
 同じクラスの別の2名の生徒が、補習をするのであれば自分たちも残りたいとおっしゃった。その子たちは新入会ではないのでいちおうわかってはいる。わかってはいるけれども何となく不安な部分があったのでしょう。自分たちも残って教わっていっていいですか? と先生に訊いた。もちろん先生はいいとおっしゃいますね。勉強したいということであれば、つねに参加歓迎です。
 こういう形でなければ生徒を残しても効果が薄い。いやいやではだめだということです。
 
 しかもこの子たちはまだ中1です。受験生ではない。にもかかわらず、自分たちで残って勉強していこうという意志と熱意を持っている。伸びていく生徒というのはこうやって「ご自身から動ける子」です。目的意識がはっきりしている。
 逆にいやいや残されても効果はいたって乏しいものです。私も若いころ(20代)張り切って当時仕事をしていた塾で毎週生徒を残したりしました。1時間以上残してやらせたこともあるのですが、いやでいやで涙ぐむ小学生が出てきたりしてこれでは「いじめ」みたいじゃないかといやになり残すのをやめました。
 
 ときどきやっていなかったら残してでもやらせてほしいとおっしゃる保護者の方がいらっしゃってお気持ちはよくわかるのですが、いやいやではほとんど効果はなくご本人は勉強ぎらいになる一方でしょう。自ら残るぐらいでなければ効果はない。そしてさきほどの子たちのように、中1でも入ってきたばかりの生徒でも臆することなく「残ります」とおっしゃる場合もある。それは勉強がどうのこうのという以前の、基本的な生活の姿勢にあります。積極的という用語では片づけられない生き方の姿勢がある。
 
 そうした姿勢はやはり生活の場で身につけないといけない。幼いころから何でも周囲が用意しすぎるとそれがあたりまえになってしまいますね。
 比喩的に書くとこういうことです。幼いころは黙っていても食事が出てきますね。それがあたりまえになってしまっていつまでたっても「お腹が空いた」と訴えられないような人間ではいけないということです。守りすぎないということもまた大切な何かなのです。
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2019.04.21 07:31

 私事になりますが、今週法事がある関係で連休をいただきます。
 私は仏教という思想哲学体系は好きなのですが、いわゆる葬式仏教的なものにはあまり興味がないので、形だけですけどね。東京の西のはずれにある墓地に行きます。
 墓地という場所自体は個人的には非常に落ち着きます。旅行に出かけて時間が余ると墓地をうろうろしてみるときがあるぐらい。適当に墓標をながめていると、ときどきはっとするようなことが書いてある。
 
 墓地でひとりで宴会(飲み食い)したら楽しいのではないかとも考えるのですが、まだ実行したことはありません。昔、地方都市で朝ひとりで墓地を歩いていたことがありました。いろいろ事情があったのですが、要するに時間つぶしのためにそんなことをしていた。
 するとあるお墓の前でワンカップのお酒を飲んでいる人がいました。生活に困っている感じの初老の男性でした。私を見て慌てていたので、たぶんお供え物を勝手に飲んでいたのでしょう。不思議なものを見たという感慨が残りました。
 
 先日、新聞の折りこみちらしに散骨のことが書かれていました。簡単に書くとだいたい5万円で業者さんがすべてやってくださるという内容でした。同行する必要はないそうです。証明書みたいなものが発行されます。ちらしには「保存版」とあり、自分は前々から散骨もいいなと思っていたのでとってあります。
 いろいろな考え方があると思いますが、自分はお墓に入りたくないのです。ですからブームになる以前から散骨を考えていました。
 
 周囲の人間が大変かもしれないということだけは気になっていたのですが、きちんとした業者さんが代行してくださるのであれば非常に助かります。昔は息子に「面倒臭いから善福寺川に捨ててくれ」と言っていたのですが、それはだめみたいですね。
 私は昔からご先祖さまや家系みたいなものにもあまり興味がありません。これはあくまでも個人的な感想ですが、私自身がなるべく「いなかったこと」にしてもらいたいタイプの人間なので、そんな風に感じるのだと思います。
 
 生まれ、少なくとも慈悲の心は何よりも大切なものだと認識するぐらいまでは少しだけ成長できました。だが恥ずかしいので、すべてはなかったことにしておいてほしい・・・という意味です。
 
 
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2019.04.20 07:37

 すっかり暖かくなりました。先週の水曜日は非常に寒かった。東京でも一部で雪が舞ったそうです。当日、仕事に来る前に私はあるクリニックに寄りました。あんまり寒いので、自宅を出るときに冬のコートを着ました。大げさかなと思ってマフラーまでは巻かなかったのですが、ちょっと後悔しました。
 ただ街中にもマフラーを巻いていない人は多かったですね。たぶんクリーニングしてしまったとかそんな理由ではないかと思います。
 
  バスの窓からこういう人を見ました。腕章には「何とか指導員」と書かれていました。ぼかすのではなく、何とかの部分は本当に見えませんでした。私より年上でした。道ばたを注意深く見つめている。片手に傘と大きなビニール袋、もう片方の手に路上のゴミなどを拾う器具を持って歩いている。タバコの吸殻を拾い上げてはビニール袋に入れる。花壇の植えこみのあたりに集中的に落ちているらしく注意深く拾っていました。
 
 雨もけっこう強い、風も強い。ビニール傘を一生懸命支えながらそれでもゴミを拾うスピードはゆるめない。何度も何度も植えこみをのぞきこんで最後の1つまで拾おうと努力する。 
 おそらく70歳ぐらいの彼のもともとのお仕事はこういう類のものではなかったのではないかという気がします。動作そのものはたどたどしいのです。ただ一生懸命なさっているのは確かでした。
 
 こういう部分にこそ人間の美しさが宿りますね。「こんな仕事、くだらない」ではないのです。いまはこの仕事を与えられているのだからと精一杯やる。おそらく時給でしょうから、作業の成果と報酬は比例しない可能性があります。周囲には監督も誰もいず、指示する人もいない。離れた場所からバスの乗客の私が目撃している程度です。
 彼の中に「適当にごまかす」という発想がないことだけは確かで、こういうところでごまかさない誠実な人間は、他のどこでもごまかさずに行動してきたに違いない。
 
 アルバイトなどを「所詮本業じゃないから」と非常に適当に考えている人がいるのも事実です。大昔、棋士のどなたかがが「指導将棋だからといっていい加減に指していると将棋の神さま(?)から見放されて、真剣勝負に勝てなくなる」とおっしゃっていました。適当に行為しているうちに人間まで適当になってしまうのがこわいところで、勉強にもそういう側面があります。「受験科目」ではないからとふざけてやっているうちにぜんぶの調子が狂ってきたなどというこわい事例も目撃したことがあります。真摯に向き合う気持ちは何よりも大切ですね。
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2019.04.18 08:51

 崎陽軒のシウマイ弁当について深夜のテレビで特集(?)をやっていたというお話を一緒に働く仲間から教えていただきました。すごく面白かったというので、見られなくて残念でした。わかっていれば私も見たのですが。
 いろいろなエピソードが出てきたらしいのですが、いちばん興味深かったのは社長さんも映像に出ていらっしゃったというところでした。社長さんご自身がシウマイ弁当を説明しながら召しあがっていたそうです。
 
 私自身が見ていないのでちょっとした間違いはあるかもしれませんが、社長さんはこういう食べ方をされていたそうです。
 まず真ん中のうめぼしのついたご飯の俵からうめぼしをはずし、となりの俵に置く。シウマイ弁当は白米が食べやすいように小さな俵型になっていますからね。さらに解説が続く。このうめぼしのエキスがしみこんだご飯が大変おいしい。そこで(お行儀は悪いかもしれませんが・・・という注釈が入った)まず真ん中のご飯を食べる。
 
 またいろいろ食べていくうちにとなりの俵のご飯にうめぼしのエキスが少しずつしみこんでいく。それもまたあとで食べるとおいしい。いわゆる魚の「づけ」みたいなものですね。社長さんはこのお弁当はほぼ完成型なので、これから先大きく変わることはないだろうともおっしゃっていたと聞きました。完成型という表現がいいですね。
 そうやって現場の社長さんが実際のお弁当をこだわりを持って熟知されているところはとてもすばらしいと思います。
 
 教室の仲間は翌日、さっそくシウマイ弁当を買ってきていました。そういうのを見ると食べたくなりますからね。食事というのは1つの宇宙みたいなところがあります。まずこれを食べて、次にあちらに移って・・・と作戦をたてることが宇宙探検みたいでわくわくする。
 じつは飲み屋さんなんかでも私はそうです。行き当たりばったり注文することはまずありません。また食べたいものを思いついても、ある時点からは絶対頼めないということもある。
 
 そうやって小さい宇宙を構築することが楽しい。と同時にどなたかと一緒ですと構築途中で宇宙を壊されてしまう可能性もあります。注文の順番とかで、それはないだろうというようなことも起こりかねない。うちの息子みたいにもつ煮込みの直後に牛すじの煮込みを頼んだりするかもしれない。ですから基本的には宇宙は個人で作るようにしています。個人であればその日の調子を見ながら、落ち着いて考えられますしね。
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2019.04.17 00:51

 先日、玄関前で長い時間立たされていた小学生のことをご近所の方が警察に通報して保護されたという事件があり、いろいろ考えさせられました。ほかにもさまざまな体罰があったらしく、この件はどなたかが気づかれてよかったと思います。だんだんエスカレートしますからね。
 この種の体罰の効果は本当に疑問でしかなく、根本的なものは何も期待できないですね。じつは私も小学生時代にお隣のおばさんに助けてもらったことがあり、そのときのことを思い出しました。
 
 あれは小学校1年生か2年生のときでした。私はあることで母親に叱られて自宅に入れてもらえなかった。玄関ではなく人目につかない縁側のところにずっと立っていなさいと言われ、少なくとも昼すぎから暗くなるまで立っていました。泣いていたのでしょうね。見るに見かねたお隣のおばさんがわざわざいらしてくださって、私に「おばちゃんから謝ってあげるからおうちに入ろう」とおっしゃってくださった。
 どういうやりとりがあったかは忘れてしまいました。自宅には入れたものの、母はまだ私を許さない。
 
 柱の前でずっと立っていろと言う。父親が帰ってくるまで動いてはいけないとも言う。もちろん飲まず食わずです。トイレはどうしたのか覚えていません。自宅でも2時間以上立っていたと思います。
 理由が非常に複雑でした。私はある同級生を助けたのです。簡単に書くとそういうことになります。いたずらをしたわけではない。その子には感謝されました。ところが私の両親は以前からその子とはつきあってはいけないと私に強く言っていた。理由はよくわかりませんが、成績がどうのこうの程度のくだらない理由だと思います。
 
 その禁をどうして勝手に破ったのかというのです。その子のお母さんから私の母に「ありがとうございました」という電話が入って、親切が発覚した。父が帰ってきてなぜそんなところに立っているのだと理由を訊く。ここからまた殴られたりするのかと思うと、脱力してまともに喋れなかったことを覚えています。
 こういう悲劇は、つねに起きているような気がします。親の気まぐれな好き嫌いが善悪に直結してしまう。親だけではないですね。先輩、先生、仲間、上司・・・の好き嫌いだけで善悪、処遇、人生までが決まる。
 
 まあ、それこそ忖度忖度忖度で終始する一生になっていきかねないですよ。窮屈に育てば、処世術としてのご機嫌取りだけはとてつもなく上手になるかもしれません。ただ真理だとか、本質だとか、善や正義だとかは人生の目標と関係なくなってしまう。つねに目の前の人間の歓心を買うことがすべてになりかねない。正義や真理を尊ぶ人間は巻きこまれまいとするでしょうから、自ずからアウトサイダーの位置に甘んじるしかないというケースも出てくるように思います。偉くなれない? ひょっとすると、それでもいいのかもしれませんよ。
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2019.04.16 09:52

 まあ、そういうことですよ。昨日、お休みをいただいたので話題の映画「ハロウィン」を見てきました。昔のホラー映画のリメイク版みたいなやつですね。ジョン・カーペンターご本人も関係しているらしい。
 お休みの日はいろいろな過ごし方があるのですが、昨日は朝から歯医者さんの定期健診が入っていたおかげでずいぶん早く起きました。私は歯医者さんだけに行くようなときも、必ず自宅を出る2時間前に起きています。
 
 で、ふと映画に行こうと思い立った。新宿の歌舞伎町で見たのですが、あのへんお店なんかがずいぶん変わりましたね。ここのところあまり行かなくなってしまったので、変な感じがしました。
 人はまあまあ入っていました。私はじっくり見ようと考えて前から2列目に座ったので背後はよくわかりませんでしたが、月曜日の午後にしてはそこそこ入っていた印象があります。女性がひとりで入ってこられたりもしたので、なるほど話題にはなっているのだなと思いました。
 
 内容についてはこれからご覧になる方がいらっしゃるかもしれませんので、とくに書かないでおきます。自分が若いころ、こうやってホラー映画を劇場に見に行くと、いまの私ぐらいの「初老」の男性がひとりで来ていたりした。「13日の金曜日」シリーズとかですね。そのときはこういう映画は歳をとったら見ないものだろうと変な気持ちがしたのですが、普通に見る人間は見るものですね。DVDなどでなく、あえて劇場で見るというところがいいのですよ。
 
 こういうことは考えました。適切な表現方法というものがある。この世界観は確かに「映画」がいいのだろうと思いました。どういう形でも表現できるとは感じるのです。「絵画」「音楽」「文学」・・・いろいろ表現手段はありますが、「ハロウィン」はやはり映像というか、映画で表現されるべきものだったのだろうと思います。
 表現手段を誤ると、どんな高尚な芸術もうまくいかない。すぐれた芸術作品は表現形式を選びますね。
 
 おそらく芸術に限らないのでしょう。私たちの日常生活の表現すべてが方法論の選択を誤るとうまく伝わらない。伝わってもベストのものにならない。このブログにしてもそうかもしれません。ブログという形式でお伝えすべきことだけを選択的に書くのがよいのだろうとは感じます。
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2019.04.14 07:36

 話題にする先生がすでに鬼籍に入られているので書ける部分があります。ご本人が存命であれば書かなかったでしょう。15年ぐらい昔、私と同世代(当時40代後半)の女性講師の方(他塾で教えていらっしゃった)から「じつは結婚したいのだが、いい相手はいないだろうか」という相談を受けました。
 私に相談するのがいいと思われた理由はわかりません。複雑な事情もあるらしく「おばさんの私をもらってくださる方ならどなたでもいい」とおっしゃるではないですか。
 
 お身体をこわされたこともあって、仕事を続けていく自信がないともおっしゃっていました。心当たりがまったくないわけではなかったのですが、細かくお話を聞いてみるとなかなか難しいことがわかってきました。どなたでもいいとおっしゃるわりには、できれば外科医にしてほしいなどという言葉が飛び出してくる。「私にもプライドがありますから」
 その先生は以前ご結婚されていた。そのことはとりあえず隠したまま紹介してほしいともおっしゃる。
 
 ちょっと自分の手に負えそうもなかったので、いわゆる相談所を薦めました。やはりプロにお任せするのがいちばんなのではないですか? と。
 大きな相談所にいらっしゃったみたいですが、あれこれ問題点を聞かされました。「低レベルの相手しか出てこない」「私と釣り合わない男の人を押しつけようとする」「(相手の学歴や職業名を出して)これでは先がない」「容姿が気に入らない」
 はじめは確かに「もらってくださる方ならどなたでも」だったのですが。
 
 ときどき勉強はあまりせずに、とてつもなく高い志望校を口にする子がいます。「夢は大きく」とおっしゃるのですが、そんなハイレベルの学校に入学したら間違いなく毎日猛勉強するしかない。今日の、この瞬間のあなたの生活ぶりで大丈夫なのか? ということになりますよ。
 そのうち頑張るというのは、だいたい全員が考えていることです。やればできるようになるだろうというのも、やらない人全員がぼんやり期待していることです。
 
 いまのあなたと釣り合った現実、いまのあなたと釣り合った未来しか訪れないのだということはよく考えてみてください。本当に素敵な方と相思相愛になりたければいまご自身を心身ともに徹底的に磨くしかないように、本当に高いレベルの学校に進みたいのであれば、いまのあなたを頭だけではなく精神や肉体(身体が弱い方は着いてこられないとおっしゃっている一流高校もあります)も含めて、ふさわしい人格に磨きあげるしかない。夢は漠然と叶うだろうではいけないのであって、そのためにいま何をしているかということが問題です。
 
 本当のプライドは「いま自分は確かにこれをやることで前進している」という部分に置いてください。具体的に何を、どういう意気込みでやっているかということですね。
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2019.04.13 01:59

 こういうのは価値観の問題なので、いい悪いを決めつけたいわけではありません。ただ非常に考えさせられたので、ちょっとだけ書いてみます。
 お休みの日、夜は自宅でだらだらワインを飲んだりしています。赤ワインですね。ここ1年ぐらいワインを飲むようになりました。安いものばかりですが、最安値ほどではない。さすがに継続的に飲んでいると少しはわかるようになり、あんまり安いものは敬遠したくなるのです。
 
 自室で飲みながら動画を見ているときがあります。おかしなもので、ロックでも将棋でもなくそういうときは飲み屋さんの動画を選んで見る。するとおいしさが倍増してくるような錯覚が起きます。
 飲み屋さんの動画というのは、テレビ用に作ったものから、一般の方が撮られたものまでじつにたくさんあります。何かさしつかえがあるといけませんので具体的には書きませんが、あるプロの研究家(?)が居酒屋さんを探訪された動画にこういうものがありました。
 
 その居酒屋さんは昭和の初期からやっています。私もいままで数回お邪魔したことがありますが、ちょっと自宅からは離れた場所にあるのですごくいいお店だということはもちろんわかってはいるのですが、頻繁にうかがう機会はありませんでした。
 そこのご主人がこうおっしゃっていました。自分は40年以上こうして働き続けている(2代目のご主人です)が、お店の定休日以外は休んだことがありません。
 
 驚いた研究家の先生が「旅行もできないではないですか」という意味のことをおっしゃた。すると「日帰りで行きます」と笑顔を見せるではないですか。
 これ、すごいお話だと思いますよ。改めて調べてみると、お店のお休みは日曜日と祝日になっていました。週休2日ではありません。さまざまなガイドブックに掲載されている有名店ですから、変な表現ですが利益は十分に出ていると思います。それこそあとは他人に任せて悠々自適・・・みたいなことを考えてもまったくおかしくはない。
 
 昔ある雑誌のインタビュー記事で、若くて資産のある方(何かをご自身で経営されている方でした)が「40歳になるまでに十分な資金を貯めて、あとは人やお金に稼がせて遊んで暮らすのが本当の才能」という意味のことをおっしゃっていたのを読んで、こんな人もいるのかと感心したことがあるのですが、まあこのご主人の真摯な生き方を見ると遊んで暮らさないのもまた大変な才能であるという気持ちになります。
 私はもちろん遊んでいられませんからどこまでも働くつもりなのですが、同じ働くのであればこのご主人のような「熱」を帯びたいものだとつくづく思いましたよ。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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