2017.06.24 01:29

 右側の「応援メッセージ」から入れる学習法の記事ですが、担当してくださっている方にお願いしてそろそろ終わりにさせていただこうかと考えています。現時点で69回目まで来ました。きりよく70回でとも考えたのですが、もう少し増やして77回で終わろうかと思います。
 さすがに正しい学習法が無限に出てくるということはない。するとどうしても同じ内容の繰り返しになってしまいますね。音読のこと、丁寧な作業のこと、時間の使い方のこと・・・延々と繰り返すわけにもいかないでしょう。
 
 学習法の記事を担当してくださっている方はブログをスタートさせるときにもお世話になった方です。このブログはもともとは通信で頑張ってくださっている中学受験生を応援する目的でスタートしました。書き手がどなたかいらっしゃらないだろうか? というときに彼女が私を推薦してくださったのです。あの人なら書けるかもということを進言してくださった。
 私が本当に適任者だったかどうかはわかりませんが、彼女がそうおっしゃってくださるのであれば、こちらはきちんとやろうと思いました。自分にはいろいろ考えることがあって、仕事に限らずできそうなことでも遠慮することがよくあります。
 
 これは個人的な美学なのです。できそうだなと思っても引いておく。小学生中学生にたとえれば一切挙手しない生徒と同じ。「これがわかる者?」と先生が教室でおっしゃいますね。わかっている。わかってはいるけれども絶対に手は挙げない。そういう生徒は評価が下がりますね。私はそれでいいのです。それが評価ということであれば、私個人は評価が低いままでいいのです。
 もちろん内申をとりたい受験生の方はそれではだめですよ。先生が授業を円滑に進行しやすいように協力的に手を挙げてください。一緒に授業を作る温かみが大事です。
 
 じつは彼女は私がはじめてZ会進学教室の講師として三鷹教室に出講したときーー20年以上昔の話ですがーー教務や教科の社員としていろいろなことを教えてくださったのでした。その時点で15年以上中学生は指導していましたが、やっぱり新しい塾だと心細いですからね。緊張していた私にあれこれアドヴァイスしてくださるので本当に助かりました。そういう意味で、私は恩義を感じています。
 ただ学習法の記事に関しては、とにかく「あなたが実践する」ことがすべてです。健康法をたくさんご存知でも、実践されなければまったく健康にはなれません。それと同じです。冷静に考えてみてください。
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2017.06.23 09:21

a5c5e9b0b196c4d39159171ac746c095a54fe2f1.jpg 何をいまさらという感じなのですが、犬を見ているとやはり人間とはずいぶん違うものだなという気持ちになりますね。
 犬もすっかり馴れてきました。私と家内は息子を育てるときもあまり厳しいことは言いませんでした。生活についてもそうでしたし、勉強についても本人任せで放任主義というほどではないのですが、好きにやれという感じで育てました。
 犬に対しても極端に厳しいことは言っていません。
 
 先日も家内の蒲団に間違えてオシッコをするという事件が起きました。夜中に起きてきて寝ぼけたみたいですね。私は隣室にいたのですが、家内が慌てて騒いでいる。間に合わなかったみたいですよ。それでもとくに厳しく叱っている感じはありませんでした。私も顔を出して何か言ったりはしなかった。
 枕元で動物にオシッコされるというのはーー松尾芭蕉の俳諧にそんなのがありましたがーーなかなか風流でいいかもしれないですね。
 
 ともかくそうやってのびのび育っているのですが、犬はとにかく遊びたがりますね。遊びたがるも何も、遊ぶこと以外まったく考えられないみたいです。もちろん食べたり飲んだり寝たりはするのですよ。食べたり飲んだり寝たり、生命を維持するための最低限のことは確実にする。
 そして、あとは「さあ、遊ぼう!」となる。何かに噛みついたり振り回したり飛びついてきたりします。生物というのはまあ、みんなこんなものなのかもしれないですね。
 
 人間の場合、ある程度豊かでーー世界全体から見れば日本は何だかんだ言ってもそれなりに豊かなほうだとは思いますーーだらだらできる環境にあるとき、ただひたすら遊ぼう・・・という「だけ」にはなかなかならないような気もします。
 はじめは喜んでだらだらしていても、何かしら意味のあることをやりたいという気持ちを持つことが多いですね。自分はこのまま漫然と個人的に「遊べてうれしい」という感情を蓄積していくだけで死んでしまってよいのだろうか? そんなことを考えられるのはやはり人間だからでしょう。
 
 子どもたちにもそうした部分を自覚させることは大切であるように思います。もともと芽があるわけですよ。芽があるなとご自身で気づけることは、価値のあることですね。
 
 
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2017.06.21 10:19

 志望校に入るために何をしたらいいのかとよく聞かれます。とくにーー私が担当している科目は国語ですからーー志望校の入試問題で手っ取り早く合格点をとるためには何をしたらいいのかと質問されます。
 ときと場合によって私の返答は変わってくるのですが、極端な言い方をすれば「志望する学校にふさわしい人間になりなさい」と表現するしかない部分が出てきます。「手っ取り早い」方法なんてじつはないのですよ。
 
 わかりやすいので、恋愛で考えてみてください。どなたかを好きになったとしますね。憧れている彼(彼女)と親しくなって、それこそ将来一緒に暮らせるようになるためにはどうしたらいいのだろうと考える。仮に彼(彼女)がクラシック音楽が好きだとしますね。自分もこれまでほとんど聴いたことのないクラシック音楽を好きになる? 彼(彼女)がエスニック料理が好きだとします。自分も苦手だったエスニック料理が好きになるように努力する? そんな部分部分の集積だけで、あちらにも「夢中に」なってもらえると本気で思いますか?
 
 憧れている方がいわゆる快活な人気者で優秀で質量が高い人間なのであれば、あなた自身も同じ方向性で質量を高めていくしかない。お若い方の恋愛のうまくいくいかないは、このあたりの仕組みにどれぐらい気づけるかということで決まってくるように思います。尽くしても尽くしてもうまくいかない・・・というのは、お相手に合わせようとする努力は十分でも、ご自身の質量を高めるための努力が残念ながら足りないケースが多いように感じます。
 あなたがお相手を追いかけたくなるように、お相手もあなたを追いかけたくならなければいけないということです。そういう自分磨きをされていますか?
 
 志望校の国語の問題を読んでみてください。論説文、すらすら読めますか? 内容について「これは面白い」と思えましたか? あなたご自身の知的好奇心がそこまで来ていますか? 小説はどの部分で感動しましたか? 出題されていた作者の作品をさっそくあれこれ読んでみようと思っていますか? 自然にそう考えられましたか?
 もしこうした要素がまったくないのだとしたら、あなたの波動がまだ志望校にふさわしいところまであがってきていないのです。何をしたらいいという手順以上に、自分の波動を変えるぞという覚悟を決めてください。
 
 面白がって対処できるところまで自己を高めていく。勉強や恋愛に限らず、何の世界でもそういう人だけが大きな成果を出せるのだと思いますよ。
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2017.06.20 01:42

 将棋実況というのが流行っているみたいですね。Youtubeにたくさんの方が投稿されています。ものすごく強い方から級位者の方までいらっしゃいます。数は少ないですが、女性もいらっしゃいますね。
 これがけっこう面白い。面白くて休みの晩はーーだいたいは飲みながらーーずーっと見ていることがあります。もちろんやるべきことがないときですよ。級位者の方だと本当に「うっかり」みたいなのが出てくる。申し訳ないのですが、そこにまたスリルがあったりします。
 
 初心者の方が数か月でだんだん強くなっていく過程もけっこう感動しますね。短期間でずいぶん強くなったなあ・・・と私でも何となくわかる。コメント欄のコメントを見ていると皆さん同じ気持ちらしく、応援されています。とくに指している方が女の子だったりすると、情緒的に応援したくなるのかもしれません。
 昔、ある有名な女性のアマチュア棋士がいました。有名というのはアマの女流タイトルをとられていたのです。非常にきれいな方でした。
 
 前世紀はインターネット対局なんかありませんでしたからね。女性も道場で指すしかなかった。私が行っていた新宿の道場は、やわらかい雰囲気で女性客もたくさんいらっしゃった。もっとも私はいろいろなところに通っていたので、そこにうかがうのは年にほんの数回でした。
 あるとき、そのきれいな方と指す機会がありました。彼女の存在は将棋雑誌で知っていたのでちょっと緊張しました。ただあんまり馴れ馴れしいのもどうかと思いますからね。有名な何々さん?  みたいなことは一切口にしませんでした。
 
 私の振り飛車に彼女の棒銀という戦型になりました。途中で彼女のほうに大きな勘違いがあり、こちらの銀とあちらの飛車の交換になってしまいました。それからほどなくして終局を迎え、彼女は丁寧に頭を下げられてから笑顔で「うっかりしちゃって・・・」とおっしゃっていました。
 私はまだ多少(なのかな?)若かったので美貌のお嬢さんと将棋を指せたことがとてもうれしかったのですが、こんな風に戦型まで覚えているのはやはりお相手がお相手だったからだと思います。困ったオヤジだな。
 
 いまは・・・午前1時40分か・・・さっきふと目が覚めたので、この記事を書きました。これからちょっとだけ将棋実況を見て寝ることにします。
 
 
 
 
 
 
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2017.06.18 05:56

 通ってくださっている生徒があまりにも大人しいとちょっと心配になります。やはり活気はあったほうがいい。あったほうがいいどころか、本当は「教室に来ると元気が出る」とまで感じてくださるといいなという気持ちがあります。
 お通夜みたいなムードでは楽しいとはなかなか思えないものです。休み時間ぐらいは多少はじけてもいいのかもしれません。ですから、授業時間外に生徒が多少はめをはずしていても私はあまりうるさくは言いません。
 
 もちろん程度によるのですよ。程度によっては、ちょっと静かにしてくれというときがあることはあります。強く注意しなくても彼らはちゃんと聞いてくれます。
 生徒たちが楽しそうに廊下で交わしている会話を私は黙って聞いていることがあります。単純に好奇心がある。特別に聞き耳をたてているわけではないのですが、自然に耳に入ってくるのです。やっぱり賢い子は、面白いことを言いますね。
 
 それだけ頭の回転がはやいのでしょう。ネタ帳みたいなものが用意されているわけではない。ぱっと何かを言う。それに対してぱっと返す。そこでまた第三者がすかさずコメントをはさんだりする。
 そういうことがてきぱきできる子は成績も優秀です。もちろん親しい仲間がいなければ喋る回数も少ないですから、大人しくて口数が少ない子にも優等生はたくさんいます。強調したいのは、絵に描いたような優等生タイプではなくても優秀な子はたくさんいるということです。
 
 先日、こういうやりとりがありました。私は聞いた瞬間非常に面白いと思いましたが、あとになればなるほどよくできた会話だと感心しました。
 仲のいい集団がいるのですが、そのうちのある生徒が友だちに「スマホ男!」と言った。スマホばっかりいじっているというからかいなのでしょうね。悪口と言うより、明るい冗談みたいな口調でした。言われた少年も笑顔で「スマホ男じゃないよ」と言った。その次のセリフは、私にはまったく予想できませんでした。
 
 はじめの少年が「じゃあ、スマホ女!」と言ったのです。すると仲間の少年が「おい、そっちかよ!」とうれしそうに突っこみました。そのまま何となく笑いあっておしまいになってしまったのですが、瞬間的にこんな会話ができるのはすごい能力だと思いましたよ。
 全員キレ者です。スマホ女と返せる機知もすごいですが、そっちか?  とまぜっかえせる才能もたいした言語感覚だと思いました。結局はコミュニケーション能力なのですね。
 
 だれとどんな会話をしているときもーー会話だけではないですねーーある意味で健全で快活な「勝負」です。毎回毎回、楽しみながら全力で関わってくださったらいいと思いますよ。
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2017.06.17 07:56

 本日6月17日はこのブログがスタートした日でした。2009年のことですから、もう8年になりますね。記事は合計で2300本を超えています。ここまで続けてこられたのはひとえに読んでくださる皆さんのおかげです。いつも本当にありがとうございます。感謝いたしております。
 だいたい私はきわめて飽きっぽい人間なのです。何かを決めてスタートしても続かない。3日坊主という言葉がありますが、3日ももちません。日々坊主(?)ぐらいです。
 
 それが奇跡的に8年間続きました。この記事を書くにあたって確認したのですが、ブログランキングもーーおかげさまでーー外部のものは両方とも2位に入っていました。社内のものも運よくトップになっていました。トップはできすぎとしても、しばしばベスト3内には入れていただいているのでこちらもありがとうございます。
 学習法について右側の応援メッセージから入っていただくと、現時点で68回分の記事があります。こちらは、勉強なさるご本人に読んでいただきたいかな。
 
 ちょうど3年前のいまごろでした。主婦と生活社の編集者の方からご連絡があり、ブログを書籍化しませんかというありがたいお話をいただきました。形になるまでに半年かかりましたが、いまでもときどき読んでくださった方から「愛読しています」とお声をかけていただくことがあります。
 私はもういい歳ですし、何か大げさな形でいまから自分を証明する必要はほとんど感じていませんが、せっかく35年間以上蓄積してきた知恵みたいなものは、お若い方に伝えられたらいいのだが・・・と思っています。
 
 ブログ、書籍、講演会などで多少なりとも皆さまのお役にたてれば本当に幸せに感じます。
 何かお祝いするかな。
 ときどき思うのですが、本当は読んでくださっている方とお話できる機会があるといいですね。講演会ではなく歓談みたいな形で。
 ただ、物理的にちょっとむりだろうなあ。ホンモノの私は、けっこういい加減で面白い人間なのですよ。堅苦しい人間ではありません。でもあれだな、そんなことをして読んでくださる方が1人もいらっしゃらなくなっちゃったりして。
 
 今後ともよろしくお願いいたします。
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2017.06.16 01:54

 料理人が料理を作るのが下手であったらそもそも料理人として失格ですね。料理で生きていく覚悟であれば、上手に料理ができて当然だと考えるべきでしょう。ただ料理さえ上手ならそれですべていいのかということになると、ちょっとどうなのだろうという気はします。
 遠い昔に行っていた飲み屋さん、いわゆる酒亭という感じのこじんまりしたお店で、ご主人はすごく料理が上手だったのですが、雰囲気がよくないのです。それで料理は食べたいと思いつつ、だんだん足が向かなくなってしまいました。
 
 常連のお客さんとご主人が話をしている。ご主人は噂話が大好きで、あそこの奥さんはご亭主のお母さんと敬遠の仲だよとか、あの店のマスターは雇っている女の子に手出しちゃってさーとか、とんでもない話題がぽんぽん出てくる。それを常連さんが喜ぶわけです。
 私はせいぜいひと月に1度行くか行かないかという感じだったので、そういう形で盛り上がられても非常に困りました。
 
 料理人としてはまったく瑕疵はないものの、ある意味では尊敬しにくい(?)人が作ったものをおいしいおいしいと喜んでばかりいていいのだろうかという気持ちになってきました。
 おそらくそういうところは他の方も感じていたのでしょうね。ほどなくしてお店はなくなってしまいました。ただ私はそのご主人が作ったいくつかの食べ物ーーおからとかーーを、いまでもどこで食べたものよりおいしいと感じています。
 
 こうしたことは料理人だけではないですね。先生という職種も科目の知識だけではやっぱりだめだと思うのです。授業がよくわかるのは当然だとしてそれだけでは足りないのであって、できれば人格的な部分でも多少はいいところがないと生徒はついてこないでしょう。
 道徳のお話ではないのですよ。そもそも私自身単純な善人になろうと考えたことはありません。ただ一生懸命生きているとか、最低限のマナーは守るとか、温かい空気を醸成しようと努力しているとか、そういうことは大切だと考えています。
 
 どう評価されようが一生懸命に生きている。その姿勢を伝えることは本当に大切ですね。
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2017.06.14 01:37

 将棋の初手というのは角道を開けるか飛車先を突くか2つしかないと言われてきました。心理作戦的な意味から他の手(端歩をついたり金を上がったり)を指すプロ棋士はいらっしゃったものの、棋理としてははじめにあげた2手以外にないという結論が出ていました。
 ところが強いソフトが、もっともっと自由に初手を指す。作戦の幅が狭まって損ではないか? という手でスタートしながら、ときの名人に差をつけて勝ちきっている現状を見ていると「絶対的な正しさ」というものがあるのだろうかという気がしてきます。
 
 文豪志賀直哉だったと思いますが、その位置にあてはまる正しい表現は1つしかないと書かれていた記憶があります。本気でそう考えていらっしゃったのでしょうし、小説(文章)を書く後進に、それぐらいの厳しさや気概を持って表現していかないでどうすると伝えたい気持ちもあったでしょう。
 本当にいい話で、心構えとしてすばらしいと思いました。ただ実際のところはーー将棋のことを考えるとーー若干のゆらぎがあっても同じ感動を伝えることは可能なのかもしれません。
 
 夜中の3時ぐらいに目を覚ますことがあり、そういうときはあえてそのまま眠らずにYoutubeで音楽を流しながらあれこれと人生について考えます。自分の人生はどれぐらい正しかったのだろう? 
 たとえば先日、What does it takeという曲を検索して流していました。ジュニア・ウォーカー&オール・スターズというグループの昔の大ヒット曲です。ただ他の人もたくさんカヴァーしていて、昔から秀逸だと思っていたB・J・トーマスのものも久しぶりに聴くことができました。
 
 他にもすごくいい音源がたくさん出てきました。作曲者のジョニー・ブリストルが朗々と歌っているヴァージョンまであって、よくもまあこれを知らずにいままでのうのうと生きてきたものだ・・・とちょっと唖然としましたよ。正しさという側面からいったら、どう考えても正しくなかったという気がしないでもない。
 ここは難しいと思います。選択の問題ではあるのですが、その選択によって必然偶然が変わってくる。学校でも仕事でも人間関係でも住む場所でも趣味でも何でもそうですね。
 
 無限の可能性が広がるとともにその裏側には無限に不可能になる何かが累積されていきます。私はとくにお若い方もそうした抽象的な何かを考えてくださるとよいのではないかという気持ちを強く持ちます。
 人生を考えるときにすぐに有利さとか幸福になるにはとか楽しみ方豊かになる方法・・・ということばかりが先行しがちですが、単純な損得以外の要素についても気づいていくのは価値のあることではないでしょうか。
 
 そろそろ人生をまとめるべき時期に入ってきて、私は大筋で間違えていないものの少しだけ音がズレているのではないかという危惧を抱いています。ドレミのドとレほどはズレていなくても、白鍵を押しているつもりで黒鍵に近い変な音を出しているのではないかという不安が少しあるのです。それを日々の活動の中で注意深く修正していくことが、数限りない正しさの大海で自分がやるべきことなのかなという気がします。
 
 
 
 
 
 
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2017.06.13 10:00

 先日、インターネットのニュースを見ていたら小学校の30代の先生が教え子の自宅で暴力をふるったという変な記事が出ていました。
 何でもその先生は事件のあった日、校長先生や同僚の先生とお酒を飲んでいたそうです。午後の10時ぐらいになってなぜか小6の男児の自宅に1人で出かけていった。そしておもちゃの太鼓のばちで男児を30回ぐらい叩いてけがをさせたというのです。
 男児はトイレに逃げこんだ。それを追いかけていってトイレも一部破壊したそうです。
 
 完全におかしい・・・だけでもないのかもしれません。この先生は翌日には男児が学校を休んだことを気にしていたと書かれていました。家族が相談して事件が発覚したのですが、それまでずっと教壇にも立ち続けた。完全に「?」というわけでもなさそうです。
 おそらく熱心は熱心な先生なのでしょう。よくわかりませんが、男児のご家族がいらっしゃったらそんなことはできないでしょうから、夜の時間帯に心配して見に行かれた可能性はありますね。
 あくまでも想像ですよ。そしてかっとなって暴れてしまった。
 
 この「相手のためを思っているうちにかっとなって・・・」みたいな話はどこでもよくありますね。しかし、それはいったいどうなのか。
 私ぐらいの年齢の人間は、時代的に大人たちから体罰を受けて育ちました。時代的なものでしたから深刻にはならなかった。ですが、暴力的な相手に深い愛情を感じたことはありません。暴力的な人間は何かに負けているように映るものです。暴力はーー戦争と同じでーー要するにコミュニケーションの可能性をそこで断ち切ります。
 
 たとえ子どもであっても、暴力を受けている側は冷静に相手を観察しているものです。相手の目に宿る狂気におびえながら、じつは相手が楽しんでいるらしいということにも気づいている。憂さ晴らしでやっているなと感じるときもありました。暴力行為が相手の心に次々と興奮を呼びコントロールできなくなっているのをじーっと耐えている。絶望的な流れの中で、いずれ自分が相手より強くなったらそのときこそ・・・などと考える。
 
 そういう機会を作ってしまっていいのかという話ですね。小学校の先生がばちで30回という部分だけ取り上げれば完全に異常者みたいですが、誰でも同じような狂気を内側に持っているかもしれないと自覚したほうがいい。自分だって気をつけないと・・・という自覚がないから暴走してしまうのです。
 世の中、自分の場合だけ「あの暴力はやむをえなかった」と正当化して考えようとします。あの戦争はやむをえなかったという発想とちょっと似ているかもしれません。
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2017.06.11 08:51

 よくできる生徒のほとんどは勉強そのものが好きであるというのは事実だと思います。ただ全員がそうなる必要はないのであって、そのあたりは冷静に受け止める必要がありますね。
 勉強が大好きという子は何人もいました。勉強することで何かを証明しようというのではなく、内容そのものが好きなのです。するとたとえば一流大学で学んでもまだまだ足りないということになってくる。さらにもっともっと勉強したいというのです。
 
 さらに大学院で勉強する。就職も、じつは数年後に大学院に通うためにちょっとお金を貯めようと考えている。「大学の4年間だけではまだまだ学びたいことがあって全然足りません」という言葉を何度か聞きました。
 そうなってくるとーー実際にそういう生徒がいますがーー結局大学に残って学者さんになったりします。相当偉くなった子(という呼称も変ですが)もいます。
 
 ただ誰も彼もが学者さんになってしまったらそれは困りますね。世の中が動きません。企業のサラリーマンも漁師さんも美容師さんもミュージシャンもいなくなってしまいます。
 ですから基本的にはそれぞれの人間が好きなことを得意なことにして頑張っていけばそれでいいのではないかと思います。
 去年、ある優等生がこういうことを語っていました。その子は東京で1、2を争う難関高校に合格しています。
 
 体験記に勉強は好きになれなかったし、楽しくはなかったと正直に書いていました。ただーーここからはご参考になると思いますーー塾はすごく楽しかった。塾が楽しいので塾でやっている勉強はふだんの勉強とは異質なものとして楽しめた。
 原文どおりではないのですが、簡単に言うとそういうことです。仲間と一緒に努力するのは苦痛ではなかった。それで十分だと思います。何かしら勉強の周辺に楽しみを見出してください。勉強そのものではなくてもいい。ふさわしいライバルを見つける。好きな先生がいる。海外で生活するために。そのあたりがコツと言えばコツなのだと思いますよ。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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