2018.08.16 00:22

 音楽の話を書きます。
 休み中、変なところをうろうろしていました。時間つぶしと暑さを紛らすためにあるスーパーに入りました。買おうと思ったものがないことはないのですが、べつにそのスーパーに行かなくてもそのへんの100円ショップで買えるようなものでした。
 書店に寄り文具売り場で目的のものを買い、まだ空き時間があったので地下の食品売り場に入りました。
 
 酒類が並んでいるあたりでぶらぶらしていると、小さな音で音楽が聴こえてきました。そこのスーパーではいつもーー気づかないことも多いのですがーー昔のポップスを流しているのです。以前も、タートルズの「ハッピー・トゥギャザー」が流れていたことがありました。音量が低いので、相当気をつけていないと聞き逃してしまう。まあ、買い物客用のBGMですからそれでいいのでしょうが。
 
 聞き覚えのある曲が流れてきました。幸い正午近くの酒売り場にはどなたもいらっしゃらない。中央部にスピーカーの穴(?)みたいなのがあったので、その下でじっと耳をすますと「ドント・ウォリー・ベイビー」という曲でした。1960年代のビーチ・ボーイズの有名な曲です。
 ところが何かが違う。しばらく聴いていて、トーケンズのものだということに気づきました。私はこの曲が入っているアルバムを持っていたのです。
 
 トーケンズは「ライオンは寝ている」で有名ですね。彼らは1969年だか1970年に「ボス・サイズ・ナウ/トーケンズ・リバイバル」というアルバムを出しています。そのアルバムから「朝もやの中で」というヒット曲が生まれました。私は中学生のときにこのアルバムを買いました。その中に「ドント・ウォリー・ベイビー」も入っていた。ビーチ・ボーイズのものより力強い感じがします。おそらくドラムがいい意味でぱたぱたしているからだと思います。
 さらにファルセット・ヴォイスがちょっと苦しそうなところもいい。
 
 なぜかトーケンズのベスト盤CDにはこの曲が収録されていないのですよ。レコードは持っていてもいまは聴ける環境下にないので、本当に30年ぶりぐらいに聴きました。じーっとうつむいて聴いていました。何かしら・・・間違っていないという感覚に包まれました。この場でこうやって聴けたということは、すべてのタイミングが間違えていないなという感じでしょうか。
 改めて調べてみるといまはYoutubeでビーチ・ボーイズのものもトーケンズのものも聴くことができます。便利な世の中になりましたね。
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2018.08.15 01:05

 うちの子はどうなってしまうのだろう? というご心配をときどきうかがうのですが、きちんと明るく育てていけば、まず杞憂に終わるものです。きちんとというのは生活においてという意味で、清潔にさせるとか食事を抜かないとか睡眠不足に気をつけるとかゲームに依存しすぎないとか・・・要するにあたりまえのことですね。
 明るさみたいなものも生きていくうえでは大切で、たとえば「すいかとメロンとどっちが好き?」みたいな他愛のない問いかけ1つで雰囲気はぐんと明るくなるものです。
 
 げらげら笑わせるようなものでなくていいということです。
 先日、息子が現在借りているアパートの大家さんから焼肉をご馳走になったというので、ちょっとびっくりしました。いまは大家さんと店子(たなこ)のあいだにあまり交流がないですからね。店子という言葉自体ほとんど使われなくなっています。
 ご馳走してくださったということは、息子のことをそれなりにいい人間であると認めてくださっているのでしょう。親としてはありがたいかぎりです。
 
 ただこの息子は、幼稚園小学生時代人間関係があまりうまくいかない時期がありました。友だちとの関係がうまくいかない。先生との関係もうまくいかない。何度かブログにも書きましたが、学校の先生からは「このままだと大変なことになりますよ」と言われました。大げさに書いているわけではないですよ。そういう先生の言葉は忘れないものです。
 もちろんあちらは善意でおっしゃってくださっている。私が呼び出されたときには年配の偉い先生まで同席されて、長い時間お話しました。
 
 私は私でーーまあその時点でもーー20年ぐらいは生徒を見てきていましたから、いちばん大切なのは現状がどうであるかということではなく、家庭の文化なのだということはわかっていました。要するに明るくて愛情深くて、多少の文化的要素(本がたくさんあるというような)があれば、いずれはしっかりしてくるはずだという確信はありました。
 ですから、家内には心配ないから大切にしてやれということだけを伝えていた。家内も何度も呼び出されましたが、息子を強く責めたりはしていません。親があそこで悠然と構えていられたのは何よりもよかった。
 
 成績も途中まで極端に悪かったのですが、あるときから自分でやるようになりました。大学受験も就職も、ぜんぶ自分1人で決めてきました。仕事はなかなか大変みたいですが、それこそ投げ出したりしないのは精神的にも大人になったのでしょう。そういえば昨日は珍しく、仕事のことでアドヴァイスがほしいという電話がありましたよ。
 あせらないことです。ひたすら心配なさるのではなく、少しでも温かな親子関係を目指されることが、結局はいい結果をもたらすはずです。
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2018.08.14 06:16

 今年の夏は非常に暑くて35℃を超えるような日がありました。まだまだありそうですね。そして、これは今年気づいたことです。
 このお話は非常に繊細な(?)内容でもあるので、気のせいではないかと思われてしまいそうですが、私自身は何度も実験してみたので自分の判断は正しいのではないかと感じています。
 猛暑のおかげで気づいたことです。
 
 あるところを私は歩く機会があります。そこは文字通り炎天下で、定期的に歩く用事があります。数年前から春夏秋冬あらゆる季節を歩きました。単純化して書くと、クリニックみたいなところですね。
 ただ行く時刻がまちまちですし天気もまちまちなので、夏場でもいつも暑いとは限りません。先日は35℃以上の真昼に歩くことになりました。近所に大きなビルが建っていないので、直線道路には日陰というものがないのです。
 
 以前も書きましたが私は暑いのは平気なので、そのときも上着を着て歩いていました。仕事ではないので、ネクタイはなしです。歩きながらさすがに今日は少しくらくらくるなと感じました。
 とにかく日よけになるものがない。道路に映る影を求めるのですが、それこそ少しだけ太目の電線の影しか見えません。下に入っても一本の線でしかないですから完全にはみ出します。一本の線に収まる人間なんているわけないですよ。
 
 ところが、ところがです。電線の下はかすかに涼しいのですよ。一本の線にすぎないのですが、あきらかに違う。何度も影を出たり入ったりして確認しました。
 面白いもので、30℃ぐらいだと変わりません。同じように暑い。気温が極端に高いときだけそんな一本の線でも涼をとるのに役立つということですね。
 こういうことは、いろいろな場面で応用できるような気もしました。極限状態のときこそ、ほんのちょっとした何かが非常に役立つことがある。
 
 つらそうな人に「ここでひと声かけたからってどうなるものでもない」と考えてしまうかどうか。つらければつらいほど相手はありがたく感じるでしょう。疲れて毎日塾の夏期講習から帰ってくる受験生なんかも、ある意味で極限状態かもしれません。そんな彼らにやさしい言葉をかけてあげられるかどうか。
「暑いからアイスクリーム買っておいたよ」とひと言伝えるほうが「食べたらすぐ復習しないと役にたたないよ」などとおっしゃる何倍も効果があると思います。
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2018.08.11 21:24

 生きていて「あ」という瞬間がありますね。そういうことだったのかという感覚。これがまたおかしなもので、いま見たり聞いたりしていることと因果関係がほとんどない「あ」ということもあります。小中学生の方には私が伝えたいことがよくわからないかもしれませんが、長いこと生きていると不思議な瞬間がまれにあるものなのです。
 啓示とまで書くとちょっと大げさになる。しかし偶然と書くと今度はちょっと軽すぎる。啓示と偶然のあいだみたいな何かです。
 
 今年ホワイトスネイク(ロックバンド)が結成40周年を迎え、その特集を組んだメタリオンという雑誌が発売されたので、タワーレコードで買ってきました。この雑誌はBURRN! 誌の臨時増刊号なのですが、普通の本屋さんにはあまり置かれていません。
 ホワイトスネイクについては何度か記事に書きました。デイヴィッド・カヴァデールというシンガーが作ったバンドです。私はCDもDVDもいくつも持っていて、コンサートにも何度も足を運んだことがあります。
 
 バンドとして好きということもあるのですが、私個人がデイヴィッド・カヴァデールに非常にひかれるものを感じるのです。さかのぼれば1973年。彼がイアン・ギランのあとがまとしてディープ・パープルに加入したときのミュージック・ライフ誌の写真(彼は色の入ったメガネをかけていた記憶があります)を見たときから、ひかれるものを感じました。
 1980年代にはあまりにもロックスター然としてしまってやりすぎじゃないか? と思ったときもあるのですが、それでも何となく陰のある感じは残っていました。
 
 最近の彼のインタビュー記事を読んでいると半ば宗教家のようになってきています。私ももういい歳ですからミュージシャンのインタビューを読んでいて、それこそ「年がら年中パーティーだぜ!」みたいな話はあまり面白くない。その点、私より年上のミュージシャンの話はやはり含蓄が深いですね。
 ホワイトスネイクの初期のメンバーにミッキー・ムーディというギタリストがいました。珍しく彼のインタビュー記事も掲載されていました。そこにこういう言葉がありました。
 
 彼は1968年からデイヴィッド・カヴァデールを知っていたそうです。「スコット・ウォーカーの物真似を誰よりも上手くやっていた」というセリフがありました。「あ」と思いました。スコット・ウォーカーもまた別の次元で私が非常にひかれるシンガーなのです。
 デイヴィッド・カヴァデール本人のインタビューでスコット・ウォーカーについて触れられているものは、私はいままで読んだことがありません。ただそういうことなのでしょうね。伝えたくない大切なことというのが、誰にもあるような気がします。
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2018.08.08 00:31

 台風のことがいろいろ心配ではあるのですが、私はいちおう明日9日から休みに入ります。教室自体が閉まるのは10日~13日です。その期間ブログもお休みしますが、例によって1日ぐらい更新させていただくかもしれません。
 休みになったらやろうと考えていること(たいしたことではありません)が「いつも」いろいろあるのですが、だいたいはできないまま終わってしまいます。それ以外の切迫した用事が不思議と出てくる。どうしても買っておかなければいけない・・・というような。
 
 一般のお盆休みとはちょっとずれていますね。息子の休みとも微妙にずれているので、家族で出かけるのはちょっと難しそうでした。息子もいまは独立して1人暮らしなので、夏休みに食事でもしようかと前々から話していたのですが。
 私はふだんあまり肉類を食べないようにしている(情緒的な感覚で)のですが、息子は焼肉を食べたがるので、家族でどこかに行くときは地元の焼肉屋さんに入ることがよくあります。もちろんそのときは私も難しいことを考えずに肉類を食べます。
 
 子どもみたいなことを書きますが、乗ってみたい路線バスがいくつかあるのです。ただあちらこちらに分散しているので、1日でぜんぶ乗るということは到底無理だと思っています。だからと言って連休中来る日も来る日も行くあてもなく路線バスに乗り続けるというのは究極の間抜けみたいな気持ちもあり、なかなか実行に移せません。
 こうした機会に行ってみたいお店もありますが、日曜祝日やお盆の期間は閉まっていることが多くこれまたなかなか成果があがりません。
 
 休みの日はやはり午前中の使い方が大切ですね。これは皆さんの勉強も同じです。午前中というのは1日のスタートですから、そこでだらけてしまうと「そういう日でいいのだ」というイメージができあがってしまう。逆に午前中するべきことをそれなりにこなしておくと、充実感が残りの時間帯をさらに充実させてくれる要素があります。
 そのためにはそれなりに早く目覚めないといけませんね。ということは前夜、休みだからといって夜更かししすぎるのもよくないということですよ。
 
 ただ、こういうことは気づいたところから頑張れば大丈夫です。次のお休みこそ効果的に使ってみてください。何が何でも午前中を充実させるという計画を、とりあえずはたててみるといいでしょう。
 
 
 
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2018.08.07 00:17

 いわゆるバッド・ボーイズ・ロックン・ロールというジャンルがあります。解散してしまったモトリー・クルーだとかバックチェリーだとかがわかりやすいのかもしれません。さかのぼればニューヨーク・ドールズやヘヴィ・メタル・キッズにたどりつく。さらにさかのぼればローリング・ストーンズに行きつくのでしょうか。
 世界的な人気バンド、ガンズ&ローゼスもある意味で同系列に数えていいグループでしょう。こうした音楽は全世界的に人気があり、日本にもバンドはたくさん存在しているみたいです。
 
 ヒマなときにYoutubeでさまざまなミュージシャンの最近のコンサートの様子をのぞいてみることがあるのですが、先日ガンズ&ローゼスが「ウイチタ・ラインマン」を演奏しているのを見つけて、こんな曲をとりあげていたのか! と本当にびっくりしました。
 この曲については2012年の2月にブログに書いています。グレン・キャンベルのヒット曲ですが、ちょっと地味めな曲でした。ただ、ものすごくいい曲です。私は後追いでこの曲を知りました。夕方偶然ラジオで聴いてあまりにもいい曲なので衝撃を受け、その晩はまったく眠れなかったことを覚えています。
 
 翌日は非常に大切な用件があったのですが、ほぼ徹夜で臨みました。で、その件は玉砕しましたが全然悔いはありませんでした。それぐらい繊細な名曲なのです。
 ガンズ&ローゼスのメンバーは私より少しだけ下の世代ですから、グレン・キャンベルが盛んにヒットを飛ばしていたころは本国で聴いていたと思います。ただグレン・キャンベルには「恋はフェニックス」だとか「ラインストーン・カウボーイ」だとか、より大ヒットした曲がいくつもあり、一般的な感覚ではそちらを取りあげてもよさそうではありますかね。
 
 ただここは微妙な問題で、似たような曲ではあっても「恋はフェニックス」なんかをカバーしてしまってはやっぱり若干かっこ悪いのですよ。わかる人にはわかるでしょう。歌詞の問題なんかもありますから。「ウイチタ・ラインマン」というところがーーアクセル・ローズ個人の趣味だと思いますがーー孤独に闘っているイメージがあって美しい。
 そういうこともぜんぶ含めて、こんな曲をとりあげたのか・・・と感慨深いものがありました。演奏自体非常に哀愁に富んでいましたよ。
 
 同じメタル系のバンドであっても、たとえばメタリカとかアイアン・メイデンとかであればこの曲をとりあげることは絶対にないでしょうから、その独特の感性にはいろいろ考えさせられました。
 ガンズ&ローゼスに関してはあまり知識がないので、改めていろいろ調べてみたところこの曲を演奏したのは、グレン・キャンベルに対する追悼の意がこめられていたみたいです。それでもこの曲を持ってくるセンスは素晴らしい。グレン・キャンベルの曲ではもう一つ「悲しきスージー」という曲が私は好きです。
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2018.08.06 00:52

 犬は人間の言葉がわかりませんね。「おすわり」とか「お手」とか「待て」ぐらいなら伝わりますが、複雑なやりとりはできません。「先日の豪雨で西日本は大変だったんだよ」などと言ってもーー真面目くさった顔をして聞いてはいますがーー通じているとはとても思えません。
 ただ空気を読むというか、心を読むというか・・・何かしら微妙な感覚が伝わっている気がするときがあります。
 
 こういうことがありました。家内がパートに出てしまうと自宅は犬と私だけになります。例によって彼女は大変クールなので、私が部屋から出てきてもしっぽを振ったりはしません。いたのね、ぐらいの表情で寝そべったままです。
 私もとくにそれで不満はなく、名前を呼んだり「暑いから床の上で寝ているのか?」と声をかけるぐらいでしょうか。たまに少しかまってやろうという気分になり、犬用の柵を越えて隣の部屋に行きます。
 
 そこは家内と犬の寝室であり、私はあまり入らないようにしています。で、いざ撫でようとすると何か勘違いして椅子の下に逃げこむときがあります。誤解のないように書いておきますが、ふだん私は(自分で言うのも何ですが)穏やかで大声を出したり暴力的な姿勢を見せたりすることはまずありません。犬をいじめたことは1度もないと思いますよ。
 ところが逃げていく。しょうがないやつだな・・・と椅子の下から引っぱり出そうとすると「ウー!」とうなって威嚇する。噛むそぶりを見せる。
 
 おまえねえ・・・と私は話しかけます。お母さん(家内のことです)が浜松でおまえのようなかたくなな子犬を選んでしまったからこういうことになった。おまえの隣の犬を選んでいたらきっといまごろこっちに飛びついてきてしっぽを振ったよ。そんなにいやがるならいまから浜松に返してくるよ、それでいいのか?
 すると何か感じるのでしょうね。だんだん元気がなくなってきてうつむいたりします。申し訳なさそうにがっくりと頭を垂れる。
 
 あれ? わかるのかなとちょっとどきりとします。こちらは冗談で言っているだけですから意味がわかられるとまずい気持ちがあるのです。かわいそうですからね。しかし、冷静に考えればこんな複雑な日本語をすらすら理解できるはずがない。ところがあきらかにがっかり度は普通に叱られたときと違う。どうしてだろうと不思議な気持ちになります。
 テレパシーみたいな何かがあるのかもしれませんね。
 
 
 
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2018.08.05 00:20

 これから書く話は道徳的な問題として提示したいという気持ちはほとんどありません。単純に「勉強しているのになかなか成績が上がらない」といらいらされている生徒が多いので、こういうところに気をつけてみては? という提案の気持ちで書いています。
 ある優秀な受験生ーー女子ですーーが、先日授業が終わったあとで机の上を注視していました。何をしているのか見ていると、ご自身が使った消しゴムのかすを集めていました。片手に乗せて廊下のゴミ箱に捨てに行く。
 
 感心ですが、そうしたことをしている生徒は彼女1人ではありません。何人もいます。そして、ほとんど例外なく彼らは成績がいい。現在いいというだけでなく、これからまだまだ伸びていくでしょう。私は40年近くこの仕事についていますから、どのようなタイプの子がどう伸びていくのかはだいたいわかります。
 かたやこういうこともあります。授業後、ひどく周囲を散らかす生徒もいる。ペットボトルが床に落ちていたり空のビニール袋が机の周囲に散乱していたり食べかけの何かがそのまま捨ててあったりする。
 
 繰り返しますが、道徳の話ではありません。
 そういう状態で平気でいられる鈍感さが生活すべてに蔓延しているのだということに気づいてほしいかな。塾でこうであれば、学校でも自宅でもご自身の部屋でも、そして頭の中もそうでしょう。散らかっていませんか? 机の上がメチャクチャになっているのではないですか? たくさんの知識がこんがらがっているのではないですか?
 塾の机に残っている消しゴムのかすを注意深く集めて捨てにいく同級生とどれだけの差があるか考えてみてください。
 
 何かしらわざとやっているというのならまだいいのです。男の子がわざと野卑に見せたいとかそういうことであればいい。ただ何も気づかないというのはまずいですよ。鈍感さ、だらしなさみたいなものは当然勉強の中にも忍びこんできます。
 雑に書く、適当に読む、ろくに繰り返さない、とばし読みばかりする・・・これで力がつくわけがない。「やっているのに」という生徒の中にはけっこうこういうケースがあるのですよ。「だらしない生活を送る者はだらしない将棋を指す」というのは将棋の故花村元司九段の至言ですが、勉強にもそういう側面が確実にあります。
 
 本気でできるようになりたいのであれば、生活から直していかないといけません。勉強時間だけ延ばしても「だらしない生活」であれば「だらしない勉強」にしかならないのだということを考えてみてください。音楽をかけっぱなしの散らかった部屋の中でお菓子をぽりぽり食べながらパジャマ姿で勉強しているということであれば・・・残念ながら十分な効果は上がらないのですよ。
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2018.08.04 03:03

 私は中野に生まれたので、ブロードウェイに関しては子どものころからうろうろしていました。高校生のときには、女の子とデートしたりもしたものです。彼女にプレゼントを買うときもブロードウェイで選んだことを覚えています。デパートほど敷居が高くなくて、まあ気楽だったのですね。
 いまもブロードウェイは健在ですが、当時とはだいぶ趣が違ってきています。いわゆるマニア系の方が喜ばれるようなお店がたくさん入っていますね。
 
 4階に絶版になっているような宗教系の書籍などを専門に扱っている古書店があります。まんだらけ系列だったと思います。神秘主義、ある種の哲学、宗教、オカルト関係・・・などを専門的に揃えている。
 私はよくここにお邪魔しています。ふらりと行って面白そうな書籍を買ってくる。自分の読書の本当の興味は、だんだんそういう方向だけになりつつあるような気がします。絶版になっている書籍ですから定価より高いことも多い。3倍ぐらいの値がついていることもあります。
 
 先日700ページある書籍を読んでいるとブログに書きましたが、適当に手にした聞いたこともない禅の書籍でした。30年ぐらい昔に出たものです。
 そのとき気づいたのですが、ブロードウェイの2階には昔からずーっと続いているCDショップがあります。私が子どものときはレコード屋さんでした。店名が変わっていないのでずっと続いているのではないか。どれぐらい昔か。1970年にB・J・トーマスのLPレコードを買ったのはそのお店でした。約半世紀前ですね。
 
 お店の中をちょっとのぞいてみたらいわゆる「おじいさん」が座っていらっしゃったので、おそらく私が子どものころ「おにいさん」に見えた方と同一人物ではないかと思います。ただそんなこと突然質問できないですからね。
 ブロードウェイの2階はもともと飲食店街でした。いまも何軒か残っていますが、あまりお客さんが入っていないような気がします。駅からブロードウェイまでの商店街に飲食店が大量にできたからかもしれません。
 
 禅の本に、過去と未来は時間に所属していると書かれていました。だが・・・と続きます。現在は時間ではなく、永遠に所属している。
 
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2018.08.02 00:04

 度入りのサングラスを安く作れるという広告を目にしたので、先日作ってみました。もともと私はサングラスがとても好きなのです。はじめてサングラスをかけたのは高校生のときです。
 きっかけはボブ・ディランでした。「ミュージック・ライフ」誌でそういう記事を読んだ。ボブ・ディランが夜でも部屋の中でずっとサングラスをかけていて、表情がわからない。写真を撮らせてくれないかと頼んだが、強く拒否されたと書かれていました。
 
 ジョージ・ハリソンが同席していたのではなかったか。そちらの写真は出ていました。撮らせてもらえたということなのでしょうね。16歳のときの記憶に頼って書いているだけですので、間違いがあったらごめんなさい。とにかくボブ・ディラン、夜間に部屋の中でサングラス、撮影NGというところにぐっときました。
 それから安いサングラスをいくつも買いました。当時は目がよかったので、度が入っていなくても問題ありませんでした。
 
 新宿の思い出横丁の脇の露天で買った。中野坂上の時計屋兼メガネ屋さん(?)みたいな個人店でも買いました。色の濃いやつばかりです。ミラーグラスを買ったときもありましたが、あれはミッシェル・ポルナレフの影響だな。
 顔や表情を隠せるところがいちばんの魅力でした。同じく「ミュージック・ライフ」誌で元アイドルだったスコット・ウォーカーが真っ黒なサングラスをかけている写真を見たことがあります。
 
 当時の彼はアイドル視されることをすごくいやがっていました。それゆえのサングラスだったのでしょう。私は平凡な高校生でどう見られようと関係ないのですが、顔や表情を隠すという発想には非常に共感を抱いたものです。自分もそうやって生きようと思いました。
 今回、できたてのサングラスをかけてあるお店に入りました。かえって注目されているような気がして緊張してひどく疲れました。要するに10代のときと本質的には何も変わっていない。愚かなままです。しかし愚かなままでいられたのは、ある意味で幸せだったのかもしれないですね。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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